side2 幹部Sの信念5
「いらっしゃいませ、お客様。《Darker Holic》社へ、ようこそ」
満面の笑みを浮かべた鏡花を、信じられないものを見た顔で黙り込んだ蘇芳。
事後処理に駆けずり回っている啓吾は、ふとした瞬間に彼ら二人を見かけて、思わず足を止めた。
営業用でなく満面の笑みを浮かべる鏡花は《幹部》でなく、副職である《受付嬢》をしていた。
エントランス正面のカウンタの前には、5-8歳ぐらいのちびっこ達がはしゃぎながら、彼女の説明を受けている。
そして、蘇芳はというと、恐らく鏡花と同様、SFの仕事がないので暇なのだろう。
自主的か、指示されたのか、本社での裏方的仕事を見学しているに違いない。
また、それを鏡花との接点として利用しているあたり、しっかりしているとしか言いようがない。
だが彼も、OLよろしく愛嬌を振りまいて仕事している彼女の姿を想像できなかったと見える。
啓吾からすれば、あんなに極端に毛嫌いしていた、阿修羅族元No.2の時から今の状態への変化の方が、よっぽど想像できないと思われるが。
多分、演技をしていても情に厚い良い女である鏡花の、あの愛想のよさにやられたんだろうと勝手に思う。
そんな彼は《幹部》姿で、竜人とはまた違ったタイプの鮮やかな着物を身に着け、カウンタ横で腕組みしている。
時折見もせずに、邪魔とばかりに鏡花に後ろ蹴りされているが、不快そうにしただけで、無視していた。
元No.2であり、先日の戦隊ヒーロー関係者からは英雄の様に扱われている彼を、そんなに蔑ろにしていいものか。
啓吾は悩むが、鏡花は彼と付き合いが長いわけであるし、気が楽なのだろうと勝手に思っておく。
「おねぃさん! 僕、ロボが見たいよ!!」
ちびっこ四人組の内、青い髪(多分、異世界からの客だろう)が二人いるが、その片割れが挙手した。
小さい手が一生懸命に伸ばされ、ふりふりと揺れている。
その度に頭のてっぺんにある、重力に逆らうくせ毛が揺れた。
可愛らしい顔立ちだから、てっきり女の子かと思ったら、どうやら男の子らしい。
そうしてよぉく眺めると、その青い髪の子供達は、双子のようだ。
顔も背丈もそっくりだ。
もう一人はスカートをはいているから、女の子だろう。
珍しい双子だった。
残りの二人はというと、どちらとも似ておらず、片方は大変な美少女で、もう一人は平凡ながら落ち着いた雰囲気がある子である。
まさか、兄弟ではないだろう。
友達と一緒に遊びに来たといった雰囲気だ。
「あら、そうなんだ? お姉さんも、ロボ好きよ」
「うんうん。僕ねぇ、合体するヤツが好きぃーv」
目をきらっきらさせて言われたが、受付の鏡花の笑顔がやや引き攣った。
正義の味方のモノを指されたのだから、悪役である彼女も、周囲を通っていたスタッフも、思わず足を止めても仕方がない。
よくわからない顔をしているのは、やはり隣の蘇芳だけだ。
思わず啓吾も苦笑いした。
あの四人組、来る場所を間違えている。
「ええとね…ここの会社は、悪役の会社なんだけれど…お姉さん困っちゃうなぁ~」
「え!? じゃあ、怪人さんがいるの? 怪獣はぁ?」
社訓は、「悪役はエンターテイメント!」である。
鏡花ががっかりする子供を想像して、猫なで声を出せば、しかし、双子の片割れは逆に目をキラキラさせて飛びついてきた。
おもちゃ売り場でヒーローの他にも怪獣のビニモデなんか実際にあるし、確かに現実に悪役にも花形カテゴリが存在する。
幹部は出にくいが、怪人や、特に巨大ヒーローと戦闘を繰り広げる宇宙怪獣なんか大人気だ。
「魔王は居るですの?」
テンションの上がった男の子をそっちのけで、水色の髪・紫の瞳の美少女が、大きな目を上目使いにして鏡花を見上げた。
あんまり可愛かったのだろう。
思わず彼女は頬を赤らめて、少しにやける。
それを敏感に気が付いた蘇芳が、心配そうに眉根を寄せたのまではっきり見えた。
「魔王…そうねぇ。《暗黒神》とかは知っているけれど、ちょっと、担当に聞いてみないと…」
一般的な会話として、多分に違和感の受ける単語が出ているが、両者ともまったく気にしていない。
