side2 幹部Sの信念2
悪役と正義の味方という関係上、あまり協力関係にない《DH》と《SREC》。
だが、《SREC》が間接的な介入を行っている際や完全な調整が不可能な場合、珍しくも共闘という関係になる。
《物語》を構成する一因である以上仕方のないことだが、やはり仲は悪い。
『………』
啓吾が《シュートランス》として怒鳴りつけたインカムからは、無言が続いていた。
現状では、啓吾の見たところ、消えた《幹部》の姿を警戒して戦隊ヒーローは攻めの手を緩めている。
その間に何とか連絡を付け、文句の一つは言っておきたいと彼は考えるが、やはり無言。
無音ではなく、誰かが黙り込んでいる気配がずっとインカムから流れていた。
啓吾の声は確かに届いている。
けれど、何の意図か、反応がない。
仕事に私情を挟むだなんて、器量の狭い奴であるとの苛立ちが啓吾を襲う。
舌打ちを抑えて、彼はもう一度声をかけた。
『《ナビ》? いや、もう誰でもいいから、反応しろ! 《不備》にしたいのか!?』
『………』
『居るんだろう?! 気配があるのはわかっているんだ、返事しろぉ!!』
『………』
ヒーローが幹部に見切りをつけて、本社を目標にしたのが感じられ、啓吾は吠えた。
しかし現状に変化はない。
インカムを毟り取って、床に叩きつけてやろうかと空想するが、癇癪を起している場合でない。
もう切ってやろう、DH社で処理しようと見切りをつけると、その瞬間、何か声を拾った。
『………お前…《シュートランス》…』
『あぁ!?』
萌え系声優がしているのかと勘繰る程、甘ったるい《ナビ》の声ではない。
どこか冷たい雰囲気の混ざる印象と、声の高さから女性と思われるそれ。
啓吾は先ほどからのぎりぎりのストレスと苛立ちを、声に変換して出した。
大人な対応でなく、チンピラが恫喝するような声であったが、向こう側は怯むことはなかった。
次には、ぽろりと、PCで検索されたフォルダを告げるように、単語が出てきたぐらいだ。
『………《フラウ:シュトラウス》の《騎士》…』
《フラウ:シュトラウス》
――――――――――花園の、女主人。
『…っ!?』
反射的に息を飲み、足がもつれた。
当然の結果として、啓吾は能力の不制御から、高速空間から弾きだされる。
顔の半分を吹き飛ばされるような衝撃に、現実的な時間の流れに戻る彼は、コンクリに頭なり首なりをぶつけて死ぬだろうと予感した。
自覚した瞬間に、啓吾の目は、もう10年も前の記憶の中の景色に向けられる。
所謂、走馬灯というモノだろう。
そんな自覚があったが、その瞬間をどう判断していたかなどわからない。
ただ、未だ瘡蓋が張っているトラウマに、彼は奥歯を噛みしめた。
巨大な、天空都市。
中心にそびえる、荘厳な白亜の尖塔。
風に膨らむスカートのように、ふわりとそよぐ花々。
城壁に囲まれた、神秘の、そして後ろ暗い花園。
『悲しんでくれるな。祈ってくれ』
最後に確認できたのは、墜ちる彼女の白い裾だったと記憶している。
後姿さえ、目にすることはできなかった。
そこまで思い返したところで啓吾は、最初に肩、次に背と、鈍痛とも鋭痛ともつかない、苦しみに短い悲鳴を上げた。
「イー!」
『呆けるな!』と間抜け声で一喝され、啓吾は痛みに固くなった体をやっとのことで動かし、肘をついて起きる。
反対側は肩が外れているらしく、一度血の気が引いたかと思うとすぐに熱を孕んで、異常を脳に訴えてきた。
瞬間的な死の予感やら痛みやらで脂汗をかきつつ、彼は壮絶な笑みを浮かべる。
肩と背中と、痛みの訴える箇所。
