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Darker Holic  作者: 和砂
side1
6/113

side1 惑星侵攻3


 これまで女幹部として不動の位置を築いてきた阿修羅族No.3にとって、すぐ上の地位であるシグウィルは大変目障りな存在であった。

 現在”羅刹王”の地位についている、阿修羅族最初に下剋上を始めた男にすぐに乗りかかるようにして現れた事も警戒する原因となっている。

 荒れに荒れていた阿修羅族の内部で上に上がれるだけの戦闘力に、統一を果たした男の最も近くに居たということで、存外、王にも信頼されていたのである。


 だがそれも過去の話。


 敏い情勢への介入や妖艶な美貌により、次々に男を手玉に取る彼女にとって、好色な羅刹王に取り入ることは簡単だった。現に頻繁に王の寝所に呼ばれており、そのお陰もあって、No.3にしては色々と便宜を図ってもらえたり、No.2の信用を落とすことにも成功している。

 このまま王を操り、彼の疑心を膨らませていけば、シグウィルなどすぐに蹴落とすことに成功するだろうと思われた。


 そんな折、たまたま宇宙空間にて遭遇した傭兵が、阿修羅族との共闘を持ちかけてきた。

 漆黒の細身の機体を操り、阿修羅族下級幹部の精鋭達を沈めた実力は素晴らしいとの評価が上がったことが大きかったわけだが、降り立った搭乗者の姿を見て、No.3は眉を顰めた。


 明らかに、女。それも小娘。


 漆黒機の凛々しさに反比例して、その搭乗者の酷く貧相な落差に舌打ちする。

 周囲からも驚きの声が上がっていたが、小娘は不敵に笑っただけだった。

 その豪胆さにも男達からは評価が上がったが、NO.3は瞬時に嫌悪を覚えた。正直、邪魔だった。


 No.3は自分に絶対の自信を持っていたが、それでもこの異種族を入れておくのは我慢ならなかった。

 それなのに、その小娘は次々と戦闘を評価されて、とうとう下位の幹部にまでなってしまっていた。


 早く、消してしまおう。


 シグウィルと、異種族の小娘。

 No.3にとって気に入らない二人だが、奴らは奴らで互いを嫌悪していると噂が流れている。

 だが、それはあくまで噂で、彼女の眼には明らかに違う点が見て取れた。異種族の小娘は後見として阿修羅族の用人を欲しているし、シグウィルはシグウィルで、同族とはまた違う興味を示している。

 ある意味、強く結び付きつつあるその気配は、両人である二人にも自覚できていない思いのようだ。

 それほど脅威になってきた二人をまとめて消すことができたら、どんなに素晴らしいだろう。

 ゆえに彼女は、一計案じた。




「ねぇ……シグウィル様?」


「………」



 流石にすぐ下の地位にあるNo.3を無視するのは憚られたか、シグウィルは甘い声に振り返った。

 だがその表情は冷たく、早く話を切り上げたい様子がはっきりとわかる。

 それにNo.3は笑みを浮かべた。




「手短に済ませ」


「言われずとも」



 くすくすと誘うように笑う彼女は、長身のシグウィルを見上げた。十分に色気のある仕草なのだが、以前に色仕掛けにて誘惑しようとした時と同様、彼は動揺も見せない。




「あの、傭兵のことですわ」




 告げると多少なりとも興味を示すのは、阿修羅族幹部なら当然であった。異種族でありながら、ここまでの地位への起用自体が奇跡なのである。

 目覚ましい昇進にある奴だが、正体は不明に近い傭兵。

 誰も興味を示さない不自然さにも、No.3にはある確信があった。




「これ、ご存じですわね」


「ふん。物騒なものを所持しているものだ。王にねだったのか、女狐」


「何とでも。王の信用を失って久しい、シグウィル様には関係のないことでしょう」




 見下すシグウィルに、冷笑するNo.3。

 これは挨拶代わりと彼女は苛立ちを飲み込んだが、それは彼も同様だった。




「あの傭兵がやってきた経緯をご存じないシグウィル様には、おわかりになれないかもしれませんが。

 あの女、随分と機体や能力を抑えております。

 ふふふ……理解できない顔をされておられますわ。私が、それを、証明してご覧にいれましょう」


「証明も何も、あれは人族だ」


「えぇ、そうですわね。

 ………けれど、シグウィル様? こんな物騒なモノを人に試す、絶好の機会ではございませんか?」


 No.3が持つのは、自白剤にも使われる、思考を鈍らせる薬だ。

 シグウィルは、それを自身にも使われるだろうことが頭を過ぎったが、今の興味は彼でなく傭兵に向いている。酔狂なことだというのが正直な感想であるも、そんな事はお構いなくNo.3は続けた。




