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Darker Holic  作者: 和砂
side3
69/113

side3 悪役と保護者1

 ちびっこ達に見学ツアーを案内していた幹部のうち二人が、グラスの音と共に急に立ち上がり、何やら言い争っていたようだったので、食堂内のスタッフや戦隊担当のメンツは息を詰めていた。

 蘇芳の下っ端研修で色々と交流のあった黒タイツ達は、痴情のもつれかとデバガメしているのが大半だ。


 鏡花が落としかけたグラスを手に、アルルカンは膝をついた姿勢のまま、キリキリと二人を見上げる。

 一人は物凄い形相の蘇芳で、彼は痛みに呻く鏡花の顔を掴み、顔を寄せている。

 艶っぽい雰囲気でなく、どちらかというと怒りに震えて脅している様に見えるのだが、見学途中で休憩をしているこの間に一体何があったのかと首を捻るばかりだ。

 ただ、各自飲み物等を頼み、それを口にしていただけだというのに二人とも急に立ち上がっていた。




「《アルルカン》…」




 びくりと怯えた風のレオンがこっそり声をかけてくる。

 グラスを持ったまま、頭部だけキリキリと向ければ、彼は目が合ってにこりと微笑んだ。

 何に安心したのかわからないが、『よかったねぇ』と他の子供と頷きあっている。


 全く事情についていけないアルルカンは、急に立ち上がった同僚といい、この子供たちの様子といい、違和感があった。

 微かに引っかかる程度の違和感なのだが、何が気になるのかがわからないし、特に大した問題でもないような気もする。

 ただ、双子の目を見た一瞬だけ、少し寂しいような気分になった。


 溜息をもらすよう軽く顎を引く、《アルルカン》。

 それと同時に、食堂内の空気がざわついた。




「子龍どもは、居るかあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」




 ――――――――――――――――バンッ。




 ドアを、その巨大な尻尾で跳ね飛ばし、飛び込んできたのはDH《No.5竜人》。


 人嫌いであるためか、単にプライドの問題か、滅多に人前に出ない幹部の突然の登場に、皆、特に鏡花しか目に入っていないような蘇芳でさえも彼の方を向いた。


 しかし注目を集めた彼自身はというと、踏み入れた次の足を出す前に爬虫類的動きで周囲を見、何度か蛇のように舌を出すと、こちら、三幹部いるテーブルをぎろりと睨んだ。




「リザードマンですの!」




 魔王の娘だけあって見慣れた姿に歓声を上げる姫。

 竜人は聞き捨てならなかったか、微かに視線を姫にずらし、舌を出し入れした。




「む。闇の娘か。我は竜である。下等生物と一緒にするな」


「の。ごめんなさいですの」




 素直に謝る姫に『うむ』と頷き、彼はその隣のアルファ、双子と視線を移して相好を崩した。

 ほっとした笑みを、アルルカンも初めて見る。


 鏡花は困ったように彼を見ていたが、その変化にぎょっと目を向いた。

 一番反発が多い彼の、普段と違う様子に戦慄したようである。




「おぉ、居ったか、子龍ども」


「ん、僕?」


「そうとも。緑龍の子孫、《魔女》の子であろう」




 レオンとミューの二人は、《緑龍》で首を傾げ、《魔女》のフレーズで笑顔のまま頷いた。


 その瞬間、正体不明の歯車の軋轢音を聞いたアルルカンは、目の奥の魔法陣が揺れた気分を味わう。

 それもすぐに正常に戻るが、今度マッドにメンテナンスを頼む必要を考えた。




「うむ。幼いな。まだ、百年経っていないか?」


「僕、6歳!」「みゅ!」




 竜の基準なのか、そう言って首を傾げる竜人に、ごく一般の、人の基準を持つスタッフらは苦笑して竜人を見た。


 当然双子はそう返すわけだが、途端彼は、まるでライオンがウサギにでも食べられているような、驚愕と恐怖の表情となり、双子を抱いて絶叫する。




