side4 悪役と正義の仕事10
「これから、よろしくお願いします、マスタートーヤ。
私の部下のロボットたちは、格納庫に戻るように指示しておきました。
私のせいで、ご迷惑をおかけしました」
幸いな事に、鏡花達が要塞に帰ってくるまでの間、敵からの襲撃はなかった。さらに彼女達は、大きな球体のボディの最上位ロボを連れ帰って来たのである。単純な動きしかしない防衛ロボに、より高度な指示が出せるとして、新たに戦力が加わったと蘇芳は少しだけ安心した。
鏡花はと言うと、帰って来てすぐにエルフの弓師に温かいスープを所望して、リィルとガロンの三人で寒さに震えた。特に変身している彼女の長い耳は真っ赤になり、痛そうに手で押さえて温めている。
「敵の襲撃は?」
「魔族の長が来たが、被害はない。念の為≪見て≫くれ」
「はぁい」
のんびりと返事をし、適当に階上に上がった鏡花だったが、コントロールパネルに手をついてしばらく、さっと表情を変えた。蘇芳がどうしたのか尋ねる前に、ホーム全体に警報音が鳴り響く。
「警告、高濃度エネルギー感知!!」
鋭く鏡花が叫ぶと、それまでゼウスと挨拶していたトーヤが「な、なんだぁ!?」と目を剥いた。
「キョウカ、何が起こったの?!」
同じくリィルが大声を上げると、次に鏡花は「これは…まずい!」とさらに声を張り上げた。
「遠方からのブラスター攻撃を確認、防御シールド、最大出力!!」
「―――っ、伏せろ」
オペレーターよろしく叫び≪感応力≫を使った鏡花と、反射的に蘇芳が叫ぶ。
次の瞬間、どぉんっと山が爆破するかのような轟音と共に要塞が揺れた。リィルや女性陣の悲鳴と、何かが滑り、ぶつかる音がわんと広がる。鏡花は咄嗟にコントロールパネルの端を掴んで衝撃に耐えた。≪感応力≫を使うまでもない。
「………目標、命中」
『異常発生、異常発生。
エネルギー炉の暴走を止めるため、全システムダウンします』
苦しそうに鏡花が零した瞬間、ホーム上に警告と同等のアナウンスが入った。
「くっ…そぉ…! いったい、何がどうなってんだよ?おい、リィル! 大丈夫か、怪我は!?」
「え、ええ…。平気よ。どこも痛くないから…」
揺れが収まってしばらく、いの一番に起き上がったトーヤが近くに居たリィルを抱え起こした。それに、頭が痛むのか、ゆっくりとリィルが返事をすると、ほっとしたトーヤが彼女を立ち上がらせる。
「じゃあ、オレは他の奴らを見てくるから、お前は、ここに居ろよ」
トーヤに言われて鏡花が見れば、コントロールルームには鏡花とトーヤ、リィルしかいない。他は衝撃で室外に吹き飛ばされたとみえ、即座にトーヤが部屋から出て行った。
「キョウカ…」
「シールドで多少は衝撃を和らげたはずだけど、凄い威力だったわ。強力なブラスター攻撃よ。今、要塞の被害状況を調査しているの。他の皆は無事かしら」
「そうね」
直前まで≪感応力≫を使っていたためか、ガンガン痛む頭を押さえながら彼女はコントロールパネルで操作を繰り返した。彼女が作業を初めてすぐ、格納庫の方から蘇芳が魔族の少女達を、トーヤがケンタウロスの戦士とエルフの弓師を、ゼウスは最奥まで転がったらしく最後に集まって来た。
