side4 悪役と正義の仕事7
「好きな方を選ぶが良い。このまま首を刎ねられるか、それとも余に従うか」
滅多な事を言わないでと鏡花は一心に願った。いざとなれば自分の≪感応力≫か、装備品である銃でどうにかするかと迷いながら、隠したホルダーに手を伸ばして蘇芳と視線が合う。ちっとも慌てた様子のない彼に何か言おうとして、だが先にトーヤが答えた。
「ふざけやがって。誰が、お前、なんかに…」
「愚かな選択だ。慈悲はかけんぞ…っ」
青年が大剣を振り被る。片方の主人公をやられてたまるかと飛びだそうとして、しかし蘇芳に腕を取られた。
「やらせるか…っ!!」
声と共に、豪っと熱い塊が上空から降ってくる。
トーヤに剣を振り下ろそうとしていた青年が、直感的にざっと下がった。
「何奴!?」
体勢を立て直した青年が声を上げると、ふわりと上から美女が降りてくる。幻想的な炎の翼と深紅の髪の彼女は気の強そうな表情を妖艶に微笑ませた。
「聖剣の力、渡すわけにはいかない。それは、私のものだ」
彼女の姿を見、鏡花は久方ぶりに”職業病”が疼く。あ、サイン欲しいと場違いな事を考えながら、頬に熱を感じた。
一方青年の方は、その姿に苦々しく吐き捨てる。
「薄汚い魔族の長め。邪魔する気か」
「わかりきったことを。不遜な人間の王よ」
二人の視線が交わったと感じると、魔族の長は炎を纏い、皇帝である青年は大剣を構えなおした。
刹那、跳ね返るように起き上がったトーヤが二人の間に割り込む。
「おい! オレを忘れて勝手に盛り上がってんじゃねぇ!」
トーヤの空気を読まない感じに脱力したり、救われたように感じながら鏡花もはっと我に返った。同じような人間が居たようで、魔族のちびっこの内、魔女っ子が「レムン様!? な、何で、ここに…?」と声を出した。
「あら、あの女の子のこと、知っているの?」
エルフの弓使いが尋ねると、腰に手をやった魔女っ子。
「あったり前でしょ! あの人は、アタシたち、魔族の長よ!」
「あら、まぁ、どうしましょう…。大変な事になりそうね」
「もう、とっくになってるわよ!」
騒ぐエルフと魔女っ子を横目に、鏡花は視線を蘇芳に向けた。彼が動かなかったのはきっと魔族の長の気配にも気付いていたからだろうが、それにしたって落ち着きすぎだと思う。恨みがましい目を向けると、ただトーヤ、皇帝、魔族の長の側を眺めたまま、彼は微かに口の端を吊りあげた。
見れば、トーヤが息巻く二人に対して地団駄を踏まんばかりになっている。
「お前ら分かってんのかっ、オレは聖剣の主なんだぞ。少しはオレの言う事、聞けよ!」
ふっと、皇帝と魔族の長が笑った。
「バカバカしい。聖剣の主など、余の計画にとって、持ち駒の一つに過ぎんわ。
それにしても、聖剣の役目も知らぬ子供が主になったとは、厄介な事だ」
「そのような言葉を吐く資格など貴様にはないぞ、人間の王よ。お前の方こそ、世界をもて遊び危険にさらす子供に過ぎないのだ。身の程をわきまえるが良い」
「魔族め…! ここで、斬り捨てられたいか?」
「おもしろい! 出来るものなら、やってみよ!」
再び険悪な雰囲気になる二人に、「いい加減にしろよ!」とトーヤが声を荒げた。
「お前らがそうやって仲が悪いから、戦争ばっかしてんだろ?
