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Darker Holic  作者: 和砂
side3
73/113

side3 悪役と不思議の世界1

随分悩みましたが、半分にして投稿します。お待たせしました!



 ―――世界とは、神を含めた森羅万象。

    貴方もまた、《世界》を構成する一部。



 魔女の言葉が染み込み、咄嗟にマッドが思い浮かべたのは、マザーに隠れた《神》をナノマシンで吸収した光景だった。


 《神》である以上、≪波≫の被害さえなければ、食べられていない部分のみ元通りに《世界》を再生出来るらしく、研究チームの主だった親族らを《波》の消滅作用から守るために《銀の霧》に食わせた奴だが、そんなことを誰が喜ぶというのか。

 怒ったマッドは、最終的に《波》を利用してナノマシンに自身を喰わせており、ディレイを物理的に縦割りした後、煙のように消えかける自我をギリギリで留め、崩壊する世界を眺める傍ら、マザー諸共、囚われたグレイスの《魂》を取り込んだ。

 死なば諸共といった状況、その最中なのか、以後なのか、燃え残ったゴミ屑となっていた彼を掬い上げたのが、《DH No.1》である。




 あの時は、自身の持つイメージのまま暗黒神の眷属として蘇る事になったのだと彼から簡単に説明されたが、今、魔女は否定した。

 時々実験室が吹っ飛ぶぐらいの失敗があっても生き残っていたから、てっきり暗黒神の作用だと思ったのに、自身でも忘れていたナノマシンの自己修正作用なのかもしれない。

 自覚すれば、重度の自己嫌悪で気分まで悪くなる始末である。


 そうしてもう一つの可能性に吐き気がしてくる。

 《神》が残っているとすれば、《神の使者》である彼も、もしや…。




 呻くマッドがふらりと顔を上げた時に目についたのは、立つだけで異質な空気を持つ魔女と、彼女を庇うように剣を構える青い男性だった。


 マッドが顔から手を離し、ぐるりと天井も含めて首を巡らせると、それまで聞き取れなかった音が漏れてくる。

 自身を自覚すれば、多少なりともナノマシンの内、コントロールが戻ってきた。


 軟体から人への変化は、半分は魔女の作用。

 全身を検分すれば、砂袋が動くような音。

 身の内のナノマシンを意識してしまえば、人の感覚でわからない事も感づくようになる。

 それは、レヴィアタンの水槽部屋の奥から聞き取れた。


 あそこはツアー最後に短い通路を歩き、上層へ向かうエレベーターがあるのみの場所で、特に面白いものもなく、ツアー最後を締めくくるには現実感に溢れていて拍子抜けし、戻るのだと見学者に意識させるという。

