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Darker Holic  作者: 和砂
side3
64/113

side3 《時忘れ》1



 黒い視界、いや、黒い景色にぽつんとアルルカンは浮かんでいた。

 自身のボディは認識できるのに、他が全く見当たらず真っ黒の景色である。


 これが《時忘れ》であるのかそうでないのか、初めてのアルルカンには判断がつかない。

 そんな彼だけの黒の中に、ふわりと飛んできた蛍のような光は青い小さなもので、見つめた先で子供の形を取った。

 レオンである。




「《アルルカぁ~ン》」




 目が合ったとレオンはにこっとし、手を振った。

 止まって動かないアルルカン目指して、犬かきのようにして浮遊して傍にやってくる。


 彼の周囲には、もっと細かな光の粒のようなものが服の裾や癖毛の端などに引っかかっているようだ。

 けれどいくら犬かきして動いても、離れない。




「《プリミオラ》が助けてくれたの。ふわふわってするでしょ」




 くるりと宙返りして、反転からアルルカンと同じ向きになったレオンはそう言って光の粒を撫でた。

 どうやら意志があるらしく、それはふよっと小さく螺旋を描いて元の位置に戻る。


 すると、逆の方向からも人の気配がし、振り返った先にミューが泳いできた。




「みゅみ~」




 彼女もレオンと同じようになっている。

 くるっと体を捩じり、彼女は背泳ぎでやってきた。


 それを片手で彼女の進行方向から押さえると、ぐっぐっぐっと足を蹴ってきた。




「みゅ~ぅ」




 軽い悪戯だったが、彼女は気分を害したようで、また体を捩じってアルルカンを見た。


 彼女らは、青い中に赤い光が浮かぶ、とろりと揺れる目をしている。

 どうやら《魔女》として動く際に自動的に出現するようだ。


 ならば、この状態は《時忘れ》なのだろう。


 これから次に何をしていいのか、やっと《魔女》の記憶を呼び覚ましたばかりのアルルカンにはさっぱりだ。




 ――――――!




