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Darker Holic  作者: 和砂
side3
66/113

side3 《時忘れ》3



 グレイスの研究所に行ってから何がどうなったのか、僕ははっきりと覚えてはいない。

 ただ頭が詰まるような、変な衝動に任せて大暴れした覚えはあり、拘束されてここにいる。

 皮肉なことだが、鉄格子の中の静かな空間は僕の精神を平坦にし、静かに過ごさせてくれていた。


 何度か研究所のメンバーが見舞いにも来たようだが、無気力で無為な僕なので、会話もないまま終わったように思う。


 その中でしつこく訪問を続けているのは、馴染みのマシン面担当の継続者とリーダーだ。

 特にリーダーが来る時間は決まっていて、本日も聞こえた足音に顔を上げた。




「…君も、大概、変人だ…」




 身なりに気を使う気にもなれないので、すっかりくたびれた風体の僕に、ディレイは難しい顔をしていた。

 相変わらずの輝かしく精悍な彼だが、目の下に隈がある。

 ナノマシンに続き、研究所の消滅、メンバーの補充や僕の傷害事件など、様々な案件を抱えているせいだろう。

 同情心でも持てればいいが、僕は放置してくれない彼を恨めしく思ってもいた。




「心配しているんだよ、これでもね」


「―――そんな暇はないはずだ」


「そうとも。君は優秀な研究員で、僕はそれをチームに戻すために動いているだけだよ」




 『一分一秒だって、惜しい』と苦々しく彼は告げる。


 彼にとって、僕は駄々をこねているように見えるのかもしれない。

 しかし、僕程度の研究者は掃いて捨てる程居るのも事実である。

 彼は僕の何を気になって、こうも頻繁に足を運ぶのか理解できない。

 研究者としての欠片の良心で告げれば、彼は大きく舌打ちしてきた。




「君は、自分を過小評価している。あのナノマシンのボディは、君でなければ作れない。本当だ」




 継続者と僕のIQはほぼ同等。

 僕の纏めた資料や引き継ぎのための指導も含めて手配済みであるのに、件のボディ量産に至らないというのだ。

 道理で会話も碌にできない僕の元に、継続者が通うはずである。




「リーダー。君の資料を見せれば良い。僕でも理解できたなら、彼にも出来る」


「だから、君にしかできないと言っているじゃないかっ、《マッド=マスクイア》!!」




 少しばかり声を荒げたディレイは、そのまま項垂れるようにして格子を掴む。

 瞳も潤み、真に弱り切った表情は変に色気もあった。

 少し前なら手助けをと考えたはずだが、今はただ虚しい。


 姿形なら僕の金髪の方が《光》としてふさわしいが、彼は雰囲気が《光明》なのだ。

 神の加護があると言っても信じられる雰囲気に、僕は『くっ』と嗤った。

 厭らしい笑みだと、自分でもわかっている。




「無駄な事だよ、《ディレイ=キーン》」




 紛う事なき、本音である。


 僕の傷害事件については、恋人を失って錯乱状態であったと周囲の見解であり、事実だ。


 その原因となった“銀の霧”についても、“黒い霧”と同様、空間縮小に作用しているモノであり、研究所消失は不幸な事故だと、ディレイ他、僕の研究チームが世界政府に発表している。


