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Darker Holic  作者: 和砂
side3
74/113

side3 悪役と不思議の世界2



「――――――いけない…」




 護衛である青い髪の男性の裾を摘まんでいた魔女が、それを外して、錫杖を打ち付ける。

 ぽぉんと音が響くと認識するタイミングで、彼女の足元に閃光が煌いた。

 足元からスポットライトを当てられ、彼女らの顔に影が出来る。


 咄嗟に青い髪の男性は、魔女を抱き込んで叫んだ。




「《泡姫》っ!!」




 彼の隣の精霊の少女が動く瞬前、魔女と、彼女を抱き込んだ彼を強まった光が掻き消した。




―――――ぎぃぐっ、……ああぁあぁぁぁあああぁぁぁああぁああぁぁああぁあぁっ!!!




 炎とは違う、焼切られるような灼熱。

 それを肌の表面近くに感じた瞬間、焼き爛れる肌と肉と、表層がぐずぐずに崩れる痛みに彼と彼女は声を上げた。


 だが時間にして数秒も経たないうちに、彼らに下から当てられた閃光は、唸りを伴う業火へと変わり、流れ出す。

 炎が消える先は、二人の背後に顕れた、巨大な赤い騎士の幻影が床に向けて突き立てた剣だ。


 光に縮こまる二人から炎を剥ぎ取ると、軽く身体から熱の残滓が上る他、彼らの姿は先ほどと変化はない様子だった。

 否、実際は焼き爛れただろう肌が、しゅうしゅうと音を上げて修復されていた。

 傍には彼らに手を添える、白い霧の少女が居る。


 彼がやっと呼吸が出来た、同時に魔女が小さく耐え隠す様に咳き込んだ。




「っぅ、ぐっ……、レイナ?」


「――――っ、……………へ、ぃ気」


「嘘をつけ…っ」




 軽い苛立ちを込めて彼が吐き捨てる。

 彼の脳裏に浮かんだのは、魔女にまつわる定めの一つであった。


 魔女は能力故に、自身の死に方も知っている。

 彼女の場合は、血を吐いて。

 肺病か、それとも事故か、殺傷か。

 どういった原因でなるのかはわからないが、それに繋がる全てを、夫である彼も極力警戒していた。


 今の攻撃だって、彼も喉を焼かれて殺されると思ったぐらいである。

 庇うように抱き込んだが、どれほど効果があっただろうか。


 そうして彼は、咄嗟に彼らを守った、魔女の≪カードの守護者≫と自身に協力してくれている≪標≫の存在を思い出した。




「ありがとう、≪赤い騎士ダラビディア≫、≪泡姫≫」




 巨大な赤い騎士は炎を全て剣へ流すと、大地から抜き、横へ一度払って納め、幻であったように消える。

 泡姫と呼ばれた白い少女は、彼らの体を修復するよう手を当てたまま、にこりと微笑んだ。

 人に似た動きをする泡姫だが、その存在の希薄さを示すように彼女の体を風が渦巻いている。


 それを見て、彼は一度普段通りの柔和な笑みを浮かべたが、再度魔女の様子を確かめると、途端に鋭い眼光となった。

 視線だけでも人を殺すという≪魔眼≫と称してもいいほどの、彼の故郷で数々の犯罪者を自ら自白へと追い詰め、≪青い悪魔≫の異名を飾った眼光である。




「………っぉろす」




 低く、潰して呟かれた声だったが、彼の怒りを十分に表していた。

 苦痛以外に軽く眉を顰めた魔女が、微かに彼の注意を引こうと「ルオス…」と呼ぶが、それには小さく笑みを浮かべて彼女を黙らせた。




「≪泡姫≫。彼女を……≪戦女神≫を呼んでくれ」




 白い少女は彼らに手を当てたまま一時彼を見上げたが、次にはにこりと微笑んだ。


 笑みから動き出す口元。

 葉擦れの様な微かな声は、刹那、風と同じ音と成る。

 言葉であるのか、音の羅列・歌であるのか、それすらもわからない、反響しているのか、発声されているのか、耳では認識できない風の詩。


 泡姫の声が小さな旋風となって空間に広がっていくのを、彼は想像した。