職業病がある啓吾でさえ違和感を受ける会話だ。
隣にいる蘇芳は輪をかけて、鏡花と美少女やその他の子供たちを奇妙奇天烈なモノを見る目で眺めている。
また、その光景にも違和感を覚える啓吾だ。
あれだけ厳めしい顔をしている蘇芳が居るというのに、子供の誰もが怯えず、逃げ出さず、受付嬢・鏡花と話をしている。
悪人面にも怯えない客に、丁寧な接客。
DH社的には理想のシーンだが、しかし、世間一般から見れば、これほど珍妙な光景もない。
「ま、うちの会社に来ているわけだしな」
そうして、啓吾はその単語だけで納得した。
変なモノが集まってくる会社である。
受付前に居る子供四人は、どうも迷子のようだが、類は友を呼ぶのであろう。
また何かあるかもしれないが、それも、この変な会社では日常と言える。
何かあった時は、またスタッフ全員で行動することになるのだろう。
誇らしげな気持ちが湧き、苦笑いした啓吾は、彼らに背を向けるように手すりにもたれかかった。
そんな折、ぽろろんとギターを鳴らす音が聞こえ、啓吾は顔を上げる。
ふらふらと夢遊病患者のように、右手側の廊下から現れたのは《No.10 アルルカン》で、(制服といっては微妙だが)通常の中世の楽士様の装束が周囲から浮いた印象を放っている。
「ロビーまで出てくるなんて、珍しいな」
「ウむ。《グレイス》嬢ノ見舞いに行ってイタ」
「…あぁ」
自然と啓吾の隣で、エントランス側に背を向けるようにして手すりに持たれた《No.10》。
軽く顎を引いた、横目で啓吾を見上げるような姿勢で、腕は全く関係ないようにギターを抱え、指で弦を遊んでいる。
キリキリと歯車の音が静かに聞こえ、啓吾が彼の表情を確認する(人形故に変わらないが)と、彼の水晶を磨いた目の奥、蜘蛛の糸が反射するように細い光の魔法陣が見えた。
SFと戦隊ヒーローと、二件も仕事を《不備》にされた話は、もはや本社と言わず、支部にも広まっている。
特にDH社の守護神と名高い《グレイス=リリー》の不調とハッキングの事実が、社員たちに動揺を抱かせていた。
そのため、こうして《No.10》や《No.4》が連日プログラミングを行っているというわけだ。
「そういや、詳しい結果は聞いていないな。どうだったんだ?」
「一回目の《ダウン》に関シテ、こレは強大な力を流し込まレタトミテいる。
ツマり、《辺境研究所》から持ち出サレタ《”MSSB”プロトタイプ》ノ使用の可能性。
二回目に関シテは、こチラは《SFサイド》からの《グレイス》を補助する《システム》ヘノ《ジャミング》目的ダ。
《暗黒神(No.1)》ノ力を彼女ダケデ支えルのは、とテモ難しイ」
「それでーーー」
肝心な所がなかなか声に出ないので、啓吾は急かすように言う。
《No.10》もまた、覆いかぶさるように告げた。
「《SREC》トの証拠ハナい。ムシロ、可能性が低イ」
ひくりと、啓吾の喉がなった。
あれだけDH社に関係の深い事件が、《SREC》でないとするならば、一体なんだ。
そう、彼は《SREC》こそがそれだろうとの答えを期待していたのだ。
啓吾の苛立ちに気が付いたのか、アルルカンがそうっと手を広げた。
「彼ラニは、難しい」
「専門的な話ヲシテも?」とアルルカンは切り出した。
「《MSSB》ハ、《No.1》のエネルギー循環と同系統の構造をシテオり、ソの回路を通ルコトで爆発的なエネルギーを発生サセルこトが出来る。
もちろん強力ナ分、制御は困難ヲ極め、同時に《MSSB》を構築スル物質への干渉度モ極端に高イ。
ツマリ、莫大なエネルギー発生装置であルが、単発の使用しカデキず、マタ、作るためニも耐久度の高いオリハルコンを使用し、コストがカカリ過ぎル」
なるほど、異世界にも数が少ないレアメタルを使用する、馬鹿高いモノだということは理解した。
「そんナモノに《SREC》は金をカケナイ。
マた、彼らの戦闘スタイルは、兵器よリモ自身を強化スルためニ使う。
それダケデモ今回の異色サガ伺エるが、二回目の《ジャミング》ニ関しても同様、《SREC》を連想サセルモノガ多い」
「疑ってくれって言ってるものだってのか」
