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Darker Holic  作者: 和砂
side3
53/113

side3 悪役とちびっこ。4




「おじちゃん、ずるい」


「“おじちゃん”言うな、くそガキ」




 ぷらぷらと荷物抱えされたレオンがシュートランスにそういえば、かなり本気で怒声を抑えた彼の声が返ってきた。



 彼らを先頭に、見学ツアー一行は、第一セクターの地下から上へ移動し、空港の管制室のような、人とPCと何かよくわからない機械が広がるオフィスに来ている。

 ここは、エンターティメントでも重要な、《効果エフェクト》を創造、付加する場所である。




 DH社は、異世界における《神》的な立場の存在からの依頼を受け、物語の進行をサポートするのが主の仕事だ。


 生来《魔力》やら《特殊な血族》やら、《人外的要素》を持つスタッフはあまり関係がないものの、《職人》や幹部に引き抜かれるだけの特殊能力を持つものの《シュートランス》も《キョウカ》も人であるため、求められる物語の華美さ、壮麗さ、幻想的要素などの演出は不可能。

 しかし、エンターティメントとして求められる物語というのは、炎が踊り、山が砕け、雷が天を穿つような《効果》が重要である。


 どのような理由があれ、遊園地やビルの屋上であるヒーローショウのような、明らかに《中の人》がわかる演出など、断固できない。

 我々は、専門家プロだ。


 以上の理由から、《魔力》やら《火薬演出》やら物語をより盛り上げるための要員が必要になり、それがここの部署というわけだ。




「をぉぅ…」




 口を適当にもごもご動かしたレオンが、ドアを開けて広がった空間をそう評価した。


 ぽかんとしているのも道理で、社員IDのある名札を首から下げた大人たちが、狭いデスクの隙間をぬって走り、怒声を上げて、中央にある数個の画面を指さしている。

 うち一つは、《N0.9“プラチナ”》が担当する、ESP能力者がメインのSF物語で、丁度、幹部である彼女が《悪役》として、ヒロインと戦っている所だった。



 彼女が『きゃっはっは!』と高笑いしながら、発展した都市のビル一軍をESPで破壊していく。


 それに対抗するように、ヒロインの少女が瓦礫を避けながら宙を飛び、プラチナに向かって行った。



 向こうの現実で、ヒロインの少女がESPを使い空を飛んだとしても、こちらの画面で見るように、粉のような光が軌跡として残るわけではないし、プラチナがESPの能力持ちとはいえ、彼女一人でビル群を破壊できるわけでもない。


 特殊効果としてプラズマが走るが、それさえも《エフェクト班》(こちら)で操作した代物だ。

 結果、物語は壮大に、華美になっていく。

 最高の盛り上がりである。




「………すごい…」




 いい仕事をしているな、と、エフェクト班やプラチナを満足そうに見ていたアルルカンとシュートランスだ。

 呟かれた言葉に反応したのは、アルルカンで、呟いた金髪の少女、アルファの顔を伺う。




「…………」




 じっと、ただじっと、画面を食い入るように見る彼女。

 アルルカンは意外な思いがした。


 それまで無感動に過ごし、四人組の中でも目立たない存在の彼女の興味が画面に注がれている。

 どういうモノに興味を持つかは、確かに人それぞれだが、《子供》というものはもっとわかりやすいものに気を惹かれるものだと思っていたのだ。




「みゅみ」


「のー…」




 現に、ミューちゃんと呼ばれる双子の片割れと姫は、よくわからないようにぽかんとしていた。

 レオンも同様で、ぷらぷらとシュートランスに抱えられたまま、のんびり周囲を見回していた。


 先ほどのテンションとは全く違う。



 瞬間、瞬間に仕事の入る《エフェクト班》(彼ら)の仕事の邪魔にならないよう、見学者は入り口から張られたロープの中を移動するのだが、慣れている幹部は息を潜め、また四人組も怒号の雰囲気に口を開く様子はなかった。

 時折レオンがシュートランスに質問するように、小声で話かけているが、それ以外は意味のない言葉で呻いているようなものだ。




 ここには全てのジャンルの仕事が舞い込み、それぞれの画面毎に班に分かれ、効果を付加していく。

 最終的な決定権の多くは班長に委ねられるが、さらに異常事態が発生した際は、奥のデスクで見守る最高責任者に指示を仰ぐ。

 互いに噛みつかんばかりの論争を繰り返すスタッフたちに囲まれて、奥の人物は場違いな程、のほほんとした顔立ちと雰囲気を持っていた。


 彼は、《職人》の称号を持つ一人。

 エフェクト班のボスである。


 彼は言葉を発さないものの、近くまで来た見学者一行に微笑み、手を振った。

 レオンや姫が嬉々として、ミューやアルファがつられて手を振る。



 と、入れ替わるようにしてスタッフの一人が走ってきた。

 フットボールでもしていそうな強面の男性スタッフだが、《職人》を前にして緊張した面持ちで二、三言報告した。

 微かに表情を動かした《職人》が、一変、鋭い目で睨み付けると彼を下がらせ、自らも操作ボードを出して作業をし始める。




「…はっ」




 アルファがぴくりと反応し、《職人》の手元を熱心に眺めた。

 他の三人はぴこぴこと光を発する巨大なサーバが気になったようで、シュートランスをせっついて先に足を進めている。

 それも確認し、だがアルルカンはアルファの行動を黙って見守った。




 《職人》が進めているのは、先ほどの《プラチナ》の担当したモノらしい。

 一秒ほど悩む時間があったが、後の行動は早く、ボードを操作すると同時に隣の班に指示を、それから自らも片手でボードを操作しながら、《プラチナ》や《社長》、または《暗黒神》である上位幹部に連絡・指示受けを行っている。

