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Darker Holic  作者: 和砂
side2
45/113

side2 幹部Sの信念2



 悪役と正義の味方という関係上、あまり協力関係にない《DH》と《SREC》。

 だが、《SREC》が間接的な介入を行っている際や完全な調整が不可能な場合、珍しくも共闘という関係になる。

 《物語》を構成する一因である以上仕方のないことだが、やはり仲は悪い。




『………』




 啓吾が《シュートランス》として怒鳴りつけたインカムからは、無言が続いていた。






 現状では、啓吾の見たところ、消えた《幹部》の姿を警戒して戦隊ヒーローは攻めの手を緩めている。

 その間に何とか連絡を付け、文句の一つは言っておきたいと彼は考えるが、やはり無言。

 無音ではなく、誰かが黙り込んでいる気配がずっとインカムから流れていた。




 啓吾の声は確かに届いている。

 けれど、何の意図か、反応がない。




 仕事に私情を挟むだなんて、器量の狭い奴であるとの苛立ちが啓吾を襲う。

 舌打ちを抑えて、彼はもう一度声をかけた。




『《ナビ》? いや、もう誰でもいいから、反応しろ! 《不備》にしたいのか!?』


『………』


『居るんだろう?! 気配があるのはわかっているんだ、返事しろぉ!!』


『………』




 ヒーローが幹部に見切りをつけて、本社を目標にしたのが感じられ、啓吾は吠えた。


 しかし現状に変化はない。


 インカムを毟り取って、床に叩きつけてやろうかと空想するが、癇癪を起している場合でない。

 もう切ってやろう、DH社で処理しようと見切りをつけると、その瞬間、何か声を拾った。




『………お前…《シュートランス》…』


『あぁ!?』




 萌え系声優がしているのかと勘繰る程、甘ったるい《ナビ》の声ではない。


 どこか冷たい雰囲気の混ざる印象と、声の高さから女性と思われるそれ。

 啓吾は先ほどからのぎりぎりのストレスと苛立ちを、声に変換して出した。


 大人な対応でなく、チンピラが恫喝するような声であったが、向こう側は怯むことはなかった。

 次には、ぽろりと、PCで検索されたフォルダを告げるように、単語が出てきたぐらいだ。




『………《フラウ:シュトラウス》の《騎士》…』





 《フラウ:シュトラウス》



 ――――――――――花園の、女主人。





『…っ!?』




 反射的に息を飲み、足がもつれた。



 当然の結果として、啓吾は能力の不制御から、高速空間から弾きだされる。

 顔の半分を吹き飛ばされるような衝撃に、現実的な時間の流れに戻る彼は、コンクリに頭なり首なりをぶつけて死ぬだろうと予感した。






 自覚した瞬間に、啓吾の目は、もう10年も前の記憶の中の景色に向けられる。

 所謂、走馬灯というモノだろう。


 そんな自覚があったが、その瞬間をどう判断していたかなどわからない。

 ただ、未だ瘡蓋が張っているトラウマに、彼は奥歯を噛みしめた。






 巨大な、天空都市。






 中心にそびえる、荘厳な白亜の尖塔。






 風に膨らむスカートのように、ふわりとそよぐ花々。






 城壁に囲まれた、神秘の、そして後ろ暗い花園。






 『悲しんでくれるな。祈ってくれ』










 最後に確認できたのは、墜ちる彼女の白い裾だったと記憶している。

 後姿さえ、目にすることはできなかった。











 そこまで思い返したところで啓吾は、最初に肩、次に背と、鈍痛とも鋭痛ともつかない、苦しみに短い悲鳴を上げた。




「イー!」




 『呆けるな!』と間抜け声で一喝され、啓吾は痛みに固くなった体をやっとのことで動かし、肘をついて起きる。

 反対側は肩が外れているらしく、一度血の気が引いたかと思うとすぐに熱を孕んで、異常を脳に訴えてきた。