見上げたそこに大柄の下っ端戦闘員が居ることで、啓吾は《蘇芳》にフォローを入れられたのだと理解した。
あのスピードを見抜くのかとか、よく気が付いたなとか、言いたいことは色々浮かんだが、相変わらず、元No.2はすげぇ。
しかし、もっと優しくフォローしてくれないだろうか。
急に現れた幹部が、肩を脱臼して、アスファルト上で呻いているなんて、どう説明するつもりだろう。
どうせ、蘇芳が頻繁に行うように、背負い投げの要領で啓吾もフォローしたのだろうけれども。
立ち上がろうとした啓吾だが、貧血を起こしたようにふらついた。
能力使用中のスピードをまともに受けて、高速移動する乗り物から転げ落とされたようなものだから、至極当然、体のダメージは強い。
いくら《制服》が優秀とはいえ、完全無欠の鉄壁防御でないから、それはもう、苦しい。
下っ端時代の、ヒーローから攻撃を受けても仕事をするという、最悪な状況を思い出させる。
『皆、今のうちよ!』
何とか二本足で立った啓吾に、追い打ちをかける声が響く。
甘ったるい声優声だ。
疑似生命体の癖に、変に若い娘気取りのデータ野郎、《ナビ》。
同種企業としての先ほどまでの通信を無視し、何を当然の如く叫んでいるのだろうかと、啓吾は憤慨する。
声につられて戦隊ヒーロー、DHスタッフが見上げれば、実際のヘリを戦隊モノ的にデコレートした、安っぽいプラスチック装甲の物体が浮かんでいた。
プロペラの風圧にマントが翻る。
不快そうに顔を歪めた啓吾の隣に、タイミングを計って職人がやってきた。
庇うように支えている啓吾の脱臼した腕を、無慈悲に瞬時に押し戻す。
――――――――――パキャ…ッ
肉の中で骨が折れるような音が体を駆け抜け、啓吾は思わず息を止めた。
同時に襲ってきた痛みのため踏鞴を踏み、耐え、震える体に叱咤し、悲鳴を噛み潰すと、長く時間をかけて息を吐き出した。
こういう状況で、啓吾は一度たりとも弱気になったことはない。
彼は逆に湧いた強烈な怒りに、額のあたりに血が上ったのを感じた。
「イッ!」
カッと目を見開いた啓吾だが、その周囲でフォローに従事している蘇芳は、彼の様子が勤務状態に戻ったのを感じてその場を離れる。
短く気合を発すると、ピンクが打ち付けてきた鞭を片手で捕まえた。
棘のついたそれに、微かに掌から痛みが伝わるが、蘇芳はより強く握りしめると、力任せに引っ張る。
単純な力の差でピンクはよろめくが、筋力でなく、体の向きを変えての総合力で持ち直した。
不快そうに蘇芳は目を細めるが、仮面の下なので誰もわからない。
拮抗する《蘇芳》とピンク。
彼女の後ろから即座に飛び出したのはグリーンである。
攻撃耐性がない彼には、怪人をぶつけるわけにはいかず、さっと《職人》が動いた。
ブルーもハンドガンを向けて、グリーンの援護に回るが、グリーン相手の調節した迎撃のまま、職人がゆらりと柳のように避けてしまった。
啓吾も頭に血が上ってしまうと、もう何でもよくなったような気分になるが、仕事をしている以上、少なくとも《シナリオ》として続けて行かねばならない。
それには悪役であるDHスタッフが《負け》る事が必須で、不自然ではダメだ。
何とか彼らには、ほどほどでお帰り願わなくてはならない。
良いアイデアが浮かび、思考を整理した啓吾は凄みのある笑みで上空を見上げた。
「そこの、ポンコツソフト。今すぐ…解雇してやる」
押し殺した呼吸が唸り声となる。
啓吾は内線インカムに切り替え、指示を出した。
『《蘇芳》、《職人》は現状の維持。