「我ら阿修羅を欺こうとする、浅知恵。私が露見してご覧にいれますわっ」




















 目の前には、母艦より降り立ったばかりの、阿修羅勢力の倍は居る敵騎乗機。

 そして、後ろは無感動なNo.2殿。


 最近、シグウィルと組むことが多くなってきた鏡花は、その状況に再び顔をしかめていた。

 今回のミッションは、阿修羅族側が制圧した要所の一つに正義サイドの要人を捕らえ、彼らを誘い出し、No.4が仕掛ける罠をサポートする役である。

 が、どうも奴は正義サイドごと、こちらを巻き込みそうで背が冷える思いだ。

 しかも相棒となるだろうNo.2は余所者の鏡花を簡単に見捨てて行きそうであるというから、さらに悩みは深い。


 愛機である漆黒の機械巨人に搭乗した鏡花は、どうせ見えないからと表情はうんざりしていた。だが同時に仕事だからと声に覇気を混ぜて、正義サイドを刺激した。




「如何な軍勢であろうとも、貴様らは烏合の衆。

 阿修羅の血を持つファート殿が庇おうが、その差は歴然というもの」




 阿修羅族独特の、遠まわしな言葉でもって告げると、恐らく戦闘コマンドに熱血やら不屈の精神をつけた正義サイドから雄叫びじみた声が上がった。




『へっ。人様の家に土足で踏み込んできて、何、気取ってんだか。

 おい、俺たちの力、見せてやろうぜ』




 真ん中の白をベースにした機体、確かパイロットは防衛組織の隊員であり、戦闘経験があるのだったか。無駄に熱い男という、正義サイドにありがちなキャラクタを鏡花はぼんやりと思い出した。