「まだ、10年も経っておらんではないか!!! 巣から出てはならんっっ!!!!」


「巣ぅ?」「みゅぅ?」




 鰐皮のような硬い肌の彼に抱きこまれ、双子は困ったように声を上げた。

 第一、人に巣、はない。


 リザードマンに近い形態をとっている彼の腕は太い。

 まるで潰される果実のような双子の頭が見え、さすがに鏡花や蘇芳が焦って彼を止めようと手をのばした。




「親は何をしているっ!? こんな幼子が外に出れば、恰好の餌ではないか!!」


「ミューちゃん達も私も、学校に行く年よ?」


「黙れ、小娘。龍は子が生まれにくいのだ。一族を案ずるのは道理だろう」


「んー…うん…」




 竜人が、とりあえず過度に心配しているようだと理解し、四人は不思議と顔を合わせた。


 そうして気が付いたのか、再び竜人は双子と姫、アルファを見、一瞬迷った末、眉根を寄せて姫、アルファを尻尾で引き寄せた。

 一瞬、姫の影が揺らいだように見えたが、気のせいだろうか。




「忘れていたが、闇の娘、そして共鳴りの娘よ。お前たちは、この子龍の友であったな。

 龍の加護を受ける者は、一族も同じ。非礼を許せ」


「の? の。仲直りですの」


「ごめんなさいっていうのよ、そういう時は」


「うむ、すまん」


「うん。仲直りね」




 エベレストプライドの竜人が、年端もない子供に素直に謝ったのに、食堂がざわついた。


 蘇芳は尻尾で阻まれた先ほどと違い、一度横目で周囲を見る。

 鏡花は何か叫ぼうとして声が出ないといった表情で、歪んだ顔で竜人を凝視していた。




「そして、子龍どもよ。《魔女》に頼まれて、我が参った。

 《澱》が再び湧こうとも、もはやお前たちに近づけさせはせん」


「みゅ? みゅう」




 子供達は単に見学をしていただけなのだが、とアルルカンは首を捻る。

 一体どこから竜人が湧いたのかだとか、何故にこの子らに構うのかといった事も前後の脈絡が掴めない。


 ゆっくりと立ち上がり、グラスをテーブルに置く。

 それと入れ替わりに、蘇芳の手から逃げた鏡花が竜人に身を乗り出した。

 通常と違う竜人の態度への驚愕が残っているのか、険しい顔をした彼女だ。




「《No.5》…貴方、何があったか、知っているの?」




 それにキョロっと視線を動かし、舌を出し入れしながら竜人は彼女の全身を眺めた。




「小娘か。……お前も《澱》に触れたな? だが、清められている。何があった」


「まず、私の質問に答えなさいよ。こっちは対応しなくちゃならないの」




 蘇芳や仕事中やら、居丈高に対応されることが多い彼女は、普段ならばそうそう下手な受け答えはしない。

 けれど何か彼女の癇に障るのだろう、竜人に対しては発揮される事が少なく、今もその様だった。

 それに竜人は鼻で笑うと、子供達とは違う、爬虫類の眼を威嚇するように細めた。




「人の子に、《澱》の対応は難しかろう。我が加勢してやる故、従うがよい」


「貴方ねぇ…」




 竜人の言い様に、鏡花は歯噛みする。

 だが、思うところがあるのか、色々と飲みこんだ渋面を見せ、溜息を吐いた。


 何が彼らの間でやりとりされたのか、繰り返すがアルルカンにはわからない。


 もう一人の幹部の存在を思いだし、アルルカンは視線を向けるが、こちらも何か思案顔――肉食獣が唸るような、皺の寄った顔――であり、さらに混乱を深めた。




「《No.6》…今後ノ予定だガ…」




 話について行けず確認を取ると、この言葉に驚いたらしい鏡花が唖然としてアルルカンを見た。




「《アルルカン》まで……。ちょっと、どうしたの? まさか、また、あそこまで行くつもり!?」


「マた…? 悪イガ、何を話シテいるノか、わカラなイのダガ…」




 さらに言葉を重ねると、今度こそ鏡花は絶句した。

 困ったように片手をこめかみに当てて、不安そうにもう一人を見上げる。


