side2 幹部Sの信念1
エイプリル企画終了です。
全然K嬢でてきませんが、こちらが本物の更新になります。
「Set、ha…!」
退室した瞬間は、流石阿修羅族元幹部と、蘇芳がリードしていた。
だが、啓吾が《瞬加速》を使ってしまうと、彼の姿は遥か後方に押しやられる。
流れる、というか、溶けていく景色を何とか視力と勘で駆けていく啓吾。
研究エリアより遠い場所であったなら、啓吾がホールにたどり着くまで何度か休憩を入れないと苦しくてやっていられないところだが、一息に到着できた。
黒いマントを翻し、啓吾は本社のエントランスに駆け込む。
中央の受付嬢はそのカウンタの下からこそっと顔をあげ、他のスタッフは緊張した面持ちで各所に待機している。
通り交わすスタッフはなく、ロビーから先、正面入り口では、下っ端達が既に整列し、各自、通常の仕事通りの動きをしていた。
それを確認し、啓吾もドアを抜ける。
「よくも、まぁ」
呆れたようにつぶやくが、本音は苦虫をまとめて噛み砕いた気分である。
見慣れた五色の戦闘服と、今週の戦闘担当の“ウォー:サファリ”(本名:杉本さん)が取っ組み合いをしていた。
その近くでフォローしているのは、職人とベテラン下っ端だ。
状況を整理しようと手近な下っ端から報告を受けていると、その横を大きな影が通った。
反射的に横を向いた啓吾の視界に舞ったのは、錦の美しい着物である。
この状況とイコールで結ばれないそれに、一瞬、呆けた啓吾だが、即座に思い出した。
「あっんの、馬鹿野郎…」
磨き上げられた肉体美と長身が混同しているシルエット。
それが大型の肉食獣のように、しなやかに駆けていく。
ホールで着物を脱ぎ棄てた彼は、走りながら下っ端の仮面をつけた。
すると、仮面から黒い布のような素材が伸びて彼の灰髪を覆い、スーツ(全身タイツ)と一体化した。
SFの仕事が不備になってようやく幹部に戻る気になったのかと思っていたが、あの幹部の制服の下に、下っ端スーツを着ていたとは驚く。
下っ端の仕事がそんなに気に入ったのか。
凛々しい幹部姿を知っている奴らが泣くぞ。
完全に下っ端の動きを忘れたそれだが、ヒーローが下っ端達の歓声(“イー”だ)に振り返ると、それは即座に彼らの死角に移動し、姿を消した。
上手いと思いながら目で追っていると、能力制限のリミッターを外して、彼は怪人(杉本さんだ)に振り下ろされるレッドの剣を受け止めた。
白羽取りで。
「「「イイイーーーー!!!」」」
やんや、やんやの喝采の中、啓吾はさらに周囲に居た下っ端の頭をぽかりとやった。
それどころでないはずなのに、下っ端戦闘員はお約束は必ず実行する、こういうノリが多くて困る。
楽観的で前向きなのは結構だが、実務業務の仕事中でもないのに戦隊ヒーローとやりあうだなんて正気とは思えない。
給料にもこういうのは反映されないのだから。
早く目を覚ませとの意味を込めたそれに、下っ端たちはお約束通り、「あいててて」と体現してきた。
それどころじゃねぇってのに!