「ソウだ。今回の通信不備ニ関して、《No.8》、君ガ聞いた《声》ノ主はSREC側の人間デハナさそうだ。
あノトキに使わレタ魔力的な地場ハ、正義の輩が使ウ《光》デハナカった。
《DH》(我々)の側に近い存在、《闇》ダとイう」
竜人の奇妙な顔つきが思い出された。
それに関して、《No.7(イーサ)》も《No.10(アルルカン)》も同意しているという。
啓吾はますます眉根のしわを寄せた。
「《蘇芳》ガ《キョウカ》の《ログ》ノ整理を担当シタが、彼の技術を持ッテも、《ナビ》ノ追跡ハ不可。
まタ、《キョウカ》の見解デハ、《ナビ》はアノ時に、二度デリートさレて、三度インストールされテイる」
「は?」
「そウ。《ナビ》は逃ケタノデハなく、《消さレタ》。
ソシて、別サーバーニテ《再生》さレタ。
建前デも《正義の味方》ダ。そウイう手を、彼ラハ極度に嫌うコトハ知っテいるダロう?」
聞いた瞬間、彼の話はあまり信憑性がないんじゃないかと、啓吾は考える。
人間、綺麗事ばかりやっていけないのは《SREC》でさえ、思っているだろう。
第一、《正義》だなんて、一番キチガイが多そうな感じじゃないか。
死んでも《勇者》なんかにゃ、言えないが。
「古狸あたりは、好んでやりそうじゃないか」
「《SREC》内部デも、彼ラニ対すル感情ハ良いモノではなイ。
最近では抑圧サレテ思うヨウに活動できナイバかりカ、数名は除名サレる事態にもナッテいル。
モウ、昔トは違い、彼ラハ我らニ対抗すルタめ、純粋ナ《光》の力を強化してイる」
闇を受け入れない態勢というべきか。
益々頑なになる彼らの対応を、アルルカンはそう評価した。
「別に、《DH》が闇で、《SREC》が光ってわけでもないだろ?」
ダークヒーローも持て囃される時代であり、最近はアイデンティティ確率に両社とも気を使っているのだが、アルルカンの今までの言は、それこそ固定概念ではないだろうか。
啓吾の顔に出たか、アルルカンは小さく目線を動かした。
「なラ、こレナラどウだ。《SREC》ガ救済措置を求メテキた」
「…」
途端に、周囲の音が消えたと啓吾は感じた。
だが、すぐに耳にざわめきが戻ってくる。
一瞬目を見張った啓吾を見て、アルルカンもその無表情を軽く下に向けた。
すぐに表情を改めた啓吾は、どうでもよさそうに呆れ顔で鼻から息を吐く。
「条件は?」
「《DH》ノ過去一か月の活動データの開示ト、幹部クラスのスタッフノ派遣。
そレニ伴い、《SREC》ハ一時営業停止し、再建を図ルト通知が来タ」
「当然、奴らの情報は…」
「《DH》が押サエる。全テ」
「そうか」
また手すりに持たれるように、啓吾は体を反転した。
すっかり素に近い動作に、アルルカンは注意するように手すりを指で叩いた。
トントンと金属音が二回し、啓吾も少し背筋を伸ばす。
「今回の《不備》は、よっぽど大きい損害か」
「ソレとSFノ方も。上層部の使イ込みノフォローも限界だッタヨうだ」
「一掃、ね」
嘲るように吐き捨てた言葉に、しかし啓吾は泣き笑いのように目を細めた。
複雑そうに一度目を閉じてしまうと、次に開いた視界に彼は小さく声をあげて走りだした。
「こぅらっ、《マッド》オォォォォォォーーーーーーーーーっ!!!」
鏡花達が目を離した間に、ちびっこ達に寄ってきた魔の手。
白衣の中から取り出された、不気味な予感しかない紙切れ。
《瞬加速》で、もぎ取った瞬間に、高速空間は霧散した。
遺体譲渡書にサインを書こうとしていたちびっこの手を掴み、片手で魔の書を握りつぶす啓吾。
そして、急に現れた啓吾に、ちびっこがぽかんと見上げていた。
青い髪の双子(男の子の方)が、茫然と口を開くのを眺める位置に彼は居た。
「おー。悪の、幹部だぁっ」
それに一瞬止まってしまった啓吾だが、にやりと笑って、彼らの期待に応える。
「ようこそ、悪の組織へ。くそガキども」
通常通り、勤務態勢に入る。
今日も、DH社は平和である。
非日常こそ、ここの日常。
啓吾は、そう思うことにした。
side2とりあえず、完結です。
やっと学生帰ったよ!
ぼちぼちside3やそれ関連も上げていきたいと思います。
長らくお待たせいたしました。