「…先ほどのブラスター攻撃による被害は、かなり深刻。エナジー炉の基本システムに、重大な障害が発生してしまったわ。この障害は、ここにあるクリスタルをいくら使っても復旧は困難ね」
鏡花が心底重いため息で言うと、トーヤと蘇芳が「もう治せないのか?」と似たような事を尋ねてきた。鏡花もお先真っ暗な気分でいると、ゼウスが発言してくる。
「エナジー炉を修復するためには、メタルが必要だと思われます」
「メタル…? ちょっと待ってて」
基本的な部分はメモリの深くにあり、鏡花は普段より深く≪感応力≫を使ってみた。すると、この要塞から転移をしてそのメタルを確保できそうだと気付く。
「そうね。メタルが存在するのは、特殊な空間みたい。この要塞の扉から移動が可能よ。ただ…」
そこで切って、鏡花はリィルを見た。少し深刻な顔をしていたせいだろうか、目があってすぐにリィルは何か悩むような、押し殺すような表情へと変化する。
「聖剣の力が必要になる、というわけね」
「そう。その通りよ」
鏡花が答えると、リィルは目を閉じ、何かを覚悟したように息を吐いて無言でコントロールルームを出て行った。その後ろ姿を見送った鏡花は、物言いたげに蘇芳を見る。彼もまた何か考えるように腕を組んでいた。
「どうしたんだ、リィルのやつ? 相変わらず何考えてんのか、わかんねえな」
彼女の態度に慣れてきたのか、半分心配そうに眺めるトーヤは「まぁ、いいか」と切りかえる。
「早いとこ、メタルを探さなくちゃな。それで、聖剣の力が必要って、どういうことだ?」
「主の協力が必要になる……そういう意味だ」
組んだ腕を戻した蘇芳は、繰り返してトーヤの前まで来る。冷ややかな表情をしているのかなと、彼の背を見ながら鏡花は思う。弟を叱る時の父親の姿が思い出されて、鏡花は軽く目を伏せた。
「だから、どう協力すればいいのか教えてくれよ」
焦れたように言うトーヤに嫌な顔をするでなく、蘇芳は噛んで含むように続け、視線で部屋の外をさした。
「主がすべきことは、ただちに彼女を追い駆けて、きちんと話をすると言う事だ」
「…えぇ? なんだよ、それ…」
首を捻りながらも、きちんとリィルの後を追い駆けて行ったトーヤを見送り、鏡花は意味がないからと≪感応力≫を切ってしまい、軽く階上から身を翻した。直後、蘇芳が声をかけてくる。
「何処へ行く」
「今更コントロールルームに齧りついてても、仕方がないでしょ。ちょっと様子を見てくるだけよ」
軽く言う鏡花だが、行儀が悪いとでも言うように眉根を寄せた蘇芳に、軽く舌を出した。
「温かく見守るっていうのは、年上の特権なの」
それに肩をすくめて、道を開けた彼の脇を彼女は通った。部屋を出た鏡花が忍び足で彼らの行方を捜すと、二階から声がする。
屋上かなと階段を上って行くと、丁度トーヤとリィルが会っている処だった。
「…ねぇ、トーヤ。前に私が言ったこと、覚えてる?
聖剣の主は、穢神と戦わなくちゃいけないって」
「ああ、そういや、そんな事言ってたな。それが、どうかしたのか?」
おっと、いつの間にそんな話をしていたのだろうかと、盗み聞きしていた鏡花は思った。何度か二人で交流を持っているのは気付いていたが、今もなお硬いリィルの態度にそこまではないだろうと思っていたのだ。
「それを聞いて、トーヤ、どう思ったの? 怖いとは思わなかったの?
