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Darker Holic  作者: 和砂
side4
84/113

side4 悪役と正義の仕事6



「おわっ、何だ何だ」




 一晩明けてトーヤ達が帰ってくると、リィル達は満身創痍、鏡花たちも何処となく疲労を滲ませて彼らを迎えた。蘇芳に持ってきたクリスタルを渡したトーヤに、鏡花は「お帰りなさい」と声をかける。




「留守中に敵の襲撃があったのは知っているでしょう」


「あぁ。オレ達が遺跡に入ったぐらいの時間だったよな」


「実はそれ、野良モンスターじゃなくて、北の帝国の軍隊だったのよ」




 途端トーヤは「えっ」と驚いた顔をした。何故北の軍隊がこちらに攻めてきたかわからない様子だったが、一つ思いついたのか、険しい顔で尋ねてくる。




「もしかして、この間のキャント村で暴れていた奴か!?」


「それもあるわ。でもそれだけじゃなくて、彼ら、聖剣を狙っていたようなの」


「っ、あ……」




 以前、住民がいる村で戦争を始めようとしていた魔族と北の軍人に遭遇した際、トーヤは自らが聖剣の主であると名乗っているのである。それだけでなく、その隊を率いる軍人も随分と小賢しい人物のようで、トーヤを逆恨みした揚句、捨て台詞を吐いて逃げ出したと言うから、そういった私怨もあるのかもしれない。




「先の襲撃は偵察目的だっただろうが、まだ北の山中に本陣が残っている。このまま放置し奴らが繰り返し攻めてくれば、こちらが疲労していくだろうな」




 レーダーを示した蘇芳もまた、大きく映る北の帝国本陣に脅威を感じているようだった。彼らは山中に大きな関所も作った様子で、地図一体が赤く染まっている場所がある。




「それで提案がある。これから解放されるブラスター砲を使用して、敵の関所を破壊するのはどうだろうか」




 蘇芳が話した事に、鏡花とリィルは軽く息を飲んだ。リィルは文献から「神の鉄槌」としてのブラスター砲の知識があり、鏡花は起動した場合の効能範囲について計算していたからである。

 確かに、北の要塞を破壊できれば北の山脈の向こうにある帝国からの彼らの足は止まるだろう。だが威力に関してだけでなく、ブラスター砲を使用するには末端を持って行き、実際の現場で指定しなければ発射出来ない欠点がある。末端で指定をした人物が巻き込まれる危険もあるのだ。




「ブラスター砲は末端の位置情報を元にして、要塞から遠距離砲撃を行うものだ。末端を持った人間が砲撃地点まで行き、攻撃対象を指定すればいい。

 現状では、それほど遠くの地点は狙えないし、屋内を砲撃する事もできないが、北の要塞なら問題ないだろう」


「そりゃあ凄そうだな。早速使ってみたいし、あっちもその気ならオレだってやってやる!」




 鏡花たちの心配を余所に、なんでもない事の様に蘇芳が言い、本陣を叩いて追い返す気になったトーヤはそう言ってぐっと拳を握った。




「了解した。敵の本陣までのルートをレーダー情報に入力しておこう」




 了承を聞くなりコントロールパネル前に座って作業し始めた蘇芳。

 彼を横目に、鏡花は息巻いているトーヤを覗きこむ。




「トーヤ。やる気満々なのはいいけれど、末端で指定してすぐ逃げなさいよ?

 案外威力が強くって、巻き込まれる危険だってあるんだから」


「わかってるって。キョーカも、リィルみたいに心配症だな」




 鏡花は二人兄弟の姉で、下に弟がいる。危険故の注意を促して、実の弟に煙たがれるような、そんな男の子特有の呑気さがトーヤにも見え、ついつい鏡花は口を開いた。




「…見ていて安心感を持てる男になってから言いなさいよね」


「んなっ、何だよっ」




 子供っぽい処を自覚しているのか苦い顔をしたトーヤにつんとしつつも、一々愚痴っぽい感じが年増なイメージで、蘇芳の方へ歩み寄りつつ嘆息する。そのまま手を組んで、頭の後ろに。その際、普段はない腕輪の存在を見、さらに鏡花は眉根を寄せた。



 腕輪の紋様が増えてくるたび、鏡花は《感応力》を手にした時の事を思い出していた。シュートランスを追いかけてDH社に入り、下っ端としての研修や日々のOLの仕事をこなしながら、いつの間にか手に入っていた力であるが、あの時も何だか身の内に誰かもう一人いる様な、尻の座らない思いをした様な気がしていた。

