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Darker Holic  作者: 和砂
side3
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side3 ちびっこと魔女。3




「それで、よくわからんのだが…」




 随分時間を置いて、相変わらず竜人の尻尾に捕まったままのイビー爺が問う。

 時折迷惑そうに顔を向ける竜人は、忍耐の限界が来たのかぶるりと尻尾を振って彼を叩き落とした。


 竜人がマッドだと言う、あの物体Xが竜人の言葉に頷いた後、床に溶けて消える際、周囲の血だまりはさっぱり消えてしまっており、ただ器用に残った埃とゴミ屑の中にイビー爺さんは転がった。




「礼を知らん、猿め。まずは我の体から降り、その非礼を詫びるが良い」




 傲慢に言い放った竜人であるが、そういうキャラであるのはDH内ではとても有名である。

 裏返されたカブトムシのようになったイビー爺は、一気に反動で起き上がると憎々しげに顔を歪めた。

 彼の中でもこういう扱いに慣れた感が見受けられたが、今は感情よりも他が気になった。




「ふん。トカゲの分際で何を言うか!

 しかし、まぁ、……ほんの、ちょびーっと感謝しとるわい。ワシの専門は無機物じゃからの!」


「……ふん。死にぞこないの短命種め」




 トカゲの単語に牙を剥いて威嚇した竜人は、それ以上会話する気がないのか、吐き捨てて身を翻した。

 それに慌てたイビー爺は、彼の前に走り込む。


 靴下の血は吸われなかったのか、まだべしゃべしゃと気持ち悪いので、イビー爺は竜人の顔を睨み付けたまま、それを脱ぎ捨てた。




「ほ……待て待てぇい! まだ聞きたいことはある!」


「我には、矮小な者共と会話を楽しむ趣味はない」


「その割にはよくしゃべるではないか、竜人よ!

 貴様、あの青二才が《何》か、知っておるんじゃろ!?」




 ずるずると尻尾を引きずり、来た時同様のっそり帰る竜人は、障害物であるイビー爺を尻尾でごろりと転がした。


 竜人の不機嫌を現すように強めの力で転がされたか、イビー爺は「うっ」と一度咽く。

 だが、見た目通り頑丈が取り柄の彼は、跳ね起きて竜人の正面に立った。


 それを何度か繰り返し、ついに竜人の足は止まり、イビー爺が見上げる先で、爬虫類顔は嘆息するように目を閉じた。




「《マッド=マスクイア》は、天敵ではなかったのか」


「ほうじゃ。ワシはあの青二才が気に食わん!