 もう一人、蘇芳もまた険しい顔でアルルカンを見ていた。


 二人の言いた気な視線に、アルルカンは内部の歯車が不安定に軋むのを感じる。




「あのねぇ。《アルルカン》ねぇ……戻っちゃうの」




 ふと、レオンの声が降ってくる。

 彼は竜人に抱えられたまま、困ったようにアルルカンを含めた三幹部を見ていた。


 『んっ』と竜人のトカゲのような、鱗のある太い腕から顔を覗かせると、困惑する鏡花と蘇芳を交互に見た。




「そうしないとねぇ、戻れないの。ママは、《だいしょー》だって言ってた」


「《代償》…?」




 蘇芳が思わず、零す。

 さらに思案するように目を細めた彼は、何か、同情するような目を一度だけアルルカンに向けた。


 キリッと痛みを訴えるようなに軋むが、けれど、それだけ。

 どうも、アルルカン自身に関することのようだが彼に自覚はなく、何かしら不具合を周囲は感じているらしい。


 自律して動くとはいえ、人形である以上、いつ壊れても人のように感情回路が動くことはないと思っていたが、これはなかなか不快である。

 これが《不安》というものかと、アルルカンは変に納得した。

 健康診断よろしく、自身もメンテナンスを至急に行おうと考える。




「だからねぇ、アルルカンを苛めないで」


「苛めているつもりは……ないんだけど…」




 困った顔、そして円らな瞳で見上げられ、鏡花は言いながら肩を落とした。


 少し俯いた顔のまま、表面的には動揺を見せないアルルカンの表情を伺い、無理やり微笑を見せた。

 気まずい笑みであるのは、アルルカンでもわかる。


 彼女は一瞬後には気持ちを切り替えて、顔を上げた。




「確かに、私が助かったのも、《アルルカン》の御陰だしね。ありがとう」


「私ハ……」




 心当たりがないため、お礼を言われてもどう反応するべきか思いつかず、とりあえず体の動きが止まる。

 しばし静観していた竜人は、話がまとまったのを見て子供達を促した。




「では、子龍ども。両親が迎えに来るまでは、我の傍で過ごすがよい。

 これから、ここは《澱》が降る」




 彼の言葉にはっとした鏡花は、さっとデバイスを起動させ、天敵といえる竜人を見上げた。




「色々聞きたい事があるけれど、私はこれから配置確認と上位幹部へ緊急召集させてもらうわ。

 貴方、《アレ》をどうにかできる、のよね?」


「子龍どもを保護するのが、我の役目。小娘はその通りに動けばよかろう」


「何とかしてやるって、さっき言わなかった?」




 幹部を召集すると言われ、平然と数に入れるなと匂わせた竜人に、鏡花の苛立たしい声が返る。

 それに竜人は片目を器用に見開いた。




「死にたくなければ、我の傍に居れ。《澱》を祓う程度、我が神気の及ぶ範囲であれば問題ない」


「問題、大有りじゃないのっ。このビルにどれだけのスタッフがいると思っているのよ!?」


「死にたくなければ、《澱》を祓える者の傍に居ればよかろう。

 我も竜とはいえ、頼ってきたか弱きモノ共を見捨てはせん」




 安全に且つ迅速に避難指示を出したい鏡花としては、本能的に逃げろと言う竜人の意見と合わないのは当然だろう。

 そこら辺の配慮は竜人には考え付かない部類だというのは、幹部達なら知っている。




「あぁ、もう。だから、貴方と話したくないのよ。

 じゃあ、他に《アレ》を何とか出来そうな人に心当たりは!?」


「……………《暗黒神》」




 非難を言われても竜人は一部の揺らぎも見せなかったが、質問を変えられ、長い間を取った後に小さく告げた。

 それに鏡花は目を見開く。


 DH社内でも《死神(分類上は精霊らしい)》、《死霊使い》と言った暗黒面のエキスパートや、《ダークエルフ》、《魔術師》などの魔法術専門家、《狂科学者》など物理面でのプロフェッショナルも居るというのに、出てきた候補が、社内どころか幹部最高峰の暗黒神のみである。




