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Darker Holic  作者: 和砂
side4
80/113

side4 悪役と正義の仕事2


 この世界はヒュームと呼ばれる人・ケンタウルス・ワーウルフ・エルフと、魔族と呼ばれる他種族とに分かれており、北はヒューム、南は魔族と別れて暮らしていた。

 どうやら一度文明が滅びたというのは、遺跡が各地に残っている事から知られており、北のヒュームは遺跡発掘が盛んだという話である。それも南の魔族に対抗するためというからきな臭い。

 そんな中、聖剣と呼ばれる最高の力を秘めた遺物があるという噂が立ち始める。手に入れた者に強大な力を授けるというその剣を求め、南北はもとより、トレジャーハンター、力を求める者共が各地へ散った。

 この森も、そんな彼らの目的地の一つである。


 巨大な木々が生える豊かな森と清流。森の先に見えた影に、鏡花は絞った弦を放していた。ヒュンと風を切るそれは、ボスッと鈍い音をさせて手ごたえを感じさせた。それでも先を急ぐ影に木立の隙間を狙って、三、四発打ち込むと、動揺からか影のスピードが上がった。3、2、1とタイミングを合わせて合図をすると、木の上から飛び降りる影。


 ――――――ごぉんっ


 実際にそういう音が出るなんて思わなかったが、噴出している暇などない。一撃で仕留めるつもりだったようだが、彼の延髄蹴りは衝撃が足らなかったらしく、獲物は鈍いながらも彼の方を振り返った。恐ろしく巨大な猪である。

 ここら一帯の冒険者が安心して狩りができるウリボーという猪の中でもさらに大きな、ウリボーママという破格の存在であった。

 初心者冒険者が多いこの森の深くに進むと、こういう化け物が居るだなんて、ルーキー殺しも良いところである。


 ぶるっぶるっと鼻息荒く、身体を揺するようにして前足を掻いたウリボーママは、目の前に着地したオーガのような男に威嚇する。けれど、涼しい顔をした彼は慄くどころか、腰から前腕程の長さのナイフを取り出して構えた。

 睨みあう事しばし、先に動いたのはウリボーママでその巨体を生かして突進してくるのだが、男は大きくそれを避ける。木々を飛ばして二本目で戻ってきたママに、手近な木の枝を掴んで昇り、さらに上から飛び掛かった。次の狙いは、耳の後ろ。片手に持った凶悪なナイフで切りつける。

 ぶしゅっと大きな血管を切ったが、抜かない事には効果が薄い。そこに向かいの木の幹に掛かるよう矢が通って、彼は矢から張られたロープを手にして離れると同時にナイフを抜いた。ばしゃっと冗談のように大量の血が降ってくる。一瞬にして生暖かく、どこか甘い匂いがして近寄ってきた鏡花は軽く顔を顰めた。ウリボーママは少し痙攣したかと思うと、どうっと横倒しになって動かなくなる。


 酷いスプラッタだが、鏡花も回数を繰り返してそこそこ慣れてしまったし、背に腹は代えられない。魚を捌くような物だと言い聞かせて、巨大な豚肉を見る。

 きっと酷い顔をしているなと思った彼女よりも、血塗れでさらに酷い蘇芳が来て、とうとう彼女はうっと顔を背けた。全身血塗れで、凶悪な顔で、もう、本当に大量殺人をしてきたかのような彼である。彼はちらりとこちらに視線を向けたが、あまり役に立たないと知っている鏡花に「向こうへ行っていろ」と短く言うと、あのナイフを手に血抜きと解体を始めた。


 見ていて気分の良いものではないので、彼女もまた近くの河原へと出向き、蘇芳の着替えを用意し、そこで素直に待った。解体にも体力がいるのだろう、しばらくしてから剥ぎ取った皮に肉を入れて彼が姿を現す。比較的汚れている装束で狩りをする彼だが、申し訳ないけれども完全にモンスターにしか見えなかった。

 不機嫌そうに肉の入った皮を放り投げ、服のまま血まみれの体を澤に沈める。瞬間真っ赤になった澤に、軽いホラーを感じながら、鏡花は血汚れを気にしつつ、まだ温かい皮を広げた。




「そろそろ移動するか」




 澤から声がかかり、恐らく全部脱いで禊をしているだろう彼に背を向けたまま鏡花は返す。




「えぇ。ところで、着替えはあっちよ。振り向いて良い?」


「やめておけ」




 ざばっと水音がし、彼の声がすれば、鏡花も頷いて肉の確認を終える。皮でもう一度縛り、血汚れをふき取っていると、澤から上がる音がしてそちらに顔を向けないよう注意した。