 そんな、DH社の非現実的から脱する所から、何が来ると言うのか。


 稚拙な挑発を感じる足音は、人の二本足ではなく、沈没した泥の海からやってきたとはっきりわかる、水気を含んだ大きな布が引きずられるような音であった。

 敵対する者同士、一種、惹かれる作用でもあるのかとマッドは思う。

 研究室での悪寒やらグレイスの欠片を入れたDH社のスパコンの変化、自身の軟体変化と、今日だけで何年分も感情の振れ幅を体験した気分であった。



 水槽前の扉付近まで奴がやってきた所で、先に魔女が静かに顔を向け、次いで奇妙な足音に気が付いた彼女の付き添いがマッドを警戒しつつ、そちらも確認した。




 ―――――――ぷしゅぅっ。




 人が歩き、普通に入室してきたと同じタイミングで、それは姿を現す。

 目にした途端、マッドは「ひゅぅっ」と口笛を吹いていた。

 途端に顔に張り付くにやけた笑いが、彼の、奴に対する嫌悪を一時的に隠した。




「レイナ………あれは…?」


「………」




 魔女の護衛が、現れた奇妙な物体について尋ねている。

 けれども魔女の方は、静かな目のまま、黙ってそれを見守った。


 一度目にした際、暗がりから現れる瞬間だけ人の形をした幻覚が見える。

 元々の存在を顕す特徴はなく、あるとすれば、変な場所についた人間の目だろうか。

 それでもその目も元々を知っているマッドには、別人のモノにしかみえない。

 最後まで残った顔の、生前の奴が一番印象深く思っていた部分、人の目を模型にしてくっ付けた印象を受けた。




「………《扉》より…」


「え?」




 魔女が微かに眉根を寄せる。

 彼女の言葉の意味が聞き取れなかっただろう、隣の男性が尋ねるが、それに魔女が答えることはなかった。

 タイミングを継いだマッドが、現れたソレを呼んだからである。




「《ディレイ=キーン》。君ぃも、ひっどい姿になってぇ~」




 嘲笑交じりの言葉に真っ青な軟体と同色の渦巻いた甲羅が動き、軟体部から伸びた角の先の、人の目がマッドを見た。

 大の大人程ある大きなカタツムリ。

 それが粘液を引きながら現れ、声をかけたマッドを見、目以外他は軟体であったそこに、「にひぃっ」と白い歯列が浮かべる。


 化け物と呼べる行動に、魔女の護衛が瞬時に殺気を漲らせた。

 小さく「“泡姫”」と呟く彼の傍に、白い靄のようなものが浮かぶ。


 動こうとした彼の裾を即座に捕まえた魔女は、険しい表情で問う彼に首を横へ振った。

 一方で、手出し無用と伝えたいわけでもないのか、彼の傍、白い靄から少女の形をとった精霊らしき影も、魔女同様に首を横に振る。



 そんな外野に特に興味がないマッドは、愉快な挨拶をしてきた元同僚にへらへらと笑った。


 全く姿形が違い、中身も人ではなくなった彼を一瞬で感知したのはナノマシンの影響であろう。

 それとも自世界から飛び出し異世界の属物となったマッドの、第六感が飛び抜けたのか。

 とにかく、輝かしいばかりの色男が青いカタツムリとなった事に、不思議と疑問は感じなかった。

 彼もマッドのように世界崩壊の際、神や波に何かされたのだろうと、同情めいたものまで浮かぶからだ。

 しかしながら、彼に感じる嫌悪は最後に会った時同様、十分マッドを苛立たせ、行動させるに値する。




「僕ぅは、全ぇん部っきれーぃにしてきたと思っていたんだけど、ねぇい。それで水に流すぅつもりだったんだぁけれぇどっ。

 ―――なぁんで、生きてんのぉ?」




 歯列は浮かんだものの、すぐに軟体に沈み込むようにして消えてしまい、マッドの話への返事はない。

 だが、青い軟体をブルブル震わせながら、少しずつ、ゆっくりであるが前に進んでいた。