 瞬間的な死の予感やら痛みやらで脂汗をかきつつ、彼は壮絶な笑みを浮かべる。




 肩と背中と、痛みの訴える箇所。

 見上げたそこに大柄の下っ端戦闘員が居ることで、啓吾は《蘇芳》にフォローを入れられたのだと理解した。




 あのスピードを見抜くのかとか、よく気が付いたなとか、言いたいことは色々浮かんだが、相変わらず、元No.2はすげぇ。



 しかし、もっと優しくフォローしてくれないだろうか。


 急に現れた幹部が、肩を脱臼して、アスファルト上で呻いているなんて、どう説明するつもりだろう。

 どうせ、蘇芳が頻繁に行うように、背負い投げの要領で啓吾もフォローしたのだろうけれども。






 立ち上がろうとした啓吾だが、貧血を起こしたようにふらついた。

 能力使用中のスピードをまともに受けて、高速移動する乗り物から転げ落とされたようなものだから、至極当然、体のダメージは強い。


 いくら《制服》が優秀とはいえ、完全無欠の鉄壁防御でないから、それはもう、苦しい。

 下っ端時代の、ヒーローから攻撃を受けても仕事をするという、最悪な状況を思い出させる。




『皆、今のうちよ!』




 何とか二本足で立った啓吾に、追い打ちをかける声が響く。


 甘ったるい声優声だ。

 疑似生命体の癖に、変に若い娘気取りのデータ野郎、《ナビ》。



 同種企業としての先ほどまでの通信を無視し、何を当然の如く叫んでいるのだろうかと、啓吾は憤慨する。


 声につられて戦隊ヒーロー、DHスタッフが見上げれば、実際のヘリを戦隊モノ的にデコレートした、安っぽいプラスチック装甲の物体が浮かんでいた。




 プロペラの風圧にマントが翻る。


 不快そうに顔を歪めた啓吾の隣に、タイミングを計って職人がやってきた。

 庇うように支えている啓吾の脱臼した腕を、無慈悲に瞬時に押し戻す。




 ――――――――――パキャ…ッ




 肉の中で骨が折れるような音が体を駆け抜け、啓吾は思わず息を止めた。

 同時に襲ってきた痛みのため踏鞴を踏み、耐え、震える体に叱咤し、悲鳴を噛み潰すと、長く時間をかけて息を吐き出した。


 こういう状況で、啓吾は一度たりとも弱気になったことはない。

 彼は逆に湧いた強烈な怒りに、額のあたりに血が上ったのを感じた。




「イッ!」




 カッと目を見開いた啓吾だが、その周囲でフォローに従事している蘇芳は、彼の様子が勤務状態に戻ったのを感じてその場を離れる。

 短く気合を発すると、ピンクが打ち付けてきた鞭を片手で捕まえた。

 棘のついたそれに、微かに掌から痛みが伝わるが、蘇芳はより強く握りしめると、力任せに引っ張る。


 単純な力の差でピンクはよろめくが、筋力でなく、体の向きを変えての総合力で持ち直した。

 不快そうに蘇芳は目を細めるが、仮面の下なので誰もわからない。




 拮抗する《蘇芳》とピンク。

 彼女の後ろから即座に飛び出したのはグリーンである。



 攻撃耐性がない彼には、怪人をぶつけるわけにはいかず、さっと《職人》が動いた。

 ブルーもハンドガンを向けて、グリーンの援護に回るが、グリーン相手の調節した迎撃のまま、職人がゆらりと柳のように避けてしまった。






 啓吾も頭に血が上ってしまうと、もう何でもよくなったような気分になるが、仕事をしている以上、少なくとも《シナリオ》として続けて行かねばならない。

 それには悪役であるDHスタッフが《負け》る事が必須で、不自然ではダメだ。

 何とか彼らには、ほどほどでお帰り願わなくてはならない。



 良いアイデアが浮かび、思考を整理した啓吾は凄みのある笑みで上空を見上げた。




「そこの、ポンコツソフト。今すぐ…解雇してやる」




 押し殺した呼吸が唸り声となる。

 啓吾は内線インカムに切り替え、指示を出した。




『《蘇芳》、《職人》は現状の維持。

 杉本さんは、残りの下っ端と戦闘の影響のチェックと、一般への配慮、あと、仕事を続行だ。