「緊急レベル…S…?」




 流石に鏡花の声が震えている。


 アルルカンでさえ、竜人の見解に軽い衝撃を受けていた。

 話はついていけないものの、何かしら事件が起こり、何故か鏡花や蘇芳、また竜人が知っているらしい事、さらにそれに対処できるのが上位幹部でなく、暗黒神に限定された事を理解する。


 その横で、青い顔をしたまま、鏡花は縋るように竜人を見上げた。




「このビルだけで、アレは止められる?」


「それは、我にもわからん」


「軽く、世界滅亡の危機じゃないの…」




 引き攣った笑みを浮かべて、鏡花は独白した。




「じゃ、じゃあ…貴方、どうやってその子達を守るっていうの?

 アレ、次々に感染していく様だったわよ!?」


「子龍どもの親が来るまでと、言ったはずだ」


「解決にならないじゃない!」




 淡々と竜人が言えば、鏡花が激昂した。

 さらに言い募ろうとした彼女だが、その両肩を後ろから抑えられて振り返る。


 DH社内での経験が浅く、鏡花やアルルカン程衝撃がない蘇芳だったが、彼の表情は二人の会話から内容を把握したか険しい。


 肩を押されて一時的な感情の高ぶりを感じた彼女は、冷静になろうと深呼吸し、蘇芳の手を外させた。




「そちらは何を待っている、《竜人》」




 脈絡もなく蘇芳が問えば、竜人がちろっと舌を出した。


 鏡花よりも幾分か冷静な蘇芳に目を細めた竜人に、少し笑ったとアルルカンは感じ取る。

 確かに何の策もなければ、彼がこの様に落ち着いているはずもない。


 衝撃から立ち直れば、アルルカンにも鏡花の激昂に目を見開いている子供達の様子が目に入り、不穏な空気を読んだ他のスタッフたちのざわめきが聞こえてくる。




「ふん。小娘よりは話がわかるようだ」


「言葉遊びをするつもりはない。知っている事を教えてくれ」




 表情は通常の眉間に縦皺の寄ったものだが、彼は静かに乞うた。

 それに益々目を細めた竜人は、久しぶりに機嫌が良い様子である。




「良かろう。我がここに居るのもまた、《魔女》の指示だ。

 彼の者が居る以上、《世界》が望まぬ方向へ行くことはない。

 さらに《暗黒神》がただ滅びを待つとも思えぬ。根拠は以上だ」


「《魔女》とは? また、《澱》についても教えてほしい」


「《魔女》とは、《世界の調整者》である。その世界が望む方向へと、流れを正す者。

 そして、お前達が遭ったであろう《澱》は、《世界を喰らうモノ》である。

 唯一対抗出来るだろうは、《世界の神》のみ――――故に、《暗黒神》が動くであろう。


 どの様な方法かは知らぬが、《魔女》が居る以上、人にとって悪いモノではなかろうな」




 何事かと伺うスタッフも多いが、竜人がこういった物言いをするのを知っている彼らは、困惑気味に眉根を寄せた。

 時折『中二…』と聞こえる気がする。

 しかしながら要するに。




「他力本願、か」




 苦笑気味に蘇芳が漏らした。

 アルルカンから見ても、蘇芳の自嘲はわかる。


 先ほどから話題に出ているアレとは、彼の対応できる範囲の話ではないらしい。

 物理面に特化しているだろう蘇芳は無理でも、竜人に対応できる話ならば、多少なりとも魔法関係にあるアルルカン自身や、《No.7》も協力できるのではないかと考える。

 そう申し出れば、竜人は鏡花同様に鼻で笑った。




「アレはそういった類ではない。精々、小娘と共に建物内の者共を誘導することだ。

 後は、この《世界の神》に祈れ」




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