side4 悪役と正義の仕事12
メタルで再起動してから要塞のブラスター砲の遠距離攻撃が可能となり、砂漠地帯に設置されていた、魔族達の所有する旧文明の簡易的なブラスター砲は、要塞からの一撃の後に大破した。
「敵ブラスター砲の破壊を確認」
レーダーで見ていた蘇芳がそう言って末端へ通信を行うと、トーヤの元気良い返事が来る。そのまま要塞直結の転移機能で戻って来たトーヤは、砂埃を払いながら大きく伸びをした。要塞の地下通路と、その先の遺跡を突っ切って時間を短縮して行動できたので、ほっとしたのがあったのだろう。そのタイミングで旅支度をした鏡花とリィルが入室して、彼女らの行動の理由が思いつかない蘇芳も、帰って来たばかりのトーヤ達も揃って怪訝な顔をした。
「トーヤ、話があるの」
「今帰って来たばっかで疲れてるんだよ。後にできないか」
リィルの様子に驚いたもののそう言うトーヤに、「すぐ済むわ」とリィルは皇帝に貰った宝石を取りだした。宝石の大きさに瞠目したトーヤだが、それが何だと彼女を見つめた。
「実は北の皇帝が来ていたの」
「え、何だって。それで、リィル、何かされたのか!?」
宝石を見てリィルを見たトーヤは、思わず腰を浮かせた。疲れていると座ったままだった彼が驚いて心配する様子に、リィルはくすぐったそうに笑う。
「落ち着いてよ、トーヤ。私は、戦争を酷くしたり、北の帝国に協力するつもりはないわ。だけど、宝石を返しそびれたの。だから、返しに行こうと思う」
呆気にとられるトーヤに代わり、蘇芳が鋭い視線を鏡花に投げかけた。彼女は居心地悪そうながらも、おどけるようにして肩をすくめ、「見ての通りよ」と言った。リィルも続ける。
「今度は、私が北の帝国に行ってくる。だから、トーヤ達は要塞を守って」
「けど、そんな事をして、リィルが捕まったら…」
トーヤが言い募ろうとした際、鏡花は「私もリィルについて行くわ」と名乗り出た。今度こそ蘇芳が眉をしかめて、「どういう事だ」と声を出した。
「要塞が再起動されて、色んな機能が復活してきたわ。だけど、まだ分からない事があるの。北の帝国にはそのための資料があるみたいで、それを確認しに私は行きたいのよ」
「リィルもキョーカも、大丈夫なのか?」
トーヤの不安が残る顔に、鏡花は「穢神が復活する前に何とかしないと、でしょ」と指を立てる。それでも納得できないか、味方になりそうな蘇芳を振り返るトーヤに、蘇芳も蘇芳で顔を顰めた。
「能力的に問題はない。俺が行くよりも余程早く情報を処理するだろう」
冷静に評した後、「だが」と彼はことさら声を強めた。
「戦闘になれば不安が残る。俺も行こう」
「ばっかな事言わないでよ。貴方まで居なくなったら誰が要塞を管理するのよ」
また突拍子もない事を言い出したと、今度は鏡花が顔を顰める番だ。さらに彼を説得するよう、鏡花はゼウスにも声をかける。
「そういうわけだから、ゼウスも一緒に行ってくれる?」
「了解しました」
あっさりと了承したゼウスを味方に取り、鏡花は蘇芳に強気な微笑を向けた。彼は一つ、深く、ため息を吐くと鏡花と距離を詰め、小声で理由を尋ねてくる。
「いくら帝国が機械化された国でも危険すぎる。どういうつもりだ」
「聖剣に纏わる事で、皇帝が知っている情報があるようなの。それを確認するためには、私の≪感応力≫が必要よ。それに、今回の仕事、持っている情報が少なすぎるのよ」
それには同意なのか、唸るようにしている彼に、鏡花は困ったように微笑む。
「お願い、行かせて」
ちっと舌打ちが聞こえた。次いで、軽く身を屈めて耳打ちする蘇芳。
「必ず戻れ」
「ありがとう」