伝説で語られる、あんな恐ろしい神と戦わなきゃいけないなんて、トーヤは怖くないの…?」
鏡花の視線の先、痛みをこらえるような顔をして尋ねるリィルに、トーヤも顔を曇らせた。
「そりゃあ、オレだって怖いよ。穢神は、世界を滅ぼす悪い神様なんだろ?」
「ええ、そうよ。穢神が蘇ったら、今度こそ世界は…」
リィルの言に、鏡花はゼウスから見たビジョンを思い出す。記憶に引き込まれそうになった処を、「だったら」とリィルの言葉を遮ったトーヤの声で我に返った。
「だったら、怖くても戦うしかないだろ。
オレの右手には、そのための力が―――聖剣がやどってるんだから!」
鏡花達が要塞から出かけている間、一体何があったのか。頼もしく、主人公らしいセリフに鏡花は不覚にも感動してしまった。見れば、リィルも同じ様で、涙目になりながらも尋ねる。
「例え、どんな運命が待ってるとしても…?」
「運命なんて、オレは信じてねえよ。大体、何もしないで逃げ出すのは、大キライなんだ」
年を取ると、涙もろくなっていけない。トーヤのセリフに、憧れの兄貴分の言った事を思い出して、鏡花は慌てて彼らから目を離し、口元を両手で押さえた。
何度か深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしていると、リィルにも何か感じるものがあったのか、「わかったわ」と明るい声が聞こえた。
「私も逃げるのは、やめる。トーヤみたいに、運命と戦ってみる…!」
彼女の言葉と一緒に、「まだ、時間は残されているんだから」との心の声も聞こえた気がした。鏡花が知っているのは、聖剣が抜かれて穢神が復活する事、それを倒すのが今代の聖剣の主になる(する)という事だった。だから余計に、リィルが穢神と戦う他に何を怯えているのか、想像がつかない。けれども、彼女の言葉を聞いた気がした鏡花は、改めてこの仕事の内容を思い出そうと決心した。
「さぁ、行きましょ! メタルを探さなくちゃ!」
感傷は大きく聞こえたリィルの声にびくっと霧散して、彼女は首をすくめて駆け戻る。途中、けらけらと軽い笑い声が聞こえ、にっと自然に笑みが浮かんだ。どうやら上手い事行きそうだと浮かれて部屋に駆けこむと、近くには蘇芳が立っていた。
「気になる?」
「上手くいったんだろう?」
「そういう顔をしている」と身を翻す蘇芳。やっぱり素直じゃないわねと、鏡花が心中で苦笑すると、リィルと彼女に引っ張られたトーヤが返って来た。
「やっと戻って来た! さぁ、行くわよ」
一番北に位置する扉を開けると、ちょっとした広間になっており、その奥に大きい扉があった。
「この扉の先は、メタルが存在する特殊な空間に繋がっている。そして、この扉を開くための鍵が、主の聖剣だ。さぁ、主よ。この扉に手を翳せ」
言われてトーヤは皆の見守るなか、一人扉の前へと立つ。右手を肩ほどの高さに上げると、右腕に巻きついていた赤い腕輪がゆるゆると解け、彼の手の中に集まったかと思うと赤い剣になった。それを軽く握って重さをを感じていたトーヤにリィルが歩み寄って、隣に並んだ。彼女も左手をトーヤと同じ様に翳す。直後、左手に巻きついていた鎖が、涼やかな音を立てて伸びていく。
「リィル?」
目を丸くして彼女を見るトーヤに、小さく目を合わせた彼女は小さく笑んで、目を閉じた。その間も伸びた鎖が白い光へとなり、彼女の、差し出した両手に集束する。手の中には、確かに白い剣があった。
「リィル…今のは、まさか……!」
目を丸くするどころか、動揺しているトーヤに、覚悟を決めたかとリィルを見て進み出た、蘇芳が頷いた。
「そうだ、赤の剣の主よ。あれも、聖剣なのだ。聖剣は、2本で1対となる存在…。そして、2本の聖剣は、それぞれの主に所属する」
「だったら、主が2人いるってことか?!」
「ええ、そうよ。もう一人の主が、リィルなの」
鏡花までも頷くと、トーヤは「なんで、いままでその事を教えてくれなかったんだ?」と呆然と呟いた。
「それは白の剣の主が望んだからだ。俺が守護している聖剣を抜いたのが、マスタートーヤであり…」
「私の守護している聖剣を抜いたのが、リィルよ」
鏡花が言ってしまうと、剣先を下ろしたリィルがトーヤに向き合う。
「ごめんなさい、皆。いままで黙っていて……。それから、トーヤも。私、貴方の事を信じてみる」