side3 悪役とちびっこ。3
第一セクターの地下15階まで高速エレベーターを利用するが、その間退屈もせず、子供たちはごく素直に、お互いと期待する点について話あっていた。
そうしているとあっという間に付き、下っ端戦闘員と怪人がスタンバイする、彼らの休憩室よりかなり手前の、廃工場のような外観をもつ広間にたどり着く。
アルルカンの幹部IDや子供達の見学者用IDで場所やタイミングを知ったか、子供達が足を踏み入れた瞬間、四人にスポットが当たるように強烈な発光が正面から来た。
「のー!?」「「みゃー!?」」
目を庇うようにして足を止めた子供たちを囲み、パイプラインや荷物の影からわらわらと下っ端戦闘員が現れる。
《這い寄るハイエナのポーズ》な所を見ると、久しぶりの見学者、それも子供とあって、皆の気合が読み取れた。
少々愉快な気分になり、アルルカンはキリキリと鳴る歯車に誘導されるまま、軽く見上げるように顎を引いて、小首を傾げた。
「………変なの」
アルルカンの足元、いつも双子や美少女から少し遅れて歩く金髪の少女が、全身タイツの彼らを見て、ぼそっとつぶやいた。
光はまぶしいらしく、顔の前に翳した手の指の間から、そっと窺っての感想らしい。
しかし、単なる感想らしく、そこに下っ端達を卑下するニュアンスはない。
そうして一言つぶやくと、彼女はまだ変化のない、無表情の顔のまま、じーっと下っ端戦闘員を見つめ続けた。それはもう、穴が開くほど。
「みゅぅ~~…」
双子の、女の子の方が不快そうに顔を顰めた。
隣の水色の髪の美少女も同様だ。
けれど、男の子はわらわら現れた影に対して、身構えるように目を庇いつつ左右を見ている。
しかし、「ふんっ、ふんっ」と鼻息荒く行動を起こしている割に、やはり子供の飯事らしい演技的な行動が見えた。
そんな彼らの周囲を下っ端戦闘員は取り囲んでしまい、威嚇するような、嘲笑するような「イー!」を発している。
「みゃみゃみゃ!」
脅かすように手を伸ばしてきた下っ端に、双子の女の子の方が、逃げるように数歩後ろに下がった。
それにも「イー」で笑い声を響かせる、職人。
彼の糸目は、一つ弾丸を撃ち込んだような仮面に遮られて見えることはないが、アルルカンでさえ想像できるほど楽しそうに見える。
さらにスカートの端をつままれ、女の子は「みゃみゃみゃ~」とアルルカンの足元まで逃げてきた。
襲われる雰囲気はなく、子供達も理解はしているようだが、見慣れぬ全身タイツの大人たちが、ちょっかいかけてくるのはわかるらしい。
面白半分にからかわれるというのは不快な出来事だが、自我が出来てまだ短いだろう子供達も、十分に感じている様子だった。
しかし、子供と大人というサイズの違いか、それとも普段着と全身タイツという恰好の違いの為か、見知らぬ人という状況のためか、変な脅威を感じているらしい。
双子の女の子が後退したことで、美少女も男の子もじりじりとアルルカンまで下がってきた。
アルルカンも《悪の幹部》であるのだが、担当エリアと演技の種類が違うため、この場面では浮いている。
単に場の悪役の流れから外れているだけなのだが、子供達はツアー案内人兼保護者と考えているようだ。
特に不都合もないため彼はそのまま突っ立っているのだが、下っ端の笑いとヤジとでざわめく広場、一等高い場所にスポットが追加された。
「ここまでやってくるとは、見上げた根性だ。くそガキ共」
言いながら現れたのは、もちろんエリア担当の《シュートランス》。
子供達を騙して、献体契約書にサインさせようとする《マッド》をどこかに閉じ込めて急いで戻ってきたに違いない。
悪役の資料館とファンタジーエリアではそうそう時間を潰していないので、ハードだったろうと思われたが、彼は《瞬加速》の能力持ちでもあり、無用な同情とも思えた。
「案内されて、来たですの」
「………」
美少女が至極当然に告げるが、彼はそれを無視した。
