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Darker Holic  作者: 和砂
side1
8/113

side1 惑星侵攻5


 その場から逃げかえった部屋のベッドに鏡花が勢いよく倒れると、その衝撃か偶然か、通信機が起動した。




『おい、どうした?』


「シューちゃん…?」




 鏡花の声に覇気がない事に気がついたシュートランスが、通信越しに声をかける。

 鏡花はベッドに寝そべったままだった自身をゆるゆると起こし、通信機まで這っていき、音声感知部分で声をさらに潜めて言った。




「今回のDHの仕事、私、無理」




 言って鏡花は目を潤ませ、一瞬後には我慢できずに泣き伏せる。

 それに慌てたシュートランスは、再度どうしたのかと声をかけた。それしかいえないという状況も状況であるが、鏡花が約5年かけて作り上げてきた今回の仕事を放り出すなど正気の沙汰ではないと彼は考えたためである。




「組織…ひぐっ…No.2に、わた…わた、し…」




 シュートランスは聞き逃すまいと沈黙し、言われたNo.2について思い出す。鏡花はなんだかんだでNo.2についてばかり報告してきていて、彼の頭には残っていた。たしか、鏡花と同じぐらいの年齢の男であったはず。

 まさかと思いながらも、シュートランスは恐る恐る鏡花に尋ねた。




『乱暴、された、のか?』


「何想像してんの、この変態っ」




 まさかと思いながら告げたシュートランスに、鏡花は間髪入れずに半眼の顔を上げて言い捨てた。

 目の前の砂嵐のディスプレイを睨みつけつつ、鏡花は泣き顔を引っ込め、不機嫌に口を尖らせる。




「シグウィルは絶対、そんな人間的な欲求持ってない」


『…ま、まぁ、良いんだが、そんな事は。何もなかったなら』




 一男性としてシュートランスは考え、何と言って説明したものか考え付かなかったため、適当に濁す。微妙にシュートランスの声に合わせて変化する砂嵐を見て、さらに鏡花は不機嫌に眉を潜めた。




「良くない。《シナリオ不備》として、目ぇ、つけられてるっ」




 エンターティメント(悪役)企画者であるDHの幹部は、その調節を含めてシナリオの登場人物としても活躍しなければならない。

 サポートとして、シナリオ要求のある世界に元々住んでいる住民の一部にもDHの社員を投入しているわけではあるが、所詮裏方の裏方で影響力はない彼らである。

 仮に幹部がシナリオ進行上本気でピンチになると、シナリオを降りるか、シナリオや自身の生命を玉砕覚悟で幹部が軌道修正を頑張るかの二つの選択肢しかないわけである。


 幹部がもう駄目だと判断し、シナリオを降りる寸前を業界用語で《シナリオ不備》といい、鏡花が言ったことにシュートランスは苦い声を出した。




「どうしよう、シューちゃん。本気でどうしようっ」




 必死にディスプレイにかじりつく鏡花であるが、シュートランスにも何と言って良いものかわからない。全く要領を得ないうめき声に鏡花もがっかりして、再度床に顔を伏せた。




『…仕事だろ。割り切れ』




 言われた事ももっともだが、鏡花にだって色々と未練やら苦労やらがあるのだ。

 結局最後は自分で考えるしかないともわかっている。また、シュートランスに八つ当たりしているともわかっており、もう心の中はぐちゃぐちゃで、溜息を渾身の力をこめて吐き出す。

 社会人としての意地で、相談の礼と最後の挨拶を言って、通信を切った。

 これ以上、シュートランスの声を聞いていると甘えたくなるのだ。


 通信を開始してから、既に一時間経っていたのを時刻を見て知り、鏡花は再度溜息を吐いた。他にすることもなく、愛機に会えば落ち着くかもしれないと期待して格納庫へと向かった。