 一方、その一部始終を目に入れて、さしものマッドも驚愕した。


 光線はビームに似た見た目だったが、そんなもの、いくらナノマシンでも無理である。

 もちろん、≪ディレイ≫がレールガンでも取り込んでいれば別であるが、今のは、足元、たった数秒だけ展開された≪魔法陣≫から出た。


 魔法なんてさっぱりな≪ディレイ≫以外の存在を疑った、その一瞬、マッドは気を逸らす。


 青いカタツムリ―――本体らしき大きな個体は、目を後ろへ倒して、マッドの驚愕を映していた。

 二度の瞬きの後、剥きだしの歯ぐきが意思を持って動く。




 ―――――――――やっと、会えた。




 様々な方向へ意識を向けていたマッドだが、読唇してしまった直後、絶望と嫌悪、困惑を混ぜて、顔の片側だけ引き攣らせた。

 これまでの人生の中で一番の衝撃を受け、絶句した彼は、すぐさま強烈な嫌悪と恐怖の顔になり、絶叫する。




「キモいんだよ、あんたはっ!!!!!」




 彼は片腕を、刃渡り60cmもあるような銃剣の形へと変化させ、その青いカタツムリの口部分に向けた。

 しゅっと歯茎が消えたそこにぶすりと刃先を刺し込むと、カタツムリの胴体部に両足を踏ん張って、貫けとばかりに力任せに押す。




 ―――ずぶっ




 沈み込む音が聞こえ、マッドははっと両足を見た。

 ナノマシンで反発していたはずの足場が消え、そのまま青いカタツムリの内部へと誘い込まれるように足底が埋まっていくのだ。


 自身のナノマシンの不調はない。

 カタツムリ側がナノマシンの反発を抑えたとしか思えないが、そうなれば、同調し、食われるのはカタツムリの方である。


 だが、焦った顔をしたのはマッドであった。




「君は、誰だ! 何故、僕を巻き込む!?」




 取り込まれた瞬間、わかった。

 青いカタツムリを通して、以前ディレイだった頃、世界の縮図を見せられているような、彼を通して何かしらの力を感じるマッドである。


 故郷の≪神≫はマッドが抑えた。

 ならば、今のディレイを加護しているのは、何だ。


 ナノマシン体に変わったマッドもそうだが、ナノマシンだけの自分は意識もない。

 暗黒神の加護や異世界に所属したことで、今の≪DH No.4マッド=マスクイア≫としての意識があるのを知っている。


 だからこそ、この中途半端な彼の意識の覚醒や、異形の姿から元に戻りもしない彼を見て、もしやディレイは、また、利用されているだけなのかと疑問が浮かんだ。


 また、巻き込むつもりなのか。


 故郷の世界が滅ぶ時同様、マッドは理知的な目に激しい怒りを灯して吠える。




「勝手に他人をもて遊ぶんじゃないっ、よっ!!!」




 銃剣を引き抜き、足にディレイの残骸をつけたまま、マッドは力任せに水槽の方へ飛んだ。

 憎々しげな顔のまま、彼はどぼんと水柱を上げて水槽に沈む。

 立ちあがった飛沫が再び水面に落ち、波紋が広がった。




「――――――!」




 刹那、魔女がぴくりと反応して天を仰ぎ、泡姫もまたふわりとスカートを揺らした。


 魔女にとっては懐かしさも覚える≪歌≫が聞こえる。

 愛情深い≪神≫が、その存在を賭して繋ぎ止めた、≪――――――≫の歌声。

 大地を、生命を讃え、鼓舞するその歌は≪神々の剣≫を導く。


 人の目には何も見えないが、彼女らの目には煌々しい輝きが降ってくる様子が見えた。

 それは、レヴィアタンの水槽だけでなく、恐らく、このビル全体に降り注いでいるのだろう。

 特に魔女である彼女には馴染み深い、暖かさと冷たさを持つそれは、彼女の世界の神、《覇王》の存在を示すモノ。


 日の光を受け、清涼な風を受けて、真っ青な草原に立つ大樹。

 覇王の象徴でもある樹は、大地と空、生と死、昼と夜、すべての存在を強固に結ぶ鎖であり、異質なモノを徹底的に拒む壁である。