 顔は中々であるのに、この暑苦しい性格のせいで想い人にまったく気づかれないという、ある意味、可哀想な男だったはずだ。




『油断せずにいきましょう。特に、後ろは…』


『シグウィル…兄さん…』




 別の機体、これは青をベースにした合体系の機体だ。その三人のパイロットのうち一人が慎重な意見でもって、正義サイドに気を引き締めるように告げる。

 続いて件のNo.2の弟君は、苦々しい様子で兄の名を呼んだ。


 鏡花はDHとして忙しく立ち回る中、彼と何度か交流を持ったことがある。

 あの無感動な兄と違い、素直で従順、けれど心根は繊細で義理堅い。その性格も大まかに理解できていたので、彼の心境を思って苦笑した。

 きっと、自分の種族である同郷の仲間と、理想を共にする友人との間で苦しんでいるんだろうなと。


 ある意味無責任だけれど、情熱そのものとなれる気力は、やっぱり十代の若者独特だと感じる。

 鏡花も充分に若者だが、少し前の過去と重ねて、にやにやとコックピットでほくそ笑んでいた。




『お兄ちゃん、行くよっ』


『おう!やってやろうぜ』




 けれど回想はそう長く続かず、妙に元気な兄妹の声に、そちらに視覚コントロールを移した。


 元々はスクラップ同然、骨組みの剥き出た印象から幾分かバージョンアップしている機体に、鏡花は阿修羅側の報告を思い出して笑えない表情を浮かべる。


 悪役は華麗に散るという不文律があるせいか、よくよく正義サイドに有利な奇跡が起こる。

 DH社幹部で、悪役をやる鏡花自身は仕事が上手くいっていると喜んでいいのか、悪いのか。




「…あらまぁ。ジウォ側、人質奪い返されているじゃないの」




 ジウォとは、阿修羅族が正義サイドとの戦闘を重ねるうちに自然とコンタクトを取るようになった、惑星征服に共同している別組織の名である。

 しかし、やはり悪役は根本的に仲良く共同作業が苦手であり、奴らと阿修羅族はこれまた微妙な関係を保っていた。




『それも報告であったはずだ』




 鏡花は外には響かせず内線で呟いたのだが、予想外の事に、後ろの深紅の機体から返事が返ってきた。


 シグウィルだ。


 二人で組む回数が増える毎に、彼の鏡花に対する口数が増えてきている。




「…まぁ、確かに。良いじゃない、独り言」




 律儀に返すシグウィルの意外な一面に溜息を吐いて、鏡花はさらに続けた。




「確か、あれでしょう。あの妹の方が、洗脳受けてジウォ側に所属していたんじゃなかったかしら。

 それで、洗脳前に会ったファートを誘惑した。…お兄ちゃん、悔しい?」




 鏡花のからかう響きにシグウィルはウインドウ越しに、冷たい視線を投げてきた。

 相変わらず愛想は良くない彼だが、こうして鏡花に反応を返すようになってきている。




『女。貴様は自分の役目を果たせ』


「はいはい。じゃあ、先に行かせてもらいますよ」




 シグウィルの対応に慣れてきた鏡花は、軽く肩を竦めて先制を切った。


 鏡花の意思と操縦に合わせて、漆黒の機体が疾走し、気合を入れていた兄妹の搭乗する機体を蹴っ飛ばす。

 彼らもそうそう弱くないのだが、悪役は最初が肝心。

 油断しているところを先制して、鏡花を含めた悪役全体を脅威に見せることが大切だ。




『く、うわぁっ!?』『きゃああっ!』




 鏡花が強く蹴っ飛ばしすぎたかと思うほど、大げさに悲鳴を上げて吹っ飛ぶ兄妹の機体。

 すぐに体勢を整えるそれを追視システムで監視しながら、入れ替わるように鏡花の漆黒機はその場に陣取る。


 だがすぐには動かず、今後はどう状況を調節するものか、パターンを思案するために、威圧的に両腕を組ませて空中に静止させた。




『優香っ!………と、コウキっ』




 そこに、ファートの声がした。

 他にも正義仲間サイドからの激励や友愛の声が飛ぶが、ファートの声は鏡花には強く耳に残った。


 本当にどうしたものか。


 ちらりと本陣のNo.2を見たが、あの朴念仁のことだ、気がついていないに違いないと彼女は結論付ける。




「そりゃ、本気にもなるわ…」


『どうかしたのか』




 なんとなく、そういう事もあるかなと鏡花は予想していた。その時は密かに指さして笑ってやろうと考えていたのだが、あまりにわかりやすいファートのそれに、茫然と呟くことしかできなかった。

 鏡花の声に、シグウィルが返す。

 独り言に返事はいらないと思いながらも、気にかけられている事に若干の嬉しさを感じ、鏡花もまた彼に返答した。




「ファート、恋してるんじゃない?」




 恋。おぉ、恋!


 口にして、鏡花は小さな羞恥と戸惑い、さらに夢見がちな自身を感じて苦く告げる。

 それに同様に呆けた表情を隠しもしないシグウィル。

 鏡花は彼の顔を見ていられなくなって、正義サイドの追視ディスプレイに目を向けた。


 こっちの困惑など気にもしないで、彼らは思い思いに戦闘態勢に入る。

 もちろん彼らもこちらも、すぐにガチファイトと単純にいかない。

 配置的に、正義サイドは鏡花含める幹部に手を出す前に、雑魚である量産型との戦闘をすることになるのだ。




『…馬鹿な』




 長い時間をかけて、シグウィルは困惑気味に返してきた。

 きっぱりと否定する印象を言葉に混ぜていないのは、確かにそれも信憑性があると思ってのことだろう。純朴で優しさに飢えているファートを知っており、何より、彼はファートの兄で、一番長い時間を共有してきた同胞である。




「じゃあ。どんな感じなのか、試してみるわ」




 軽い口調で鏡花は言い、漆黒機の狙いを兄妹の機体に定めた。


 EGエネルギーを使用したシステムは、標準スキルとして、ステルス監視機能が組み込まれている。

 他の正義サイド機体は、この念動エネルギーとも別称される未知のエネルギーを知らないが、こちらが何を狙っているかは、ファートにはわかるはずである。


 戦闘能力の特化した、本来の阿修羅族でも相当訓練を積んでいないと不可能な速さで、光の弓を出現・番える漆黒機。その軌道上に、ファートが堰切って飛び込んでくるのが見えた。

