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Darker Holic  作者: 和砂
side4
79/113

side4 悪役と正義の仕事


 玩具と言っても良いチープな造りの腕輪が、鈍く光る。その両手首の腕輪を触り、鏡花は壁に貼り付けてある全身鏡で設定の最終チェックをしていた。

 普段のライダースーツでなく、片腕が露出する丈夫な布の服は、所々、例えばボタン一つにも細工してあるような、装飾過多な衣装で、所謂ファンタジーな世界の冒険者姿に似ている。鏡花の自前である黄味がかった肌と黒い目には、少し衣装に着られている感があるものの、人間にしては尖った耳と、ボブの髪型には合っているように思った。

 実際、鏡花の自前が向こうには珍しい肌と髪の色ということと、ストーリー上の特異性を出すために、舞台世界でも珍しいハーフエルフの設定にしたとは技術部の言である。


 技術部と言っても、ここはDH社ではない。

 毎回化粧を直す必要もなく、ただ道具の一つを使用すれば変身できてしまう技術は、DH社にはまだない。DH社の転移技術と対して、SRECにある最大の特許、変身技術だ。

 そう、鏡花は今、SREC社のスタッフとして、次の次元移動を待っていた。別段、彼女が会社を乗り換えたというわけではなく、彼女は列記とした上司命令で、この会社のスタッフとして入っていた。

 以前の戦隊モノの件で責任を取る事になったSRECは、その経営不振のため、DH社と一時提携する運びとなったのである。その先駆けとして、鏡花、そして、奥で目新しい装備で動作確認している蘇芳の二人が派遣される事となり、そうして次の仕事である《正義の味方のサポート》を行う事になった。


 初期は悪役か味方かわからないような立場で主人公と対峙する仕様で、現地でのアクションが多いと思われ、足はブーツに、スカートにも見えるハーフパンツと動きやすい。

 再び、にへっと顔が弛みそうになり鏡花は両手で頬を押さえた。これまで《感応力》を持っているせいで、ずっとSFしかしてきていない彼女である。初めて他分野に入れるということで、正義の味方という違和感はあるものの、嬉しくて仕方がない。

 誰にも見られていないかと少し顔を動かせば、どうやら見てしまったらしい蘇芳が訝しい表情をしていたが、すぐに目を逸らそうとしていた。


 彼の横顔には、普段ない違和感がある。彼もまた、鏡花と同じく変身するための腕輪があり、今は何と肌は若干緑がかり、こめかみと額の境辺りから、短くも二本の角が生えていた。髪は普段通りの灰髪であるが、その角と相まって、そのまま鬼に見える。

 彼の設定は、腰蓑に棍棒という野人の旧式イメージでなく、最近見る幻想要素大盛りのイメージである、ハイオーガ。二本の角の内片方が少し欠けているのが、ちょっと色気がある、キャラメイキング技術部の情熱を感じる作品であった。




「転送システムチェック終わりました。お二人とも、どうぞ~」




 SREC実行部のスタッフの声と共に、鏡花も蘇芳もそちらを振り返る。

 DH社の特許でもある転移方法は、SRECにあってDH社の左右にスライドするドア式でなく、SFで見る円台に光魔法も含めた転移の魔法陣を重ねたモノらしい。

 その上に乗ってくれと指示された鏡花と蘇芳は、お互いの恰好に素早くチェックを入れると頷いて、台に上がった。




「異次元を繋いで強風が吹くのはSRECも一緒ですので、ガードする結界が張られます。線の内側、狭いですけれど、少し我慢していてください」




 言われて、前後で並ぼうとしていた所を、背中合わせに蘇芳と並ぶと、予想以上に狭いのでお互いの背が付いた。それから起動が始まったようで、キラキラと周囲に光源が走る。普段と違うとここまで緊張するものなのか、鏡花はごくりと唾をのみ込んだ。




「もし空中に出たとして、下敷きになっても恨まないでよ」


「ふん。地面に転がっておけ」




 転移が始まる前にと軽口を叩けば、小さく笑いが出た後にそう言われた。

 やはり悪役が長く染みついているせいか、外から「顔、顔!」と叫ばれている。気が弛んで悪役顔になっていたらしいと苦く笑って、鏡花はスタッフに手を振った。鏡花の軽い様子に、相手が心配そうな顔をする。