 じゃがな、魔法系はさっぱりわからんワシでも、このまま放置すれば、何かマズイ状況になるというのはわかるぞ。何が、起きているんじゃ。答えろ《幹部》!!」




 《竜人》でなく、《幹部》として問われ、竜人も流石に嫌な顔をした。

 自分以外や俗世にはさっぱり興味が惹かれない彼であり、今回の事もごく個人的な用事として行動していたところに、衣食住を保障する立場を引き合いに出されたからだ。

 そう言われると、自分を脅かす存在である上位幹部共の事もあり、従わないわけにはいかないと打算する。




「我にもまだ掴めぬ。だが、《魔女》がやってきたのだ。そして、我に行けと告げた」


「ほ?」


「いや、《波》を呼び込まれたからこそ、来たというべきか」




 ちんぷんかんぷんなイビー爺に、竜人は今代《魔女》の存在を思い出して言い直した。


 《世界》を喰らう《波》と共に語られる存在、《魔女》。

 一説には《波》を呼び込む不吉な存在とされるソレである。


 竜人自身も、《魔女》が良いモノでないと知っているが、《今代の魔女》は、彼や彼に連なるモノ達と同じ血族から生まれた。

 竜や龍にとって同胞とは特別であり、本能としてなのか、親愛の対象である。

 彼女のルーツを知っているからこそ、竜人は《今代の魔女》を悪し様に語る事は出来なかった。




「《世界》にはそれぞれ守護者がいるが、常に《波》に捕食される危険を持っている。

 その《波》の存在を告げるのが、《境界の魔女》であり、《審判者》と呼ばれるモノだ。

 それが、《この世界》へとやってきた」


「厨二すぎてわからんが、世界の危機、と言うやつか。

 ならば、その《波》や《魔女》とやらを退ければ良いわけじゃな?」


「いや…」




 単純に答えるイビー爺に、竜人は即座に否定した。

 苦々しい顔をしながら何事かを考えているようだが、良い言葉が思い浮かばないように小さく唸ってみせる。

 《魔女》と《世界》の在り様を説明するのは、複雑で難しい。




「《魔女》は《審判》をするために居る。害してはならん」




 きっぱりと言われて出端が挫かれたイビー爺だが、竜人の憂う表情が気になったのか、《魔女》云々の話を置いた。




「要領を得ん…では、あの青二才は、どういう関係があるんじゃ」


「《世界》が様々であるように、《波》にも様々あると言うことだ。

 《マッド=マスクイア》は、本社とは別の異界より来た。

 奴の《世界こきょう》は《波》に食われている。

 その世界に属するもの全て《波》に喰われた。もちろん、奴もだ」




 何でもない事のように言われたイビー爺だが、理解不能な世界の話をされた上、さらに意味不明な話を上書きされて混乱した。




「何じゃ? ヤツが、《波》か?」


「違う。《波》の欠片である」


「えぇい、益々わからんわい!! 《波》が《世界》を壊すんじゃろ?

 で、あの青二才がその《波》で…結局、どういうことなんじゃあぁぁぁぁぁぁっ」




 竜人の隣に陣取って歩いていたイビー爺が、理解不能に頭から湯気を出して吠えた。

 それに何と説明したものかという表情の竜人がいる。


 元々《世界》や《波》、《魔女》と言ったものは、世界に関わる存在の間では常識も常識、とりたてて説明するものではないのだ。

 それが、人間などの鈍い種族には知られていない世界の理というのもわかってはいたのだが。




「繰り返すが、我にもまだ掴めぬ。

 しかし《魔女》が来た以上、《波》が現れると考えるのが妥当だろうというだけの話だ。

 本社ここには、《暗黒神》が居る。《世界》の代表者である《神》を喰うなら、当然、ここだ」


「あんまりにも非科学的過ぎて胸焼けを起こしそうじゃが、世界の危機ならば本社の危機、そしてワシの研究の危機ということじゃな。じゃがの。

 それが先ほどの青二才の件と、そもそもお主がここに居ることの説明になっておらんわい!」




 知識がないなりに竜人の言葉をすんなり受け入れ、物分りが良いかと思えてそうでないらしいイビー爺に、元々少ない竜人の限界が来たようだった。

 彼にしてみれば当然の理をわざわざ解説した上で、しかも縛りの多い難解な魔女の予言を解釈・実行しようというのだから、煩わしさばかりが募っていたのだろう。


 本来食物連鎖の頂点に立つ種族である、彼が途端に鋭く威圧すると、霊気に圧倒されたイビー爺が唸って膝をついた。

 それに冷笑し、竜人。




「矮小なる人種よ。世の理を知らぬ愚か者よ。

 我と対等なるは、我が同胞のみ。もはや関わる時も惜しい。退くが良い」




 言って、蹲るイビー爺の横を通り抜ける竜人であるが、彼が研究エリアの中心まで足を進めた所で、再度イビー爺が声を張り上げた。




「《竜》などと戯言を言うが、やはり、貴様は《トカゲ》の頭じゃ!!」




 人の怒気など、霊気の欠片にもならないが、毒の混じる言葉は竜人の足を止めるには十分だった。


 肩越しに、これまで以上に強い視線を返す竜人に、しかして、異常事態に慣れたイビー爺は好機とばかりに続ける。




「貴様ら上位種の悪い癖は、“どうせ何を言ってもわからん”と相手を侮る所じゃ!

 真なる科学者は、使えん新人にも問われれば知恵を与える!

 そちらが手っ取り早いし、それを教えるだけの実力があるからの!!