「「みゅっ!」」




 困ったものの、キリキリと首を傾げるしかないアルルカンと違い、双子は何かを感じたのか、同時に鳴いた。


 それに視線をやると、いつのまにやら、彼らの傍にそれぞれ蛇と禽が居る。



 レオンの隣には、躰に小さな宝石を鎖のように繋げた、額の部分に横に開く第三の目を持つ純白の大蛇がおり、蛇にしては柔らかな瞳で微笑し、こちらを見ていた。


 また、ミューの隣には猛々しく笑うように目を細めた、鷲と大烏を足して二で割ったような禽がおり、こちらは光を反射すると虹色になる。




「《フィ:ファール》も手伝ってくれるの?」




 大蛇に悲鳴を上げることなく、レオンは頼れる保護者が来たかのようにこぼれそうな笑みを浮かべる。

 それに大蛇は軽く首を動かした。


 まるで子供をあやす母親のような動きをしたそれは、アルルカンを中心とし、レオンとミューを包むように這って、尻尾を咥えた。


 円状になった大蛇は、そのまま第三の目以外を閉じてしまう。

 するとその躰がさらに純白に輝き、まず蛇の外側に一つ、次にその外側に一つ、さらに一つと円状の光の壁がつくられていく。



 茫然と眺めるしかないアルルカンはそっちのけで、次にミューの隣に居た禽が、ふわりと羽ばたいた。




「みゃっ」




 どうも、タイミングはミューの意識したものではなかったようだが、禽は気にせずアルルカン達の上空を周回した。


 禽が羽ばたく度に、虹色に反射する羽毛が降ってくる。



 さらに輝きを増す蛇の光の壁と、禽の羽毛の雪。

 明るく、円から東西南北へと十字に変化していく光の壁。



 羽毛の舞は、触れようと手を伸ばすアルルカン達をすり抜けて降った。




「《ジン:ファール》」




 美しい幻影にアルルカンは見惚れていた。

 その横、ミューがはっきりと声を出すと、禽は一啼し、蛇と禽自身が輝き、それが増し、天地に延びる。



 『みゅーぅ』と双子も鳴いた気がした。



 刹那、十字路になった光の壁の外、そこを上から下へと黒い影のようなものが通り過ぎた。


 一瞬の事であまりはっきりとはわからなかったが、大きな塊の黒の中、赤と金を認識する。

 とにかく何か通り過ぎ、それ以降は何もない。




「コれハ、どチラに、行クべきカ?」


「え? 僕わかんない」


「みっ」




 黒い背景の中、十字路である光の壁以外はなくなってしまったので双子の魔女に尋ねるも、彼らもきょとんと首を捻った。


 レオンが言うには、先ほどの蛇と禽は彼らの両親の使い魔のようなものらしく、それに応じて双子の所にやってきただけだという。


 それでも何か意味があるのだと双子は胸を張ってみたが、アルルカンには混乱をもたらしただけだった。




「みゅ。《境界》を区切ったの」




 ミューが初めてアルルカンを見て長い言葉を発すれば、レオンは「うんうん」と頷く。




「道を作ったの。道があったら、《アルルカン》選べるでしょ?」




 だから、後は選べという。


 どこに向かえば、彼らの言うセーブ地点に戻るのか、そうでないのか、《時忘れ》でない彼らにはわからないらしい。

 《魔女》も不便だと告げれば、彼らは『出来ることと出来ないことがあるから、皆仲良しになるんだって』と両親の受け売りを披露した。




「後ハ、私次第、ナノか…」




 もう一度、東西南北を確認する。


 正直、どれも、同じだ。

 そうしか見えない。


 けれど。




「「みゅ」」




 いつのまにか浮遊を止めた双子が、確かに信頼を込めてアルルカンを見上げて来、キリキリと音をさせたその手を左右で握った。




「ナらバ、進モウか」

























 うぞうぞと、身体の内部から細かなモノが蠢く感覚を受ける。


 今の自身がどういう状態なのか、未だ客観的に見たことのない彼、《マッド=マスクイア》の成れの果ては、イメージすることが出来なかった。

 というよりも、ふとすれば分離しそうなこの体を持って、《マッド=マスクイア》であった自我が残っているというのも不可思議である。

 普段の《マッド=マスクイア》としての思考は不可能であるが、魂の奥底とでもいうのか、一つの行動指標が彼を動かしていた。


 そう、だからこそ、砂漠の底へ吸い込まれる砂のようにして、このDH社の奥底まで一気に滑り落ちているのである。




 ―――――――――ずっ、ぞっぞっぞっぞっぞ…




 音だけ拾えば、砂の混じったゲル状物質が慣性に則って筒を落ちているようなイメージが浮かんだ。

 実際には、DH社の各階の床と同化して、また元に戻り、再び床と同化するといった具合である。


 人としての成りではないのはわかるが、《マッド》の意識として違和感はなかった。

 そう成ってしまったという事実が自分の中にあって、そして拒絶反応はないのだ。



 ただ、底へ、底へ。



 底には、何があるのだろうか。


