side3 悪役と不思議の世界3
大砲を発射した直後音が後から続くように、”重厚な木製のドア”が蹴破られ、サングラスをかけた優男、≪暗黒神≫は息切れでボロボロの≪No.8 シュートランス≫を振り返った。
室内は、安っぽい蛍光灯が光源の、古臭いデスクやパイプ椅子が並ぶ、古臭い新聞社を連想させる一室だ。
そこに、洒落たスーツの優男と、コスプレの様なショートマントと軍服、モノクロームの中年男が相対している。
「―――給料から差っ引くよ?」
「社長に言え、よっ」
シュートランスが振り返った扉は、”スチール製の安い事務所ドア”だ。
多少足跡状に凹んだが、良く見なければわからない程度だし、≪DH社幹部 No.1≫である≪暗黒神≫がチープなこの場を自室としているのだって、威厳に関わる。
まぁ、この部屋に来るまでに、かなり面倒で、一度間違うと最初に戻ってからやり直さなければならない道順を通るので、関係ないかもしれないが。
慣れたと思っているシュートランスでさえ、二度やり直して此処に来た。
「ったく、七面倒くさい道ばっかり作りやがって。
たまに≪控え≫に顔出すならまだしもっ」
「んー…悪役の浪漫がわかってないなぁ。
No.1だからこそ、黒幕っぽく、表に出ないんだって」
「今の世の中は、社交性とかチームワークが求められるんだっつうんだよっ。
てめぇの顔も知らねぇ幹部だっていて、様にならないだろうが」
愚痴を言っていると茶々を入れる暗黒神に、シュートランスは吠えた。
それに肩をすくめてみせた暗黒神は、手に持ったキューブケースをデスクに置く。
「それで、何の用?」
「緊急レベルSの有事に、何の用もクソもあるかっ!!」
あくまで普段通り、世捨て人のマイペースさで暗黒神が尋ねると、即座にシュートランスは噛みついて来た。
暗黒神はちらりと左右に視線を移す。
No.2は仕事で外出、No.3はバカンスで無人島に引きこもり、やってきた賞金稼ぎの開きを作っているだろうし、確かに残っているのは自分一人だと頷く。
「まぁ、大丈夫だと思うけどねぇ。特に≪世界≫に有事じゃないよ?」
「≪Darker Holic≫社の、有事なんだよ!!!」
「お前らの会社の」と、苛々とさらに感情を高ぶらせたシュートランスが落ち着くために、ため息を吐きだす。
それに暗黒神は小さく「≪契約≫遂行されちゃったしねぇ…」と呟いた。
「何か言ったか?」
「んー…? もう、終息したよって言ったんだよ。
大丈夫だって、言ったろう?」
「は?」
何の事はないとデスクに寄りかかり、腕組までした暗黒神に、シュートランスは顔を歪めた。
瞬間、常ならば圏外のこの場に、キョウカの通信が入ってくる。
もしゃもしゃと制服であるマントと格闘しつつ、シュートランスが「何だよっ」と出ると、若い女の声がした。
「”≪警戒レベル≫変更です”。
≪マッド≫が帰って来たの。珍しく、彼が何とかしたみたい」
「はぁ!?」
明るく、機嫌が良いのを示すように跳ねる彼女の声に、疲労を滲ませたシュートランスは盛大に倒れた。
「あんだけ死にそうな顔してたくせに、信っじ、らんねぇー…っ」
暗黒神はにやにやとそれを眺め、次いで、自分にも入ってきた通信を取った。
「はいはい、こちら、≪No.1≫」
『あぁ、もしもしぃ?
僕だけどさーぁ、アレについてえ、いっろいろ聞きたいぃんだよねぇい』
間延びするような声の、≪マッド=マスクイア≫である。
彼の声には、嫌悪などはないが、純粋に暗黒神にも疑問を持った声で、彼はにやりと通信のこちら側で嗤った。
「僕から言える事も少ないけど?
