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Darker Holic  作者: 和砂
side4
81/113

side4 悪役と正義の仕事3

 清流と木々に囲まれたこの森は、低レベルの冒険者御用達の練習用の森として有名である。それが初期モンスターであるウリボーの住まいという事もあるが、遺跡についても粗方探ってしまって何もないと有名だったからというのもあった。

 そんな中にあって、鏡花と蘇芳は中層から横に道をずれ、高台に上る道へと入る。時折クモ型のモンスターに遭うこともあるが、結構な大きさのそれに怯むことなく、蘇芳が害虫を駆除するように踏んで殺してしまうので、もう鏡花も脅威には感じなかった。精々、あ、またかと言ったようで、慣れてしまった今では彼女も足で蹴って通っていた。


 辿り着いた高台は古い遺跡跡の積み上げ石でできており、円状になった広場に入り口らしきものは見当たらない。ただ、一か所、一段だけ高く積まれた場所があり、鏡花は恐る恐る近寄った。

 腕輪が光り、足元のブロックが鈍い音を立てて動く。軽い地震程度の振動が起こり、そこにぽっかりと入り口が出現した。鏡花は笑みを浮かべて、背後の蘇芳を振り返る。彼の腕輪も同じく光っており、彼は頷くと先に足を踏み入れた。

 中は暗く、腕輪の光源を頼りに二人はそこを下りる。底まで足が着くと、足元に、非常灯程度の明かりが、真っ直ぐ前に点々と点く。そこでまた小さな地震程度の振動が起こり、入り口が閉じた事が二人にわかった。それから非常灯程度だった明かりが、薄明り程度に部屋の中を照らす。




「非常灯だけでも点くのね」


「先にコントロールルームへ行くぞ」


「了解」




 鏡花達はやっと目的地である、聖剣の遺跡に辿り着いた。

 この遺跡は、選ばれた勇者が旧文明を滅ぼした怪物と戦うために用意された要塞で、そこの管理者として二人は送り込まれたわけだが、元々勇者の為につくられた要塞は、どうやら勇者が来ない事には起動できず、最低限のエネルギーしか使う事ができない様子だった。

 鏡花の感応力を持ってして、やっとエネルギー効率を開始できたぐらいである。これではSRECはもとより、DH社にも連絡できそうになかった。




「仕方ない。聖剣の確認に行く」


「あ、私も」




 コントロールルームの中央を貫く通路の両側に聖剣が収まっているようだった。円状の部屋の中央に刺さる白い剣を確認すると、鏡花の腕輪が輝く。

 どうやらこれに対応しているようだと、鏡花はそれに手を触れてみたが、抜くこともできなかった。




「やっぱり、主人公しか無理なのね」




 次に反対側の剣の間に行くと、こちらも同じく円状の部屋の中央に赤い剣が突き刺さっていた。今度は蘇芳の腕輪が輝くので、各自、鏡花は白の剣、蘇芳は赤の剣の担当と決める。

 蘇芳が周囲を調べると、こちらは洞窟側に入り口があるのがわかり、そこから主人公が来るものと目当てをする。と、鏡花が慌てた様子でこちらに声をかけた。




「ゆ、勇者! 勇者が来てる!」


「何…?」




 蘇芳が振り返ると、デバイスを起動した鏡花が、防犯カメラの一つを拡大した。先ほど確認に行った円状の部屋の中央に刺さる白い剣の前に、少女が居る。そこまで見て鏡花は「あ、やば」と呟いた。白い剣は、この要塞を動かす鍵の半分、鏡花の担当と、先ほど決まったばかりである。




「ちょっと、行ってくるわ」


「俺も行こう」




 森へ出るとき用の古い外套を脱ぎ捨て、鏡花はぱっと鏡で外見チェックをし、仕事用の秘密道具を奪うように持って駆け出した。蘇芳はまだ出るわけにはいかない事もあり、外套を羽織ったままである。


 この遺跡まで入り込むことが出来るのは現在では管理者と選ばれた勇者で、さらに剣の間まで来ている所から見て、この少女が勇者の一人であるのは間違いないだろうと思われた。あとは剣を抜いてしまうと、要塞の自動登録により少女がこの要塞の主の一人となる。

