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Darker Holic  作者: 和砂
side4
87/113

side4 悪役と正義の仕事9


 時は少し遡る。

 朝日が薄らと山間から差し込み、微かに目を凝らしているトーヤ達は、その光に進むように出かける鏡花達を見送った。これで要塞に残ったのはトーヤを含め、エルフの弓師、魔族の少女達、蘇芳、そして非戦闘員であるネ=ギルナである。要塞内には、最近ネ=ギルナの紹介で入って来た鍛冶屋の親父も居るが、彼も非戦闘員と考えた方がいいだろう。

 丘を越える際、最後に振り返って手を振った鏡花の姿を見納め、蘇芳は軽く息を吐いた。そんな彼に、同じくじっと丘の方を眺めていたトーヤが声をかける。




「なぁ、スオウ。

 オレは、帝国と魔族の戦争をやめさせたいから要塞を強くしているんだ」




 朝日を、虚空を睨むようなトーヤを、蘇芳はちらりと視線を下に向けて耳を傾ける。




「ホントはオズワルドとレムンが仲良くしてくれれば、戦争もしなくなるんだろうけど、絶対ムリそうなんだよ。

 オズワルドは偉そうにしてて人の話なんか聞かねえし、レムンもプライドが高くて、怒ると怖いからなぁ…」




 トーヤの言から先日侵入してきた二人の姿を思い出し、蘇芳も小さくふっと口の端を上げた。直後、「だから」とトーヤは話を続けて彼を見上げる。




「だから、実力で何とかするしかないんだけど、要塞ってどのぐらい強くなったんだ?」


「その事なのだが、主よ」




 丁度良いと思った蘇芳は、間髪いれずにトーヤへ返す。目が合った蘇芳の、先ほどまで浮かんでいた笑みは消え去っていた。




「現状、救難信号の為にシステムは混乱状態で比較は難しい。だからというわけではないが、主自身の強さについて確認してはどうだろうか。

 …つまり、俺と手合わせしてほしい」




 笑みは消えているものの比較的静かにかけられた声に、蘇芳を見上げていたトーヤは目を丸くしたものの、次には少年らしい自信あふれる笑みを浮かべる。最近ケンタウロスの戦士からも、『我流の剣だが強くなってきている』と認められているのを蘇芳も知っており、それゆえに申し出た事でもあった。

 とはいえ、阿修羅族にとって武器を使用する事は格下であると見られていたため、蘇芳自身、剣術を教える事はできない。だが、実戦の際に経験がモノを言う事は良く知っている。




「あぁ、いいぜ。じゃあ、訓練ルームに行こう」




 見た目が魔族のハイオーガである事を除いても、元々蘇芳は筋肉質でガタイは良い方だ。それに怯むことない興味深々のトーヤの顔は、蘇芳にとっても素直に良い表情であると思えた。

 それから蘇芳は忌々しい自身の腕輪を見る。トーヤが強くなると同時に腕輪の刻印が増えていくのは、鏡花に言われずとも気付いていた。それ自体も気掛かりながら、蘇芳は、今後トーヤがオズワルド帝などより、もっと強力な穢神と戦うと想定しなければならない事の方が気になっている。

 トーヤは確実に強くなった。だが、オズワルド帝相手に少しも粘れないのは、圧倒的に経験が不足しているからだ。どこまで鍛えるかは、前々から鏡花と協議しても一向に決着がつかなかったが、少しは進むべきだと彼は考えていた。




 要塞内へと戻り、格納庫奥の仮想ルームへと足を運ぶ。

 途中微かに視線を感じたが、恐らく魔族の少女らのどちらかだろう。時折こうして視線を感じるのだが、蘇芳以外は恐らく気付いていないし、特に魔族側が何かしてくることもなかったので彼は再び放置した。