そっちの魔女さんとこのお子さんが迷子で来ちゃってさぁ。
PTAが全員押しかけて来たってところだし」
『いやいやぁ。そぉっちぃい、じゃ、なくてさ~ぁあ』
「あ、後で報告書上げてよ。読むから」
言い募ろうとしたマッドを遮り、思いついた事だけ言って暗黒神は無情に通信を切った。
彼の意識次第で、此処は圏外にも圏内にもなる。
未だ伸びているシュートランスを足先でつつき、暗黒神はにこりとサングラス付きの綺麗な営業スマイルを浮かべた。
「ほらほら、”投げ槍”君。さっさと仕事に行きたまえっ、てね」
「お前ぇ……絶対ぇ、碌な死に方しねぇぞ」
半眼で、こちらもまた思うところがある顔をしているシュートランスが睨むが、さらに楽しそうに優男は嗤った。
「これでも、≪暗黒神≫ですから」
別に地震が襲ったわけでも、火災が起きたわけでもないDH社のエントランスホールでは、社員の大半がそこか外に避難していて、社前の広場も全て埋め尽くしていた。
時折、通行人が物々しさに職員――きちんとスーツを着た奴らだ―――に何事か尋ねて行くが、躾けられた彼らは微笑み、「避難訓練です」と同一の受け答えをする。
理想通りの受け答えに、またその人数の多さに、この会社は勤勉だとの意識を住民に植え付けるのも、仕事である。
そんな中、エントランスホール、人目に付きにくい一角を占領する竜人は、二股の舌を数度出し入れして顔を、本社の内部へと向けた。
子供たちは竜人の太い尻尾に抱え込まれ、騒ぎ疲れたのか、昼寝をしている。
竜人の≪神気≫が癒し効果を持っていて、心地が良いのも一因だろう。
「戻ったか、≪神蘭の娘≫」
子供たちを尻尾に抱え、自身も座り込んだままの竜人が言うと、それに大きな外套で顔を隠した美女が、口元を笑みの形にした。
その隣、青い髪の男性も、軽く目礼する。
「まさか、≪神蘭≫が人間如きに≪龍王の玉≫を渡してしまうとはな。
名は何という、人間よ」
「…ルオス=バレット」
青い髪の男性は竜人に声をかけられ一瞬戸惑ったが、魔女に微笑まれたまま肘鉄で突かれて、名乗った。
こういうときのやり取りは苦手な様子が見れるが、大いに言葉を欠いた竜人のタイミングを計れというのも無理な話である。
眺めていたスタッフの何人かは、同情めいた視線を向けた。
「ふむ。龍を娶ったともなれば、英傑かと思ったが、≪神気≫はないな。
…しかし、この50年、竜が生まれたとは聞かぬ。良くやった」
「―――ぶっ」
至極真面目に満足そうな竜人が頷けば、意味を悟って、青い髪の男性やうっかり耳に入れた下っ端戦闘員の何名かが噴き出す。
旦那が顔を赤くするのを眺め、魔女は言葉はないも、さらに幸せそうに微笑んだ。
仕事モードの彼女にしては、とても珍しいことである。
それを見、竜人は器用に尻尾を操って子供を起こさないように立ち上がり、苦しげに、恥ずかしげに顔を背ける青い髪の男性の前に来て、両肩に手を置いた。
びくりと顔を上げた男性に一言。
「喜ばしき事。励め」
竜人、最大の賛辞であると、誰が気がつくだろうか。
どんな顔で受けていいかといった男性や、耐えきれず噴き出すスタッフが居り、魔女はますます幸せそうに微笑み、次いで、尻尾部分、子供たちの様子を窺った。
我が子である双子の頬を撫でる。
「んー…ん?」
レオンが擽ったそうに声を上げるが、再び尻尾にぺしょっと顔を落としてしまう。
ミューの方は、ふにふにと頬を突かれ、ぱくっと指を咥えたが「みゅー…」と放した。
「ママ、安心」
魔女が呟くと、背後に散々竜人に激励され、羞恥の限界近い旦那が来ている。
彼は何度か咳き込んで調子を戻すと、息を吸い込んだ。
女の子の扱いは苦手と見えて、息子を抱えると大声で言う。
「起きろっ!!!」
「「みゃーーーー!!!!」」