 その機体を通しての反応の速さと慌てぶりを見て、彼女は自分の言った事にさらなる確信を得た気がした。


 試しに放つつもりで殺気がないからと言っても、攻撃であるのだから当然危険性がある。

 ファートはシグウィルの弟であるし、鏡花とはそれなりに面識もあった。一瞬迷ったが、それ全部吹っ切って、一悪役として彼女は矢を放つ。


 だが、ファートの機体に当たる前にEGエネの予備防御フィールドが展開し、威力の半分を削がれる形になった。脅威的な攻撃にならないと判断し、鏡花はさらに弓を番えて立て続けに矢を放つが、それと同時にシグウィルに上機嫌で言った。




「賭けは私の勝ちね」


『賭けなどしていない』




 それに返ってきた返答は、やはり冷たいものであったが。

 正義サイドの追視ディスプレイとは別の状況把握用に展開しているディスプレイで見ても、彼はあまりその場から動かない。

 元々移動を主体とした機体や戦闘スタイルではないからであるが、鏡花の攻撃に正義サイドからカウンターが帰ってきた際、何のつもりか拳の一振りで防いでくれた。




「あら、お優しいですね、《深紅のナイト》」




 鏡花はさらに電磁砲を正義サイドに当てつつ、シグウィルに言う。

 彼は低く唸ると一瞬殺意を向けたが、シグウィルの牽制にファートが単身向かって来たこともあり、そちらに意識を向けた。


 元が阿修羅族のファートはともかくとして、レベル的にもまだまだ正義サイドは下っ端幹部にも劣る。また、まだ阿修羅族側に余裕がある今は量産機も多くて正義サイドのミッションは過酷だ。だからこそ、頭を潰そうとファートが奮闘するのだろう。




『兄さん!…もう、やめてくれっ』




 聞けば、悲痛な声、とも言い切れない。

 正義サイドも困難な状況に自己陶酔に陥るという欠点があるのだと、鏡花は冷静に考えた。


 代わってシグウィルは、例え弟といえども、ファートには鏡花に対する扱いと同様、冷静な対応しかしない。




『裏切り者が何を言う』




 そのクールなところ痺れると心中で笑い、鏡花は連携プレイに出た正義サイドをカウンターで迎え撃つ。彼らは母艦も連れてきているため、ちょっと故障したぐらいなら母艦に戻り、修理して、再びやってきてしまう。

 かと言って、悪役、もとい鏡花の所属するDHは、戦況を盛り上げるのが仕事。その微妙なさじ加減を調節しながら鏡花はシグウィルの方にも意識を向けた。




「相変わらず、まぁ、好き勝手な兄弟だこと」




 鏡花がぼんやりと呟いた先では、すでにヒートして奥義を惜しげもなく連発している彼らがいる。

 正義サイドも相手があの中ボス、シグウィルとあって、ファートのサポートをしたい様子だが、あまりの激しさに一歩引いていた。阿修羅族の技の範囲は、結構広い。




「さって…んー。あれで良いか」




 激しい戦闘を行う兄弟だが、彼らの種族は大体があの程度のじゃれ合いを日常で行っているため、それほど気にしない。鏡花はまだレベルの低い機体ではなく、そこそこ戦闘に慣れてきた中堅の機体数機の傍に、漆黒機を進めた。