ばさりとマントを翻すと、下っ端数名が彼の為に場所を空ける。
「あ、さっきの人だぁー」
青い髪の男の子は、来て早々空いた場所へ飛び降りた《シュートランス》の黒いブーツに飛びついた。
気配は感じていたらしいシュートランスが、タイミングを合わせて片足引くと、男の子は何もつかめず、床にうつ伏せに倒れ込む。
サービス精神旺盛に、既に《悪の幹部》としての演技に入っていたシュートランスは、それににやりと意地悪い顔をすると、ふみゅっと倒れた男の子のズボンを持ち、子猫のようにつまみ上げた。
「うわぁ~んっ」
嫌々するように声を上げる男の子。
苦しくないのかと考えていると、シュートランスが手の平いっぱいで男の子の服、要はズボンのベルトごと上着とズボンを掴んで安定させているのが見えた。
顔の表情や言葉はともかく、彼は客として以上に、子供達に気を使っているのがわかる。
アルルカンが眺めている先で、吊り上げられた男の子と、悪の幹部がやりあっていた。
「はっはぁ! 甘いぞ、くそガキ」
「やぁんっ。お尻ぶら下げちゃ、嫌だぁ~。それとね! 僕は、レオンだよぅ」
身じろぎするせいで余計にぶらぶら揺れる男の子は、そう言って反論した。
気になる点が名前という時点で、男の子も悪役に対して、緊張も物怖じもしていないことがわかる。
悪役の会社、それも見学ツアーを組んでいるような場所では、ごく自然な気もするが。
「それからねぇ。あっちは姫ちゃんで、お人形さんの足元にいるのが、アルファちゃんだよっ。
ミューちゃんは、僕のお姉ちゃんなんだからなっ」
名乗ってから途端に強気になって、他の子供達の紹介を始めたレオンに、一瞬だけシュートランスはぽかんとした。
自慢気に告げて満足したレオンは、どや顔でシュートランスを眺める。
幹部の登場で、過剰な威嚇の必要がなくなり、スポットライトの明かりは和らぎ、ようやく顔から手を離すことが出来た子供たちは、次に不思議そうに周囲を眺めた。
「ここは、何ですの?」
姫と呼ばれた美少女が尋ねる。
レオンの一言で悪役のテンションが落ち、まったりとした雰囲気に、折角恰好つけて登場したシュートランスは不満そうだが、顔には出なかった。流石にプロなだけはある。
「知らずに、のこのこやってきたか。ここは、世界征服を狙う、悪の秘密結社だっ」
既に下っ端の中には、子供にお菓子を与えるなどまったりし始めたスタッフも居たが、シュートランスはもう少し頑張ろうと偉そうに告げる。
不敵に口の端が上がる表情は、何年もやっているためか様になっていた。
それに、吊り下げられたレオンは、相好を崩して興奮する。
「し(ひ)みつ、けっしゃーぁ!?」
感動に痺れている彼が問うと、若干テンションを持ち直したシュートランスが、一見酷薄そうに、内心微笑ましく目を細める。
「お前たちも捉え、人質にして、親から身代金を奪ってやる」
「人質!? 身代金ぃ―ん!?」
戦隊モノを中心とした、ゴールデンヒーロータイムに関連するような単語が出れば、レオンが一言一言に反応して、「きゃー!」と歓声をあげた。
これが本物の悪人であれば悲鳴になる所だと思われるが、完全にエンターティメントとしての悪役に、レオンは大満足している様子だ。
彼の反応に輪をかけて満足しているのは、悪役をやっている下っ端たちだろう。
シュートランス達のやり取りに、時折ふざけるようにレオンに威嚇している。
「大丈夫ですの! おとうさんは、つお(強)ーいですの!!」
軽いスリルと興奮にはしゃいでいるレオンが居れば、アルルカンの近くまで下がって、下っ端にもらったキャラメルを舐めながら、美少女が腰に手を当てた。
子供にとって両親、特に父親の存在は偉大なのだろう。
アルルカンが冷静に分析していると、彼女は追加する。
「おとうさんは、凄いですの! キックで山も壊すですのー!!」
「………蘇芳かよ…」