双子のシンクロ性のためか、間近のレオンは飛び起き、少しタイミングをずらしてミューが同様の叫び声を上げて飛び起きた。
「「みゅ! ………パパぁ?」」
まだまだ眠気があるのか、ぼんやりと顔を上げたレオンと、尻尾から顔を起こしたミューが全く同じセリフを同じタイミングで言う。
ミューが言葉を話すのは珍しいが、”パパ”と呼ばせるために、彼も結構苦労しているのだった。
ちらりとミューも見て、彼は安堵のため息を吐く。
「カレン、レオン。迎えに来たぞ。家に帰ろう」
「「みゅぅ~ぅ?」」
ミュー、いや、本名はカレンらしい、双子の姉と、弟のレオンは揃って不思議そうな声を上げた。
その双子の悲鳴に起こされた他の二人も、眠い目を擦って身を起こす。
水色の髪の美少女が、眠たげな紫の瞳を開けると、入口付近をぼんやり見た。
逆光の中、姫と同じ、水色の長い髪を靡かせた女性を見る。
「お母さんですの?」
その声に女性はふわりと微笑みを浮かべた。
清楚な髪の色と、白い肌の、魔女とは違った清涼な美女である。
これでナイトドレスでも着ていればハリウッドモデルとも取れて、蕩けるスタッフも続出するだろうに、彼女は世の”お母さん”と同じく、地味な印象のTシャツとデニムパンツ姿でキャップ帽をかぶっているのだった。
彼女はにこやかな、夢のような笑顔で姫に歩み寄ってくると、「お母さんですのっ」と両手を差し出した娘を抱きあげて下ろし、その頬を、にこやかな笑顔のまま、両方抓りあげた。
「いひゃいでふのぉー…」
まだ眠い声を上げて抗議する娘に、彼女は夢のような笑顔のまま「お説教は、わかっていますわね?」とぐにぐにした。
「うひゅぅーっ」と悲鳴を上げる姫をそのまま、にこにこと抓るのは、こちらの親も子供を心配して気を揉んでいたからだろう。
「のおぅぉぅぉぅ――…」
にこにこと責められ悲鳴を上げる姫だったが、母親が来た方とは逆に、銀髪の長身の男の姿を見つけて大きく声を上げた。
「お父さぁんっ、たひゅけち、でふのー…」
悲しげに片手を伸ばした姫だったが、長身の男性がよろよろと歩いてくるのを見て、母親に抓られたままびっくりと目を見開く。
それに母親である水色の髪の涼しげな美女も気がついて、動き出した娘の頬を解放した。
ぱっと走り出した姫は今度こそ泣きそうな顔になって、父親に抱きついた。
「お父さん、血が出てるですのーっ」
そう駆け寄ってくる娘の、存外元気な様子に微笑みさえ浮かべる男性の体には、細かな、まるで藪を長時間強行突破してきたかの様な、擦り、切り傷があって、所々衣服を破いて、血を滲ませている。
彼の妻は、厭きれたと片頬に手を当てたが、娘に遅れて彼の傍に歩み寄った。
娘を抱き締め、頬ずりしている夫に一言。
「また、無茶しましたわねぇ」
「予想より、軽傷で済んだ。そう、厭きれてくれるな、奥さん」
弱った様に表情を変え、立ち上がった彼は本当に背が高い。
確実に2Mを越え、奥さんより30cmも身長差が出ていた。
その彼は娘を片腕に抱えたまま、そう言って妻の頬に口付る。
口付けまでは大人しく受けていた魔王の妻だが、さらに厭きれたようにため息を吐いて、ぺしっと彼の頭をはたいた。
『時と場所を考えなさい』との、一撃である。
「それより、”治療”しますわよ?」
「お願いします」
魔王の妻は、彼の世界とは異なる異界出身であり、丁度、魔女と交換するように世界にやってきた。
魔女の夫と同じく、あちらの世界の、特殊な力を持つ人間で、その中でも回復が可能な≪水使い≫なのである。
そっと魔王の腕を取って治療を始める彼らの横、魔女夫婦は「みゃー」と逃げ出そうとする双子を父親が取り押さえ、一人、竜人の尻尾に残ったアルファがそれを眺めていた。
けれど、彼女もまた名を呼ばれ、振り返れば、二番目の兄の姿がある。