 今後、正義サイドは転移陣にて阿修羅No.3が管理するサテライトに侵入するシナリオであるため、途中参加してきた中途半端な機体のレベルも上げておかねばならないのだ。




「はははっ! のた打ち回るが良いっ!」




 悪役らしい台詞を吐き、近距離に居たためにあえて攻撃レベルの低い遠距離射撃にて攻撃する。

 白い女性らしいフォルムの機体はフィールド展開して攻撃を半減して耐えると、若い少女の声でカウンターに出た。




『こんのぉーっ! 《クロス=アタッカー》!!』




 射撃を避けて白い機体が飛び上がり、豪華な特殊エフェクトと共に十字の光線が漆黒機に降り注ぐ。

 鏡花はあえてそれを受けるよう漆黒機の動きを止め、わざとらしく悲鳴を上げた。


 今後、悪役にダメージを与えることで調子付いてレベルが上がったりするので、正義サイドの士気は上げておくに限る。鏡花はコックピットでニヤリと笑った。 


が、続いて響いた声に仰天して、危うくコックピットからずっこけるところだった。




『奥義! 《紅蓮降魔陣》!!』




 てっきりファートに当てているものと鏡花は考えていたシグウィルの奥義が、彼の戦闘フィールドから離れた、いつもならあえて無視する正義側の弱小レベル安全圏に降り注ぐ。


 折角育てようとしていた正義サイドの機体が、鏡花の目の前で99%損傷という笑えない事態に陥ったため、彼女はあんぐりと口をあけた。


 漆黒機の視覚エフェクトをシグウィルの搭乗する深紅機に合わせたが、もちろん、ファートの機体は10%未満の損傷でシグウィルの目の前に健在。

 中堅レベルの鏡花を補助するなど、している場合ではないのは、確実だ。




「…な、何を」




 鏡花の目の前で、シグウィルを狙うファートの奥義が彼の深紅機に炸裂し、若干深紅機がぐらついたのを見る。


 阿修羅族の幹部であっても、仲間を庇うなどという、シグウィルの持論からすると生ぬるい行動を、彼自身が取るとは思わなかった鏡花は、そう呟いた。


 意外どころではなく、仰天したとその表情が物語る。




『女。何を遊んでいる』




 響いたシグウィルの声に、慌てて鏡花はコックピットのディスプレイに真面目顔して覗き込んだ。

 鏡花の援護を優先したシグウィルはファートの攻撃をまともに受けた。

 彼の深紅機は8%程度の損傷を受けたはずであり、無傷無敗を更新してきたシグウィルに意外な思いで鏡花は返答を返す。




「それは、こちらの台詞。……何故、…庇ったの?」




 鏡花の硬い声音にシグウィルは一瞬眉根を寄せ、ディスプレイ越しに睨みつけてきた。

 鏡花の肉眼では、彼はファートの機体と未だやりあっている最中である。

 ディスプレイの涼しく険のある表情はそのまま、シグウィルは己のコックピットディスプレイを(ファートの機体を)確認したあと、鏡花の不機嫌そうな表情を映すディスプレイに視線を戻した。




『今回の任務を忘れるな、女。貴様が遊びにかまけ、こちらの意図を向こうに汲み取られては困る』


「あちらにそこまでの頭や悟る技術があるとは思わないし、その心配は無意味。それと貴方が取る行動とは一致しないのではなくて?」




 いつも通りの冷たく素っ気無いシグウィルの声に、わかってはいたが、鏡花は嫌悪の表情を隠しもせず晒した。普段なら絶対に関心を向けないシグウィルに、何故今日に限って違うのか、鏡花は不機嫌そのまま睨む。


 それまでは鏡花がどんなに媚びてみても、彼は余所者と毛嫌いしてきていたから、肩を竦めて適当に誤魔化してきた。今回は戦闘の緊張もあって軽い怒りを覚える。




『行くぞ、《キーング=クラーッシュ》!!』




 ふと、鏡花がシグウィルに意識を向けていた間に、立ち直ったらしい正義サイドの一機が、漆黒機に剣を振りかざして必殺技を叫んだ。


 それに素早く漆黒機を反転させた鏡花は、シグウィルをディスプレイ越しに睨んだまま、反射的に対応してしまう。閃光を生み出すように漆黒機の剣を抜き放ち、攻撃を避けた。




『くっ…!』




 正義サイドの搭乗パイロットチームの一人が漏らした声を耳に拾い、鏡花は不機嫌に漆黒機を操作する。シグウィルにどうしてこうも反発するものか、冷静に頭のどこかが警告するが、鏡花はそれに気付かない。

 相手の叫んだ技名を皮肉り、機械の動きとしては素晴らしく滑らかな人の動きを、剣戯を、披露して。




「殿、ご乱ー心ーっ!!」




 カウンターとして、漆黒機は振り返った正義サイドの機体を両断した。

 漆黒機を後退させながら全くの本気の行動にあっと気がつくが、阿修羅族上位幹部並みの、一撃で損傷レベル90%近い被害を与えた事実は変わらず。


 近くの正義サイドの母艦が漆黒機にミサイルを放ってくる。丁度弐門分で、けれど手加減する気が全く起きなかった鏡花は、そのまま漆黒機の剣にて8割を叩き落して攻撃を緩和した。




