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Darker Holic  作者: 和砂
side1
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side1 惑星侵攻1


「状況はどうなっている」




 壁に身を預けて回想に耽っていた鏡花は、その野太い声にはっとした。


 周囲は陰鬱な暗い闇が支配する、景気の悪い広間だ。

 綺麗に織り上げた上等のベルベット様のカーテンを使用しているにも関わらず、照明を落として薄暗くしてしまうと、それは不気味な布の波でしかない。

 また、わずかな照明も、散立する柱の頂点に灯る青白い明かりで、不気味さ陰鬱さをさらに引き立たせている。


 豪華さを見せる幾重もの垂れ幕がかかる阿修羅族の王の謁見の間は、典型的な悪役の集う場所だった。


 自失していた分を取り戻そうと、鏡花は素早く周囲に目配せする。真っ先に見たのは、何段か高い敷居にしてある広間の祭壇で、そこには阿修羅族の主要人物とその側近がいる。


 中央の玉座に鎮座する阿修羅族の王は、羅刹王と自称する大柄の男だ。何段か低い位置で黙したシグウィルよりもさらに体格が良く、人間というより熊に見え、外見も中身も強面の粗暴な人物という印象を裏切らない。

 しかし阿修羅族の王だけあり、その鍛えた体にはいくつもの古傷が見受けられるし、存外警戒心が高く、用心深い。

 そんな羅刹王が今一番警戒しているのが、阿修羅族No.2であり側近でもあるシグウィルだ。


 鏡花もやっと阿修羅族関係者と認められて出席するようになったこの会議だが、彼は毎回我関せずな空気を身に纏って静観することが多い。風の噂では、羅刹王の行き過ぎた行為に諫言する、一番の反羅刹王派と言われているが、その素振りは一切ない。

 鏡花という部外者がいる事で王を立てているのだろうと彼女は考えていた。


 どうやら先ほどの声も、羅刹王が状況確認を促しただけのようだった。シグウィルは静観、他幹部達も特に発言せず、部外者であり最も発言権のない鏡花はその立場もあって無言で様子を見ている。




「お任せください、王よ! この度の戦闘で、彼奴らの騎乗機数体に90%近い損傷を与えました。ひぇっひぇっひぇ…回復には、今しばらくかかると見込んでおります」




 そんな時、薄暗い中、それでも照明が当たる場所に進み出た影がある。

 この集会でも位が低いと思われる、如何にも三流悪役と言った風体の影は、水牛のように立派な二本角を頭の左右に生やした一つ目の幹部で、彼は、羅刹王に答える。

 やや高く響くこの声は、あの大御所、某下っ端調整員(もちろん悪役)の声に似ていて、鏡花は好意を持って聞き入った。


 が、周囲の幹部達にとっては耳障りな音として受け取られている風であった。

 全てを冷ややかに見つめ、静観の姿勢を取るシグウィル以外は、そろって嫌そうな表情を浮かべたからだ。

 舞台の盛りたて役であり登場回数がダントツ多い、やられ役の偉大さを理解されない事に、鏡花は残念な気分になる。


 誤解のないように告げるが、もちろん鏡花も最初からそうであったわけではなく、これは彼女の、特に仲がよい同僚と同様に職業病だ。




「ふん。彼奴らを前におめおめと逃げ帰った者が、何を言うかと思えば」




 幹部だけが集まる此処は、無駄に広いだけあって声がよく響く。

 鏡花が視線を横にずらすと、これまたやられ役とわかる筋骨隆々の幹部が、素晴らしい胸筋を主張する露出の多い衣装で一歩前に出た。


 話す時は、これ。

 明かりの元に出て姿を現さなければ、悪役といえない。そして、ストーリーの後半で出てくるような、重要な幹部は暗がりの下、これ、基本。




「何をぉ?」




 ケチをつけられ気分を害した角の幹部。

 表情は変わらなかったが一つ目をぎょろりと回して声を荒げた。もともと疑心暗鬼やら謀略を暗躍させる者共がピリピリしていた空間だ。大した脅威ではないとはいえ、仮にも幹部二人の剣呑な雰囲気に周囲に緊張が走る。


――これぐらいのイザコザ日常茶飯事であるが、どうしたものか。


 内心思い、意味深な視線を他の幹部、特に静観するシグウィルに向けた。



 No.2であるシグウィルは、その立場や彼個人の考え方によってか、大よそ制止する側であるからだ。この男、鏡花を余所者と毛嫌いする反面、無駄な戦闘はしないという、阿修羅族には珍しいタイプの人物であった。


 視線を感じたか、鏡花はシグウィルと目が合う。


 逆にそのまま殺気を向けられ、鏡花は慌てて視線を逸らした。

 確かに彼女はDHのNo.6であるが、この組織のNo.2とタイマンで勝負できるほど人間捨ててはいない。阿修羅族関係者の中では期待の新人という事で、他の幹部には地位を脅かす程度に脅威と取られているのだが、この男、色んな意味で別格だった。