低く告げられた言葉に礼を言い、鏡花が顔を上げると、目を丸くしたトーヤと目が合った。瞬間、沸騰したように赤くなった彼は慌てて視線を逸らすのだが、その動作が勘違いしているように思えて、鏡花はすたすたと座り込むトーヤに近づく。
「あのね、男女二人でいればすぐ恋人かって思うのは、短絡的なんだからね」
「ちっ…な、何にも言ってないだろっ」
「そ、そうよ。別に、私は…」
トーヤが恥ずかしそうに声を荒げるが、その隣は真っ赤に俯いたリィルも居て、彼女ももごもごと口を動かした。その二人の様子に呆れ、「あんたらは…」と鏡花は肩を怒らせると、言い訳のようにトーヤも口を開いた。
「だって、レムンが来た時だって、スオウは誘いを断ってたんだぜ? レムンも美人なのにさ」
「え、何それ。何の話?」
軽く片眉を上げた鏡花に、トーヤは以前、魔族の長が来た時の話をしてみせる。話を聞き終えた後、呆れて鏡花は背後の蘇芳を振り返った。
「あのブラスター攻撃は、魔族の長の報復か!」
合点がいき、鏡花は蘇芳を睨む。普段泰然としているから忘れがちだが、彼は人見知りの傾向があって、特に阿修羅族No.3のような、色気のあるキツめの美人が苦手なのである。過ぎてしまった事ではあるが、鏡花はぎゅっと目を閉じて目頭を押さえたまま、低く「女性には言葉を選んで…っ」と訴えた。
「トーヤ。あんたは、あんなのになっちゃ駄目だからねっ」
「うえ…何で、オレがとばっちりなんだよー…」
澄まし顔で無視してくる蘇芳には無駄とばかりに、弱りきるトーヤへ、鏡花はもう一度彼の肩に両手を置いて繰り返した。
「あんな朴念仁には、なっちゃ、駄目っ」
以前ゼウスを探しに来た雪の高台を越えて、防寒着に身を包んだリィルと鏡花、転がるようにして着いてくるゼウスの三人は、そこから西に逸れた雪山の中を歩いていた。吹雪がなくて日差しがあって少し温かい道すがら、鏡花はリィルと聖剣の伝説について話合っていた。
「今までの聖剣の主は、穢神との戦いのあと、誰一人として生きて戻った人間はいないわ」
「ということは、折れてしまった二本の聖剣には、闇を祓う神の力が弱まっている?」
歴史の記録からの結論に、鏡花は言葉をぼかした。穢神と対抗できる神の力が少ないか、全くないかで、聖剣の主たちが満足に戦えていない可能性があった。それでも穢神が封印されているということは、聖剣の主たちが犠牲となって荒ぶる神を鎮めているということなのだろう。同じ事を考えているのか、リィルは低く言った。
「………所詮、私たち聖剣の主なんて、穢神への生贄にすぎないのよ」
「それをどうにかするために足掻くって約束したわね。歴史上、こんなに短期間で穢神が復活した事はないって言ったのは、貴女よ。結論を出すのは早いわ」
トーヤが居ないと、途端に暗くなってしまうリィルに言い、鏡花は後ろをついてきているゼウスにも確認を取った。
「ゼウス。一本だった時の聖剣のエネルギー量と現在のでは、違いはあるかしら」
「聖剣のエネルギー量は未知数ですが、記憶にある、聖剣データからは60%程度の出力低下がみられます」
「んー…」
半分以下という結論だけ貰い、鏡花は眉を寄せた。ちらりと腕輪を窺うと、こちらはほぼ全体に刻印が刻まれているようだが、まだ何かキーがあるのだろうかと考える。
「要塞の方はまだ機能があるようだけど、稼働率としては完成に近い形だわ。管理者としては、二本の聖剣を一つにする儀式の別の方法と、穢神との対決方法の解決策がわかれば、問題ないと考えているの」
