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Darker Holic  作者: 和砂
side3
63/113

side3 ちびっこと魔女。5




 ―――――――――ぶつっ。




 妖艶な魔女が振り返った先、大柄で精悍な男性は彼女の姿を認めて、大きくため息を吐いた。

 髪と同じ青い目に、呆れかえったとも少々腹に据えかねたとも取れる色を浮かべ、彼女の隣に立つ。


 魔女はといえば、ちらりと彼を認めると、興味がないように勇者に顔を向けた。

 向かい側に立つ勇者を完全に無視した形で二人の世界だったが、気にはしていたようだ。




「返還を」




 魔女が、すっと錫杖を向ける。

 返答次第ではといった意志も見えるそれだが、勇者側には特に脅威にも感じなかった。


 彼女自身が華奢であるのも一因であるし、その隣の男性にしたところで平凡な印象を受ける。

 この空間に居ることが違和感に覚える程、魔女の隣の彼は一般人と相違ない雰囲気で、勇者自身は彼に変に浮いた印象を持った。




「アレを奪えば良いのか?」




 「説教は後でだな」とぼそりと聞こえたが、その後の彼のセリフは物騒だ。

 未だ腰の剣には手を触れていないが、腕組みして魔女に声をかけている。


 魔女は視線を変化させずに、小さく「違うわ」と言った。




「触ってはダメ」


「そうか」




 それに素直に頷いて、次には勇者に視線を向ける。

 立ち姿は素人でないと見るが、異界に触れるには、彼は一種のアウトローの匂いをさせておらず、勇者はどう対応するか迷った。




「彼は?」


「“神の代弁者”」


「うーん……そう、なのか?」




 どうも理解できなかったらしい。

 多少悩む様子を見せたが、困ったようにこめかみを押さえる。




「どうも、何かに憑りつかれているように見えるんだが…」


「アレが“神”。私のとも、貴方のとも、違う、“神”」


「憑りつかれている、は、否定しないんだな」




 笑うのを抑えるような苦笑で青い髪の彼は言った。


 恐れ多い事を、と思う勇者だが、信仰する対象が違うらしい彼らに言っても意味がないし、それに、まぁ、間違ってもいない。



 勇者に降りた神と、彼らのアクションがないまま睨み合いは継続する。

 先にアクションを起こしたのは、神の方だった。


 神が勇者の体を使って動く瞬間、ぴくりと魔女、少し遅れて青い髪の男性が動く。

 片腕を曲げて軽く手を翻す神に、魔女は即座に錫杖を振り下ろした。


 ポォンと鍵盤を弾くような音と共に床に魔法陣が浮かぶ。

 が、バチリッと一部が歪み、彼女の顔も曇った。


 瞬間、男性が床を蹴って勇者に肉薄するが、勇者の後ろの扉を前に、一度躊躇った。



 その間は、反撃の隙になる。


 神も勇者の戦闘経験を知っているのか、条件反射のような動きの妨げはしない。

 勇者の脚力のまま出された回し蹴りは、肉弾戦は慣れているらしい男性に軽く腕で防御され、彼は押された勢いに乗って魔女の元、最初の立ち位置に戻った。


 着地と同時に男性が何事か呟き、懐から出したのはカード。

 魔女も、だ。




「《フィ:ファール》……!!」「…《ジン:ファール》」




 タイミングは完全に一致。

 それを上下、勇者の後ろから縦に伸びるように消えゆく扉に向かって投げる。


 何かに張り付くように、接地した瞬間、扉の前の何もない空間に沈んでいくカード。



 それらは占星具と似たモノだったが勇者に見た覚えはない。

 彼らの行動も何かしらの意図があるのだろうが、妨げにはならないのか、内なる神は特に気にはしていないようだった。

 どこか悪ふざけを嘲笑うような、嫌らしく嗤っている気がした。




「対価を。………神もまた、理があるはず」




 魔女の声に感情の揺れはない。

 けれど、鋭さを持った棒術のように錫杖を向けられ、彼女の感情が見えた気がした。

 彼女の足元から赤味が強い虹色の魔法陣が広がっていくのも、その雰囲気を確信させる。


 また、先ほどの穏やかな表情を消して剣を抜いた男性の背後にも、少女のような、守護精霊のような影が浮かぶ。




『《亜》は、既に渡している。…ぃ……憎き、……』




 そこで一度言葉を止めた神だが、それの感情に勇者は揺れた。



 吐く。


 何か、胸の中心、喉元から、大きな血溜まりを。




 耐えるように目を見開いただけなのに、その瞳が左右にブレるのを体感した。



 神は気まぐれというが、仲間だと思っていた隣の人間が魔物に変わったような、そんな恐怖を持って、勇者は生命を訴える。


 止めろっ。




『……《亜》のっ、―――をっ、根こそぎ奪った!! 《対柱》の御陰でなっ!!』




 ―――――――――――っ!!!




