side1 惑星侵攻6
母艦が突如震撼した直後、DH関係者はある理由を思い当たり身構えた。
裏方サポートとして、格納庫で整備士を行っているトーイもその内の一人である。感じた衝撃が格納庫のすぐ傍だった事もあって、彼は即座にハッチを開けて通路へ出た。
「……。キョウカ、大丈夫か」
苦しげに襟元を抑えて座り込んでいる鏡花を見、周囲に人が居ない事を確認して、トーイは彼女の隣にしゃがみ込んだ。阿修羅族幹部は全員散ってしまい、人気がない通路はさらに人影も見当たらない。
「《感応力》使っただろう。何があった?」
DH社員であるトーイは、当然鏡花の能力について把握していた。しかしそれは、常ならば彼女が愛機を使用する際にしか使われない。逆にいえば、それぐらいしか使い道がない能力である。
鏡花は脱力した様子で、ほとんど力が入らないのか、そこから立つ気配はなかった。トーイの言に、彼女はか細い声を発する。
「No.4と…No.5……絡まれ、て…」
「あぁ、さっきまで格納庫に居たな。そりゃあ災難だったが、能力を使うほどじゃないだろう」
「ごめ………、上手く対処できなく…」
はきはきした普段の鏡花でないのは一目瞭然で、彼は要領を得ないとわかると、彼女に肩を貸して抱き起こした。鏡花は母艦ほどの大きなモノへの干渉を行ったためか、疲労が大きい。足の支持は残っているが、歩くにはあまり役にたっていなかった。
「しっかりしてくれよ、現場監督。ほら、行くぞ」
DH幹部である鏡花に軽口を吐き、トーイは彼女を支え、引きずるようにして歩いた。近くにある格納庫への入り口を過ぎ、整備士の城と言うべき格納庫の詰め所に入る。そこは、鏡花の愛機である漆黒の搭乗機を整備する、DHの息のかかった面々が渋い顔して待ち構えていた。
皆を代表して出て行ったトーイと、その肩を借りて歩く鏡花を見て、渋い顔は怪訝そうに変化する。ベテランの域にある年配の親父が、トーイとは反対側からぐったりした鏡花に腕をまわした。
「トーイ。嬢ちゃんは」
「案の定、能力による疲労。どうやら下の幹部にちょっかい出されたみたいだ」
鏡花がそれに発言していない事で、他のスタッフも気の毒そうに彼女を見た。一人が安価なパイプ椅子から退き、トーイと親父の二人がかりで鏡花を静かに座らせる。それでも力の抜けた身体は、「どさっ」と音を立てた。楽な姿勢になったことで、鏡花もほっと息をつく。
「仕方ねぇよ、長期の仕事だしなぁ」
「嬢ちゃんはよくやってるよ」
DHの昇級制度では特殊な能力を持つ者を”幹部”としているが、それはほとんど名称だけであって給料などの実質は”幹部扱い”とは違う。便宜上、責任者とされている鏡花だが、まだ若い彼女に周囲の中年整備士は同情的だった。若年のトーイも同様で、精神的に緩んだ鏡花を見て苦笑する。
「急に母艦を動かすのは驚いた。皆、《シナリオ不備》かって大騒ぎさ」
「……《シナリオ不備》…?」
この阿修羅族のケースは、鏡花もだが、皆も5年がかりの大きな仕事として勤務している。下手をすると、阿修羅族としての潜伏期間も入れて、さらに数年というスタッフもいるぐらいだ。
それを些細なミスで無駄にできないと彼女は強く再確認した。そう自覚したら、前回の作戦での失敗にさらに血の気が引いた。
無事に乗り切った安心感の溢れる周囲とは違い、言われた事をぼんやりと繰り返した鏡花を見て、年配の親父は眉をひそめた。のっそりと彼女の顔を覗き込む。鋭い眼光に、鏡花は心を読まれたのかと怯えて身を引いた。
「おい、嬢ちゃん。何か、変じゃねぇか」
「…え?」
「ぼんやりしてっし、元気がねぇぞ。何か変なモンでも喰わされたんじゃ…」
腕組をして鏡花を見下ろす親父。不甲斐ない自分への叱咤かと身構えた鏡花だったが、不器用な親父さんの心配に苦笑して、素早く否定した。
「や、…それは」
「ない」と続けようとしたところで、親父はさっと後ろのトーイを振り返った。タイミングを逃した鏡花は、言葉を飲み込むように眉根を寄せる。親父は気がつかずさっと指示をだした。
「おい。ヤブ医者に連絡しとけ。それと、美味いモンだ」
阿修羅族の医者である艦内のそれではなく、他部署に潜むDH医療スタッフを呼びに行くトーイの顔は、娘に甘い親父を見るような呆れ顔。また、指示に従って賭博札や三流雑誌の乱雑する机の上を、安易に物を落とすという形で綺麗にする他のスタッフも同様だ。
「ほれ、嬢ちゃん。飲め」
親父の秘蔵、度数の無茶苦茶高い酒瓶を目の前につきだされ、鏡花は目を白黒させた。
整備士の親父は、愛機を大切に使い、DHスタッフに元気をくれる明るい鏡花を思いのほか気に入っている。そりゃもう、愛娘を溺愛する親バカのように。
DHのアイドルを取られまいと、別の親父が大皿に料理を入れて持ってきた。それから若い整備士たちも、鏡花を貴婦人に見立てて、何とか油汚れの少ない布を見つけてテーブルを払う。
元々乱雑している詰め所は、男所帯でもあって鏡花には慣れない場所であるが、皆の気持ちが嬉しかった。度数の高いお酒は無理なので、気持ちだけ受け取り、彼女は彼らに感謝の意を示した。