 まだ気づかれるわけにはいかないからと足音を殺して走り、ようやく鏡花が剣の間の、管理者用の入り口にたどり着いた頃には、少女は剣を抜いてしまっていた。




「きゃっ」




 抜けた事にも驚いていた少女は、その剣が光り形を変えたのにも声を上げていた。同時に、鏡花の感応力にも触れる程の衝撃が、要塞の動きに入る。一瞬ノイズが入った思考を舌打ちして消し、鏡花の見守る前で、少女の持った剣は長く伸び、女性らしい細い鎖となって少女の片腕に巻きついた。

 手の先に伸びるように巻きつく鎖は、手の甲の部分でさらに丸く形を変え、青い石のついた手甲の形を取る。中指に指輪の様に収まって、光は収束した。鏡花はその変化に息を飲んでいたが、すっかり収まってしまうとにやりと笑う。




「ビンゴ」


「らしいな」




 要塞の機能が半分起動したのを確認し、鏡花と蘇芳は頷いた。その後鏡花はもう一度姿を確認すると、戸惑ったように片腕の装飾を眺める少女の前に、足音を響かせて姿を現す。軽く髪を払い、微笑んだ。




「ようこそ、白の剣の勇者。私は“キョウカ”。要塞の管理者よ」


「聖剣の守り手!?」




 途端、少女ははっと振り返り、鏡花の姿を認めるとそう叫んだ。

 実を言うと、この聖剣の伝説とその守り手については、深く遺跡を研究した人物でないと知らないという話だ。確か、北の老学者がそれについて研究していたが、今年初めに没したはずだった。それを、この少女が知っているのに、鏡花は目を見張る。思わず口が止まると、少女が厳しい視線を向けるのは同時だった。




「私は、この聖剣を封印するために来たの。聖剣の主として命じます。剣の守り手よ、この剣を封印して!」




 その言葉にさらに鏡花は目を見張った。聖剣の主は、強大な力を手にするとこの地では伝説にされている。そんな理由でなく封印を求める事に、この少女がさらに深い所まで聖剣の伝説を知っているようだと彼女は判断した。だが、鏡花は驚きを隠すと、努めて冷静に声をかけるよう心掛けた。




「この要塞の鍵は、白の剣だけでなく、赤の剣も含まれているのだから、それは不可能よ」


「では…その剣の場所へ案内して。どちらも私が主になれば、剣の封印は可能なのでしょう?」




 どこか悲壮感を含ませた少女の顔を見て、鏡花は赤の剣の主は別に居ると言えなくて、静かに頷いた。どうせ無理だと言っても、この少女は試す事をするだろうとはっきりわかる。




「ご随意に。白の剣の主」




 鏡花は言うと、ついてくるよう踵を反した。ちらりと背後を伺えば、薄暗い物陰から蘇芳もついてきている事がわかる。気持ちゆっくりと歩くと、部屋に着いた途端、少女は赤の剣に駆け寄った。やおら真剣な顔で白の剣とは違う形状のそれに手をかける。ぐっと引き抜こうとしたようだが、びくともせず、少女は顔を歪めた。




「気はすんだ?」




 鏡花が声をかければ、彼女はまるで仇を見るようにこちらを見る。その強い視線にうっと身を引きそうになった彼女だが、恨まれる覚えはないしと困ったように微笑んだ。こちらに敵意がないとわかると、少々バツの悪い顔をする少女だが、それでも強い口調で話す。




「貴女は知っているんでしょう。聖剣の封印が解かれる時…」


「“古代の神が復活する”?」




 困ったように鏡花が続ければ、少女は泣きそうな顔をした。やはりという確信があったのだろう顔を見れば、この少女がこの地にある伝説についてとても詳しい事がわかる。

 だが、鏡花は気を引き締めて真剣な顔をすると、少女の前に膝をついて言った。




「私は、この白の剣を司る者。太古の昔、その神を鎮める為に聖剣が造られ、私達は次代へと残された。貴女を助けるために居るの。貴女は貴女の思うとおりに動いて良いのよ。ところで、そろそろ名前を教えてくれる?」
















