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Darker Holic  作者: 和砂
side3
65/113

side3 《時忘れ》2

 《外》の情報を得るほどに僕は苦悩を深めていった。


 結論を急ぐ僕らチームやそれ以外のチームを宥めるのも限界に近く、少しずつ研究のスピードを落としながら、僕らのチームは先の不安を感じるように連日待機していた。


 そんな中、僕は気が付けば逆向きに椅子に座り、床とデスクを交互に蹴ってゆらゆら揺れている事が多い。

 我らがリーダーである《ディレイ=キーン》は落ち着かない風体であるも、横向きに椅子に座り、足を組んでブレイクタイムだ。

 見渡してみてもほとんどが個室に閉じこもり、普段以上に静かな研究所である。




「《マッド》」


「ぁん? 何だい、《ディレイ》」




 チームとはいえ、研究以外に会話が少ない僕と彼だ。

 珍しく声をかけられて椅子から落ちそうになり、声が裏返った。

 多分彼も気がついただろうが、軽く微笑したに留め、距離を詰めるよう椅子を引いた。




「興味本位なのだが。君は何故《外》について、調べ始めたんだ?」


「あぁ。以前言った通りだよ。

 発表した結果が誤差であったとしても、チームで作ったナノマシンの可能性は大きい。

 けれど執拗にパッシングにあい、パトロンである政府からも破棄を求められるだなんて、馬鹿らしい話だ。それまでに掛けた資金も相当だというのに、全てを処分しようとする姿勢に疑問を持った。

 異様に早いスピードで勧告された点も含めてね」




 ここしばらく暗い雰囲気で、とてもじゃないが会話をする気になれなかった僕らであったので、振られた話題にペラペラと答えた。

 それにディレイは「ふぅむ」とだけ唸る。


 少しだけ、ため息の様だと感じた。

 だからだろうか、珍しく彼に質問する気になったのは。




「そういえば、そちらは?」


「うん…」


「うん…って。どうかしたのかい?」




 言葉を選ぶ時間はあるものの、いつも迷いなく話す彼が言葉を濁す。

 ただの世間話だから気にすることもないのに、僕は声をかけていた。




「誓って話すが、私はこのチームを裏切るつもりはない。それを踏まえて聞いてくれるか?

 たぶん、疲れているんだ。この事態に私も」


「内容によると言いたいが……あぁ、わかった」


「ありがとう」




 小さく礼を言ったディレイもまた、僕のように精神的に参っているのかもしれない。


 彼は普段は本当にリーダーらしいリーダーで、そんな彼が見せた弱みに僕は感動した。

 タイミングよく二人きりであったという要因があったとしても、だ。




「今迄黙っていたが、実はこの研究を始める以前から、私的に、極秘に接触してきた組織がある。

 《SREC》という、世界政府が監視対象に置いている、情報通信業界で有名な大手企業だ。

 ある意味馴染みのある企業だと思うが」




 そう彼から話を振られるが、研究員は研究のみしていればいいと思っていた典型である僕は、全く知らなかった。

 ただ、よくCMで見かけると思ったぐらいで、有名なのか程度の認識だ。


 取り立てていう事でもないと思い、頷くに留めると、彼はさらに続ける。

 各企業からは、時折引き抜きという形でスカウトが来るものだが、ディレイに接触を取ったその企業は違い、研究の内容の一部に対しての情報提供や依頼という形で交流を図ってきたのだという。




「君が参考にした理論についても、実はその企業と交換した資料を基にしていてね…」




 流石にその点については告白された時、僕は瞠目した。

 それでナノマシンが実用に扱ぎ付けたのは事実であるが複雑だった。


 くしゃりと歪んだ顔の表情は隠せないものだから、僕はからかうように彼に返す。




「何てことだ! 僕の感動と感謝を返したまえっ」


「はははっ」




 大仰に手を広げると、察したのかディレイが笑った。

 一頻り笑った彼は、つられて照れ笑いした僕に、静かな表情を向けた。




「だから、だよ。交流していくうちに、君と同じように気が付いた。

 もしかすると、誘導されたのかと今では邪推している」


「―――《ディレイ》、その企業の目的は?」




 思わず咎めるような口調になってしまった僕に、ディレイは苦笑した。




「接触が途絶えてきている今、はっきりとわかることはない。

 けれど、一つ言えるのは、観測所のデータの結果次第では、それどころではなくなる、ということだ。何せ、世界の危機だからね」


「…では、そちらも、空間縮小が間近であると結論が出ているのかい…」




 僕らの研究を含めた《研究所》の真の目的とは、ここ数百年で異常に縮小している宇宙空間の維持・拡大であるとほぼ確定していた。


 現状は根拠である観測所からのレポートを待っている段階だが、この情報もまた世界政府によって管理されているために時間がかかっている。



 異常なスピードで消えていく宇宙空間を証明できたとして、今から新たに研究を行い、解決策を発見するまで間に合うのかどうかも、そのレポートの予測次第だ。

 僕ら以上に精神的に参っているのは、観測所のメンバーかもしれない。




「私達のチームのナノマシンに関しては、人体というより、消えていく宇宙空間の代用と出来ないかと考えられていたようだ」


「それも、そちらに接触してきた企業が?」


「いや、私の推測だよ」




 宇宙空間の消滅について、世界政府がいつの段階から気が付いていたものかはわからないが、僕らが生み出された頃には研究所が伝統として在った事を考えると、もう結構な時間が経っているはずだった。