 “会う”という意識があるが嬉しいという感情はなく、平坦な“ただ、会う”という意識のみだ。


 人、なのだろうか。


 《マッド=マスクイア》の知り合いといえば、DH社の人間や《グレイス》ぐらいで、今やその《グレイス》とも半分以上同化しているのでそれも違う。



 行動の仕方は如何ともしがたいが、気分でいえば、同僚にちょっと託けを、程度の気持ちであるのが不思議だ。


 他者を解剖するのは楽しいが、自分が異常になった時は取り乱すだろうとも思っていたのに、と不意に感じる。




 ―――僕は、一体、何なのだろう。




 体はやはり砂のように零れ落ちていくのに、《心》は動きを止めた。











 《マッド=マスクイア》は、実は彼の本名である。



 幼少の頃の思い出は掠れてしまいほとんど思い出せないが、彼の故郷はメタリックでテクニカルな、DH社で言うところの未来的な都市であった。

 その世界全体がハイテク機械で埋められ、人は遺伝子レベルでの区別をつけられて適性データを参照にし、人生を歩む世界である。



 マッドはそれに特別な嫌悪はなく、ごく一般的な考えで研究者の道を進んだ。


 知能の高さは《研究者》レベルでありながら、彼の感性は平凡でそれを苦手に思っていたように思う。

 一研究者としては、ごく普通に研究機関に所属し、その狭い世界での交流と生活を繰り返しながら満足していたはずだ。



 それに、彼はその時、世界規模で重要な研究に携わる事が出来、有頂天だったはずなのだ。



 人の未来を照らすとは、艇の良い宣伝文句であるも、とても遣り甲斐があり、一緒にチームを組んだメンバーに対してもお互いに尊敬できる最高のチームだったと思っている。

 何よりパトロンは世界政府であって、研究所に閉じ込められるというマイナス面はあるものの、最高の設備と巨額の予算がある。


 計画のスタートは順調とはいえず、時には国際会議の場に証言を求められて立たされる、ひやりとした場面もあった。

 逆に順調に成果が出せるようになると、選別メンバーとなり、少数のチームに分けられてその分野での成果を競うことになった事も。

 思い返せば、仕事一色とはいえ、幸せな記憶ばかりだ。




 では、プライベートはといえば、それなりにロマンスもあったように思う。

 研究員養成校での出会いや軽い付き合いなども、よくよく念じれば思い出せる。

 それなりに経験もあって、本当に平凡だ。



 結婚を考えた人もいた。それが、研究所で出合った才女である。

 特に美人というわけでもないが、研究成果を堂々と語る気の強い女性で、そこに惚れてこちらから交際を申し込んだはずだ。




 ――――グレイス。




 ぞっぞっぞ…と動いていた体が一瞬止まった。


 化け物と化した自分と同様、半分以上意識を失くして同化しているのが、そう、だ。




 ――――グレイス。




 ――――――グレイスっ




 ―――――――――《グレイス=リリー》ぃっ!






 白に近い灰の、直毛の長い髪。

 僕らの人種の中では低い鼻と、年頃になっても残るそばかすを気にする、女性らしい一面を隠し持つ僕の恋人。

 研究チームは別であったが、休憩時間に逢うと金の髪を羨ましがり、そうして僕は彼女の可愛らしさを告げるのだ。




 ―――――――――グレイスっ!! 何故…何故こんな…っ!!




 そぶりっと、身体が震えた。


 人の身でなく、こんな粘土みたいな物質となって、僕らは在るのか。

 体と同化しているこの違和感が彼女であるのも理解しているが、もはや抱きしめられない事実には納得できない。



 まだ何か忘れていると、欠片の自我を集めていくうちに、もう一つ思い出した。



 僕の研究チームのメンバーである。


 そこに、毎回と言っていい程、僕が注目している人物がいた。




 ――――――《ディレイ=キーン》。




 チームリーダーである彼が、毎回僕の事を見つめているわけでない。

 もちろんリーダーだから記憶に頻繁に出てくるという事もあるが、僕自身が彼を尊敬していたのである。


 高い能力はもちろんの事、謙虚な姿勢、柔らかな対応と、人格者である事。

 こんな人間が居るのかと言った絵にかいたような好青年。

 劣等感の良い的であったし、だが上回る程の敬愛を抱いていた。



 彼がどう関係するのか。


 さらに深く注目していくと、人生で最高と誇っていい場面が想起された。






 機械化された人口制御である世界事情でも、人から病が消えることはない。

 求められたのは、その瞬間を遺伝子レベルで治療できる装置。


 人体的な構造云々はより得意なメンバーに回して、僕はどちらかというと自信のある、マシンの創造に力を入れており、その構想を実体化する作業をしていた時のことである。



 より小さな機械アームを顕微鏡で見ながら作業する、人の仕事とは思えない気狂いの時間を過ぎ、休憩をしていた僕は、人工知能で予測したモノとの比較を行っていた。




 ―――やぁ、マッド。休憩か?