 落ち込んだ気分で通路を行く鏡花だが、格納庫一歩手前にて足が止まる。




「ひぇっひぇっひぇ。随分と良い顔をしているなぁ、傭兵ぃ」


「ふん。阿修羅族の幹部とはいえ、所詮人族の女か」




 No.4とNo.5である角と筋肉の幹部が二人連れで居た。

 日頃から衝突している割には仲が良いことだと場違いな感想を持った鏡花であるが、人通りのない格納庫エリア前で遭遇するというのが、頂けない。どこか心が空っぽな状況の彼女だが、日頃からやっている小生意気な女傭兵の態度を演じるのは苦でなく、「ふん」と冷笑した。




「その人族に関わるほど、暇を持て余す状況とはどういうものでしょう、お二方」




 にっと唇の端を上げて微笑むと、安易な挑発に幹部二人は乗ってきた。

 どうやら彼らも暇を持て余しており、なおかつ直前まで口論でもして虫の居所が悪かった様子だ。正直、失敗したかなと鏡花は思ったが、心に表情はついていかなかったようだ。

 きつめの彼女の目は、駄目押しとして二人の幹部に届く。次には、鏡花は筋肉質の幹部に胸元を掴まれ、宙吊りにされていた。




「貴ぃ様っ…女、いや、人族の分際で生意気な…っ」




 泣きっ面に蜂状態だ。

 息苦しい状況で身じろぎするも、伊達に鍛えていないらしく、筋肉質腕は微動だにしない。

 いざとなれば自身の、DH職員としての能力で撃退できるだろうと考えていたが、こう酸素が吸えない状況だと思考どころか、意思が混濁する。




「…くぅ…っ」




 呻く鏡花に、二人の幹部は興味をひかれた。角の幹部は周囲を浮遊しながら鏡花の顎を捉える。




「目ぇが赤いぞ、傭兵。失敗続きの貴様にも、恥じる心があるとでも言うのかぁ」


「はっはっは、違いない。 それとも、身を捧げて王に命乞いでもしてきたか?」




 筋肉質の幹部が、そう言って鏡花をさらに締め上げた。

 身に纏うのが革のような硬い材質のスーツで、さらに気道が閉まる。

 気の遠くなるような変な引力に堕ちると感じて、鏡花は最後の力を振り絞って暴れた。

















 通常通り深紅の愛機を格納庫に預けると、シグウィルは羅刹王への定期連絡に向かった。それが済むと格納庫の愛機への労いや、そこで働く整備士たちとの交流を持つために、再度そちらへと戻る。

 何時の頃から習慣としているか彼自身把握はしていないが、切っ掛けは何時だかの戦闘中に、愛機に細工をされて酷い目に遭った事だったのは覚えていた。


 阿修羅族は宇宙を漂浪する一族であり、第二の故郷となる惑星を得るためにも協力し合うべきだと彼は考えているのだが、弱肉強食の社会を形成してきた一族では策略や横領が蔓延しており、そんな綺麗事を言っている暇はない。

 あの騒動は彼がそう強く意識させられた一件だった。




「シグウィル様」




 甘く誘うような声にシグウィルは足を止める。

 満足感に浸りきったその態度は、相変わらずわかりやすくて良い。

 通路の先で少女のように無邪気に微笑むNo.3に対して、これ以上は近づかずに済むよう、彼はやや声を大きくした。




「何の用だ」


「ほほほ。何の、とは、またつれない。今回の作戦の成果を是非にと、思いまして」




 シグウィルは、今回の戦闘中に顕著となった鏡花の戦闘能力の如何について、羅刹王を代表する阿修羅族側には意図的に報告を行っていなかった。

 一瞬だけその状況を作り出したNo.3の安易な工作が信用ならなかったり、使用された薬は本当に自白剤であるのかなどの根本的な疑問に加えて、あの人族が本当に阿修羅族に劣らない能力の持ち主であるのか、確たる証拠がないためだ。

 どこか甘いNo.3の思考について深く言及しても無意味であるし、下手に藪をつつく必要もない。だがNo.3の発言は、白々しくも、言葉じりを取るだけでは回避できない話題である。