 仮想ルームへの転移を済ませた蘇芳の前には、早速剣を構えたトーヤが居た。




「って、剣はどうしたんだよ」


「不要だ。遠慮なくかかってくるがいい」


「へっへーん。怪我しても知らねえ、っぞ!」




 自然体で立つ蘇芳に向かい、言った直後にトーヤは走って接近、剣を振り被った。

 大味、と蘇芳は目を細める。蘇芳を剣の守護者と聖剣のおまけ程度にしか考えていない、トーヤの威嚇の為の雑な動作だ。

 殺気もないそれを半身で避け、剣の腹を打ち払う。腕から伝わる衝撃にトーヤが驚愕しているのを横目で確認し、もう片方で彼の小手を押さえた。

 急所である顎まで無防備になるそこを、固めた右手で撃ち抜く。


 恐らく反射だろうトーヤが顎を上げるのが見えたが、左手で小手を取っている蘇芳が押し下げれば逃げはできない。打たれる恐怖よりも悔しさが見れる真っ赤な目元を見て、蘇芳は微かに笑って寸止めた。




「どうだ。手加減できる余裕があるか?」


「ちっっ、くしょうっ」




 余裕の笑みさえ浮かべてトーヤを見下ろす蘇芳。

 彼をやっと強敵と認めたトーヤは、足を蹴り上げて蘇芳の手を払った。その足で先程より速く鋭く踏み込み、斬り上げる。少しは本気になった彼に弟の姿を思い出して、蘇芳は下がった。

 深追いはしないが追撃を続けるトーヤは、確かに強くなっている。と、蘇芳は、剣を使うトーヤが有利な位置から踏み込んでみせた。誘っていると深読みされるか心配だったが、素直に狙ってきたトーヤにさらに笑みを深める。

 次第に凄みの増してくる蘇芳に釣られたか、トーヤもまた幼さを残しながら猛々しい笑みを浮かべた。「うりゃぁっ」と気合いを入れて撃ちこんだ剣を避け、流され、トーヤは一旦距離を取る。




「凄え。強かったんだな、スオウ」




 普段の訓練の様に汗だくになっているトーヤが額を拭いながら声をかければ、軽く息が弾む程度の蘇芳は「嗜む程度に」と笑った。それに呼応してトーヤが期待した顔でさらに距離を詰めてくる。

 少しもへこたれた様子のないトーヤに、打てば伸びると、蘇芳は確信して受けて立った。











 さて、蘇芳は忘れていたのだが、要塞内を監視する誰かの視線は、要塞内のエネルギーで作られる仮想空間までも見通していた。それは、魔族の少女であるルルから放たれていたものの、彼女の相棒であるクルリが怯えて距離を取る程異質な空気を持っている。




「ふふふっ」




 普段の元気娘なルルが妖艶に微笑んで眺める先は、格納庫。その奥の蘇芳とトーヤである。視線の持ち主は最初、聖剣の主であるトーヤに興味があったのだが、この戦いを見ていて考えが変わりそうであった。

 同じ魔族、その外見を持ち、要塞の守護者の片割れであるハイオーガの存在感。これまで女性管理者同様、主の後ろに控えて目立たなかったのも、一種の作戦だろうと気が付いている。彼女はどうだかはわからないが、トーヤと舞う彼は、確かな戦闘力を視線の先に晒していた。

 しばらく観察し、それから数時間後にトーヤと戻って来た彼に、視線の持ち主は声をかけた。




「ねぇ、スオウ。話があるの。バルコニーで待ってるわ」















 訓練の後、軽く絞った布で首元と上半身を拭って再び衣装を整えた蘇芳は、最上階のバルコニーに続く階段を上っていた。先に魔族の少女が歩いているはずだが、照明の類はほとんどついておらず違和感がある。それは日の沈みかけた、西の空が望めるバルコニーに着いてからはっきりと感じ取れた。

 魔族の少女の気配がなく、代わってかかった声は、それでも知っている者の声だった。




「待っていたぞ、要塞の管理者よ」


「……魔族の長か」




 不躾な監視の視線を感じる理由を蘇芳は思い至った。確か阿修羅族No.3も人身操作の術を持っていたが、あれに似ているのだ。そういった類の能力がここの魔族の長にもあるのだろう。被害者はルルであったようだ。