 銀の霧と僕の作品の関係性についてまで世間に公表されたかどうかはわからないが、少なくとも機関内での僕の罪は、錯乱による暴力沙汰だ。

 研究所から釈放金が払われ、いつでも僕は戻ることができた。




「君に罪はない。わかってくれ、《マッド=マスクイア》。私達には時間がないんだ」




 努めて穏やかに諭そうとするディレイだが、僕はそんな事を気にかけているわけではない。


 社会への責任を訴える僕の心もあるが、それ以上に魂の動きを止める疲労感があって動けないのだ。

 気力がないというのか。



 ぼんやりとした僕の状態をわかっているのか、普段なら彼もそれ以上は言うことなく日を改めるのだが、今日は覚悟を決めてきたらしく、ディレイは顔を上げた。


 強い意志を感じる彼の瞳を見ると、逃避したい気持ちも浮かぶ。

 もちろん、逃げる気力なんて無きに等しいので、少し緊張気味に息を吐いただけだ。




「―――――わかった。君に、一つ、秘密を打ち明けよう」




 虚ろな僕の怯えを感じたのか、ディレイは一度凄みのある笑みを浮かべた。




「君は、《神》を信じるか?」


「―――――リーダー…」




 怯えた分だけ胡乱気な目を向けると、僕の感情が動いた事に喜んだ彼は愉快そうに笑う。

 間髪入れずに、格子の隙間から手を差し出され、僕は鼻白んだ。


 眉根を寄せて彼を見上げると、愉快そうに見えた笑みは感情の種類が違う様子で、どこか嘲笑うかのような毒を含んでいる。


 その時、疲れ切った僕と同様、彼にも病院を紹介するべきだと思った。


 けれど、表情は笑っているのにその目が異様な熱を孕んでいるように思え、一度目を閉じた僕は弾き飛ばすつもりで手を持ち上げた。




「――――取ったっ!!」




 僕はすっかり忘れていたのだが、僕はもやしで彼は紛う事なき色男。

 鋭く彼の手を弾いた僕の手は、してやったりとディレイに捕まれる。


 指を変な方向に握りつぶされる違和感に、いっと歯を噛みしめた僕は、次には眩暈を起こして格子に頭をぶつけた。

 立ちくらみに薄目を開ければ、「大丈夫か」と問われる。

 その時、不思議な事に、前にあるはずの格子は何の役にも立たず彼の侵入を許した。




「は?」




 手を引き上げるように立ち上がりを助けてくれた彼は僕の目の前に居り、思わず格子を探して目を泳がせた僕も含めて黒い海の上に立っていた。


 どこか金属のぬめりを持ち光沢を放つ海は静かに漣立ち、そこに無数の泡を浮かせている。

 いや、泡と思ったのは柔らかそうな材質のボールである。

 いやいや、ボールでもないか。

 球状の物質で、無作為に海の上を漂い、時折思い出したように光った。




「何…だ?」




 海に立っているとはいえ、足元に球がぶつかりそうになれば足も浮かせたくなる。

 横に移動しようとした僕を、ディレイは手を引っ張り静止させた。


 目に映る周囲が変化した動揺で、彼の存在を忘れていた僕は思わず目を向ける。

 僕の視線に気が付いているだろうに、彼は下方を凝視しているので、つられて目を向けた。




「…ん?」




 海の下と表現していいのか、海を区切る透明な板が敷いてあるように見える。

 トリックかとしばらく眺めていると、透明な板のさらに下、何か動いた。

 癖で眼鏡を直して凝視すると、海よりさらに黒い何かが蠢いている。


 アレが何かはわからないが、無機質的、環境物質的な海と違い、有機物的な動きを持ち、僕の生物的な本能から捕食者を発見した気分に陥った。

 誰かのデスクを開けてゴミ溜めを見つけた時のような嫌な気持ちになりながらそれを観察していると、どうやらそれは“手”に近い形をしているように思われた。

 無数の手があるのである。


 その一つが透明な板をすり抜け、海を掴む。

 すると、指の間から海の滴が落ちながら、底に引き込まれていく。


 海が千切り取られているとでも言えばいいのだろうが、僕には捕食されているように見えた。

 実際、透明な板を過ぎて引き込まれていく海と球は、板を過ぎた瞬間から灰に近い粉となって消えているのだ。




「―――これが、《世界》だ」




 急に淡々と声を出したディレイを見れば、下を凝視しながら彼は口を開いている。