 巨大な木々が生える豊かな森と清流。比較的レベルが低い冒険者でも入れるその森の入り口に足を踏み入れたキツネの獣人は、足元に突き刺さった矢に悲鳴を上げて尻餅をついた。

 矢の飛んできた方向、一本の木の上には、深くフードを被った人物が弓を片手にキツネの獣人を睥睨している。




「ちょ、姐さん、そりゃないですって」




 キツネの獣人は、その姿を見つけるとへこへこと両手を揉んでそう言った。それに対して、案外小柄のその人物はフードを上げて、不機嫌そうな顔をする。特徴的な耳を持つ女性の、短い黒髪がふわっと浮いた。




「よくも顔を出せたものね、ネ=ギルナ。この間の素材、街での流通価格の三分の一よ?」


「へぇ。それは、アレ、人件費というもので…」


挿絵(By みてみん)


 びくりとしたキツネの獣人は、ぶわっと尻尾を膨らませながら、揉み手をさらに擦ってそう言った。木の上に居た鏡花はさらに歯を剥きだすようにして顔を歪め、続ける。




「何で街の流通価格を知っているかって顔をしているわね。行ったに決まってるでしょ、もちろん」


「あいやぁ。よく捕まりませんでしたね」


「お・か・げ・さ・ま・で・ね!」




 一字一字区切りながら言い、鏡花は、今はもう慣れてしまった弓を引いた。ぼすっ、ぼすっ、ぼすっとキツネの獣人の足元に狙い違わず落ち、さらに「ひゃあぁ!」と悲鳴を上げてネ=ギルナは後ろの木に隠れた。

 ハーフエルフの外見そのまま、弓まで使う鏡花は、街に行けば魔族として兵士に囚われてしまう。




「それで、頼んでいたモノは?」




 背後から低い声が聞こえて、さらにネ=ギルナは後ろを振り返って悲鳴を上げ、転がるようにして前に戻ってくる。

 気配もなく後ろに立ったのは蘇芳で、こちらもハイオーガの外見からの変化はない。鏡花よりもさらに驚異的にみられる魔族として、彼は賞金がかけられていた。この、二人が潜む森にも、何度か賞金稼ぎがやってきている。




「あ、…な、なんだ、旦那。驚かさないでくださいよぉ」




 普通のオーガは人里を襲う低能魔族であるが、同じ角持ちでも蘇芳は違うと、以前盗賊に襲われている所を助けられてネ=ギルナは知っていた。ただ、急に背後に立たれる事といい、恐ろしい強さを持つといい、顔が怖い事といい、何かと心臓に悪い。

 そんなネ=ギルナに蘇芳は仁王立ちのまま、軽く顎をしゃくった。




「はいはい。食料と武具一式ですね。ちゃんと用意していますよぉ、そりゃあ」




 不釣り合いなほど大きなカバンを背から下ろし、ごそごそと広げ始めるネ=ギルナに、鏡花はすたっと木から降りて不満そうに蘇芳に言った。




「この価格も倍以上よ、信じられない。いい加減、強奪しても良いと思うのよね」


「落ち着け。便利が良いのは、本当だ」




 鏡花の言に「ひぃっ」と大仰に飛び跳ねて見てから、蘇芳の後ろに隠れる調子が良い商人を、鏡花は睨んだ。このネ=ギルナというキツネ獣人の商人と交流が始まったのは、偶然盗賊に襲われている所を蘇芳が助けてからだ。金にがめついというか、正直な性格の奴は、金払いさえよければどんな奴にでも商売をする柔軟性のある人物だったことで、こうして時折鏡花達も要りものを調達していた。




「本当ですよ、姐さん。最近じゃあ、北も南もピリピリ髭が震えるもんで、武器なんて許可書がないと買えないんでさ。商売あがったり、ですよ」


「………百歩譲って、今回のを水に流しても、価格は正規にしてもらうわよ」


「へ、へい…」




 歯切れの悪い返事だが、きちんと承諾を貰い、溜飲を下げる鏡花。いつまでもぼったくり商人の良い取引先になるつもりはない。

 品物を確認していた蘇芳は物資を全て受け取ると、「確かに」と言って金を渡した。




「まいどありぃ~」




 明るく返事をされ、鏡花の顔がまた歪む。怒りを押し殺すようにして、渡された弓矢を補充し、地面に刺さっていたそれも回収した。それから木の洞に隠していた皮袋を取り出して、ネ=ギルナに投げる。