 書き殴りの様な紙が舞うと、近くのスタッフが慌ててキャッチし、別の班に駆け出す。

 見事な連携を見せていた。




「―――っはー…」




 息を飲むほどの忙しさと光景に、アルファも息を止めていたらしい。


 何か行動に区切りがつく一瞬に息継ぎを行って、瞬きが惜しい程に食い入るように《職人》、もっというと彼の手元を注視し続けている。


 先ほどのレオンもかくやと言うほどに、彼女の瞳は限界まで広がり、静かながら彼女の興奮が見て取れた。

 職人気質なモノが好きなのだろう。

 子供とはいえ、各人に個性があるのだなと、アルルカンは感心して見ていた。




「おい」




 それからどれほどの時間が経ったか。

 数分程度だと思っていたが、アルルカンの肩を叩いたシュートランスや、アルファに弱り切った声をかけている三人を見るに、思いの外長い時を過ごしたようだ。


 アルファは無表情であったが、頬に赤みが差し、あまり行動に出ないものの、三人の声掛けにこくこく頷いている。




「そんなに好きですの?」


「…うん」




 姫が困ったように尋ねると、間も入れずアルファが頷く。

 あまり自己主張をしなかった彼女が珍しい事だと思うと、付き合いの長いらしい三人も驚いた様子だった。


 だが「もっと見たいわ」の言葉に、三人は不満の声を上げた。




「………そう?」




 不満な彼らの声に、アルファも困ったように首をかしげる。それに三人も弱っていた。


 アルファに付き合いたい気持ちもあって、今まで我慢していたのだろう。

 それがアルファにもわかるため、四人とも困っているのだ。

 仲が好いし、互いを思いやっている。素晴らしい友人関係だ。




「みゅみゅみゅ、みゅみみ、みゅみゅ」


「後からまた来ようよ」




 ミューが「みゅ」でそういうと、彼女の通訳をするようにレオンが言った。


 『良いでしょう?』と不安げに見上げてくる双子に、シュートランスは苦笑する。

 諭すように告げた。




「また来りゃ、良いだろ。いつだってここは開いている」




 何せ、24時間営業、年間休みなしだ。

 聞いて安心したか、アルファも。




「そうね。そうする」




 多少残念そうではあったが、彼女は妥協した。

 ほっとする三人とシュートランスだったが、次の言葉にシュートランスは顔が引きつった。




「私、ここに就職することにする」


「そいつは、やめとけ」














 随分時間を潰したらしいので、シュートランスが双子を、アルルカンが姫とアルファを抱え、速足で戻ってきた第二セクター。


 次に訪れた場所は、SF担当である《No.6“キョウカ”》と《No.11“蘇芳”》が管理する機体の格納庫である。




 先ほどまで人間サイズ用の扉であったのが、少し大きなものに変わり、次にジェット機も入るような大きな扉になってレオンのテンションが高まっていた。


 そうして止めとばかりに現れた巨大ロボットに彼は悲鳴を上げた。




「きゃあああぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」




 彼のテンションは最高潮だ。


 きーんと高い子供の声が木霊し、整備スタッフを始め、皆が入り口を振り返る。


 一瞬にして静まった格納庫で、シュートランスの腕から暴れて抜け出したレオンは、小走りながら素晴らしい速度で機体に駆け寄ろうとして、転んだ。




「ぶしゅ…っ」




 またもや静かになった周囲に、だが何の影響もなく行動し、倒れたレオンを抱えた人物が一人。

 鋭い鷹の目で無感動にレオンを眺め、しかし優しい仕草でそっと抱き起したのは、厳つい顔つき、皺の寄った眉根がデフォルトの《蘇芳》である。


 抱き起したレオンは、鼻頭をぶつけた痛みの為か、大きな目からぼろぼろと涙をこぼしていた。


 彼の顔を見て、微かに蘇芳が苦笑したのがわかる。

 困った奴だと言わんばかりの蘇芳に、他スタッフも状況を理解し微笑ましい視線を向けた。


 もちろん、素直・天然・子供好きと呼ばれそうな《蘇芳》にだ。




「泣くな。男だろう」




 この間の戦隊モノの一件から、密かに下っ端達に《兄貴》呼ばわりされる彼。

 もっともらしい言葉も、想定内である。


 厳しい口調ながら、低い男らしい声がそう諭せば、レオンはぐしっと鼻を啜り、涙声で返事をした。




「…泣いてないよっ…」


「ならば、良い。立て」




 返答にもまた悪役顔(本人そのつもりはないらしい)でにやりと笑い、レオンを床に立たせた。


 すぐに腕でごしごしと目元を擦るレオンだが、擦っても泣きそうな顔は消えない。