 それを勿体ぶった挙句、“ggrks”なんぞ上から目線で言う馬鹿は、与える知恵がないと自分で告げる大馬鹿者よ!!」




 言いながらヒートアップしてきたのか、大真面目な顔をするイビー爺は、止めを放つ。




「良いから、ワシに、教えん、かあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいぃっ!!!!」




 イビー爺の小柄な体からは想像できないが、以前DH本社に突撃してきた時も、その肺活量に幹部が圧倒された記憶がある。

 びりびりと音の衝撃を受けて竜人は毒気が抜かれる思いだった。


 何より、彼の言葉に納得し、そう感じたことで彼を一目置くことにし、人に負担がない程度に霊気を治めた。

 イビー爺の正面に向き直りながら、竜人。




「お前は、《賢者》か?」


「ふん! 今頃気が付いたのか。そうとも、ワシの頭脳は、異次元級じゃっ」




 そうしてふてぶてしくニヤリと笑い、イビー爺はむくりと起き上がった。
























 浴びた水が重いのか、億劫な表情の蘇芳は、レオンを抱えたままカーゴの調子を見ている。

 時折目だけ動かして水面を伺っている所と良い、次の襲撃の前にとっとと移動しようという意図が見えた。


 そんな彼の傍に、顔に大きな傷を持った姫のSPの一人が歩み寄り、レオンを預かるように両手を差し出す。

 それをちらりと見てどうするべきか一時悩む間を作った彼だが、その方が良いとレオンの両脇を持った。




「やぁん」




 小さく駄々をこねるレオンだが、SPの手に渡ったら渡ったで「んー」とぐずついて見せる。


 SPも顔馴染みなのか、手慣れた様子で彼の頭を一撫でした。

 すると水で重くなっていたレオンの髪が、乾いたようにふわりとする。

 途端にぱちりと目を開けたレオン。


 思わず手を止める蘇芳に、傷の男が親切そうに微笑んだ。




「貴方も、その車にも休息は必要でしょう。一時、手を止めてください。御嬢さん方も、どうぞ」




 一瞬後、周囲に安全を示す毒見役にレオンを使ったことに気が付いた蘇芳が一時嫌な顔をしたが、それも笑みで受け流し、傷の男はそのままのにこやかな顔でキョウカも呼ぶ。

 彼らの主である姫も無邪気に駆け寄ってくるところを見ると、無害ではないと思われるが、蘇芳はどこか冷たいSPの本性に眉根を寄せた。




「服を乾かしてくれるですの」




 姫が笑顔で言えば、灰になっていたキョウカも少しだけほっとした顔をした。


 それがどんな方法か見当もつかないのに呑気だと蘇芳は思うが、確かにこのままでは色々と不便だろう。

 特に女、子供は体温を奪われやすい。

 同じくずぶ濡れのアルルカンは、錆など、別の意味で心配した。


 ふと彼の視界を、怪獣エリアの担当スタッフも横切った。

 彼に対して蘇芳は、この緊急時に案内人として、この人数を保つ戦力として幾分か役不足な気持ちを感じたが、自分とは別の種族だと納得しようとする。

 何より、ここの設備や管理法に問題の根本があると思い直し、後でどう改善させるかを考え始めた。




「では、皆さん寄っていただけますか。“―――”」




 傷のある男が何事かつぶやくと、足元に魔法陣が出現し、そこから温かな、微かな風が吹き抜けた。


 一瞬だったが、その間に肌を拭われ、乾いた服を着た感覚に戻る。

 見れば、確かに着物は乾いており、軽やかに袖が動いた。


 温かくなった体に、心なしか気力まで回復した気分になった。

 それが顕著なのはエリアスタッフのカメレロン星人で、彼はさっそくカーゴに飛びつくとエンジンをかけた。




「おぉ…大丈夫みたいだ」




 向こう岸まで1kmあるのだから、移動手段の確保は必要だ。

 車が動くことでやっと彼は落ち着けたらしい。


 またキョウカも、同じく元気になったアルファに小さく謝りを入れ、デバイスを起動させている。

 この非常事態に行動が遅い気もするが、とやかく言っている暇もない。




「悪かったね、皆。折角《幹部》も来ていたっていうのに、とんだ失態だった」