啓吾が状況整理と同時に観察している場では、怪人が、白羽取りした蘇芳扮する下っ端と協力してレッドを蹴飛ばしたところだ。
さらに襲い掛かってくるグリーンと、個人的に蘇芳に警戒しているイエロー(前にトラウマを植えつけられたらしい)が先手必勝とばかりに向かってくるが、こちらは横から入ったベテランの一人に止められる。
横では、職人が適当にピンクとブルーを受け流しており、演技はともかく、能力だけは高い蘇芳が来たことで、下っ端や怪人も変な緊張をしなくてよくなったようだった。
間が出来たと、啓吾は急な襲撃以外に、何か情報がないか尋ねる。
「イー」
「よく本社がわかった、だと? 当たり前だろうが、これだけ大きな看板しょっていて!!」
何せ、《Darker Holic》社はビルの側面に大きく描いている。
確かに、いつもヒーロー達が気付かないのが不思議なぐらいであったのだ。
ふとした拍子にか、《SREC》が介入してポカミスしてきて、悪を派遣しているのが、そこだと気が付いたのかもしれない。
それは別に今更であるので気にもならないが、どうして大学の講義ある平日の、こんな昼か朝かわからない中途半端な時間に、こいつらがここに居るのかが問題なのだ。
いくら大学がカリキュラムに融通が利くからと言っても、講義はどうした。
そうして、警備も何をやっている。
昼寝か。
幹部権限で減給してやるぞ、この野郎。
「イ、イッイッイー!」
「は? あいつら、警備員のおっさんも攻撃したのか?」
「イ」
そうしてちらりと脇を見れば、本社の外回りを担当する、こちらは警備会社からの派遣スタッフが下っ端戦闘員に介抱されていた。
本社のある次元では、一般的な警備員の方々であるので、戦隊ヒーローなんかに襲われたらたまったものじゃなかったろう。
流血の後もみられ、本格的に啓吾は神妙な顔をした。
「緊急だ。一人、《竜人》か《イーサ》呼んで来い」
どういう意図があるのか、はっきりしたことは不明だが、怪我人が出ている以上、回復担当を連れてきた方がよい。
医者兼用の《マッド》は次のパワーダウン対策に仕事に入っていたから、魔法分野の二人を選択した。
内部へ駆け出していく一人を見送り、啓吾は疲労してきた戦闘スタッフに、信長式の入れ替わりチーム編成を済ませ、さらに通行する一般人の皆さんの誘導に数チーム派遣した。
ついでに非番の怪人などに電話を入れ、万が一の補助スタッフ要請をしておく。
いつもは悪役から時間・場所指定し、万全の態勢でヒーローを招待するのだが、戦隊モノ史上、ヒーローの招待をこちらが受けるのは初めてだ。
「わからない。まっすぐ本社に向かってきたんだよな?」
「イー」
「今回は、《SREC》社が表立って関与していない、戦隊ヒーローなんだが。
ところで、《ナビ》はどうした。あいつが正義サイドの誘導役だろう?」
悪役派遣会社のDHとは違い、正義の味方を派遣する《SREC》社は、直接的に正義のヒーローとして登場する場合と、SRECであることを隠して接触し、正義の味方を送り出す間接的な場合がある。
今回の戦隊ヒーローは後者であるのだが、それでも悪役以外にも正義の調整として、奴らは《プロパンジャー》に関係しているのだ。
それが、《ナビ》。
通常はプロパンジャーの変身用モバイルのプログラムとして行動している、疑似生命体である。
「イー…」
「見ていないって、おい。それじゃあ、この、奴らの特攻は《SREC》の独断か?
誰か、通信してこい。抗議しろ。賠償も請求だ」
「イイー!」
啓吾の苛立たしげな声に、早速下っ端が走っていく。
啓吾が本社を振り返り、上を見上げると、心配して顔を出す本社のスタッフが予想以上に居て、日常的な平日の昼間にして、通り魔が出てテレビ報道が来ているかのような騒然振りである。
遠巻きに一般人も居て、やおら啓吾はヒーローショウをしている気分になった。
こうなると、悪役は格好いいものでなく、単に世知辛く、しょっぱい。
本心では思いっきり罵倒し、頭をかきむしりたいところであるが、啓吾は人の目に気が付いてきりりと表情を引き締めた。
「えぇい、退けっ!」
より声高に叫ぶと、近くにいた元同期の下っ端を蹴飛ばして、本社前の広間に出た。
蹴られた奴は起き上がった後、頭を一度掻いたが、奴も啓吾の事を心得ており、すぐに下っ端戦闘員として、彼の後ろに控える。
「「《シュートランス》!」」
レッドとブルーの両者が、すぐに気が付いて啓吾を見た。
彼らは怪人とやりあっていたが、一度両者とも別々に飛び退き、改めて登場したシュートランスと怪人に気を配っているようだ。
他のグリーンとイエロー、ピンクも職人率いるベテラン+αと対応しており、啓吾の登場から、職人の合図にて下っ端戦闘員はやられたように後退した。
一番心配していた異色の下っ端戦闘員(蘇芳だ)も、よく職人に調教されたか、そこそこ使える動きをしていた。
今も適度にやられたふりをして完全な受け身を取り、人の目がなくなった時期を図って起き上がっている。
「ようこそ、《プロパンジャー》。今回のデートはそちらから、お誘いか?