 それから鏡花は、視線を下から上に上げた。

 天井はDH社のよりももっと明るい光源があって、少し眩しい。何気ない動作のつもりで目を細めると、不意にきらりと腕輪が光ったように感じて、鏡花はスタッフから視線をそちらへ向けた。しばらく眺めていたけれど、鈍い金色と赤や緑の宝石は沈黙したままである。

 気のせいかなと、再び周囲を見回した際、ピアス型のインカムから『そろそろ来ますよ、目を閉じて』と技術者から連絡が入った。

 転移の際のあの暴風は、鏡花も蘇芳も苦手なので、素直に目を閉じて身構える。




『3、2、1………あ、何だ、一体どうし…』




 カウントされてぎゅっと目を閉じていた鏡花だったが、不意にインカムの向こうの空気が変化したと感じて薄目を開ける。豪っと風が吹いてきたのはそれと同時で、反射的に目を閉じた鏡花だったが、光る結界の向こう、操作カウンタに立っていたスタッフ一人が背後を振り返って大きく両手を上げたのが見えた。


 足元から逆巻く風が駆け上がってくる。顎を引いた顔に羽根布団を押し付けられるような圧力を感じて、鏡花は完全に目を閉じた。

 途端、両腕を誰かに捕まれる感覚に鏡花は再び薄目を開ける。強風に、バシバシと目に当たる前髪を邪魔に思いながらも開けた視界では、誰も鏡花の手など掴んでいない。ただ、両手首にした腕輪が激しく点滅を繰り返しており、嫌な不安感に鏡花は背後に声をかけた。




「ねぇっ、腕輪っ、変、じゃない!?」


「あぁ!?」




 風のせいか、大声で返ってきた声。もう一度怒鳴り返そうかとした鏡花だが、こちらを振り返った蘇芳が苦しそうに両手首を押さえているのを見て、嫌な予感が確定した。鏡花は前方に、蘇芳は彼にとっての前方、つまり鏡花と逆に引っ張られているのだ。風は方向など関係なく吹いているのに。

 別れさせる気だと反射的に思い、鏡花は掴まれる手を振り払うイメージで大きく上下させると、緩んだ隙を狙って蘇芳の胴体に手を回した。

 途端、鏡花の腕輪は、蘇芳が引っ張られていただろう力でぐいっと引かれる。




「痛っ…!?」




 男女差の違いでもあったのだろうか。先ほどの鏡花に掛かっていた引力と今の力はどうしても、後者が強い。痛さに悲鳴が殺されたまま、鏡花はぎゅっと抱きつく力を込める。

 彼女が蘇芳に抱きつくことで、反発して引きあっていた力が片方だけになったのか、途端、下ではなく、蘇芳の向いていた方向へと二人とも引っ張られた。




「ぎゃあぁっ!」




 二人して、前のめりに転がるように開けた視界は、一面の水。

 蘇芳は反射的に身を捻り肩から、鏡花は無様に顔面から水面に突っ込んだ。ざぶっと入ってしまい一瞬パニックになりかけるが、仕事のため、次元転移しようとしていた時に手首に掛かった変な引力が消えた事もわかり、彼らは各自で水面に顔を出す。少し水を飲んだ鏡花は軽く咳き込みながら、蘇芳は水に濡れて張り付く髪を乱暴に払いながら、顔を見合わせた。




「………無事か?」


「何とか」




 すっかり濡れ鼠なお互いを見てそう言い、先ずは蘇芳が岸部に上がった。胸ほどもある水面で咳き込んでいる鏡花に手を差し出す。

 鏡花は落ち着いてきた頃に彼の手を取って、ぐいっと引っ張られながら水面から出た。気疲れしてべしゃっと岩の上で座り込と、早速蘇芳は上着だけ脱いで、脱げない部分は絞って水気を掃っている。




「何処だ、ここは」




 溜息と共に、作業をしながら蘇芳がインカムを操作しようとするが、当然反応はない。鏡花も座り込んだまま片手でピアス式の通信具に触れるが、反応はなかった。

 その後、鏡花は服を脱げないなりに裾を絞り、ゆっくりと立ち上がってブーツを脱ぐ。ざばっと水が零れて、はぁっとため息を吐いた。




「地図は生きている様よ。目的地から大分離れているけれど」




 蘇芳と同じく、鏡花のインカムも死んでおり他の機能も役に立たないに等しいが、彼女の《感応力》で地図を引き出すと、現在位置と目的地の点滅だけはわかった。蘇芳が覗き込んできたので、《感応力》のリンクレベルを上げて表示してみる。