 今回、光を受けて木目を描いて広がるその絵は、大樹の姿をしていた。

 この世界、《混濁の遊戯》とは異なるもの、《神》と敵対する《波》のみを排除する。




「やっと……≪戦女神≫!!」




 空間が区切られる感覚に、魔女の護衛は歓喜を上げた。

 その声に答えて、泡姫がふわりと彼の肩口に両手をつく。


 風、である泡姫に重さはない。

 けれど、いきなり乗せられた重さに、彼は、ぐっと足を踏ん張った。


 彼に支えられながらであった魔女の体がぶれ、彼女もまた、無理に体を動かして錫杖を着く。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ぶつっ。




 ラジオが途切れたと言えばいいのか、まるで、鳴っていたカセットテープが止まったかのように、響いていた≪生命の歌≫が止む。


 音に慣れるのは、人には難しい。

 途絶えた音を補うように耳鳴りがし、しかし幻の音さえも奪われる。


 絶対の、無音。


 「ひゅっ」と、身近な≪世界≫の歌を奪われた魔女は、無表情な顔でなく、全身で緊張を走らせた。

 彼女を支えていた彼も、その手の感覚を通して彼女の様子を知る。


 だが彼は、魔女がいくらか緩和してくれたとはいえ、全身に鉛を流されたような、≪重力≫の使い手に圧力で押さえつけられているような感覚と戦っていた。


 彼の体に負荷をかけるのは、≪泡姫≫とは違う、≪標≫の一人。

 第三の”御手”、≪戦女神≫。




 『“泡姫”を呼んでおき、それを通じて私を呼べばいい。

 慣れればさほど難しい過程ではないだろう』




 涼やかな印象の風貌、やや尖り気味の耳の女性。

 彼女が真に実力を発揮するのは、ローブでなく、軽戦士の装束だ。


 記憶から引き出された彼女のアドバイスだが、実際に負荷をかけられて彼は呻く。

 気合いを入れなおし、「ふっ」と息を吐いた。


 空間を統制する≪覇王≫の壁が出来た今、内部の≪異界≫を除外する術は一つ。




『必要になるときは少ないだろう。

 だが、必要となればためらわず呼べ。


 “凪の唄”を、“寂滅の頌歌”を聴かせてやろう』




 ”凪”は風の止まる時。

 全てが静まる、『静寂』を司るがゆえに、その力は全てを消し去る。


 その意味が、今の彼にはわかる。

 体から体力や気力、生命と流れ出す苦痛にあり、彼はにっと笑った。




「聴かせてやってくれ、その≪唄≫をっ」




 ―――――――――――――――――――――――――良いだろう、仮契約者殿。




 ずんっと圧力を増した室内に、強大な力が降ってくる。

 仮契約者とした、青い髪の≪魔女の護衛≫を中心に巨大な影が顔を上げた。

 切れ長の目元と、色素の薄い肌と髪、尖り気味の耳。

 女神と名がつくように、悠然と構える彼女の影は、薄く口を開いた。


 静かに、けれど、心を惹きつける声が紡ぐのは、”凪”。

 全てを止める、音。




「―――ぶっっは!!」




 落ちて、結構な時間が経った頃に、マッドが水面から顔を出した。

 二日酔いのように胸を掻き毟り、喉を押さえ、溺れた人のようにバタバタ騒いでいたかと思うと、次の瞬間、「――――うっ」と口元を押さえた。

 吐気と一緒に、麗しい彼の顔から青いゼリー状の何かが吐き出される。

 それが、「ぉうっ、ぷ」と何度か続けられ、彼は水と涎でべたべたになったまま、再び沈んでいった。



 ≪凪の唄≫は、続いている。

 絶対の無音の中にあり、耳でなく脳内、胸中へと、強弱をつけて音が流し込まれる。

 その場にある、全てに。


 けれど、光で空間に描かれた≪大樹≫が、その葉擦れの音は唄に重なって、静かに、スクリーンで映像を動かしている様に≪この世界≫と≪蒼鎖の大地≫、≪星の意思≫に属するモノを掠めていく。