生憎だが、こちらも忙しいのだ。お引き取り願おうか」
本当、お引き取り願いたい。
こんな突拍子もなく実務を始められると、役所や近所から苦情がくるのだ。
それに、これで公共物を破壊した日には、請求書までDH社に来るのである。
ヒーローには、勧善懲悪の思考の為か、請求はいかない。
それが世の不文律であり、悪役は余計に金が必要だ。
世知辛い。
「やはり…ここの真の姿は、悪の秘密結社なんだなっ」
これ以上の被害と損害を出さないためにと頭を悩ます啓吾に、イエローがショックを受けたように言葉を吐き出した。
次いでブルーが大仰に手を横なぎにし、憤る。
「人畜無害な派遣会社を装い、俺たちの大学(学校)にも求人票を出すなど、言語道断!!」
へぇ、求人票、あの大学にも出していたのか。
就職難なこのご時世、本社もなかなか人道的な事をすると感心半分、何故、現ヒーローが居る大学に出してしまうのかと悩むのが半分。
そうして、ヒーローが憤るところがそれなのかと、突っ込みを入れたいのがあって。
「世の為、天の為、学生の為っ、ここで、お前を、倒すっ」
やっぱり〆はレッドなのかと、啓吾はぼんやり思った。
こいつら、内定決まってないんだろうなと可哀想な目をしてしまう。
だがしかし、今は緊急事態であり、給料に反映されないからと言っても、戦隊ヒーロー担当スタッフにとっては、実務に突入している。
啓吾は冷笑に徹すると、今持っている苛立ちも込めて吐き捨てた。
「死に急ぐならば、それも、良しっ。いけぇっ!」
ばさりとマントを翻すと、下っ端戦闘員達が殺到した。
それに合わせて怪人を後衛に戻し、啓吾はモノクロムに付属されているインカムを使う。
『《職人》は、まだ時間を稼いでくれ。ついでに《蘇芳》のフォロー。
それから、杉本さんは…場合によっては巨大化も考える。
《回復担当》が到着次第、そちらの準備を。それまでは俺も、出る』
途端にまた動きを変化させて職人が動く。
それにつられてベテランは散り、交代して控えていた下っ端達がヒーローに向かっていった。
はっきり言って、彼らは下っ端戦闘員であって、稼げる時間も短い。
それを何組もストックを編成して使いまわすよう指示しているので、しばらくは保つと踏んでいるが、人海戦術にヒーローの体力がなくなってくれるのが一番いい。
啓吾は、短剣の一本を長剣に変えて、前に出た。
すぐさまピンクが、いつもは毒々しい程ファンシーなそれを鞭に変えて攻撃してきた。
バージョンアップされていると気が付き、啓吾は避けた。
すると、タイルの張ったDH社前の屋外広場で、コンクリの割れる音が響く。
思わず、「ひゅう」と息が漏れる啓吾。
それに戦慄したのは、職人と怪人だ。
彼らが社員にしかわからない合図で作戦の変更を求めてくる。
まだまだ段階を踏まないと、ヒーロー達はバージョンアップできない設定であったが、もうその工程をすっ飛ばしている。
確かに今、下っ端と怪人を連れて、啓吾がDH社の社員を適当に人質に取れば、実は会社がDHである啓吾達に乗っ取られていると勘違いして、本社への被害を抑えられるかもしれない。
けれど、今後の展開予測不能であり、《不備》の可能性が出てきた戦隊ヒーローの仕事の終了は免れないかもしれない。
《不備》。
一様に実践スタッフの雰囲気に浮かんでいる不吉な言葉に、啓吾は唸った。
少し前までは、まったく異変なく仕事が続いていたというのに、一体どこで間違ったのか。
ピンクの姉ちゃんの鞭攻撃を紙一重で避けながら、啓吾は《瞬加速》を使い、一度姿をくらませた。
『出ろや、《ナビ》!!』
インカムを外線にし、怒鳴る。
応答はないが、SRECへ通信が入ったのはわかった。