「本当よ。一体どうなっているの、レヴィアタンなら、普段大人しいはずでしょ」




 人型カメレオンと言った風体のエリアスタッフが苦笑しながら頭を掻くと、キョウカもため息をつきながら返した。

 なるほど、普段はない状況だったのかと思う一方、この設備で何もない方がおかしい。

 それを告げれば、アルルカンも体の調子を確かめながら言った。




「普段ハ、結界が張っテアル。それこソ橋を揺ラス程度ハアルが、そレがナイヨウだナ」




 どうも魔法要素の理解が及ばない蘇芳だが、それに姫のSPリーダーである短髪の男が続けた。




「我々が出てきた原因も、そこにある。魔術的な場の崩れを感じ、姫君の様子を確かめたまで」




 魔王の娘の護衛なのだから、当然魔法要素が理解できるというわけだろう。

 そちらの方面はやはり疎いので、蘇芳はその情報を素直に受け入れた。


 それに、身に覚えのありそうな彼らが未だここに留まっているということは、何かしらまだ気にかかることがあるのだろう。


 そんな蘇芳の視線に、短髪の男はにやりと笑った。

 奴ら、魔王の配下とだけあって、SRECよりDH寄りの感性らしい。




「魔法、消えちゃったの?」




 アルファが尋ねると、灯果と呼ばれた富士額の青年が軽く頷いた。

 彼は無口なのか、傷のある青年が続ける。




「元々“水の者”が使う術のようですね。水面一面にあり、中の獣を出さないようにしていた様です。

 そちらの属には我々は精通していませんので、壊れた原因ははっきりしませんが…」


「みゅう」




 言いかけた言葉を遮り、視界の端、時折水面をちらちら見ていたミューが声を出した。




「魔女殿、何かわかりませんか?」




 顔に傷のある男が問えば、何事か言ったミューは青い顔をして振り返る。




「みゃ~ぁ…」


「魔女殿?」




 小さくぷるぷると震えている事に気が付いた彼が一歩踏み出した所で、隣の灯果が反射的に刀に手をかけた。

 無表情で眺めていた視線をハイウェイの端、転落防止の柵に止めた彼は、顔に傷のある男を追い越してミューを抱きかかえると、振り向きざまに振りぬく。


 小さな影が宙に飛んだと自然と目で追った数人は、青い、両手で持てるゴムボールのようなソレを見た。




「カタツムリ…」




 レオンが茫然と言葉に出す。


 どこかデフォルメされたカタツムリの容姿だが、それは全身青く、冗談みたいに触覚の先に人の目があった。

 ぬらっとした粘液が飛ばされた衝撃で宙に糸を引く。

 刀にもついているのを見、灯果は迷わず捨てた。


 投げ捨てた先、固い音を響かせるはずの刀は、一瞬姿がブレると円に捻じ曲げられ、柔らかな青い物体になってべしゃっと転がった。




「え?」




 その一部始終を見ていたキョウカが口を開く。

 見ている間に嫌な予感を感じていたエリアスタッフと蘇芳、アルルカンは問答無用でカーゴの中に子供達を押し込んだ。




「ミューちゃん!」




 勢いがあり過ぎて座席から転げ落ちた三人の内、レオンたちを踏み台にして這い上がったアルファがカーゴから顔を出す。

 タイミングよく、灯果が動いており、彼女にミューを投げていた。

 「わっ」と四人の悲鳴が聞こえたが、大人達はもう行動していた。


 通信機を連打して応援を呼ぶキョウカは、カーゴに乗り込みながら《感応力》を使用し、非常路の検索を始める。




「そっちも乗り込んでっ」




 運転席のエリアスタッフが叫ぶと、アルルカンは軽く身を翻して助手席のヘッドレストの上に着地、蘇芳も子供達を踏まないように跨ぐ。

 だが、姫のSPは動かない。どころか、各自カーゴの後ろを固めるように構えた。




「どうぞ、お先に。我らは、《魔族》。人よりも、カラクリよりも、速く動けます」




 紅一点のSPが柔らかく微笑したので、エリアスタッフは迷わずアクセルを踏んだ。



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