 片手だけ掴まれた僕の混乱は最高潮で、下と彼の横顔とを交互に見るしかない。




「僕らの《世界》は、海の様な泥とそれに浮かぶ泡で出来ている、らしい」


「泥……」




 あんまりな彼の言い様に一時顔を顰めれば、気にもしていないのか彼は、その下を睨む。




「そして、僕らの《世界》は危機にある。

 僕らからすればもちろん、《空間縮小》として直面している問題だが、それを《神》の目から見ると今の状態となるらしい」




 色々と頭が回っていないが、下を眺めていると無数の手が磯巾着のように伸びたり縮んだりと、《海》を引き寄せようと励んでいた。

 アレが敵だろうというのは何となくだがわかる。


 彼の話を聞きながら眺めていると、自然と間の透明な板が、《海》が作り出す防壁の様なモノであるのも理解できた。

 それが黒いモノよりも弱いだろう事も、見ればわかる。


 足元一面に浅瀬のように広がる《海》だが、心なしか、足首から若干下の水位になりつつあるのも体感できた。




「アレが、《空間縮小》かい?」




 嘲笑するように問えば、ようやく顔を上げたディレイと目が合った。


 思いっきり嫌な顔をしてやろうと考えていた僕だが、真向いに在る彼の顔を見れば別人、彼の目は白い部分がなくなり、《海》の様な鈍い色となっているではないか。


 ぶっと噴出して手を振り払おうとした僕だが、さらに強い力で腕を引かれ、情けない事に肩の痛みから止まる。




「《マッド=マスクイア》。君は、《神》が防壁としているモノを作り出した。

 それも《波》に似た攻撃性を伴って」




 話の流れ的に、下の黒いのは《波》という名前らしい。

 それが《海》を荒らす様に、僕のナノマシンも強い毒性を持って現世に現れた事を、また改めて言葉にされる。


 瞬間、ぐっと息が詰まり、僕はえずいた。


 やはり、銀の霧を見た瞬間のあの勘は正しかったと一方で思う。



 《波》が《海》を灰に変えた現象は、僕の見る世界からは《黒い霧》となって人や物を消滅させ、僕のナノマシンは何の作用か《銀の霧》となって人を、物を、襲った。

 両膝が笑う。


 目だけがおかしいディレイは、まだ淡々と演説を続けていた。




「今、《波》の侵攻は緩慢となっている」




 彼が指さした先は、透明な板を超えて《海》に手を伸ばした《波》の一部が、灰となって消えた所だった。


 それが、僕のナノマシンの作用らしい事も感覚として納得させられる。

 けれど、僕の目から見れば、それは無作為に《波》ごと《世界を》消してしまう凶器だ。


 恐らくバイオ研究所は最初《黒い霧》に襲われ、それを襲う《銀の霧》に消されたのだろう。


 どちらにしろ、グレイスが居なくなる運命であったと示されただけだ。




「無意味だ…」




 目から涙が零れそうに思い、耐える為に吐きだせば、ディレイは首を振った。

 その目が少しずつ鈍色から元の色に、人の目に戻る。




「そんなはずはない。対抗できないと思われた《世界の終り》が、変えられる可能性がある」




 強く繰り返されれば、ディレイは憑き物が落ちたのか、普段通り熱く返答した。

 ふっと僕と彼の視界の間に格子が出現し、《世界》と《神》の幻影は消える。


 そこで、僕は全力で彼の手を振り払った。




「―――僕のナノマシンは、この世界を内側から壊す作用を持っているわけなんだな」




 躍起になって世界政府が廃棄させようとするはずだ。



 傷害事件後、僕は自身の希望で世界政府に身柄を預け、さらに政府が求めるナノマシンに関するデータの全提出、廃棄を僕個人の範囲で認めた。


 それに難色を示しているのがディレイ以下、同メンバーである。


 その理由は研究者としてのプライドかと思っていたのだが、先ほどの幻影を見た今、素直に彼の言いたい危機、世界の在り様を理解できた。

 それでは、世界崩壊と同作用を持つナノマシンを使用して、お互いに消耗させることで世界の存続を行う作戦なのだろう。




「不毛だ」




 疲労に任せて目を閉じる僕に、「また来る」と告げてディレイはそこを後にした。



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