 軟体から伸びる粘液の線がぬらぬら光る。

 それらは、何度か光を反射させ、床から湧くようにして、小さい分身を作り出した。




「感染…」


「始まっているねぇ…」




 魔女がぽつりとつぶやき、マッドも同意した。

 ナノマシンから受ける情報だと、すでに水槽内、何故か大人しい――恐らく怯えている――レヴィアタンまで手を延ばそうとしている。


 だが、マッドはにやりと笑った。

 すると、床から落ちた粘液がぱしんと弾かれるではないか。




「再会を楽しみたい所だけどぉ……僕、今の職場気に入っているんだ。

 だからぁ、もぉう一度ぉ…―――きちんと殺してあげる」




 言うとマッドはその躰を銀色に溶けさせた。

 人の形を止め、一部は軟体の核のまま、一部は羽虫が飛び立つ音をたてて空中へ拡散し、レヴィアタンの水槽から水銀に似た水が飛び出す。

 全てマッドを構成するナノマシンだ。

 彼は体を使って元同僚を止める、否、止めを刺すつもりである。




 一方、魔女に留められた彼も、目に見えない領域での状況を、大雑把ではあるが把握した。




『――』




 彼の肩のあたり、風の精霊そのものといった少女の幻影が、ふわりふわりと舞うように浮き、何事か彼に耳打ちする。

 揺らぐ梢のさざめきのような少女の声は、耳を澄ましても聞き取りにくく、彼は実質の音としてそれを認識してはいない。

 しかし、囁く際に肩に置かれた両手、彼を守護するように覆う少女の、いや少女らと言うべきか、の力の存在から彼の体に流れてくる”情報”の断片が悟らせるのだった。


 マッドが覆う範囲は、今の所こちらへ来る感染を押さえているが、いつまで持つかわからない脆さだというのも、少女―≪泡姫≫―を通して理解する。


 そして、彼の魔女が持つ特性、”死なずの確約”―《絶対幸運圏》―では防ぎようのない種類であること、浄化と再生を繰り返す《泡姫》にも分が悪い相手であるのを理解した。


 《泡姫》と同じく《魔女の護衛》としての彼に力を貸してくれる、存在の一人、《紫雷》の能力を遠距離から使っても良いが、魔女は首を横に振る。

 それにも感染するらしい。

 ≪魔女の仕事≫は厄介な事ばかりだが、今回は全く戦いにくい相手だ。

 ここでどういう事をするのかは彼女とも、同じく顔見知りであり、今この異界の何処かに居る《魔王》とも話し合っており、魔女がじっとここで待っているのもそのためだ。

 彼は愛用の剣を構えたまま、祈るようにして天井を見た。




「ひゃあ、っは!」




 目では負えぬ《感染》の競り合いに、《泡姫》からの”情報”や《魔女》の微かな言動で判断している彼にとって、マッドの声は自分がわかる重要な感覚と言って良い。

 レヴィアタンという怪物が下の水槽の底に居るらしいが、そちらの動きはなく、ただ水槽の中の水がマッドの意志を持って、鋭く青い軟体を打ち据えた。

 見た目は水であるが、生まれつき《水》の波長を感じる青い髪の男性には、本来の《水》でなく、水の姿をした砂に感じる。

 下は大量の水であるのに、ほとんど《水》の波長がない。

 とても奇妙な感覚だった。




「レイナ…―――《感染》する、と言ったな」


「そう。浸食は始まっている」


「何処までで、食い止める気なんだ?」




 《存在の境界》を歩く魔女の《絶対幸運圏》外は、マッド、青いカタツムリに関わらず、下の水槽を含めて部屋いっぱいに広がっている。

 貪欲に物質を取り込み、さらに求めて広がる《浸食》は、隣の彼女にとっても天敵である《波》のイメージを訴えてきた。


 《魔女》の知識や《泡姫》の囁きから判断して、単純に不快なこともあるが、彼にとって重要なのはそれが自身や、隣で感情を殺している”奥さん”に害を及ぼすモノだという事。