鏡花の≪感応力≫も万能ではない。彼女の体と同じ様に機械を動かせる能力だが、機械を動かすのは手足を動かす感覚とは違う。また知ろうと意識を集中したり、それに当たるキーワードが無ければ検索をかける事も難しいのだ。腕輪の機能が復活すれば要塞内のマニュアルでもあるのかもしれないが、故障中の今、キーワードも調べられない。ゼウスの記憶を見て予測を立て、要塞内の情報を攫ってみるも、意味不明単語が出てきて頭を悩ます始末である。そういった能力がない蘇芳が演算をしているのは、彼の視点で要塞や聖剣を理解しようとしているからかも知れない。
ああでもない、こうでもないと、云々唸りながら山を越えると、冷たい海が見える。深い鈍色をする海上には、鋼鉄の街が浮かんでいた。そこへ、こちらの岸から真っ直ぐに一本、巨大な橋が架けられている。勇壮な景色に鏡花は息を呑み、リィルは目を細めて眺めた。
「懐かしいわ…」
「リィルにとっては、故郷だものね」
「こんな時でなければ、キョーカを案内したいんだけれど…」
鏡花が言うと、リィルも苦笑する。きっと彼女の言葉の裏では、幼少期の思い出がめぐっているのだろう。鏡花は彼女の背中を軽く叩いて先を促した。
「全部終わったら、皆で来ましょう。トーヤにガロン様、ルルちゃんたちも」
こんな暗い気分にまりそうな時は、未来の、明るい約束は沢山作った方がいい。食後のデザートがあると思えば、OLは凄い力を発揮できるのだ。にこりと笑って言った鏡花につられたか、やっとリィルも微笑んでくれた。その後、鏡花はハーフエルフの風体を隠す様にフードを被る。
三人が橋を渡りきり、霧深い帝都の門前まで来ると、ガロンのようなケンタウロスの憲兵が居り、彼女らに怪訝な顔を向けてきた。一人は帝都によくある金髪の少女、リィルだから良いとしても、後ろには球体ボディのロボットと深くフードを被った女で、怪しい風体に彼らが警戒するのは当たり前だ。だが、リィルが王家の宝石を見せる事で態度は一転し、びしりと背を伸ばすと敬礼してみせる。
「どうぞ、お通りください」
彼らが開けた門をくぐり、次に真っ直ぐ大通りを通されると、王城前の巨大な施設の入口へ向かう。リィルの話では最奥が王族の生活スペースで、手前のこの施設が政治や軍事を司る場所らしい。フードの下から内部を観察し、時折壁に手をつけて≪感応力≫を使う鏡花だったが、件の聖剣の情報は得られそうになかった。現在、皇帝は聖剣について様々な計画を立てていることから、彼の傍にあるのだろうと、無駄な能力を使わないよう諦める。
「こちらに皇帝陛下が居られます」
王が住まうに相応しい、歴史的に重厚な扉の前で足を止め、リィルは大きく深呼吸し、鏡花は軽く腕まくりをした。ゼウスは大きなロボットだったが、特に制限もなく入室を認められる。要塞の警備も結構ザルだが、ここも油断があるのではないかと思ってしまう鏡花だ。それほど皇帝が腕に自身があるのだろうが、最近、リィルでさえも魔法のキレが良くなっているので、良い勝負が出来るのではないかと思う。もちろん、三人がかりだ。
ぎいっと扉が開くと、出入り口からすぐの左右には階下に降りる階段があり、今三人が立つ場所は半階ほど浮いた広間であった。奥の二人掛けのソファに皇帝は一人で寛いでいたが、リィルの姿を認めて立ち上がった。
「…おお、来たか。待っていたぞ」
きっと本心だろう、笑んで見せる皇帝へ、リィルが声をかける前に鏡花がフードを取った。ハーフエルフの姿にたいして驚かなかった皇帝に、きっと正体がばれていたのだろうと考え、鏡花は口を開く。
「猛き皇帝に質問があって、参りました」
「何かな、要塞の管理者よ」と鷹揚に頷く皇帝の傍に歩み寄り、鏡花は彼の手前、階段の装飾に触れながら尋ねた。その配置に少々顔を変化させた彼だが、何もない階段の装飾ということで指摘はない。