 丁度今も、自分の力として認識している《感応力》以外に何かあるような、変な存在を感じているのだ。もしかするとこの腕輪の効果かもしれないが、満員電車に乗って左右から圧迫されるような、そんな変な感じがして気持ち悪い。


 それが自分だけであるのかはわからないが、蘇芳の場合はむしろ、自分の力を未だ封じられたままであるし、違うかもしれない。何と説明していいか彼女自身もわからないから、まだ彼に相談していないと言った所だ。



 ラフな姿勢で背後に寄り見下ろすと、卓上作業よりも先ほど防衛した時のような肉体労働が得意そうな外見で、ちまちまキー入力している。メインシステムであるブラスター砲の初期整備は鏡花が予め行っていたため、蘇芳は、彼の得意な演算で要塞のエネルギーとブラスター砲の効率を調整している様であった。どうやら阿修羅族の理論を使っているらしく、≪感応力≫を使用していない状態では彼が何をしているのかわからない。




「どうした」




 作業は継続したまま声が向けられると、鏡花は「別に」と答えた。本当に、ただ何となく、だ。

 すると、キー入力音に混じって、微笑するような音が聞こえる。




「お前は、いつもそうだな」




 どんな顔をしているのか知らないが、何処か懐かしむ声音に、鏡花は「ん?」と返事をした。




「”黒星陣(阿修羅陣営)”に居た頃から、そう言っている」


「……手持無沙汰なの。普段の仕事と感じが違うし、私は応用利かないタイプだから、不安なのよ」




 合点がいった鏡花はため息交じりに後ろ手に組んだ手を放し、蘇芳の作業する画面を覗く。それから彼の作業するパネル上の半分を無理矢理占拠し、レーダーのチェックを行った。

 急にじゃれてきた猫の好きにさせるように手を離した彼は、今度は彼女の作業を眺めつつ口を開く。




「北の要所を破壊すると言ったが、そうなれば奴らは、手薄になったここを攻めてくるだろう」


「え?」




 鏡花がぎょっとして蘇芳を振り返れば、片頬に頬杖をついた彼が、見たままの鬼のような笑顔でレーダーを眺めていた。片手をついっと北側の赤い個所にやった彼は、それから地図上の様々な個所に指を置いて行く。




「俺が将ならば、そうする。北の要所など、こんなものはただの張りぼてだ。片方の聖剣の主が出てきた所で、手薄になったここを攻め落とす。そうすれば、如何に聖剣の主といえ、能力を制御されたようなものだ」


「じゃあ、何でトーヤに提案したのよ」


「ブラスター砲の程度の確認と、実際、アレは目障りだ。まだ偵察だけの内に実行するが望ましい。ここの防衛に関しては、少々不安ではあるが」




 そうして彼は自身の腕輪を薄く見た。鏡花と同じく、薄らと刻印が入り始めたそれ。




「EGエネルギーは回復しそう?」


「今のところ、云とも寸とも言わん。闘気を込めれば腕輪に吸われるのが分かるだけだ」




 蘇芳は嘆息するように短く言い、鏡花の手を取った。彼女の腕輪も眺め、目だけ動かして鏡花を睨めつける。




「俺の闘気が腕輪を介してそちらに流れているわけでもなさそうだ。死霊レイスと対峙した際の防御反応が何かはわからんが、これ以降は無理はするな。何があるかわからん」


「言っておくけれど、あれは避ける気だったんですからね」




 鏡花は戦闘ランクEとはいえ、腐ってもDHの実務部スタッフだ。蘇芳の彼女の言にも疑問を呈する視線を受けながら、憮然として返した。それを鼻で笑い、彼は彼女を解放する。

 次いで真面目に鏡花のレーダー入力の作業を引き継いでと、ふと手を止めてゆっくりと立ち上がった。不思議そうにする鏡花の眺める中で、彼は階下で北の帝国が動いた事に対する不安を顔に出しているトーヤとリィルの両者に、彼は近づく。




「主よ。客人のようだ」




 彼の言に、鏡花もトーヤ達も「え?」と目を丸くした。

 次の瞬間、コントロールルーム西口のドアがシュンと開く。


 立っていたのはトーヤ達のパーティではなく、蘇芳にも劣らない長身で筋肉質の男。印象的な金髪と背に巨大な剣を背負っており、しかし外界の戦士ではなく、騎士に似た豪勢な装束に身を包んだ青年だった。