「ウリボー三体分よ。“ママ”はこの間から見てないから、もうしばらく後ね」




 ウリボーと呼ばれる猪とその親玉であるウリボーママは、この森で見かける一般的なモンスターである。ただしママは所謂ボスであり、格段にレベルが高く、人三人分ぐらいの大きさで恐ろしいため、鏡花は後ろから援護射撃しかしたことがない。




「へ、へぇ。では、36GP…」




 また三分の一価格で値切ろうとするネ=ギルナに、鏡花は素早く「108GP」と言った。




「ちょ、姐さん…」


「108GP。それでもまだ安いって知ってんのよ?」




 街での価格は、平均して一体45GP。だが、鏡花も物資を横流ししてもらっているとの事からそこまで無理は言うつもりはなかった。鏡花の言に「ぐぬぬ」と唸っていたネ=ギルナであるが、がっくりと肩を落として「負けましたよ」と、料金を払った。




「良かった。これで服が替えられるわ」


「そんなぁ。姐さん、おいらの店で買ってくださいよ」


「あんたのセンスと合わないの」




 誰かに言われた事があるのか、再度がっくりと肩を落とすネ=ギルナ。すると用は済んだと、荷物を持った蘇芳が森の奥へと行こうとするのに気が付いて、鏡花もまた後を追った。鏡花は一度ネ=ギルナを振り返り、「じゃ、また、来週ね」と明るく手を振る。キツネの獣人は、ふりふりと尻尾と手を振りながら答えた。




「今のは誰?」




 途中、木々の間から出てきた少女に鏡花は苦笑して「金にがめつい商人よ」と教えた。金の髪に綺麗な青い目の少女は、右腕の鎖をシャラシャラ鳴らしながらついてくる。




「ネ=ギルナって言って、とんでもない悪党だわ。このパンなんて、通常の三倍の値段よ、信じられる!?」


「“キョウカ”」




 白パンでもない麦芽のパンを見せて嘆く鏡花に、蘇芳が名を呼んでたしなめた。この食糧は、鏡花と蘇芳、そして白い剣の主である少女の分もあるからだろう。だがそこまで気が回らなかったのか、それとも気にしていないのか、鏡花と二人で「困ったわね」と唸っている少女を見て、蘇芳ももう何も言うまいと口を噤む。




「そういえば、新しい冒険者は来ていた?」




 赤い剣の主までやってくれば大きく運命が動き出すと憂いを深める少女は、剣の主になって以降、この遺跡を探しに来る冒険者に紛れて違う道を教えたり、パーティに入ったりしながら遺跡発見を阻止しようと頑張っていた。

 物凄く不毛な事をしていると思っている鏡花達は、少し彼女を心配している。鏡花が尋ねれば、顔を曇らせて「新しいパーティが来たわ」と少女が言った。




「少年が一人、エルフの弓使いが一人。あとは、ケンタウロスの戦士よ」


「ヒュームのパーティね」




 鏡花と話をしていても、彼女は暗い顔で「止めなくちゃ」と言い出した。何とも言えずに鏡花と蘇芳は顔を見合わせるが、白の剣の主はぎゅっと手を握ったままである。




「リィル。いくら剣の主になったからって…貴女が全部を気負う事はないのよ」




 この地に残る伝説を知り、生き急ぐような生真面目な少女に、鏡花は思わずそう慰めたが、声が届いたかはわからない。先を見れば、こちらをちらりとも振り返らない蘇芳が居て、鏡花は益々深く溜息を吐いた。




「もうちょっと、気を抜いても良いと思うんだけど」


「無理よ」




 少し拗ねた顔で言われれば、鏡花も苦笑するしかない。彼女は先をさっさと行ってしまう蘇芳を呼び止め、先を急かすように少女の肩を一度叩いた。


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