side3 悪役とちびっこ。6
彼は次の会議の資料と頼まれ物を手に階上へと足を進めた。
まだ不慣れな建物内に落ち着かない気分もあったが人通りが多い事はどこも一緒で、人を避けて道を譲り、満員のエレベーター横目にため息を吐く。
これも運動の一つと諦めて階段を上れば、3階上のフロアで誰かの必殺技が発動し、ものすごい光量に顔を背けた。
「―――っふぅ…」
よくこんな調子で建物が壊れないなと、この会社からすれば場違いな感想を抱きながら、職場の先輩である《勇者》に言いつけられた12階まで階段を上りきる。
ちなみに会議は6階であるのだが、この《勇者》聞きはしない。
年はわからないが、先に就職していた以上、先輩として敬わなければとも彼は考えているものの、相変わらずの自由人っぷりに頭を抱えたくなるのも事実だ。
「用意してきた。居るか?」
ドアをノックし誰何の声を出せば、中に居た勇者は「はいはい、どうぞ」と気の抜けた返事を返してきた。
掴みどころのない人物だなと再び思いながらドアを開けた彼だが、一瞬、視界に靄のようなものが広がった気がして目を閉じた。
軽く顎を引いて、会釈する様に顔を背けていたが、何度かそのまま瞬きをした所で異常がないと判断し、前を向く。
「どうかした?」
金髪碧眼の優男が、きょとんとこちらを見ていた。
どことなく微笑んでいる印象を受けるが、単に生まれつきらしく、彼はそういう意図はないという。
得な性格、得な容貌。
これが彼を現すには最適な言葉だ。
「いや…」
視界をさあっと靄で覆われたと思ったが、室内や窓の外を眺めても常日頃と何ら変わりなく、彼はそう言う。
通路から大きな窓があるこの部屋に入ったせいで、目が慣れなかったのだろう。
頼まれていた、彼自身の戦闘レベルの簡易的な診断結果やナノマシン研究室からの書類の入った封筒を手渡し、何故かレンタル店まで行くよう指示された深夜アニメのDVDも押し付ける。
特に後者の必要性がわからない。
幼児向けやら成人向けやらを頼まれなかっただけましかもしれないが、十分な罰ゲームだった。
「そうそう、これこれ! 続き見てなかったんだよねぇ」
「そんなことの為なら、自分で行け」
「無理だよ。僕有名人だから」
これである。
職権乱用もいいところだ。
あまり付き合うのも時間の無駄と思う、彼。
手渡してすぐDVDに興味を奪われ、デスクに置かれた資料の入った封筒を、再び手に取って勇者に押し付けた。
「それより、勤務中だ。仕事をしろ」
「あ~、かっわいくないなぁ。ケイゴみたいなこと言って」
文句を言いつつ、中身を確認しだす勇者に彼は「結構」と大仰に頷いてやった。
第一、会議に行かなければならないのに、わざわざ上の階まで届けさせる人間の言うことではない。
感謝して良いぐらいだ。
「では、俺は先に行くぞ。色々と処理がたまっているんだからな」
「はいはい」
コンビを組むことになっているので、本来ならば勇者も引きずっていかなければならないが、そこまでする義理はない。
きな臭い舞台裏を映すテレビ画面に目を取られたまま、勇者は適当に手を挙げて振る。
彼がもう用はないとドアノブに手をかければ、勇者。
「そういやさぁ、…《キョウカ》、どうなった?」
「…やけに彼女に興味を示すな。この間の件か?」
DH社の一幹部である彼女と、間接的な知り合いだと言っていたのを思い出す。
罪悪感でもあるのかと含めて問えば、「ん~」と曖昧な唸り声が返された。
単なる気がかりだろうと思い、彼は口を開いた。
彼自身も片棒を担いだ件であり、気になって調べていたのだ。
「DHの整備スタッフと、緊急用転移で本社まで帰っている。多少の火傷はあれ、傷はない。
仕事は《SREC》介入後に《不備》になっているから、今は本社で別の仕事か、待機だろう」
わかっていることなどこれくらいだが、DHとこちらも大した違いがあるわけでなし、まぁ、普通の事だ。
それにも生返事した《勇者》は、煮え切らない表情で椅子に仰け反り、彼を振り仰いだ。
「で、君、《彼女》に会いたくないの?」
「………なんで、そうなる…」
何の脈絡もないセリフに、思わず半眼になるのは仕方がない。