「遠いな」




 ぽつっと呟かれた言葉通りで、直線距離にしても数日歩いて着くかわからない距離だ。シナリオ開始までまだ時間があるとはいえ、今から歩き始めてギリギリ間に合うかわからない。いや、それよりも、転移の際に何か起こったのは間違いないし、何よりインカムも他の機能も使えないと仕事にならないし、その原因もわからない。いきなりシナリオ不備かと頭を抱える鏡花に、蘇芳は絞った上着を振り広げながら尋ねる。




「転移間際に何かあったな」


「良く見えなかったけれど、操作カウンタで人がホールドアップしていたわよ。タイミングを狙われた気分だわ」


「内部の犯行だろうな。これも良く機能している」




 言いながら蘇芳は両手を差し出して見せた。そこにはシンプルな鉄色の腕輪があるはずだったが、今はその他に青い宝石が付いている。一体いつの間に変化したかと考えれば、先ほど強く引っ張られたあの時だろう。




「どうかあるの?」


「闘気が抑えられている。あと、外れん」


「そんな。私は、………外れないわ」




 着脱可能以前に、二人の腕輪は留め金部分が解け消えてしまったように、滑らかなのだ。しかし鏡花の方は、それ以外の不調はなさそうである。

 SRECスタッフとして参加しているとはいえ、鏡花も蘇芳もDH社のメンバーであり、先のトラブルに関係する心当たりがない。

 一体何が目的かその手がかりがあるかと、蘇芳の腕輪に《感応力》を使ってみるが、確かに反応はあるものの、鍵のかかった箱のようにびくともせず、弱った顔をした。




「ごめんなさい。今は無理。もっとコレについてわかれば、操作も出来るんでしょうけれど」


「いい。しばし静観する」




 それで二人は腕輪については忘れる事にし、とにかく体をどうにかしないと、と周囲を見る。

 綺麗な水場だ。どうやら山中らしく、目の前に小さな渓流が連なっていて、その滝壺に先ほど落ちたようだ。水際は丸石と、鏡花達が今立っているような岩場があり、日が出ている現在は少しずつだが、服から湯気が立っていた。

 おもむろに蘇芳は上着を岩に貼り付けると、丸石の広がる河原へ降りる。水面を見ているようで、魚の姿が確認できるほど透明なそこに近づくと、片手で水をすくって飲んだ。もう一度静かになった水面の自分の顔を眺めているようだ。そういえばと、鏡花も耳に手をやって、ハーフエルフに変身している事に気が付く。




「随分な機能ね。化粧しなくていいのは良いけれど」




 言いながら鏡花もゆっくりと岩場を下りた。河原に立ってしばらく悩み、今更と上着を脱いで下着姿となった。水面を見て自身の変身も確かめた蘇芳は、彼女を振り返り、眉を顰める。




「おい…」


「仕方ないでしょ、濡れてんだから。今干しておかないと、夜どうするのよ」




 鏡花がいう事に、今気が付いたと言わんばかりの顔で彼は不安そうに復唱した。




「………野宿か」


「でしょうね。何? 不安?」




 さりげなくこちらに背を向けた蘇芳にそう言えば、「山中など行った事もない」と返事がくる。宇宙を漂流していた彼ら種族には当然かと鏡花も納得して、「私も経験なんかないわよ」と、精々研修時のキャンプや学生時代のキャンプを思い出していた。研修であったとはいえ、鏡花も不安だ。何よりテント一式は装備にない。




「ごはんは我慢するとして、寝る場所は今のうちに探しましょう。今日目的地を目指す元気はないわ」


「近くに町があったろう。どうだ」




 物資を補給できないかと言われ、鏡花は地図を確認した。まだ生きているデバイスを使って計算するも。




「でも、今日中にはつかないわ。服も濡れたまま、夜通し歩く?」


「いや」




 無理だとわかっただろう蘇芳もそう短く納得した。水辺に居るのは、ある意味幸運だろう。沢を下った所に町がある計算であるし、火さえ起こせれば魚も食べられる。水は生きるのには必須だ。先ほど飲んだので、毒がないのも身を持って確認済みである。少し生臭い藻の匂いがするのは、生物が住める水だからだ。

 服を広げて、次いで竈が作れないかと苦心している鏡花に、手持ち無沙汰になった蘇芳が腰を上げた。




「少し周囲を見てくる」


「どうぞ。でも戻ってきてよね」


「もちろんだ」




 先が見えない事態に巻き込まれたのは、二人ともどこか感じていた。


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