 そこに現れたのはチームリーダーである彼で、進行状況の報告と他愛無い雑談をする。


 彼自身の担当もあるだろうに、こうして時間を作ってチームメイトの訪問をするのは彼の日課だ。

 気遣いの言葉をかけた僕は、あるきっかけで彼の言葉を拾い、それをヒントに構想している事を打ち明けた。

 興味を持った彼が僕の研究成果をチェックし、さらに改良を加えてくれたのだ。


 彼の技術に歓心し、より実用化に近づいたマシンに興奮した。

 その数年後、やっと実用にたどり着いた時はチーム全員で抱き合ったのは良い思い出である。




 一躍脚光を浴びる僕らのチームと、治療用ナノマシン。


 チームリーダーとして挨拶する彼や、慣れない報道に居心地の悪い僕ら。

 感動もひとしおだったらしく、やたらはっきりと情景を思い出した。



 まさしく人生バラ色。


 研究の一段落として、グレイスに求婚して同意を貰い、名誉も地位も手に入れた僕は全能感に浸っていた。


 それもたった数か月の事だったのだが。











 結果として、僕はグレイスと結婚することはなかった。


 業務に精を出していた僕が昼食時に見た緊急報道が始まりか、僕らの作ったナノマシンの欠陥が見つかる。


 最初は試験用のマウス。


 完璧に治療を終えたナノマシンは、ゆっくりと同化した体から分離して元の水銀のような液体に戻るはずだったのだ。




 世間に公表されたのは成功例が安定して出てきたためであったのに、その成功例からも微量に残ったナノマシンが見つかった。


 幸いにも人体実験が可能なレベルでなかったのだが、期待された分だけ大仰に騒ぎ立てられ、一時、関連機関までも含めて閉鎖の話が出た程だ。



 ナノマシンのソフトはともかく、ハードは僕が作った自信作であったから、肩身の狭い思いをしながらも改良とその効果、実績についてきちんと示していった。


 研究員によくある事、と言われればそれまで。


 何がおかしいとは具体的に挙げられないも、研究の管理や報道のタイミングについて違和感を持った僕は、一人、チームとは別の件を調査し始める。






 たかが研究員に調べられる事など少ないが、これでも国際機関の一員。

 金にモノを言わせる場面もあり、研究所の外とも連絡を取り合った僕は、外から研究所にもたらされる情報に多くの規制が入っている事を発見した。


 例えば、僕が休憩中に眺めるニュースの映像など、昼下がりのさわやかな公園が映されるものだが、現在の《外》に公園などというものはないのだそうだ。


 公式発表の現場でさえも、国際政府が限定した会場であり、《外》にそんな都市はなく、一種の《研究所》であったという事も知る。


 愕然としてさらに調査を進める僕だったが、それ以上の情報はさっぱり手に入らなくなった。

 《外》の伝手が、消されたのである。






 恐ろしくなった僕は、心を病み始めた。


 けれど、良くも悪くも平凡な僕は一人で抱えることが出来ず、彼に相談を持ちかけた。

 チームリーダーである彼もまた同じように調査を進めており、僕が提示した結果を踏まえて信頼のおけるチームメンバーを選出、極秘に国際政府に対抗する手段を手に入れていく。


 もたらされる情報のソースと事実確認、《外》の状況の把握、バラバラに細分化された僕ら《研究所》の研究内容の関連性について。


 それまで研究一本に向かっていた僕らの能力は如何なく発揮され、他のチームへの協力が増える度、僕らは絶望していった。



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