事ある毎に面識のある女性と噂をたてさせようとする勇者の言動に、純朴な彼は若干頬が赤くなったのを自覚した。
勇者のこういうところが嫌いだと、彼は苛立ち交じりに踵を返し、気持ち、大きな音を立ててドアを閉める。
勇者はしばらくにやにやと笑みを見せていたが、彼の消えたドアを眺めながらぼんやりとつぶやいた。
「まぁ…お前が良いなら、良いけどね?」
完全な独り言。
それもさっと部屋の空気に溶けた。
「みゅっふ~…」
満足そうな鼻息のレオンを小脇に抱え、蘇芳が機体から飛び降りた。
着地早々レオンを下ろすと、吹き出すよりもわかりやすい爆笑寸前のキョウカに強く睨みを入れる。
アルルカンでさえ小さな寒気を感じる視線だったが、キョウカはさっと顔を逸らすと肩を震わせた。
我慢の限界が来たようだった。
「みゅみぃ?」
「みゅー!」
ミューが彼らに近寄ってレオンを見つめると、彼も背伸びするように両手を振り上げた。
ジェスチャーから考えるに、恐らくレオンが満足したかどうかの確認だと思われる。
双子は鏡のようにしゃがんだり、左右に体を振ったりしてコミュニケーションを取ると、唐突にレオンの方が話出した。
「僕、お腹減った!」
「みゅう」
挙手するレオンと同調するミューは、一つ頷く。
すると、言われて気が付いたのか、腹部に手を当てて姫。
「ですの…しょぼんですの……しょんぼりですの…」
「そうね。おやつの時間だわ」
最後にアルファも、どことなく寂しそうに告げた。
それにはっとしたのはキョウカであり、腕のデバイスから時刻をチェックすると苦笑いになった。
「じゃ、先にお茶にしましょうか。いらっしゃい」
「「「「(わ)はーい(ですの!)」」」」
瞬間に素直に歓声を上げる子供達。
それをぼんやりと眺めるのは蘇芳とアルルカン。
そんな折、スタッフに言われるまま出口へと向かっていく子供達とは別に、キョウカが振り返ってアルルカンを呼んだ。
「私も一時間シフト終わったし、《アルルカン》休憩行ってくれていいわよ。ありがとう」
そのセリフにアルルカンは、多少面食らった。
ツアー案内を替わるということなのだろうが、アルルカンの担当であるFTやホラー等で仕事はなく、最近では専らNo.4のアシストや《グレイス》の見舞い程度なので、彼はそれを断った。
案内役を替わるという選択肢を、彼自身が考えていなかったのだ。
「いヤ、《キョウカ》」
軽く首を横に振るアルルカン。
彼を不思議そうに眺めたのは彼女だけでなく、奇跡的な配置で隣に並ぶ蘇芳も同様だった。
彼は言うまでもなく、当然彼女に付き従う心積もりなのだろう事が一目でわかる。
ちらりと視線が合うが、彼は特に何も発言することなく、先走る子供達の後ろを優雅についていく。
「子供達ガ興味深い。私モ同行しタイのダ」
「そう? なら良いけれど」
セリフと共に、彼女が少しだけほっとしたのがわかった。
幹部とはいえ、キョウカは戦闘ランクEと最弱である。
DH社はその特殊な仕事の為に扱う事柄も危険なモノが多く、各所ランクD以上のスタッフがついているとはいえ、不安もあったのだろう。
何度か案内をした経験もあるようだが、何度か怖い目にも遭っていると耳にするし、踵を返して子供達に駆け寄る今も、蘇芳が同行していることなど思いもよっていない様子である。
「え? 貴方も行くつもり?」
「無駄口を叩くな。さっさと案内しろ」
「はいはい」
そんな会話をしながら、歩行ペースはやや早い程度の彼を追い越し、子供達の前まで躍り出る彼女。
どこから取り出したものやら、黒い生地に紫のプリントの小さなフラッグを出して振る。
無重力を感じさせる跳躍で彼らに追いつき、アルルカンも人とは違った歩き方で付き添った。
「じゃあ、みんなぁ~。こっちのエレベーターで上に上りまぁすv」
「「「「昇りまぁすvv」」」」
エレベーターを前にして彼女と子供達の声が重なった。
横目に蘇芳は遅れて彼らの前に出、ごく自然にエレベーターのボタンを押した。
自はわからないが、他は認める、彼は尽くす男だ。
アルルカンであれば、そんな行動など思いもよらないだろう。