 時間をさらに引き延ばす。だが、前に出るなよ。活路を開く』




 応答の返答を聞きながら、啓吾は仕事用の七つ道具の一つ、ワイヤに手を伸ばした。

 慣れた動作で指先を弾いてストッパーを外し、フックを探り当てる。


 端を持った状態で勢いよく斜め下に引き、上体を沈めた後、マントをバッと翻すと同時に思いっきりヘリに投げた。

 タイミング良く小型発射装置を爪弾き、勢いを増したフックは良い具合にヘリに引っかかる。

 釣り糸に魚が掛かった時に感じる微かな抵抗感を確認して、さらにワイヤを力いっぱい引いた。



 下っ端を飛び越えて彼を強襲したレッドを、間一髪で避けて飛び上がる。


 ワイヤの巻き戻し機能も加わって高く飛び上がった啓吾は、そのままヘリにしがみついた。


 当然、不恰好でなく、スマートに。

 何度か本社研修で練習している動きだ。


 その後は何としてでもコックピットに潜り込む。




『キャー、イヤー!!』




 啓吾がヘリに接触したのがわかると、《ナビ》は悲鳴を上げて、一時、操縦を無茶苦茶にした。

 振り落されそうになるが、啓吾のグローブも仕事用のモノで、特殊な機能があり、持ちこたえる。




 後は、体力が続く限りである。

 戻したばかりの肩は、無茶をしているせいで感覚が薄かった。


 ただ、熱い。

 極度の興奮状態だからこの程度ということも考えられる。




「良い子にしてろよ、数字、系ぃっ!!」




 ―――――――――――『イヤアァアァァ!!』




 啓吾が捕まっている側を下にして、次に反動で逆になった瞬間を狙った肘鉄。


 彼は《瞬加速》を使用して、一息に横側の窓を破壊した。




 ガラスが割れるわけではない、プラスチックが折れるような音が響き、先ほどの《ナビ》の悲鳴も相まってヒーロー達が反応した。




「「「《ナビ》ぃっ!!」」」




 隙があり過ぎるヒーロー達だが、ここは《見せ場》と判断して職人達が動いた。

 蘇芳もやや遅れてヒーロー達へ襲い掛かっていく。


 一時ヘリから遠ざけると、その間を埋めるように控えていた一般の(こういうと可笑しな印象だが)下っ端戦闘員が入ってくる。

 さらに時間を稼ぐ態勢だ。




 ほっと啓吾が息をついたのも一時、一度では割れない窓に彼は舌打ちした。

 能力で耐性がやや向上するとはいえ、こちとら生身で肘が猛烈に痛い。


 けれどもう一度。

 ヒビの入ったそこに狙い澄ますと、欠けた場所が出来上がる。

 その後にすることはただ押し入るのみ。


 コックピットに入って、ようやく彼は安堵した。

 憎しみを込めて、操縦桿を握る。




「覚悟しろぉ…」


『キャーキャーキャー!!』




 悲鳴を上げ続ける《ナビ》に対し、悪戯する小さい子に言うように告げた。



 実際、《SREC》としての《ナビ》の対応は酷い。

 前回まではそんなことはなかったのにと失望も含めて、啓吾はオートコントロールを解除し、手動に切り替えた。


 《悪の幹部》としての本社IDチップを、見つけた接続面に突き刺す。


 刹那LANが設定され、本社に繋がった。

 機械的にも、魔法的にも。




『《キョウカ》! 居るか!?』




 正義の味方の本社襲撃に、幹部は控室に居るもの。

 啓吾の予想通り、鏡花が無線に出た。


 彼女は突然のご指名に驚いた様子が伺えたが、彼は短く用件を告げる。




『《ナビ(コレ)》、乗っ取れ』


『え、あ、…了解!』




 鏡花が返事をして数秒、啓吾の素人運転が急に安定感を増した。

 《ナビ》の悲鳴も消え、快適である。



 そう、《ナビ》を人質に、彼らを追い返すのだ。

 操縦桿から手を離し、啓吾はゆったりとシートに身を預けた。




「…王手チェックだ」





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