 意地でも泣くものかという気概が見え、蘇芳は満足そうに、アルルカンやシュートランスも苦笑を漏らした。




「いらっしゃーい」




 それに明るい声で出迎えたのが、黒いボディスーツ姿の《キョウカ》だ。

 一時間前は受付嬢の制服であるスーツだが、こちらの方がアルルカンには馴染み深い。


 ひらひらと気軽に手を振る彼女に、下ろされたちびっこ達は殺到する。




「お姉さんですのー」


「色々見て回れたかなぁ? 今度はここで楽しんでいってね」




 すぐに相好を崩して子供言葉を混ぜながら、キョウカが微笑む。

 たまに集まる幹部同士の飲み会でも見せない、柔和な笑顔に目を奪われるスタッフも多いようだ。



 通りかかった若い整備士の男性スタッフも足を止め、しかし条件反射のように、自動的に鋭い視線を返す蘇芳に気づき、そそくさと顔をそむけた。


 アルルカンも無表情ながら驚いた。

 なるほど、これがギャップ萌えというものかと、かつてプラチナから仕入れた知識を確認する。




 ロボットや巨大な格納庫にも喜んだだろうが、女の子組はキョウカに会えたことの方が喜ばしいようだ。




「おねいさん! 僕、ロボットに乗りたい!!」




 群がってくる女の子のほっぺたをつついたり、はしゃいでいた彼女だが、その言葉に「おっ」と表情を引き締めて振り返った。


 まだ目元は赤いが、すっかり涙の乾いた顔で真剣にレオンが言う。

 緊張しているのか、手足が震える程力が入っているようだ。見た瞬間、キョウカは笑い出した。




「良いわよ。こっち、いらっしゃい!」


「やったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!!!」




 自分の機体など、仕事に関係するものに関心を持ってもらうのは、嬉しいものだ。

 にかっとキョウカが笑えば、おなかの底から歓声をあげるレオンが走り出した。


 キョウカの歩みより少し遅いぐらいの走りだが、レオンにつられて他の三人も、トコトコとついていく。




 平時のように仁王立ちで腕を組む蘇芳は、それを冷めた目で眺めていたが、シュートランスやアルルカンにも視線を向けた。




「それで、《No.8》は、何をしている?」




 案内役のアルルカンはともかくとして、嫌味か番号で呼んだ蘇芳。


 冷たいのも、偉そうなのも単に素なだけかもしれないが、ややカチンときたシュートランスは対応するように威嚇を含めた微笑を浮かべた。

 野犬が小さく牙をむくような笑い方だ。



 獅子と野犬を眺めるような気分のアルルカンだが、二人はすぐにお互いに興味がなくなったように通常の顔色に戻る。


 肩を竦めてシュートランス。




「別にいいじゃねぇか。お前のせいで、こっちは仕事ストップされてんだよ」




 それに蘇芳は眉間の皺を深くした。


 確かに、前回の《不備》は蘇芳の責任もある。

 痛いところをつかれての変化だろうが、不快そうにした以外に彼の変化はなかった。


 シュートランスはというと。




「別に責めているわけじゃない。珍しい客が来れば、構ってやりたくなるってだけだ。

 《悪役》だからな」


「そうか」




 シュートランス含め、DH社のスタッフは大凡、悪役愛好症とでもいうのか、《職業病》にかかっている。いざ、仕事のアピールが出来る場面に張り切るのは仕方がない。


 蘇芳は今一、かの病に理解があるわけでないが、“そういうものだ、呑み込め”といった感じで頷いた。


 アルルカンにちらりと視線を寄越したが、歯車の音を響かせて片手を顎に当てた彼を見て、軽く息を吐くと、彼の愛機の方へと歩いて行った。




「相変わらず、偉そうな奴だ。下っ端のくせに」




 シュートランスが友愛を込めた、苦笑交じりのセリフにアルルカンも頷く。




「だガ、随分、丸クナった」


「だと、良いけどな。じゃあ、威嚇もされたし、持ち場に戻る」


「アぁ。まタ、後で」




 すぐに背を向け、手をひらひら振って去っていく、シュートランス。



 本人は否定するだろうが、子供好きが高じた彼が手伝ってくれて助かった。

 アルルカン一人で四人を運ぶのは、不可能ではないが骨が折れる。


 仮にも案内役を引き受けたので、タイムスケジュールの消化は必要だ。

 どうも、趣味の人間観察や個性的な子供達の影響で、スムーズに見学ツアーが終われない。



 しばし悩むが、子供達の歓声にそれどころではないと思考を切り替え、彼らの元へと足を進めた。



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