 何故なら、彼は羅刹王から不審を向けられる側近であり、対してこの女狐は阿修羅族の代表であり権威である羅刹王の、公認の妾であるからだ。


 虎の威を借る状態であるのに、誰一人として反抗できない現状。さらに、シグウィルは賛否を示したわけではないとはいえ、先の作戦での内容を告げられているという事実。

 彼は苛立つ心境を無表情に隠し、殺意を混ぜてNo.3を見つめた。




「No.4も同行させて手柄をと思いましたが、彼は全く気がついていない様子でしたわ」




 シグウィルの殺意など微風と言うように、ひらりと動くNo.3。

 艶やかな髪を纏うそれに、毒々しいまでの心情が浮かぶ様は妖婦に相応しい。色気があるのは結構だが、こんな女に触れれば肌と言わず、骨まで腐らせられるだろう。

 その妖婦が懐から出した記憶媒体に、シグウィルは眉根を寄せた。




「まさかシグウィル様ともあろうお方がとは思いましたが、ワタクシ、データを取っておきましたの」




 見せつけられる記憶媒体。


 シグウィルは咄嗟に手を伸ばしたが、予測されていたか避けられる。

 先ほどの微笑みと違い、にたりと嗤い、No.3は胸元に媒体を押し入れた。羅刹王の情婦という立場を最大に利用した、下手に奪い取れない場所だ。

 思わず舌打ちしたシグウィルに、ふと彼女は不思議そうな顔をした。




「先ほどの王との謁見でも、口を噤まれた様子でしたが、…まさか、シグウィル様?」




 No.3に言われ、どういう意味だと言い返そうとしたシグウィルは、そのニュアンスに思わず顔を上げた。No.3がにたりと嗤ったその真意に、思わず怒気が溢れる。




「貴様が謀ったのは、この、俺か…っ!」




 傭兵が暗躍していようがいまいが関係ない。

 傭兵の不審をシグウィルが報告すればしたで、No.3にとっても煩わしい、疑わしき傭兵が失脚する。

 片や、シグウィルが報告しなければしないで、異種族である傭兵を餌に、羅刹王の側近への疑心を溢れさせる仕組みだ。


 シグウィルへの羅刹王の疑心は、彼自身が嫌と云うほど知っていた。自覚していた。

 色香に迷い、道を外れていく主君と、目の前に居る妖婦のせいで。




「……くっ、…ふふふっ」




 異種族の傭兵にNo.2が必要以上に警戒している事は、噂が流布するほど阿修羅族では有名だ。

 真に阿修羅族の未来を思う肯定的な面々からは、NO.2としてのシグウィルの責任感の強さを、羅刹王への忠誠を示すものだと取られているが、妖婦にねじ曲げられた今の羅刹王はどうだろうか。


 シグウィル自身が甘いと評価したNo.3の策略。先日の、傭兵の不審を強調した事も、シグウィルが彼女に関わる時間を延長させるためであるとしたら、甘いのは彼自身に他ならない。




「………」


「あっはっはっはっは!

 そうそう警戒なさらないで、シグウィル様。

 別段、ワタクシは羅刹王とこの件を吟味したいわけではありませんから」




 引き結んだ口の中で、砕けろとばかりに歯を噛みしめるシグウィルに、軽快な嗤いでNo.3は答えた。

 完璧にNo.2の生命線を握った彼女は、素早い思考でこの件を最大に利用する手を思いついたからである。すなわち、阿修羅族最高位の傀儡を二体所有する事。


 羅刹王は阿修羅族で最強であったが、彼に反発する者も当然居る。それらは中立を貫こうとするシグウィルを旗頭に持ちあげたがっており、何度か接触を取ろうとしていた。

 その両極を収めれば、彼女が阿修羅族の全ての権力と労力を得たことになる。




「…俺を支配下に置いたつもりか…っ」




 No.3の目から彼女の思考がはっきりとわかる。No.4をこの件に関わらせたのが妖婦であることで、先の戦いのデータはまず間違いなく本物であると確信できた。首一枚で繋がった彼自身の生命線が妖婦に握られているのも事実。怒りを噛み締めるシグウィルは唸った。




「まぁっ。羅刹王、第一の側近であるシグウィル様を、ワタクシが?