 わぁんっと、響いた衝撃。


 腹の中心から額に向かって、何かが突き破ったと感じると同時、《神託》は消えた。



 悲鳴か叫びなのか、似た感情の波を受けて視界が眩む。



 倒れなかったのは勇者としてのプライドか、次に視界がクリアになる前に青い大きな影を認めて、咄嗟に《聖剣》を呼び出した。

 難しい角度で、相手の得物を跳ね上げようと繰り出す。




「――――――――っ、正直、舐めてた」


「よく言われる。特に、彼女に同行する時は」




 チートとはいかないが、能力を大幅に上げる《聖剣》でも、青髪の彼の一撃は重い。


 かつて、故郷の世界で組んだ仲間のうち、常に皆を守る盾として最前線を張っていた、聖騎士や剣士の剣を彷彿とさせる、熟練された動きと圧力。

 鋭さを増した眼光は油断すると気圧されそうだと《聖剣》の力を籠めれば、同じだけ圧力を増して押し返される。


 先ほどの精霊か何かからの加護だろうと見当が付き、一度反発を緩めて敵対する気がないのを示し、相手もすぐに離れた。




「どうする、レイナ」




 振り返りながら、慣れた動きで剣を収めた男性は、魔女を振り返る。

 カードを投げた後、考え込むように片手を唇に当てていた彼女は、問われてシャランと連環装飾を鳴らして踵を反した。


 先ほどのケータイの伝言に見た感情豊かな彼女など想像できない、無表情、平坦な感情で一言ぽつりと漏らす。




「返還を、急がなければ」


「…そうだな」




 一度苦い顔をした後、青い髪の男性も彼女に続き、追い抜き、手を伸ばした。


 手の先にタイミング良く現れたのは扉。

 何もない空間にぽっかりと現れたのは今にも軋む音が聞こえてきそうな古ぼけた扉で、彼はその扉の取っ手を掴んで開けた。



 瞬間、奇怪な気配が溢れ出す。


 分かる者であれば、『異界』とつながる奇妙な気配を感じ取っただろう。


 そして、扉の向こうに広がるのは深淵の闇。

 しかしそれに臆することなく平然と彼は歩みを進め、そうして少し振り返って《魔女》に手を差し出した。




 止まった彼女が彼の手を取る瞬間、脅威が去ったのを感じた勇者もまた、この空間からの強制送還を受けた。




 ――――――ごんっ。




「痛っ」




 後頭部に強烈な痛みと、慣性のまま落ちた机のショックで、前後から頭痛がする。

 空気を吸い込むと同時に痛みの声を押し殺した勇者はそのまま悶絶するも、彼の顔のすぐ横、そこにドスッと紙束を落とされビクリとした。


 目線を上げると、予想以上に冷たい視線が返ってくる。




「とっくに、会議は、終わって、い、るっ」




 苛立ちを抑えようとして全くできなかったと、後輩の声。

 勇者とペアを組まされた苦労人の彼はとても生真面目で、会議中に居眠りした勇者をどう説得したものか考えているようだ。

 だがいくら言葉を尽くしても無駄とでも考えているのか、結局、実力行使に出るところが彼である。




「おー、いてっ」




 大仰に嘆けば、さらに舌打ちをされた。

 これでも先輩と苦笑いで顔を上げると、横の紙束の表紙に目がいく。




「何だ。こっちのホスト役決まったの…」


「そう。貴方が寝ていたせいで、俺達に決まったぞ」




 営業再開はまだ不安定で目途が立ったとは言い難いものの、提携を結ぶDH社の受け入れの準備は始まっているとは可笑しな話だ。

 先ほどまで神託により魔女と対峙したなど夢の出来事で、急に世知辛い現実に引き戻された、苦い気分を味わう勇者。

 DH社との交流の話も、誰の手腕かはあえて知ろうと思わないものの、一度結ばれた縁は切れないなとは、紙束を見た彼の感想である。




「まぁ……良いんじゃないの? 気になっていたんでしょ、色々と」




 紙束に表記されている名前を確認して、後輩に話を振れば、彼は苦虫を噛み潰すようにした。

 一枚めくって彼が一文を指せば、その理由も何となくだが察せる。


 悪役と一緒で、色々と見栄を切らねばならない正義の味方サイドも、拗れた関係は嫌うのだ。

 派遣員の名と、多分その護衛という意味合いが強いのだろう組み合わせに、その両者とも顔見知りの後輩は気を使うのだろう。




「で、仕事は別件なんでしょう。これ」


「それは…そう、だが…」


「瘤付なのは仕方がないと思うよ。こっちとあっち仲が悪いから警戒もされるだろうし。

 逆に、社内案内だけで済むなら安いものでしょう」




 上層部が派遣員にも仕事に関わらせるつもりがあるなら、案内だけのホスト役など顔を合わせる機会も少ないだろう。

 まかり間違っても、正義一色で染まった猪突猛進タイプには任せられないから、勇者のようにあちらとも繋ぎを持つ者が行った方が、具合が良い。




「会議は悪かったよ。だから、その案件については手配するさ。

 ホテルから、デートコース、ディナーまで?」


「期間は3か月だ」


「わぉ」




 長いのか短いのか、とても微妙な期間だ。

 予算がどのくらいかと紙束を捲れば、あまり期待できそうにもない現状である。


 なるほど、後輩が色々と気を揉むはずだと理解すれば、先ほどの会議でもっと絞れるように進言しておくべきだったと後悔も浮かぶ。




「あー、もぅ。《魔女》め」




 美人だったし、眼福ではあったけれど。


 不可解な預け物も、彼の近くから別の場所へと移されたのは歓迎するべき事柄だったが、どうしてか過ぎ去った今に問題が多い。

 後輩が卓上へ叩きつけた紙束を手に立ち上がり、勇者は伝手を頼ろうとケータイを手に取った。



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