 顔を曇らせる僕にディレイはまた厄介な話を始める。

 宇宙空間の消滅を調べるにあたり、何故か呼応するように《外》にもおかしな現象が起きているらしい。




「霧?」


「そう、黒い霧が発生するらしい。

 そう頻度があるわけでないが、それが発生した場所は更地になるのだそうだ。物も、当然人も」




 淡々と話すディレイだが、どうにも座りの悪い僕は頭を振った。

 精神的にキテいる今、暗い話は聞きたいものではない。




「そんな、ホラーな。止めてくれ、僕は、お化けの類は苦手なんだ」




 降参だと両手を向けるが、ディレイはもう一度、僕と目を合わせた。


 逃亡を遮られたように感じた視線は、一種の共感を僕らに生む。

 恐らく僕だけでなく彼も何か感じただろう。




「《マッド》。冗談ではないんだよ」




 念を押した彼の言葉は、僕に何か因縁を結びつけたように感じた。


 何か確信を得た僕だったが、その時は誰かが研究に戻ってきたのを機にディレイと会話を切った。






 あれ以降。


 僕らのチームは連日、連絡が届くまで、間隔を広く取って設置されているオフィスデスクに座り、寄りかかり、思い思いの姿勢で待機していた。



 どこか天を仰ぐように顔を上げるのはナノマシンソフト面の担当《ロガ=モンド》、逆に空気を読まずに携帯ゲームで暇を潰すデザイン担当《カーン=アプス》、その他もほとんど無言で待つ姿勢を取っている。