「布」




 言われたので、見ずに投げる。河原に落ちたような音が聞こえたが気にするものか。

 待つことしばし、衣擦れの音も止んで河原を踏む音が聞こえれば、前に蘇芳が立っていた。血汚れが無くなったものの、凶悪な顔つきはそのままだし、どこか血なまぐさい。




「どうにかならない、それ」




 血の匂いだと気が付いているらしい蘇芳は顔を顰めて見せたが、確かに気にはなっている様子で、特に濡れた髪を何度も布で擦っていた。この周囲も血の匂いが立ち込めているのが原因だろうと、蘇芳の脱ぎ捨てられた服も絞って鏡花は立ち上がる。

 それを合図に首に布をかけて、荷物である皮を持った蘇芳は、彼女の後ろに続いた。




 ここ最近、彼らは森の中で生活している。

 二人が転移装置のトラブルに巻き込まれてから既に半月。一向に救助が来ない事といい、連絡が復旧しない事といい、彼女らも途方に暮れており、こうして日々の食糧にも困る状況である。比較的食糧となる物が多い森ではあるが、他の物資が手に入らないので、時には盗賊の真似事までするようになっており、正義の味方には程遠い。そもそも、最初の設定では説明されなかった事だが、この世界では二人の外見は害悪とされ、ヒュームの街では迫害対象であった。当初、街まで下りて物資や情報を得ようとしていた二人の姿に、街の人々は恐れ、警備兵が出動する騒ぎとなっている。


 普段の寝床に帰ろうとしていた二人だが、車軸が回る音がし、首を巡らせた。深い森にあって、珍しい音だ。

 鏡花と顔を見合わせた蘇芳は、荷物を苔むした石の上に置くと、さっと木を登って音源を探る。森の入り口側は廃村――今は冒険者達のキャンプ場だ――から街道があるが、そこを外れ、道なき道である深部へ走っている馬車を見つけた。様子がおかしいと気が付いた彼は、下りてくると鏡花に後を任せて馬車の方向へ走る。


 辿り着いてみれば、馬車は止まり、それを数名の男達が囲んでいる状況だった。物取りだと気が付いて、一度木影に身を隠して様子を見れば、中からキツネの獣人が剣先に突かれて出てきた所だった。馬車に居たのはその一人きりで、残りの幌は全て荷物らしい。蘇芳はにっと笑った。




「おい」




 荷物に夢中になっている盗賊の一人の肩に手を置いてそう言えば、振り返りざまに顔面を殴る。闘気が抑えられているので勝手が違うが、それでも十分な威力を持った拳は、一人を沈めた。

 仲間が沈む様子を見ていた残り四人は、一斉に剣を抜く。「魔族だ」と誰か言った様な気もしたが、全ての男たちを無力化すると気にもならなくなった。




「ひっひえぇぇぇぇ、お助けぇっ」




 後ろで喚いている獣人の存在を思い出して、縛り上げた男達を放置すると、彼は手を組んで伏せるキツネの獣人を見る。こちらが何を言っても聞きそうにない様子だったが、一応蘇芳は声をかけることにした。




「大丈夫か」


「へぇ、荷物は完全に無事でございやすっ。おいらの命より大事なお金っ、お金だけはどうか~」




 どうも要領を得ない発言に、蘇芳は軽く頭を掻いた。怯えている様子だが、特に怪我があるわけではなさそうだと考え、ついでにと交渉を試みる。




「すまないが、岩塩とハーブ、あとパンもだな。あれば分けてもらいたい」


「へぇ、487GPになりやすっ」




 商売根性だけはしっかりしているのか、怯えているくせに金を要求する様子がおかしく、蘇芳は「ははっ」と久しぶりに笑った。少し待てと言って金を出すと、組んだ手の下から鼻先を覗かせてヒクヒクしている獣人を見た。こっそりと顔を覗かせた獣人だが、蘇芳の姿に再び「ひぃっ」と顔を伏せてしまう。ぷっと吹き出しそうになりながら、金を放ると落ちた音に敏感なのか、ささっと体を起こして数え始めた。




「毎度ありぃっ」




 丁度あると確認し終えた獣人は、そういって顔を上げた。

 先ほどまでの怯えが嘘のようにしゃっきり背中の荷物をしょいなおして立ち上がると、揉み手でこちらを見上げる。




「旦那、魔族さんでいらっしゃりますね。うちは他にも武器や鑑定なんかも致しておりやすよ」


「……怯えないのか」


「へぇ、その節はご無礼しやした。うちは広く商売しておりますんで、ちょいと変わったお客様も大丈夫でさぁ」




 意外そうに蘇芳が言えば、キツネは“ネ=ギルナ”という商人だと答えた。揉み手でさらに売りつけてこようとする根性は見上げたものだが――。




「ふん。それより、頼んだものは?」


「へぇ、こちらに」




 受け取って中身を確認した蘇芳は「確かに」と荷物を背負った。そこから去るだろう蘇芳の雰囲気に慌てたネ=ギルナはさらに言い募る。




「旦那ぁ、せっかちはいけませんや。また御用の際は、うちをご贔屓してもらわなきゃ」




 もう常連の様に言いだしたキツネに軽く笑って、蘇芳は振り返らずに言った。




「しばらくはこの森に居る。用があれば入り口に札を立てよう。そこで交渉したい」


「へぇ、毎度ありっ」




 威勢のいいネ=ギルナの声に振り返らず、蘇芳は元来た場所へと戻る。そこに待ち草臥れたと言ったように座って頬杖をついている鏡花を見つけると、ネ=ギルナから買った物品を見せた。




