side3 悪役とちびっこ。9
「はいはい、ちびっこちゃん。ガラスには触らないようにね」
グラサン、茶髪のまだ若い男が軽快に手を叩いて告げる。
アロハシャツにハーフパンツ、サンダルと、どこのリゾート客かと思われる彼だが、列記としたDHスタッフである。
もちろん、今ちびっこ四人組を連れ歩いているここ、怪獣エリアの、であった。
「の! 飛竜より大きいですの!」
「そりゃあ、ね。こいつはリンドヴルムって、ワームを捕食する奴だから!
ちなみに、火ぃ吹くよ!!」
『ほいっ』と後ろ手に何か、木の実の様なモノをゲージに投げ込む怪獣エリアスタッフ。
天井のゲージの隙間から落下していった木の実らしきものは、考えずに何でも食べるリンドヴルムの口に入っていった。
瞬間、こちら側のガラスに向かって、火の玉を吹き付けてくる。
「「「わー―――!!!!」」」
四人組の悲鳴と同時に、ガラスケースにぶつかった火の玉は四散した。
キョウカが思わず身を竦めるほど、迫力満点だ。
常人の反応を見せる彼女らを、特に何の感慨もなく眺めるのは自動人形である《アルルカン》と、圧倒的覇気を持つ《蘇芳》である。
「貴方の機体より小さいけれど、やっぱりスリルはあるわよね」
動揺を誤魔化すように、照れ笑いで同意を求めるキョウカだが、蘇芳は不可解そうに眉根を寄せた。
「わからん」
同意を得られなかった彼女は、呆気にとられてアルルカンを見るが、彼もまた同じようにキリキリと首を傾げた。
「ん、もう!」
やや気を悪くした彼女は、同僚に背を向けて子供たち側へと座る位置をずらした。
「大っきい、ねぇ…“シュバルツ”みたい」
「みゅー!」
ゲージの中をゆっくりと、まるでこちらを捕食しようと動くリンドヴルムに、レオンとミューはそう言った。
「“シュバルツ”って?」
彼らに近寄るキョウカに、四人はにこりと微笑んだ。
レオンは自信満々に胸を張る。
「僕の友達のドラゴン!! 時々歯磨きしてあげるの!」
「みゅう」
双子が嬉しそうに頷きあい、両手で大きな棒を持つように、引っ張ったり持ち上げたり、ジェスチャーをする。
どこか自慢気に、嬉しそうにミューも頷く。
DHの怪獣ほどに大きいと、歯ブラシも当然大きく、もはやデッキブラシ程度の大きさになるのではないだろうか。
キョウカの中では、ワニが大きく口を開けたところを、デッキブラシを持ってちょろちょろする四人組のイメージが即座に浮かんだ。
だが、そんな場面を実際に見たら、怖すぎる。
ぼんやりと聞いたアルルカンもまた、その間大きく口を開けっ放しにしておかねばならないドラゴンを気の毒に思った。
それはとても顎が疲労するのではないかと余計な事を考える。
実際、顎が疲れるどころの話ではないだろう。
もしや、つっかえ棒などしているのではないだろうか。
それともこの双子も、魔王の娘だという《姫》と知り合いなのだから、何か特殊な力があるのだろうか。
アルファはどことなく地味で、普通に見えるのだが。
そうこうしているうちにゲージは次の境を越える。
「さぁて、こちらが某テレビアニメでも出てくる宇宙怪獣、ゴンザレスさんです」
次のゲージの中ではずんぐりとしたサイの様な角を持つ、四足足の怪獣がスタッフの紹介と共に吠えた。
「「「わーーーーーーーーーー!!!?!?」」」
途端にアルルカン、蘇芳の後ろに駆け寄るちびっこ達。
自身の身長より大きな怪獣の目に睨まれ、キョウカは引き攣った笑みを見せた。
毎度のことながら、特にこいつにはよく睨まれている気がする。
だが、今回は多少様子が違うようだ。
というのも、怪獣は逃げる子供達の方をじっと見ている。