「ディレイ。TDの研究所からメールよ。画に出すわ」




 メールのチェックを行っていたクラークを兼任している《ランガ=ラール》がそう言って、会議用プロジェクターに文章を送る。

 チームメイトは自然とそちらに視線を集中させた。



 研究所の目的について予測の大凡は皆で作り上げており、その最後のピースである資料が別研究所から送られてきたのである。


 はっと息を飲む声と、唸って項垂れる姿。

 僕は心が麻痺したのか、特にリアクションが取れないで、茫然とスクリーンを眺めるばかりだ。


 がんっと机を蹴ったのは今まで遊んでいたカーン=アプスで、彼はそのままゲーム機をダストボックスに叩きつける。

 軽快な電子音は衝撃音の後歪み、処分のボタンを押されたことで潰されて処分場へと落とされていった。




「―――まず、仕掛け人である私が言おう」




 張りつめた空気に、強張った顔をしたディレイが波紋を起こす。

 自然と皆が姿勢を正し、縋るように彼を見た。




「適性レベルで分けられた我らが、《世界政府》に言われるままにしてきた研究に関して、だ。

 着実に成果を上げてきたが不幸なアクシデントに見舞われ、諸君らには多大な不安を与えた事を、まずは謝罪しよう。

 今迄黙っていたが、実はその間、私的に、極秘に接触してきた組織がある。

 《SREC》という、世界政府が監視対象に置いている、情報通信業界で有名な大手企業だ。

 ある意味馴染みのある企業だと思う」




 ディレイが冷静に話を続けるのを、僕はどこか遠くに意識をやって聞いていた。

 もう何日前かにも聞いた話だからだ。


 観測所のレポートによれば後百年程度で世界は無になると結論づけてある。

 数年に惑星一つが消えるペースで縮小を続けているというのだが、僕らが生きている間は辛うじて残っているのだろう。


 僕らを押しつぶしそうな不安は、研究者であるにも関わらず手立てがないとわかっている罪悪感であった。




「最後に。例え今も縮小が続いているからといえ、私達は研究者だ。何もせずに諦めることはしない。

 後、百年以内に解決の手立てを見つけられればいい。

 すぐにとはいかないだろうが、気持ちを切り替え、未来を見つめるべきではないだろうか。

 ナノマシンを作り上げた私達だ。できないはずはない」




 誰が言うとも、彼が言うだけで希望が見えてくるようだ。

 ぱらぱらと拍手が聞こえ、一気に大きな音となった。


 僕ももちろん立ち上がり、手を叩いている。

 少し涙ぐむのは、彼が類まれなるリーダーであり、数日前の不安を超えて皆を鼓舞する心の強さを持つ、真のリーダーであるとわかるからだ。


 演説が終わり、少しでも希望を見出したチームは再び動き出した。

 ディレイもまた涙ぐみながら、チーム達の激励を受けている。



 ふと、彼と目が合い、僕は小さく笑って見せた。

 もし、この人生に物語があるとすれば、きっと僕は脇役中の脇役だろう。

 そうだとしても喜んで引き受けられるような、そんな魅力のあるディレイに会え、僕は幸せだと思った瞬間、事件は起きた。




 急になり出したアラームに僕らは、再び仕事に戻る。

 何か不測の事態が合ったようだとディレイも指令室との連絡を取った。




「映像に出すわ」




 再び《ランガ=ラール》が操作を行い、各自準備を行う。

 スクリーンに映し出されたのは、銀色の輝きだった。




「え?」




 茫然と出た声は誰のものか。


 その銀色は、霧のように拡散して空中に散っているらしい。

 それが遠目から撮影された映像として出ている。


 霧が漂っているのは、見慣れた研究所だ。


 ばっとディレイが振り返る。

 遅れてチームがバラバラと振り返った窓の先に、銀の靄が流れてきているのが見えた。




「逃げろぉっ!!」




 ディレイが叫ぶ。

 一呼吸遅れて、女性スタッフとあれで気が弱い《ロガ=モンド》が悲鳴を上げて逃げ出す。


 僕も弾かれたように動こうとして、素早かった他のチームメイトに押されて倒れた。

 僕の上を誰かが踏み、跨ぎ、過ぎる。踏まれた痛みと恐怖にひぃひぃ言って、僕もまた立ち上がった。




「どういうことだ?」


「良いから、逃げろ!」




 茫然と立ち上がった僕に、最後まで残っていたらしいディレイが腕を掴んで走り出す。

 走り出しながら太腿をぶつけながらも僕は、ゆっくりと水中にできた拡散のように揺らめく銀色を眺めた。


 また変な状況である。


 世界政府の刺客にしては、危険回避が可能な程周到さはないし、またアレが有害であるとわかりやすく生物的な勘が皆に働いていた。

 不思議だな、とどこか壊れた頭の中で、誰かが囁いた。






 這う這うの体で逃げ出した僕らは参考人として軟禁され、一時研究所から《外》に見立てた世界政府の統制局に移動させられた。

 研究員同士で連絡を行い、組織として作り上げていた僕らはその事に抗議し、また説明を求めた。


 逃げ出して一緒になったメンバーは約半分。

 残りは未だ会ってはいないが、きっとどこか別の場所にいるのだろうと僕は考えていた。



 けれど、銀の靄が自然消滅した場所へと案内された際、戦慄を伴って理解してしまったのだ。

 綺麗に更地になった元研究所を見て。




「黒い霧、かい?」




 何故か隣に立つディレイに、視線を向けずに尋ねれば「そうらしい」と返答が返ってくる。

 その言い方に僕は小声で、「アレが何か知っているんだな?」と尋ねたと思う。


 その時、勘ではなく、確信を持って尋ねていた。

 限界まで目を見開いて見上げた彼の目は、怯えるように揺れていた。




「ディレイ。君、知っていたね?」




 彼はまだ隠している事がある。

 天啓を受けた僕は、人の目を盗んで無理やりディレイを物陰へ引っ張り込んだ。




「教えてくれ」




 首を締め上げる勢いで詰め寄ると、彼は困惑と恐怖を浮かべた。


 僕はもやしだ。

 彼の体格からは貧弱も良いところである。


 だが、その時は逃げようともがくディレイを締め上げるだけの力が出ていた。

 再び声を抑えてディレイに問う。




「アレは、僕の、ナノマシンだ。そうなんだな?」


「落ち着け、《マッド》」




 そっと手を添えてきたディレイに、僕はとうとう切れた。

 壁に頭を打ち付けてやるように力を込め、一字一字切って告げる。




「アレは、僕の、ナノマシンだっ! 僕が間違えるはずないっ!!」


「いいや! 落ち着け《マッド=マスクイア》!!!」




 興奮した僕を抑えるためか、ディレイもまた僕の胸倉をつかんで引き上げた。

 力は彼の方がずっと強い。


 それでも手を離す気になれず、僕は―――。




「ダメだ。バイオ研究所もやられている」




 角の所。

 丁度誰か通ったらしい言葉を拾い、僕の暴走は止まった。


 その時、ディレイはとても険しい顔と恐怖した目をしていたのに、僕は全く気が付かなかった。


 だって、この生体メカニックの研究所から《グレイス》のバイオ研究所は随分遠いというのに、今の彼は、何と言った?




「あ…あぁああぁぁ…

 ああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーっ!!!」




 発狂したように叫んで飛び出した僕に、ぎょっとする通行人。


 目からは勝手に涙があふれ、僕は大泣きしながら彼女の元に走った。




 ――――――グレイス、グレイス、グレイス、グレイス…っ!!!




 彼女が自慢する僕の金の髪を振り乱し、脱げてしまった靴も放置して走り続ける。


 普段であれば、研究所同士を繋ぐ自動の道を利用して15分程度歩く場所も、ただ走るだけで40分以上かかる。

 研究所は外からみれば綺麗に残っていたのだが、入り口を抜けたそこは、支柱を残し、外と空が見えていた。


 どうしてか、動物的な勘がよく働く日である。



 ――――――《グレイス=リリー》




 近くに張られた行方不明者のリストに彼女の名前を即座に見つけ、僕は膝をついた。



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