「奇特な商人もいるものね」




 これで少しは食事がましになると鏡花は喜んだ。その後、二人して荷物を抱え、普段寝床にしている木の洞まで辿り着くと、鏡花は荷物の整理、とりわけ川で洗っただけの血濡れていた衣装を苦心して匂いを消し、蘇芳は焚火の後始末を始める。灰を横に退け、新しい燠を置いて火を付けた。ナイフで枝を鋭く削り、適当に肉を刺して、岩塩とハーブを振る。




「残りは頂戴。塩漬けにするわ」




 差し出された手に岩塩を渡し、蘇芳は肉を火にかけた。鏡花はさっと肉に岩塩をまぶすと、皮に包んでぎゅっと絞る。それから適度に涼しそうな、けれど濡れない場所へ置くと、伸びをして蘇芳の隣に並んだ。


 ここまですると、もうすっかり日が落ちて真っ暗になる。まだ濡れている蘇芳の髪に気づいた鏡花は、新しい布を取って寄越した。




「いい加減、目途を付けたいわね。遺跡の入り口の調べは着いたわよ」


「ほう。どこだ」


「ここ。少し戻る事になるけれど、ファルノ古道の先みたいだわ」




 ここイルの森から渓谷を通ってすぐ近くだと示され、蘇芳は上気する。これまで野宿にうんざりしているのは彼も一緒で、むしろ鏡花よりも自然に慣れていない分、気を張っているような気分だった。




「明日には要塞に入れるようだな」


「そうね。特に地震もなかったし、崩落が起こっていなければ行けると思うわ」




 二人が身に着けている腕輪は、ここの古代遺跡である聖剣の要塞の技術を使って作られていると聞いている。外れる何かしらの手がかりや、要塞の機能を使っての通信を期待している二人は、やっと一歩進みそうな様子にほっとした。

 だからだろうか、鏡花が欠伸をしながら、蘇芳に話を振ってきた。




「ねぇ、暇なの。何か面白い話はない?」




 蘇芳は鏡花に視線を向け、しばらく眺めていたが、ふっと小さく息を吐くと再び焚火の方を見た。




「阿修羅族には、古語を重んじる風習があり、俺の名も、同じく古語の読みがある。興味あるか?」




 少し面白そうだと思ったらしい鏡花は頷いた。すれば、蘇芳、いやシグウィルは少しだけ笑う。




「俺の名は“シグ=ウ=ル”。“シグ”は森羅万象を指すと聞いた」


「大層な名ね」




 大仰な名前に鏡花も小さく笑った。




「そうだな、身に余る。そして“ウ”は輝くモノ。シグが付くと一般には太陽を指すらしいが、“ル”は逆転するモノ、下がるモノの意味があるらしい。全部繋げれば、俺の名は“月”だ」




 そう言って、軽く火の通しを良くした彼は、探すようにして空を見た。

 まだ東に上ったばかりの月は細く、どこか心細い。鏡花はいつの間にか崩した体勢になっていたが、「へぇ」と興味深そうに頷き、続けた。




「じゃ、ファート君にもあるの?」


「あいつか。あいつは、“ファ=トーグ”。“ファ”は逆巻く、残りは生命を指す」




 ぱちっと火が跳ねた。鏡花はしばらく考えると、少し意地の悪い笑みで言った。




「もしかして、情熱とかそういう意味?」


「そうだな、そういう意味もある」


「すっごい、合ってる!!」




 何事にも一生懸命で主人公向きな、彼の弟を思い出して、鏡花は笑いながら軽く仰け反った。笑いが収まるまで空を仰いでいた彼女だが、星と月が見えて別の事に気を取られたらしい。




「でも、何で月にしたのかしらね。何か特別な意味でもあるの?」


「さてな。父が付けた名らしいが、そこまで尋ねた事もないし、特に一族の中で月に意味があった事はない」




 鏡花は「ふぅん」と頷いて、思い出したかのように欠伸をした。それに気づいて近くの荷物から毛布を取った蘇芳は、彼女に投げてよこす。




「寝ろ。後で替われ」


「はいはい。じゃ、お先に」




 鏡花は毛布にくるまると、先にころりと横になった。


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