青少年の主張の様に姫が宣言すると、思わずといったように、シュートランスがぼそっとつぶやいた。
子供達には聞こえなかった様子だが、近くにいた下っ端や高性能のアルルカンは耳に入れ、苦笑した。
キョウカからの報告では、機体に搭乗しての、蹴りという動作以外に、闘気やEGエネルギーと呼ばれる念動力を使用しての結果らしいのだが、似たようなものだと思っているのだろう。
「僕のパパも凄いよ! 自警団だもんっ」
対抗したのか、レオンもそう大きく言った。
子供の父親自慢に、子持ちのスタッフが微笑ましそうな気配を見せる。
日頃見られない光景に和む、中年男性達。
もはや反抗期に入って、久しく聞いていなかった純粋な尊敬の念に、涙を拭うような仕草の者までいた。
「パパは、強いもんっ。悪者だってやっつけて、捕まえてるもんっ」
「おとうさんの方が凄いですのっ」
姫の父親は、阿修羅族のようにもの凄い戦闘力を持つらしく、レオンの父親は自警団、恐らく警備隊か何かだと思われる。
まだ小さい子供でもあり、父親に対する尊敬や愛情は大きい。
愛される家庭で育っている証だろう。
「ほー。で、お前らの父親は、何をしているんだ?」
もはや悪役な流れは不可と諦めたシュートランスが苦笑交じりに問えば、レオンは「今、お仕事中!」と答え、姫は「魔王ですの!」と答えた。
色々と突っ込みどころがある発言を聞いたが、彼はその全てを受け流すことにしたらしい。
「大変だな」
そう告げてレオンを放せば、着地したらしいレオンは素早く数回頷いた。
姫も誰かに賛同をもらえたことですっきりしたようで、にこっと微笑む。
単純な反応だが、それゆえに純粋なのかもしれない。
この両者の判断基準が何かわからないが、アルルカンも深く考えないことにした。
「悪者は皆、捕まえちゃうぞ!」
「捕まえちゃうですの!」
二人が脅し返すように告げれば、シュートランスは面白そうに、彼らを見下ろした。
「ほーぅ」
その強い視線に、やり過ぎたと思ったのか、二人が身を竦めた。
見えていただろうに、シュートランスは圧迫をかけるように微笑する。
「よぉし、そこまで言うなら挑戦してやる。
―――…二十秒待ってやるから、捕まらないように、逃げろよ?」
「「!?」」
「いーち、にーぃ、…」
彼らの返事を待たずにシュートランスがカウントし始め、ミューちゃんと呼ばれた双子の片割れと、今まで無表情で過ごしている金髪の少女、アルファを残し、レオンと姫は慌てだした。
「わわっ、待って待ってー!!」「逃げるですのー!!」
左右をきょろきょろし、左方向、下っ端達の足元を駆け出していくレオンと、反対方向に逃げ出す姫。
シュートランスは彼らに背を向けた格好のまま、涼しくカウントを続ける。
「ろーく、しーち、はーち……、じゅういーち、じゅうにぃー…!」
逃げ場を探して下っ端の足元をちょろちょろする二人。
それを眺めながら応援するように「みゅーみ、みゅーみ!」と音頭を取るミューと、合わせて手を振るアルファ。
アルルカンは特にすることもなく、事の成り行きを見守る。
「じゅうごー、じゅう、ろーぉく………7・8・9、にじゅっ!」
大人しく数えていたが、途中から急に早く言い切り、シュートランスは振り返った。
大人げないなとも考えるが、悪役は小狡い事をしてなんぼである。
正しい悪役の姿だ。
だが、二人が消えた方向、それぞれから非難の声が届いた。
「「ずるーい!!」」
無駄に広い、下っ端エリアで反響する、子供の声。
肩を震わせて、シュートランスは子供をからかう大人の顔で笑う。
「キジも鳴かずば、撃たれまい……」
《瞬加速》も持ち、このエリア担当という地の利のある彼が、完全有利な状況を作っていることに、子供達は気づいているのだろうか。
どこまでも卑怯な大人、いや、悪役の姿に、アルルカンは笑みの形に表情を作った。
この勝負の結果は、ご想像にお任せする。