 それは異質を遮る壁であり、除外対象として≪戦女神≫に弱められた唄を完全に弾いた。



 魔女が大樹を見上げる。

 鮮やかな緑の光線に紛れ、影を織りなす暗紫が見えた。

 ≪魔王≫の≪魔力ちから≫だ。


 微かに、ほんの少しだけ口唇を婉曲させた魔女は、これで最後と、彼女だけが見える≪境界線≫、その上を錫杖で着く。




 ――――――――――――ぽぉん…




 これまで不気味に佇むだけであった青いカタツムリが、ぶるりと震えた。


 周辺の小さな個体、特に本体らしき大きいモノから距離があるモノが、凪の唄を聞き、ぶるぶるぶると震えだす。

 震えるだけだった小個体は、次第に響く唄に合わせて、体から砂の様なものを零し始めた。

 零れた分だけ、個体は縮む。


 ゆっくり、唄に合わせてだったそれが、戦女神が大きく息を吸い、唄の絶頂、サビに入ると、リズムを取るとでもいうのか、ブシュ、ブシュブシュ、と潰れていった。


 残りは、大きな個体とその周囲。




「―――――――――ぶぅうっ、っは!!!」




 ばっさぁと、水面が大きく波打ち、水を押し上げてマッドが再浮上する。

 彼の足もとには、ディレイに喰われて同化しかかっていた≪レヴィアタン≫の顎先。


 舟幽霊もかくやといった有様のマッドは、犬が飛沫を飛ばす様に首を振ると、現在の状況を見据える。

 その顔は不機嫌で険悪な表情が浮かんでいたのだが、劇場の満席の観客のように部屋を囲んでいた青い小さな個体はおらず、残り数体になっているのを見ると、”ひょっとこ”と同じく、口を窄めた。




「え。…なぁに、こっれぇい?」




 呟く彼にも、≪大樹の葉≫が降ってくる。


 と、水面にたゆたう葉の一つが、フルリと震えた。

 葉は水に沈むよりは、粘土に突き刺さるといった感じで、葉体を縦にすると、ずぶりと沈む。


 変わって水面から青い宝玉のような、拳程もない小さな丸いモノが浮かびあがり、大きな個体に向かって弱々しく移動した。


 その球体にも、凪の唄が降ってくる。




 ―――――――――っぱぁん




 球体が破裂する。

 飛び散るモノはなく、ただ、シャボン玉の様にあっけなく。




「………≪ディレイ=キーン≫?」




 一度、レヴィアタンを振り返ったマッドは、首を傾げながらもハイウェイの上に戻ってきた。

 彼に大樹の葉が、映像を重ねる様に映し出される。

 縞模様の光線に当てられて、彼は軽く手を動かしてみた。




「何だい、これぇい?」


「≪覇王≫は、貴方も世界に属するモノと判断した。

 この、≪混沌の遊戯≫の」


「ふぅん……」




 魔女が返事をしたが、彼は分かっているのかいないのか、適当な返事をして、最後まで残っている大きな個体―――それも、最初からすれば半分程度――に歩み寄った。

 人の目だけが飛び出ている青いカタツムリは、口元さえ浮かばなければ、無表情だ。

 もはや追視もしないそれの正面から近づき、マッドは高さを合わせて膝をつく。




「何だか、最後っぽいしね。

 一度やっておきたかったんだよ、≪ディレイ=キーン≫…」




 そう言ってマッドは、少し上体を起こして息を吸った。




「歯ぁ、喰いしばれっ」




 軟弱なマッドの拳が、叫びに合わせて振るわれる。

 慣れた人のと違い、へろへろのパンチだったが、丁度カタツムリの横っ面に当たると、ラストパートを歌っていた戦女神の唄に合わせて、ぼろっと横に崩れ、最後、本当にあっけなく霧散してしまった。


 あまり反動がなかったのだろうマッドも、振るった拳の勢いに引っ張られ、前からこける。

 床にぶしゃっと潰れたまま、マッドは苦く笑った。




「―――本当に、トラウマの幻を見ていた様じゃないか…」




 最後の個体が消え、戦女神は瞳を閉じる。

 彼女の存在感が薄まると同時に、葉を振らせていた大樹もまた、光を散らせて薄れていった。



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