「皆…私、絶対…《シナ、リオ、…不備》になんて……させない、から」
母艦震撼から数日。
一時的な制御不能という結果に落ち着いた艦内で、鏡花はあれから頻繁に格納庫へと足を運ぶようになった。これまでは阿修羅族幹部の肩書のために、DHスタッフとはとことん距離を取ろうと思っていた彼女だが、シグウィルにも疑われ、ほぼ確信されている現在、開き直ろうと考えを変えたのだ。
「トーイ、チェック終わっている?」
格納庫の愛機に滑り込み、鏡花はコントールを開いて状態を大雑把に把握した。
鏡花の声を聞き、DHSFサポートの一人、トーイは着物のような阿修羅族の衣装で、乗っている台ごと漆黒機の下から滑り出る。
「あー、まぁ、ある程度。けれど、No.2なんかと本気で張り合おうなんてするなよ、壊れる」
組織のNo.2と鏡花が微妙な関係になっているのは、スタッフには知られているのだろう。
トーイは真剣に漆黒機を撫でながら鏡花を見上げ、テキパキと道具を片付けながら振り返る。それに苦笑して鏡花はコックピットに乗り込み、適当に自分の手を漆黒機の操作パネルの上に置いた。
鏡花の気配に気がついたか、トーイが格納庫を後にしようとしつつ、声をかける。
「《感応力》使うなら、気をつけろよ。シナリオ不備で、お釈迦だ」
ゴーグルを上げて漆黒機のコックピットに手を振るトーイに、鏡花は適当に返事をしてそのまま目を閉じた。
低い機械音の後、ウゴウゴと漆黒機のコードが鏡花へ伸びてくる。
それは仄かに光を放つ鏡花の肌の上を撫でるように滑ると、ゆっくりと隙間なく巻きついていき、最後には鏡花同様に仄かに光を放ちだした。
「ん…」
風呂にでもゆっくりつかるように、鏡花が溜息を吐いて身じろぎしたその瞬間、漆黒機のアイが輝き、起動する。漆黒機は鏡花の思うまま、ゆっくりと片膝を立てた状態になって格納庫の壁に寄りかかった。
鏡花は薄目を開けて自分の腕に絡み付いて発光するコードを眺め、我ながら不気味だと苦笑いして再び目を閉じた。
鏡花のDH社員としての能力は感応力である。生物へは試したことがないが、機械などの無機物への感応を得意とし、マニュアルや訓練なしで乗り物を操作できる。
故に、SFなどのジャンルではすぐに現場で動ける人員として駆り出されていたのを思い出して、鏡花は目を閉じたまま少し嫌な顔をした。
それからしばらく経っただろうか。
鏡花が残っていたが見落とされ、格納庫の明かりが消されていた。感応力を使う鏡花やその周辺の漆黒機のコックピットだけが淡く発光している。
鏡花は目を閉じて仮眠するつもりだったらしいが本格的に寝入っており、全く周囲に気が向いていなかった。
そこへ靴音が響いて来、ふと、彼はその発光に疑問を覚えたらしく立ち止まった。
小さな明かりだけ持ち歩いて愛機に辿り着こうとしていた矢先であり、彼は不思議そうにして鏡花の愛機によじ登る。
「おぃ…」
声をかけようとシグウィルはコックピットに手をかけて覗き込み、息を呑んで険しい顔をした。
その直後、慎重な手つきで鏡花の腕にまきつくコードを撫で、軽く引き、どういう状況なのかを判断しようとしたが出来ずに、さらに焦ったようにして、鏡花の肩を揺さぶった。
「おい、起きろっ。わかるか!?」
あまりに激しく揺さぶられて頭を打った鏡花は涙目で薄く目を開けるも、眠気に負けて目を閉じようとする。
だが、それも一瞬。
シグウィルにさらに頬を叩かれて、寝起き最悪の気分で目を覚ました。
ぼんやりと夢見心地のままシグウィルを見て、見慣れた顔だが同僚とは違うそれに、鏡花はわけがわからない顔をした。
やっと鏡花が気がついたのだが、シグウィルはコードを除去する上手い方法が見つからずに焦って、コードを引きちぎる。
「ーーーーーーーっ!!?!?!」
コードが千切れると同時に、肉を千切られ、むしり取られるイメージや衝撃が身を貫き、鏡花が身を反らせて絶叫した。
シグウィルがちぎったコードを片手に持ったまま呆然と見守る中で、腕を千切られたように鏡花がコックピット内でのたうつ。
恥も外見もない様子に、人間の壊れる瞬間を見たシグウィルは驚愕の顔でそれを眺めていたが、涙を流してのたうつ鏡花を捕まえると、暴れる彼女を押さえつけるようにして抱きしめた。
「おい、しっかりしろっ」
怒鳴りつけるようにして抱きしめていると、程なくして鏡花が落ち着き始めた。それを感じられたため、シグウィルはそっと身を離す。
鏡花の腕は相変わらずコードに巻きつかれていたが発光は収まりつつあり、彼女は泣きながらシグウィルにすがりついた。
「あんた、殺す、気…?」
鏡花は血の気を失った真っ白な顔でシグウィルを信じられないもののように見る。
彼の何か今までにない失敗をしてしまい自失している表情を映して、そのまま白目をむくようにして気を失った。
脱力して放心した鏡花を、シグウィルは慌てて抱きとめ、肩から腕へとすがりつくように落ちていく彼女の繊細な手を視線で追う。
ぱたりと漆黒機のコックピットに着いた腕をぼんやりと目に映し、それからゆっくりと息を吐いて緊張を解いた。
彼女の腕からは、コードがするすると滑り落ちていく。