恋をする人間はとても不思議だ。
その後も子供が入るまでドアが閉まらないように手で押さえるなど、視線はあまり彼らに向けることはないが、それこそ気配というもので測っているのか、心遣いが見える。
「アルルカンは、何食べるの?」
恐らく最後に乗り込むつもりだろう蘇芳に微笑して乗り込んだアルルカンに、一番に乗り込み、奥にひっこんだレオンがちょろちょろ前に出てきて言った。
その質問に姫は軽く首を傾げ、アルファはぱちりと瞬く。
アルルカン自身もその質問に疑問を持った。
だって、彼は人形だ。
「私ハ…」
なんと答えたものか、考え付かないままアルルカンが口を開く。
「みゅみ、みゅみゅみゅ」
「あ、そっか。普通のじゃだめだね」
だが言いかけたアルルカンを遮って、ミューが何事かレオンに告げ、言われて彼も知ったように頷いた。
そうしてアルルカンを満面の笑みで見上げる。
すると姫も呆けた表情から、何か思いついたようにレオンと同じくアルルカンを見上げた。
「アルルカンも《魔族》ですの? だったら、お父さんの《宝石料理》が良いですの!」
「《宝石料理》?」
「なぁに、それ?」
アルルカンとキョウカがオウム返しに尋ね、蘇芳も脇に寄りながら彼女を見た。
蘇芳は殿であったが、キョウカが彼の搭乗を確認して食堂の階のボタンを押す。
そうして動き出したエレベーター内で、姫はにこにこと続けた。
「《宝石》は《魔力》の結晶ですの。でもお父さんとヴィーヴ、お爺様しか食べれないですの」
これまで聞いた話から、彼女の父親は《魔王》といったか。
魔王も家系があるのかと質問も浮かぶが、彼女の話を折らずに黙る。
それにしても、宝石=魔力とは新しい概念だと彼は思った。
彼の居た世界では、宝石はあくまで魔力を入れておく器として一番適合するというだけであった。
機会があれば、本社に現地調査を申し出したいとも思う。
「私も齧ってみたですの。かたいですの。食べれないですの…」
母親の指輪の一つを齧って叱られたのだと、姫は言う。
もちろんこんな小さな子供が指輪を誤って飲み込んだらという恐怖と、どうやら母親の持つ貴金属は全て父親からの贈り物らしいというのも一因のようだ。
しかし、やはり宝石は石や鉱物であれば、魔王というのは強靭な顎の持ち主なのだろう。
硬度のある石を砕く力を持つ顎の魔王、と考え、アルルカンは自身の想像に不快そうに目を閉じた。
悪役は格好良くなければ。
「でも、お父さんは宝石を料理できたですの! とぉっても、おいしかったですのっ!! 」
「そうね、おいしかったわ。エメラルドのスープとか」
「僕はクリームが好きぃ。ルビーの、赤いの!」
「みゅー。みゅみ、みみみ」
姫を皮切りに、他の三人も各々手を挙げて発言する。
ご相伴にあずかったらしい彼らも味を思い出したのか、満面の笑みになった。
どうにも想像できないキョウカの様だが、彼女の目から見てもこの子供達は別の世界からのお客だと理解しているため、そのようなものかと考えるのをやめた。
代わりに出たのは別の質問。
「姫ちゃんのお父さんとお爺さんはわかるんだけど、ヴィーヴってお兄さん?」
「違うですの。ヴィーヴはお父さんの部下ですの。それから、私の先生ですのっ」
流石、魔王といったところか。
部下という単語に、またキョウカは変な顔をしたが、たぶん高貴な身分なのだろうとさっと考えを切った。
この会社で働いていると、大抵の事は案外どうでもいい。
「着いた。下りろ」
キョウカがぼんやりしていたせいか、蘇芳がそう言ってドアが完全に開いてからそこに体を預けた。
彼が押さえになっている間に、最初はアルルカンがさっさと、次に子供達がわーっと、最後にキョウカが軽く会釈して下りた。
「わっ、こら、くそガキ共!! んなところで、走るなっ!!」
聞きなれた声に、さっとキョウカと蘇芳が食堂を見ると、下っ端戦闘員の姿が多い。
ぴんときたキョウカはふふっと破顔し、蘇芳は普段通りの表情で軽く肩を竦めた。
子供たちの歓声もする。
「わ。おじちゃん!!」
「お兄さん、だ!!」
いちいち訂正する彼、シュートランスのセリフが聞こえ、キョウカは笑い出した。