「やっほー、アルファ。お兄ちゃんが迎えに来たよー」
それにちょっとだけ不満そうにした妹に、二番目の兄は笑顔のまま「お兄ちゃん、泣いちゃうよ?」と一言加えた。
「だって、シルクお兄ちゃんか、お父さんが良かったもの」
「お母さんじゃないだけ、良いと思って!」
穏やかで優しく、ちょっと人より体の弱い父や、そんな父に似た気質の長男でなく、傍若無人を女性にした彼らの母親を引き合いに出し、二番目の兄、ラインは軽く笑った。
アルファはあまり表情が変わらない割に、「それも、そう、かも?」とやや疑問を残したまま、兄に手を取られて床に足をつける。
「良かったな、小娘」
家族が来た事を純粋に喜んで、竜人。
それを見上げて軽く頷くアルファに、双子を捕まえた魔女夫婦と、一通り落ち着いた魔王夫婦が揃って彼女の前にやってきた。
銀髪の魔王は、娘と同じく彼女の頭を撫でて「怪我はないか」と尋ね、双子を両脇に抱えた魔女の護衛は、「心配をかけないように」と我が子と同じく、姫とアルファに軽く説教をする。
それに魔女と魔王の妻はにこにこと、前者は微笑ましさに、後者はそれに加えてお説教を予感させる気配を交えて微笑んでいた。
「お客様っ」
和やかになったその場に、遠くから声をかけて駆け寄ってくるDH社スタッフの姿がある。
制服である黒いボディスーツでなく、受付嬢の格好をした鏡花が、アルルカンを伴って来たのだ。
彼らの直前に来るなり、彼女は深く頭を下げる。
「折角のお越しに、ご迷惑をおかけしまして、誠に申し訳ございません」
アルルカンは彼女の行動と同調しなかったが、彼女の一歩後ろで微かに目礼する。
鏡花は頭を下げたまま、さらに謝罪を述べた。
「お子様への怪我がなかったとはいえ、こちらの安全管理面に不備がございました事、深くお詫び申し上げます。
つきましては、今後この様な事態にならぬよう、今回のエリア管理についてだけでなく、法人全体のシステムチェックを変更・徹底し、精進して参りますので、何卒、お怒りを鎮めていただきますよう、……お願い申しあげますっ」
彼女は一度、責任を強く感じている瞳で彼らを見、改めて深く深く頭を下げた。
もう土下座もしてしまいそうな気迫を感じたのか、「あらまぁ」と魔王の妻が呟き、魔王である銀髪の男性も苦笑する。
子供たちはきょとんとする中、面白そうな顔をしているのはアルファの兄であるラインで、魔女の旦那は元々の原因が双子であるとわかっているだけに複雑な顔をし、最後に魔女がにこりと微笑んだ。
彼女は大きな外套をするりと外すと軽く畳み、ばたつく双子を抱えて大変そうな旦那を気遣わずに、彼の肩にかける。
「レイナさん?」
苦笑交じりに批難する旦那に、仕事モードを止めた魔女はにこっと明るく微笑み、無言で『お願いねv』とやった。
調子が良い魔女の笑顔に、再度彼は苦笑させられる。
その一方で、脅威が去ったことで仕事モードを止めたとわかり、安堵の笑みも浮かべた。
「藤崎さん、頭を上げてくださいな」
一度も名乗った事のない本名を言われたが、訂正するよりも先に謝罪や誠意が必要と考えた鏡花は、素直に「はい」と顔を上げた。
それににっこりと、先ほど魔女として無表情を保っていた女性とは思えぬほどの、生き生きとした美女の笑みを見、軽く緊張した顔に気合いで笑みを浮かべる。
「今日は、子供たちを楽しませてくれて、ありがとうね」
ただ一言、魔女はそう言って鏡花の手を取った。
優しくふんわりと両手で包まれ、鏡花は不覚にも鼻先がつんと来てしまう。
うっと息を止めて涙をこらえ、息を吸って調子を整えると、最高の営業スマイルを浮かべた。
「それは、わたくしどもの、喜びです」
そうして魔女の手を両手で握り返すと、本心からの笑みも浮かべて続けた。
「またのお越しを、お待ちしております」