 ………ふはははは! そうなれば、何て、素敵でしょうね、シグウィル様?」




 怒髪天を衝く彼の形相にも怯まず、彼女は小首を傾げて甘えてきた。怒りのために微かに震える彼の腕にも腕を絡ませて、そっと耳元に唇を寄せる。




「ワタクシ、貴方様の領である、”黒星陣”が欲しいのです」




 聞いた瞬間、許容量を超えたシグウィルは、思わず彼女を払いのけた。

 嗤いながら身をかわした妖婦を喰い殺す眼で睨みつけるが、それ以上の行動に出るのは理性が止めて、利き腕を反対の手で押さえこんだ。


 シグウィルが上位幹部になることで得た”黒星陣”は阿修羅族の戦艦の一つで、羅刹王の居城と住民の居住区を兼ねる母艦には及ばないものの、大きさは第二位。万が一母艦に損傷が出た場合でも、スペアとしての機能がある重要なモノだ。

 No.2としてそれを受けるのは当然と阿修羅族内では評されたが、それ以外に彼には黒星陣にこだわる理由があった。阿修羅族で王を決める際に起きた内乱で亡くなった、自身の父母の所有物だったのだ。




「シグウィル様、いかがです?」




 そんな彼の理由を知っているかはわからないが、わざわざ彼に言わずとも、No.3は羅刹王に進言すれば手に入れられない事もないモノである。要は、シグウィルが言い成りになる証とでもいえばいいのか。そんな浅ましい理由に憤慨し、彼は感情を自制するために拳を握りしめた。




「………………好きに、しろ。王には進言しておく」



 勝利に歓喜したNo.3の顔が見えた。

 敗北感よりも灼熱感が支配するシグウィルは、指の間から零れる血を感じて、一度拳を握りなおした。涙とはこういうものかと、停止する思考で感じる。何とも粘着力のある感情か、と。




「ほほほ。ありがとうございます……っ、きゃあっ!?」


「!?」




 上機嫌で続けたNo.3だが、刹那、母艦が激しく揺れて彼女は床へと倒れた。シグウィルはかろうじて姿勢を保ったが、存外すぐ近くから感じた衝撃に妖婦を放置して、角を曲がる。




「何をしている…っ」




 開けた先には、常に浮遊しているために何が起こったのかわからないNo.4と、後頭部を打って呻くNo.5、さらにNO.5の足元で疲労困憊の鏡花が居た。急な衝撃に母艦全体が警戒態勢の報がなっており、しかし、彼ら三人の他に異常はない。


 シグウィルの出現に、No.4とNo.5は戦いた。

 頭を打って呻くNo.5はそっちのけで、No.4は挨拶もそこそこ、そそくさとその場を後にする。No.5は何とか立ち上がると、シグウィルを挑発するように鼻を鳴らして立ち去った。シグウィルとしてはよく状況を把握できなかったが、恐らく、傭兵である鏡花を使って憂さ晴らしをしていたところだろう。




「興ざめです。これで失礼を、シグウィル様」




 追いついてきた妖婦も、へたりこんだ鏡花を見て眉根を寄せて去って行った。彼女の後ろ姿が消えるまでシグウィルは睨みつけていたが、消えてしまうとどうしようもない状況にため息を吐く。




「また因縁をつけられたくなくば、さっさと去ることだな」




 やっと動き出した鏡花に興味がないシグウィルはそう言う。鏡花から返事はなかったが、彼はそれどころでなく、自身の荒れ狂う感情を収めるためにも、一旦自室を目指した。


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