 当然、鏡花も蘇芳も知り合いではないが、リィルとケンタウロスの戦士がはっと息を飲んだ。




「……素晴らしい!」




 コントロールルームに居る皆々を睥睨してそう漏らした青年に、トーヤは「誰だ!?」と叫ぶ。




「子供相手に、名乗るつもりはない。お前達には、少し聞きたい事がある」




 件の人物がそう返せば、警戒しながらも小さくリィルが「うそ…、まさか、あの人…」と呟いた。≪感応力≫により、地上と行き来出来るゲートは全て封鎖している鏡花も「へ?」と目を丸くする。

 今、この要塞でロックがない場所と言えば、聖剣が納められていた二階、東西の部屋のテラス窓ぐらいである。地上からは三階建て分の高さがあるそこは、突起もなく、周囲も渓谷の崖で、空からぐらいしか侵入はできない。




「どうやって…?」




 鏡花が呆然と呟いた折、東側からは魔族のちびっこ達とエルフの弓使いが飛び出してきた。それをまた悠然と眺めながら「なんと、魔族まで居るのか」とちびっこ達と蘇芳を見る。

 丁度二人の聖剣の主の前で青年を見返す彼は、不敵に微笑んでいる様子もあった。それなりに実力を持つ、相手に出来る人物が前に立つとすぐこれだ。変に挑発しないでよと横目で見れば、むしろ彼より隣のトーヤの方が血気盛んだった。




「あいつのこと、誰だか知ってんのか?」




 先ほど呟いたリィルを振り返り、しかしその隣のケンタウルスの戦士が重々しく頷く。




「もちろんだ。あの御方は、オズワルドⅡ世……北の帝国を統治する皇帝陛下だ」




 「ほぅ…」と関心する声が聞こえ、鏡花はぎょっとして相棒を見る。猛々しく笑う顔に嫌な予感を覚えて、大急ぎで階下のリィル達に駆け寄った。トーヤの「げっ、マジかよ?」との声も拾い、笑っていいのか悪いのか、変な頬の動きを自覚する。




「余は、聖剣の主に会いに来たのだ。どこにいるのか、教えてもらおう」




 まぁ、当然のことだろうと蘇芳を除く皆が一斉にトーヤを見つめる。トーヤもトーヤで、蘇芳の隣に並び、まだ悪戯っ子のような幼さが残る笑みを見せた。




「聖剣の主なら、あんたの目の前にいるよ」


「何と…! お前の様な子供に聖剣を抜く資格があったというのか? まったくもって、解せんな」




 軽く目を見開いた皇帝に対して、トーヤは聞き流す事にしたのか「オレはトーヤって言うんだ」と続ける。




「あんた、何でオレに会いに来たんだ?」


「我が帝国、建国以来の悲願を叶える為だ」




 皇帝から言われた瞬間、鏡花はこの仕事前に読んだ資料を思い出そうとした。どこかにヒントがあった気がすると思えば、蘇芳も腕組みをし、何処となく思案顔である。次いで、皇帝らしく青年は傲慢に告げた。




「――よく聞くがいい、トーヤとやら。これより、この城と聖剣の力は帝国の為だけに使え!」




 「それを誓うのなら、お前を生かしておいてやろう」とまで続けられ、沸点の低いトーヤは表情を変えた。




「何だと、この野郎。偉そうなことばっか言いやがって…」




 確かに今の物言いは、鏡花としてもカチンと来た。

 だが、「やれるもんならやってみろ!」と剣を抜いたトーヤにケンタウロスの戦士も「止せ」と制止の声を上げる。




「皇帝だか何だか知らねぇけど、ぶっとばしてやる!」




 雄叫びをあげて斬りかかったトーヤだが、青年は余裕の表情で背から大剣を抜き、一度トーヤと剣を合わせた。

 かと思えば次の一瞬、鏡花には何が起こったのかわからなかった。


 宙を飛ぶトーヤの剣。

 「うわぁっ」と大きく後方に飛ばされる彼の体。

 どしんっと尻餅をついたトーヤの姿だけ確認が取れる。




「これは意外な。聖剣の主というには、あまりにも未熟」




 高らかに笑い混じりに言われ、蘇芳の体がぴくりと反応した。鏡花も出来るなら肩を思いっきり落としてしまいたかった。それぐらい、呆気なくトーヤは敗北した。大剣を軽々と扱う青年は、そうしてトーヤの首を狙って剣を突き付ける。

 見守る皆の中で、北の帝国の出身であるケンタウロスの戦士が苦い顔をした。




「流石はオズワルド帝……腕が違いすぎる」




 魔族のちびっこ達などは魔法が得意の筈だし、エルフの弓使いも遠距離で邪魔をする事は可能だろう。だが、一瞬でも動けばトーヤが危ないとわかっているためか、鏡花も含め、動けない。「さぁ…」と青年がトーヤを見下ろした。


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