 それでも、彼も羅刹王に敵わないというのだから、件の王はどれぐらいの脅威か推して知るべし、だ。




「くすっ。なんとまぁ、見苦しい。…うふふ。

 ところで、王よ。ここの要所を押さえては如何でしょう?」




 いがみ合う二人の幹部そっちのけの雰囲気で、妖艶な声がした。

 これ幸いとそちらに視線を向けると、暗がりの中から豊満な肉体を強調する、際どい衣装の露出女が現れた。

 彼女は阿修羅族No.3。

 同性であるためか、鏡花に非常にわかりやすい悪感情を向けてくる人物だ。


 まぁ、大体悪女役ってそういう奴が多いし、関わりあうととんでもない事態に巻き込まれるため、あえて無関心を装うのだが、効果の程は微妙である。




「ふん?」




 羅刹王はやはりというべきか、二人の下っ端幹部を無視し、No.3へ視線を向けた。

 左額から目尻にかけて大きな傷があり、それが歪む。好色そうな卑猥な笑みと凄みの増した表情は、正しい悪役の在り方だ。職業病を患っている鏡花は、少しときめいた。




「独自の調査で、ここにEGエネルギーがあることは間違いありません。もちろん、彼奴らも狙ってくるでしょう。早めに押さえて悪いことはないか、と」




 ここぞとばかりに自分の手柄を主張するNo.3を眺め、鏡花は少しだけ彼女に好印象を持つ。

 いつも同性幹部の鏡花やら、とにかく目につく奴らを陥れる事が趣味のNo.3であり、高確率で足の引っ張り合いから正義サイドに惨敗した業績も華々しい。


 DHである鏡花は自分の仕事が順調に進んでいることを確認し、内心にやりと笑みを浮かべた。

 その情報は同じくDHの派遣社員である者から周知させるようにと通達があったのだ。

 手廻し、裏工作上等。エンターティメントなのだから、大いに盛り上げなければならない。




「…そこで提案があります」




 続けられた声に鏡花はふと視線を戻した。

 先の展開を予測して愉快そうなNo.3を眺め、事を静観する。すると、さらにNo.3はころころと鈴のような声で、無遠慮にもNo.2をねめつけた。


 同性である鏡花は別として、上の地位、ことらさらすぐ上のシグウィルは目の上のタンコブなのだろう。蹴落としたくて仕方がないという顔を隠しもせず、眼光を細める。

 鏡花としては、あんな化け物相手に命知らずなと思うだけだ。




「ほほほほほ…!わたくし、久しくシグウィル様のお力を拝見しておりません。つきましては、そこの卑しい傭兵めと共に、御出陣をお願いしたく存じます」




 げっ。


 一瞬にして嫌そうな顔になった鏡花を感じてか、No.3はうっとりと、さらに愉悦に顔を歪ませる。

 流石というか、相変わらずシグウィルは無表情に静観しているだけだが、顔には出さずとも彼もまた鏡花と同様な気分だろう。


 No.3関連の仕事であるから、彼女が正義サイドだけでなく阿修羅族という仲間にも罠を仕掛けるのは当然考えるだろうし、彼が同胞でない鏡花を毛嫌いしているのは、組織でも有名だ。




「ふむ」




 羅刹王の思案する溜息が振ってきた。これはまずい。

 見れば、喧嘩を始めそうであった二人の幹部も、乏しい顔のパーツをフルに使い、にやにやと厭らしい表情を浮かべている。発言権も拒否権もない鏡花は、居心地の悪さに身動ぎした。

 これで、シグウィルの嫌悪などを充てられたら、理不尽さに自室に戻って暴れるだろうと自覚する。




「確かに、このところお前の姿を見ていない」




 にやにやと、愉快な遊びを思いついた表情で羅刹王はシグウィルを見下ろす。

 悪役とはそういう疑心暗鬼にまみれた外道キャラクタでなければならない。

 王道だ。

 王道なのだが、それに鏡花自身も関わってくるとなると、迷惑至極である。


 こうなれば、鏡花を疎ましく思っているシグウィルからの拒否が望みだ。

 比較的常識人であるのに、種族が違うからという理由だけで嫌悪してくる彼と組み、妙な緊張を強いられるぐらいなら、数々の謀略で鏡花を蹴落とそうとする、先ほどの下っ端幹部のどちらかの方がまだ良い。




「………畏まりました」




 恐らく断るだろうと思っていた鏡花だが、続いて漏れた声に眼をむいた。


 ―――シグウィルが、彼が、受けた。







「良かろう。…傭兵!」




 顎で呼ばれ、鏡花もまた臣下の礼を取る。傭兵という設定はこういうとき不便だ。気が乗らないからと、断れない。

 それも、シグウィルの不可解な行動に衝撃を受けて、半分放心した状態で聞いた。

 反射的に業務を全うする鏡花は、まだ真っ白に近い頭を精一杯動かして情報を整理しようとする。


 そんな彼女を、シグウィルは静かな目で観察していたが、No.3以外気がつくものはいない。


 長い髪の陰で、No.3はにやりと毒婦の唇をゆがめていた。


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