『…なっ、……キョウカ、さん』




 さらにブースター高速移動にて漆黒機をシグウィルの近くに戻した鏡花は、そのせいでファートの戦いた声も拾った。


 彼の正義サイド思考に染まりそうな悩みも、他の幹部達に見せる対応と違い、案外優しく聞いてあげていた。異種族であり、阿修羅族に揉まれる弱者の鏡花のイメージしか持っていないファートが驚くのも当然。鏡花は苦笑し、ようやっとシグウィルのせいで高ぶった感情を静まらせた。




「お久しぶりね、親愛なるファート君! そちらの生ぬるい偽善の環境は如何。兄君との邂逅も済んだことだし、そろそろ……血が恋しくなられているのでは?」




 悪役として嫌のある声音で告げると、ファートの機体から唸るような、苦い声が響いた。


 悪役サイド出身のわりにお人よしなファートのことだから、それまでと違う印象とセリフに裏切られたと思うだろう。鏡花はさらに微苦笑する。


 シグウィルは継続していたディスプレイ越しに見、しばらく悩むように視線を彷徨わせて沈黙した。

 漆黒機の搭乗席、丁度、鏡花の座る位置からやや上方に匂い袋のような小さなものが揺れる。無臭であるはずだが、どこか鼻の奥に残る刺激。やっと薄れてきた事実にも鏡花は気づかない。




『そんな……キョウカさん、言ってくれたじゃないか……それに、今の戦闘力…』




 戸惑うようなファートの声に、鏡花は演技でなく声高に笑った後、続ける。




「私は、“深淵のキョウカ”。お相手願おう、“旋風の狼”!」




 鏡花が役者ぶって強調し、告げ、次の行動に移そうとする直前に、閃光の速さで深紅機が動いてファートを吹き飛ばした。

 ファートは悲痛な声にて機体ごと飛ばされ、仲間たちに支えられて受け止められる。


 幸運にもDH的には良い展開になってきたことに、鏡花は先ほどの不機嫌を忘れた。

 鏡花の事を、阿修羅族の基準からすれば弱いと思っていたファートはともかくとして、付き合いがそれほど長くない面子ばかりで衝撃的な違和感にはならなかったようだ。


 正義サイドはファートの困惑に理解できないようだし、他の幹部も別の事に気を取られて知られていないようだし、鏡花は先ほどの失敗をカバー出来たと思った。

 打って変わって機嫌よくシグウィルのコントールを見る。




「気合入ってるのね、シグウィ…」


『……貴様』




 だが、シグウィルは少し前まであった、心を許した感を完全に消し去り鏡花を見ていた。

 その温度差に思わず黙った彼女は、シグウィルの心情の変化という、思いがけない失敗に気まずそうに視線を流す。


 これまで雇われ傭兵として侮ってもらうためにDH能力を極限まで抑えていたのが裏目に出、実力を“出し惜しみ”してきた鏡花をシグウィルは警戒対象と見ていた。


 彼女自身の能力値に関して失念した事が最大の失敗である。

 仮にシグウィルが誰かに報告でもすれば、鏡花と阿修羅族との力関係のバランスが崩れ、今後の仕事に支障をきたすだろう。

 その状況をありありと想像できた鏡花は、やはり自分からもクライアント関係には距離を置くべきと判断して以前のようにへらへらとした笑みにて誤魔化した。その効果は微妙であったが。


 シグウィルはそれに嫌悪を浮かべたが、特に何も言わず、そしてファートにも興味を失くしたか深紅機ごと沈黙した。

 正義サイドはこれまでの戦闘の結果とファートの阿修羅族内部情勢からも深紅機は脅威と見ているため、主に攻撃対象である量産機体と鏡花の漆黒機に狙いを定めている。


 鏡花はコックピット内にて、無遠慮に切られたシグウィルからの通信ディスプレイ跡を一度見、溜息を吐いて作戦へと集中する他なかった。


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