まさか食べる気かとも思わないでもないが、よくよく見ていると、その壁となっている蘇芳を見ているようだ。
肉食動物に遭遇したような獰猛さや殺気を当てられて、反射的に鋭く視線を返している。
気が付いたスタッフもまた、彼に注意を促した。
「悪いけど、あんまり興奮させないでくれる? 餌の時間がものすごく怖いからさ」
通常このエリアの飼育員の戦闘レベルはC以上の規定である。
実は案内役の彼はこの怪獣と同じ次元出身の、宇宙怪人《カメレロン星人》だ。
アフターファイブでよく本社外へ飲みに行く習慣からか、人型擬態を好む彼である。
告げられた蘇芳は視線を逸らしたが、何もしなくても威圧感は健在であった。
「何を食べるの、この子」
アルファがぼそりと尋ねると、彼はケラケラ笑った。
「大ぁい丈夫!! いつもはトロゲルっていう鉱物だから。岩だよ、岩!」
それはよく爆発物に用いられる危険物である。
しかし、アルルカンは沈黙を守った。
ノシノシ歩いた怪獣は蘇芳の圧迫感が消えたことで近くの岩に齧りつき、ぼんっと爆発音をさせながらおいしそうに咀嚼している。
「火の魔物ですの!?」
「ん、ま、そーだね」
腰に手を当てて眺める怪獣エリアスタッフは、適当にそう言った。
直後、タイムスケジュールを気にしてか、彼はアクセルを踏んで、さらにカーゴを動かす。
宇宙怪獣とはちょっと雰囲気が違うエリアに来た途端、キョウカが不快そうに耳に触れた。
「どうした」
「ん、ちょっとね。ここ来ると、いつも耳鳴りするのよ。気圧でも違うのかしら?」
それに対して、運転をしていたスタッフはまた笑った。
「悪魔たちの歌声に酔わないようにね!!」
キキッと止まったのは、奥が薄暗い、檻の前である。
牢屋のようなそれを眺めていると、暗がりに慣れて、次第に全貌が見えるようになった。
手前に鎖があるのが見える。
「お父さんですの!?」
目で追った姫が悲鳴を上げた。
そこには彼女の大好きな父親が、鎖に繋がれぐったりとしていたのだ。
だが、
「ママ!?」
「みゅ…パパ?」
双子は各自で叫び、内容の違いにきょとんと見つめ合う。
「お父さん……?」
アルファもまた、真っ青になって慌てた。
全員が違うことを言ったわけだが、各自大慌てで気が付いてないようだ。
「――――――…幻覚か」
「まぁ、似たようなもんかな。俺にはピーマンに見えるよ」
明るく告げるスタッフに、キョウカは「うーん」と唸った。
一瞬だけ、何か化け物みたいに見えたそれだが、《感応力》のせいで、すぐ、蝙蝠翼の悪魔が見えるようになっている。
どちらにしろ、醜悪だ。
子供達が急いで車を下りようとするのを、ぱぱぱと回収してスタッフ。
「こちら、幻惑の悪魔、で、ござい。皆、大好きなパパたちが見えるんだね?」
「俺も良いもんみしてほしい! グラマーなお姉さんとか!」というつぶやきも聞こえた気がするが、アルルカンは記憶の必要なしと流した。
「の。お父さんじゃないですの?」
「よぉく、見てごらん?」
「のぉ~~……?」
姫が身を乗り出すようにしてじっと見つめると、同じようにしていた他の子供達と一緒に首を傾げた。
あまりにタイミングが合い過ぎ、思わずキョウカとスタッフが噴き出す。
なるほど、これが、“萌え”と言うヤツだろう。
確信はあまりないが、アルルカンはそう考えた。
「コウモリ…」
アルファがそう呟くと、他の子もうんうんと頷いた。
幻覚が解けた様で、「なぁんだっ」と脱力する子供達。
次いでくるりと振り返る。
「アルルカンは、何に見えたの?」
「赤魔神は?」
騙されたことなど瞬間に忘れ、彼らはきゃっきゃっと戻る。
質問の返答は気になるものの、「子供は元気で良いわね」とキョウカは苦笑した。