 元々、《魔女》のような特殊な存在でなく単なる一般人である彼は、不可思議な現象にはとんと理解が及ばない。

 街の自警を担当する職に就いていることもあり、排除するイコール物理、という手段しか持っていないのだ。

 それが封じられて”ただ待つ”という選択肢のみになり、何か気を紛らわしたい思いもあった。


 彼のそんな気持ちをわかっているのかいないのか、本来の感情を極端に抑圧した仕事モードの彼女は、無表情を動かしもせず、口も開かない。

 彼は横目で彼女の様子を確認すると、苦笑してふっと息を吐いた。

 彼の目には、無表情の顔の奥、彼と同じく焦燥と祈り、苦悩をする彼女の、いつもの顔が見える――そんな気がしたからであった。






 今の現象に困惑しているのは、何も彼だけでなく、カタツムリと化したディレイと争うマッドも同様だった。

 研究者であるので辛抱強い方だと思っていたが、結局、好きな事以外は飽き性なのである。


 面倒だからとDH社ごとスタッフや機器を取り込んで、その勢いでディレイを食い潰すのが一番手っ取り早い。本当に、手っ取り早い。

 だが、それを行えばDH社は壊滅。

 自分の好きな研究も、研究に必要な献体も失い、且つ《暗黒神》の遊び場を横取りすることになり、彼とも争うことになる。

 もちろん、すぐ負ける。




「それは、困るんだよねぇぃ。…おぉっ、と」




 片手間に悩んでいると、本体のようにしている核へ攻撃が来る。

 ぞぞぞ、とナノマシンを寄せ集めて《マッド》の上半身とすると、人サイズの青いカタツムリ他、数体が増殖しており、粘液を引きながらマッドの方へと近寄ってきた。

 《浸食》を一時止め、《凝固》し、マッドの核を狙うつもりらしい。

 単調攻撃であるが、DH社の事も気にかけないと結局《負け》となるマッドには、周囲の拡散を抑制しながら払うのは骨だ。




「おぉかしいぃ、ねぇぃ……もっとぉ簡ぁん単にぃ…

 ―――――――殺せるはずだったんだけどぉ」




 ディレイに飛び掛かった瞬間の殺意は本物で、それこそ水槽へと浸食始めていた彼を、逆に全て取り込もうとしたのだ。

 実際、カタツムリに声をかけている間、彼の7割程を食い潰したのだが、それを境にぱったりと手ごたえを感じなくなった。

 原因はさっぱり。

 人としての感覚で表現するならば、食べかけのドーナツが、持った感覚はそのままホログラムでもなって、噛みつくことが出来ないといった所。


 自分の世界崩壊の際最後まで生き残り、《暗黒神》に拾われた彼は、世界崩壊以前に死んだディレイより能力が強いはずである。

 どうやら《暗黒神》の加護もあるようで、ディレイの攻撃の大凡予想がついたり、多少浸食を受けても跳ね返すことができた。

 単純にマッドがディレイを食い潰せるのは事実なのだが、何か妨害が入っている。




「なぁんか…覚えぇ、あるなぁあ…」




 マッド自身への妨害でない。

 言うなれば、ディレイにプロテクトがかかっているというのか。


 青いカタツムリを一つ潰し、二つ潰し。

 潰したそれが二つになり、三つになり。


 マッドを喰うことはできないが、彼の浸食を弾き返し、その代わりにDH社自体に手を伸ばしている。


 今、レヴィアタンが、食われた。

 まだクジラ型を取っているが、カタツムリになるのも時間の問題である。


 不意にマッドは、今、地下以外のDH社全階に感覚を伸ばしている《感応力》の存在を思い出した。


 まだ、ディレイの浸食は地下。

 《暗黒神》が囲う底部分にしかないが、これから上階に上がっていくとすると、真っ先に影響を受けるのはキョウカだろう。

 恐らくは―――。




「発狂、するかなぁ…?」




 思わず『南ぁ無阿ぁ弥』と呟く。

 アルルカンに大丈夫だと言った手前、《No.3》以上に知られると面倒だ。


 上位幹部からの折檻と面倒を天秤にかけた結果、水槽から出さないように拡散していた身体を戻し、ハイウェイ上でマッドは人型を取った。

 いつものよれた白衣に、ぼさぼさの風体。

 彼は懐に両手を交差して差し入れると、イメージをナノマシンで形作り、青いカタツムリ群へと投げた。


 ダイナマイトの形をしたそれは、見事着火し、爆破。

 青い軟体の一部をぐちっと残して、吹き飛ばされた青い肉片が散らばり、近くの壁に絵具のように張り付く。




「ひひっ、…ひゃぁっは!!」




 綺麗な爆破音にマッドのテンションが上がるが、壁に張り付いて少し垂れた肉片はぐちゃぐちゃと数度動いたかと思うと、サイズは小さいなりに元々のカタツムリの形を取った。

 そう、こんなことで倒せるはずはないのである。

 けれど、奴がDH社の壁を取り込んで大きくなるには、周囲に霧状にして散ったマッドの邪魔を除かない訳にはいかない。


 単調な動き――バラバラにされては再生する――を繰り返すカタツムリに、マッドは吊り上げた笑みのまま、心中では首を傾げた。

 マッドが敵であると認識しているのは、奴の動きやナノマシンの共鳴からわかるのだが、明確にこちらを排除しようと動いている様にも思えないのだ。

 マッドのナノマシンが手を抜いていい低級な相手でないので、むしろ罠でも何でも、全力で仕掛けるはずなのに。




「………しっつこいなぁ。

 そぉいうとこぉ、全然変わってないね、《ディレイ》」




 ぽつりと小さく口に出し、マッドは再び跳躍して体を霧へと戻した。

 ナノマシンが増殖するならば、栄養を与えない、完全密封した状態で全部壊してしまえばいい。

 言うのは簡単だが、有機物だろうと無機物だろうと感染していく――実は空気だって、マッドが支配していなければ危ない――のに、どこに密封できるというのか。

 今の所、レヴィアタンの水槽部屋の境界はマッドが抑えている。




「《No.6》……ちゃんと、《暗黒神》に声かけたんだろうねぇ?」




 霧状になり、どこからマッドの声がしているかわからないが、気配で場所を捉えた魔女の護衛は、ラスボス感が漂う人大のカタツムリを見た。

 その後ろに霧から上半身だけ人に戻すマッドの姿。


 青いカタツムリは愚鈍なのか動かず。


 ――――が、触覚が動き、人の目がぐるっと、アーチを描いて後ろに倒れた。


 ぱちり、と、一度瞬き。


 ひゅっと、感心したのか驚いたのか、目を見開いたマッドの顔が目に映される。

 そうしてまた、カタツムリの青い軟体部に『いっ』と笑みの形を取った歯ぐきが見えた。



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