「どうして戦争にこだわっていらっしゃるのです? このままでは穢神の復活の時期が早まってしまう。過去の記録からも戦乱の時代の方が、復活の期間が短いのをご存じのはずです。世界を滅ぼしたいのですか?」
「何と愚かな言葉か…」
少々荒く攻めた言葉に、皇帝は不快を示して失望の溜息を吐いた。「所詮、天を目指す王の志など、理解する事はできんのだ」と寂し気に呟いた後、彼は声高に宣言する。
「確かに、余は穢神を復活させようとしている! だが、それは穢神を滅ぼす方法が分かったからだ!」
それには鏡花もリィルも驚いて表情を変えた。こんなにあっさりと一つの方法が提示されるとは思っていなかったからだが、そんな二人の心境に構わず彼は熱弁を続けた。
「いいか? 穢神を滅ぼすには、神話の時代に聖剣に宿っていた”闇を祓う神の力”が必要なのだ。だが、闇を祓う力は、邪悪なる者たちが聖剣を汚したために失われてしまった。
ならば、その原因となった邪悪なる者たちを滅ぼす事で聖剣の穢れが清められ、神の力は必ずや蘇るだろう。邪悪なる者たち―――すなわち、魔族を!」
吠えるように言った皇帝に、聞いた鏡花もリィルも戸惑ってしまう。普段ルルやクルリを見ている鏡花たちにはとても信じられる話ではないのだ。そこでリィルは鏡花に代わり、尋ねた。
「それは、……本当なの? 何を根拠に、そんな事を…」
「では、知っているか。魔族どもが穢神を信奉しているという事を」
確信を持った言葉に、思わず言葉を失った二人へ、彼はなおも繰り返す。
「余が皇帝に即位したあとで明らかになった事実だ。穢神が眠っているのは、魔族たちの王城、その地下深くなのだ! 聖剣を汚した邪悪なる者たちの末裔は、未だに穢神を守り続けている…! そのような連中を、余は決して許す事はできん!!」
彼は、魔族を、穢神を滅ぼして、終末の訪れる事のない永遠を約束された世界を実現するのだと、強く言った。普段のSRECの職員が同じ事を言ったら、腹を抱えて笑ってやると思う鏡花だが、皇帝の目は怖いくらい真剣で、そうしてゼウスから穢神のビジョンを見た鏡花も、彼の気持ちがわかってしまい、口が動かない。
「これで決心がついたかな、リィル」
彼は立派な民を思う皇帝だと鏡花もわかったが、それでも魔族の長が、彼のいう邪悪な存在にも思えなかった。その一方で、≪感応力≫からの情報を拾う彼女は、目的だった聖剣の情報は今以上のものは得られず、穢神の要塞である飛行艇が魔族領の近くに落ちた記録があるのも発見して、悩む。これはリィルも彼の言葉を聞いてしまうのではと心配して振り返った鏡花に、リィルは鋭く遮った。
「いいえ! ここに来たのは貴方に協力する為ではないわ。これを返す決心がついたのよ」
「確かめないと」と言ったリィルは、やっぱりどこか変わって来ている。要らぬ心配だったかなと微笑む鏡花と対照的に、ふっと皇帝が笑った。その目は先ほどより鋭さを増してリィル、また他の二人を見る。
「どうやら、聖剣の主の運命に殉じるつもりのようだな。だが、それでは余が困る。例え、腕ずくでもお前には、そこの管理者も含めて協力してもらうぞ!!」
背中の巨大な剣を抜いて、まず鏡花に狙いを定めた皇帝であるが、その時には鏡花の≪感応力≫は動いていた。
「ぬお!?」
急に動き出した機械と、壁に塗りかためられていたコードが動き、皇帝の手足に絡みつく。超常現象に目を見張る皇帝へ、鏡花は今度はしてやったりと笑みを浮かべた。その一瞬の隙さえあれば、大丈夫。リィルへと駆け寄った鏡花は、彼女とゼウスの手を取り叫ぶ。
「リィル、ゼウス! 帰るわよ」
フィンっと不思議な高音が響き、三人は要塞直結の転移装置で北の帝国を後にした。