「なぜ、ここに?」


「もちろん、お前と話をするためだ」


「俺に話か…」




 トーヤでなく自身というのが不思議ではあったが、恐らく聖剣に関する事だろうとは予想がつく。




「申し訳ないが、聖剣の力は主のモノで、俺はその管理者にすぎない」


「クククッ…。分かっているのならば話が早い。

 だが、そんな風に身構える必要はないぞ」




 要塞への出入り口を背に、蘇芳は腕を組んだ。話を続けるよう視線で促すと、魔族の長も同様に、含みある者の顔で微笑んだ。




「聖剣の主であるトーヤは、どうやらあの人間の王を嫌っているらしい。だが、それは私も同じ事。ならば、私達は手を組むことが出来るのではないか?

 魔族に力を貸すと言うのなら、お前達の事、悪いようにはせん」




 要塞の北側に帝国の陣が出来た今、妥当な話だなと、考えながら無感動に眺めていると、彼女はその後、急に真面目な顔になって続けた。




「これまで、数千年もの間、魔族と人間は小競り合いを繰り返してきた。だが、全面的な戦争に発展した事は、ただの一度もない。

 我々魔族には、人間との全面戦争を行えば世界に破滅をもたらすという言い伝えがあるからだ。

 それれなのに、あの人間の王は、獣人の軍隊を作り、魔族を根絶やしにしようと戦いをしかけてくるのだ」




 もどかしい苦い気持ちは理解できる蘇芳は、その話を聞いて「なるほどな」と頷いた。




「俺から主に、魔族に力を貸せと話せと言う事か。

 それで見返りは何だ。主は戦争を望んでいない」


「我々もそうだ。お前達が聖剣とこの城の力で人間を滅ぼしてくれると言うのなら、我々魔族は手を引こう」




 到底頷けない話を振られ、ふんっと鼻で笑う蘇芳に、「それにな…」と彼女はふわりと炎の羽を閃かせると蝶のように浮いた。目だけを動かした蘇芳の片頬に手を当てると、美しく見える計算された角度で、艶やかに笑んで見せる。




「私としては、お前にも興味があるのだ。どうだ、要塞の管理者よ。

 お前は、魔族の女に興味はないのか?」




 するりと頬を撫でられ、驚きに軽く瞠目した彼は一瞬言葉を失った。だが、次の瞬間、そのまま食い殺さんばかりの凄みある笑みで「くだらん」と言い捨てた。




「戯れなら余所でやれ。俺はもう、狙い落とす女を決めている」


「―――っ」




 言った瞬間、魔族の長の長い爪で頬を引っ掻かれた。距離を取った彼女を放っておいて、引っ掻かれた頬に手をやると、指先に微かに赤が付く。どこからどこまで阿修羅族No.3の妖婦に似ているなと感じながら、前から来る怒気に顔を向けると、赤黒い憤怒を纏わせた魔族の長が、憎々しげに口を開いた。




「…それは、私の誘いを断るという意味か?」




 蘇芳は軽く目を細め、恐らく魔族の長も気が付いているだろう気配に向かって話しかける。




「どうだ、主よ」


「うっ…」




 まさか気付かれているとは思っていなかったのか、先ほどの気まずい場面を見たせいなのか、うろたえたトーヤがバルコニーへと出てきた。その気まずい表情は、魔族の長の怒気を前にすると大切な事を伝えるためか、強張る。




「冗談じゃねえよ。

 オレは戦争をやめさせたいけど、人間を滅ぼす気なんかない!」


「―――よく、わかった」




 ぶわりと炎が舞うように、レムンの周囲に火の粉が散った。




「魔族の長ともあろうものが、こうも恥をかかされて黙ってはおれん!

 私の誘いを無碍に断ったこと、必ずや後悔させてやる。覚えておくがいい!!」




 吊り上がった目の魔族の長を前に、緊張に身を硬くするトーヤとそれも含めて無感動に眺める蘇芳。彼らの目前で、怒りに吠えた彼女は、片腕を横に一閃させて掻き消えた。


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