杉本さんは、残りの下っ端と戦闘の影響のチェックと、一般への配慮、あと、仕事を続行だ。
時間をさらに引き延ばす。だが、前に出るなよ。活路を開く』
応答の返答を聞きながら、啓吾は仕事用の七つ道具の一つ、ワイヤに手を伸ばした。
慣れた動作で指先を弾いてストッパーを外し、フックを探り当てる。
端を持った状態で勢いよく斜め下に引き、上体を沈めた後、マントをバッと翻すと同時に思いっきりヘリに投げた。
タイミング良く小型発射装置を爪弾き、勢いを増したフックは良い具合にヘリに引っかかる。
釣り糸に魚が掛かった時に感じる微かな抵抗感を確認して、さらにワイヤを力いっぱい引いた。
下っ端を飛び越えて彼を強襲したレッドを、間一髪で避けて飛び上がる。
ワイヤの巻き戻し機能も加わって高く飛び上がった啓吾は、そのままヘリにしがみついた。
当然、不恰好でなく、スマートに。
何度か本社研修で練習している動きだ。
その後は何としてでもコックピットに潜り込む。
『キャー、イヤー!!』
啓吾がヘリに接触したのがわかると、《ナビ》は悲鳴を上げて、一時、操縦を無茶苦茶にした。
振り落されそうになるが、啓吾のグローブも仕事用のモノで、特殊な機能があり、持ちこたえる。
後は、体力が続く限りである。
戻したばかりの肩は、無茶をしているせいで感覚が薄かった。
ただ、熱い。
極度の興奮状態だからこの程度ということも考えられる。
「良い子にしてろよ、数字、系ぃっ!!」
―――――――――――『イヤアァアァァ!!』
啓吾が捕まっている側を下にして、次に反動で逆になった瞬間を狙った肘鉄。
彼は《瞬加速》を使用して、一息に横側の窓を破壊した。
ガラスが割れるわけではない、プラスチックが折れるような音が響き、先ほどの《ナビ》の悲鳴も相まってヒーロー達が反応した。
「「「《ナビ》ぃっ!!」」」
隙があり過ぎるヒーロー達だが、ここは《見せ場》と判断して職人達が動いた。
蘇芳もやや遅れてヒーロー達へ襲い掛かっていく。
一時ヘリから遠ざけると、その間を埋めるように控えていた一般の(こういうと可笑しな印象だが)下っ端戦闘員が入ってくる。
さらに時間を稼ぐ態勢だ。
ほっと啓吾が息をついたのも一時、一度では割れない窓に彼は舌打ちした。
能力で耐性がやや向上するとはいえ、こちとら生身で肘が猛烈に痛い。
けれどもう一度。
ヒビの入ったそこに狙い澄ますと、欠けた場所が出来上がる。
その後にすることはただ押し入るのみ。
コックピットに入って、ようやく彼は安堵した。
憎しみを込めて、操縦桿を握る。
「覚悟しろぉ…」
『キャーキャーキャー!!』
悲鳴を上げ続ける《ナビ》に対し、悪戯する小さい子に言うように告げた。
実際、《SREC》としての《ナビ》の対応は酷い。
前回まではそんなことはなかったのにと失望も含めて、啓吾はオートコントロールを解除し、手動に切り替えた。
《悪の幹部》としての本社IDチップを、見つけた接続面に突き刺す。
刹那LANが設定され、本社に繋がった。
機械的にも、魔法的にも。
『《キョウカ》! 居るか!?』
正義の味方の本社襲撃に、幹部は控室に居るもの。
啓吾の予想通り、鏡花が無線に出た。
彼女は突然のご指名に驚いた様子が伺えたが、彼は短く用件を告げる。
『《ナビ(コレ)》、乗っ取れ』
『え、あ、…了解!』
鏡花が返事をして数秒、啓吾の素人運転が急に安定感を増した。
《ナビ》の悲鳴も消え、快適である。
そう、《ナビ》を人質に、彼らを追い返すのだ。
操縦桿から手を離し、啓吾はゆったりとシートに身を預けた。
「…王手だ」