二人とも王様のくせに、何で、みんなの事を考えないんだ!」
途端に無言になる周囲と、ちょっとトーヤを見直した鏡花。そして薄らと微笑む蘇芳様。どこか悪巧みするような彼の表情だったが、満足そうな視線に案外トーヤを気に入っているような印象を受ける。子供好きめ。
「…確かに、お前の言う通りだな。
ここで、この女を斬っても何が解決するわけでもない」
「おっ! あんた、話がわかるな。
だったらこのまま、仲直りの握手と行こうぜ!」
しみじみと言った青年に、トーヤはぱっと笑顔を見せる。
流石にそれは空気を読まなさすぎと鏡花が泣き笑いになった処で、青年も馬鹿にしたようにトーヤを見た。
「バカバカしい。そんな事をするぐらいなら、死んだ方がましだ」
「クククッ…。それだけは私も同感だ。初めて意見があったな、人間の王よ」
険しい顔の青年に、うっそりと微笑する魔族の長。
今回SREC側の仕事なので、鏡花は美女の様子を見てうずうずと身悶えするしかない。私も、悪役が、したい…。
「駄目だ、こいつら…」と完全に匙を投げるトーヤをまるっと無視した青年が大剣を納める。
「今日のところは、このまま帰るとしよう。だが、これで終わりではない。
この世の運命を決める最後のパーツが、聖剣なのだから…」
ばさりとマントが翻り、青年は来た時同様、唐突に西側のゲートから姿を消した。魔族の長である美女もそれを見届けると、ふいっと空中に浮き上がり、恐らく魔法だろうそれで掻き消える。
はっとして鏡花はコントロールパネルまで駆け上がり、片手をそれに押しつけた。≪感応力≫にて二人の位置を探すが、魔族の長は完全にロスト、皇帝である青年は何と、西側の聖剣の部屋、テラスからの侵入である。
「飛行艇?」
後で設置した防犯カメラにはその姿があった。次からは空も警戒しないといけないし、下手すれば≪感応力≫を切る暇もないかもしれない。
鏡花は眩暈がするように片手を額に当てた。
「無事か。赤の剣の主よ」
それまで微動だにしなかった蘇芳がようやく一歩前に出た。いい加減疲れたようなトーヤは、憮然として肩をすくめる。
「……ほんと、参ったよな。
何で、北の帝国と魔族って、あんなに仲が悪いんだ?」
「そんな事は、帝国の人間なら子供でも知っている事だろう?」
皇帝の姿が消えてほっとしたようなケンタウロスの戦士が、そう言って腕組みをする。するとトーヤは困ったように片手で頭を掻いた。
「オレさぁ…。いろんな国の辺境を旅して暮らす、山岳民族の出身なんだ。時々町に降りたりもするけれど、たいていは山ん中で生活しててさ。だから、帝国と魔族の確執って言われても、いまいち、ピンとこないんだよね」
「それは俺達にも言えることだ。戦士よ、説明してもらいたい」
そこら辺、資料紛失・業務連絡不可の鏡花たちにも関係する事柄なので、蘇芳は興味を持ったようだ。
トーヤと彼の二人を交互に見、戦士は「なるほど」と頷いた。
「帝国と魔族は何百年もの間、ずっと小競り合いを続けてきた。そのせいで、国境地帯では今までに多くの騎士や戦士達が命を落としている。かの皇帝も最前線に赴き、国を守るために自ら魔族と戦ってきたのだ」
「ふむ」と蘇芳も腕を組む。よくあるケースよねと、聞きながら鏡花は思うが、これはDHでなくSRECの仕事と、勘違いしそうになる度に心中で念じた。
「では、魔族側の理由は?」
蘇芳が続けた言葉に、ケンタウロスに戦士は変な顔をした。彼だけでなく、北の帝国側にあるヒューム達は皆そうだ。それに魔族である魔女っ子が引き継ぐ。
「そんなの、人間が攻めてくるから追い返しているに決まってるでしょ」
「ルルちゃん…声が大きいよぅ」
子供である事を考慮しても魔族側の主張が奇妙だったのか、ヒューム側がさらに変な顔をする。
それにも頷き、蘇芳は「双方に誤解があるようだな」と冷静に下した。
「一介の民でさえこれだ。国の王ともなれば、そう簡単に事が運ぶ事は難しいだろう」
「そんな事は、どうでもいいわ。問題なのはこれから先、聖剣と要塞の力を狙って、二つの国の争いが激しくなるって事よ。この力を手に入れた国が、間違いなくこの戦争に勝つんだから」
普段から痛々しい空気の、もう一人の聖剣の主の声に、蘇芳は流し目でリィルを見る。トーヤも急な声に驚いて彼女を振りかえった。
「いったいどうする気なの、トーヤ」
「そんなの決まってんだろ。もっともっと、強くなる。
あいつら、オレの言う事なんか聞かねえんだから、実力行使しかねえよ」
困ったような、それでも王様になるという夢に希望があるのか、腰に手を当てて言うトーヤに、リィルは冷めた目をして彼を見下ろした。
「そして、王さまになろうって訳ね。……なんて、くだらない!」
吐き捨てた彼女は、常々から思っているのだろう「どうしてトーヤみたいな人間が、聖剣の主になってしまったの……」と目を伏せて嘆いた。
あんまりあからさまに本人の前でするのもどうかと思うけれどと、鏡花は苦い物を飲み込んだような顔をするが、他に誰か声をかけるものはいないようだった。
この空気をどうするかと考えた鏡花は、しかし目についたランプに止まった。
「救難、信号…?」