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Darker Holic  作者: 和砂
side2
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side2 ジジイ、襲来。6



 薄笑いを浮かべる小柄な男が《勇者》と聞いて、一番に感じたのは違和感だ。

 彼はもっとこう、厳つい、体格の良い、闘技では絶対に勝てないという漢の中の漢を想像していただけに、その落胆は大きかった。

 けれど、底知れない笑みを浮かべているとは思ったのだ。今も、そうだ。




「どうかした?」


「…いや、何も」




 大きなシステム管理用のサーバーをいじくっていた勇者が人の良い笑顔で振り向き、彼は押し黙る。

 特に何も考えずに見ていたことも一因だが、今は任務中であって、彼とは一時的な仕事のパートナーという関係しかない。

 そんな人物と何を話せというのだろうか。

 彼は社交的な人間ではない。




「まぁ、気を楽にしていこうよ。今回は単なる発端でしかないわけだしね」




 のんびりと言う勇者だが、その表情や口調と裏腹、周囲に警戒を怠らないのは流石と言うべきか。

 彼も習慣的に気配を探っているが、数名の警備員を昏倒させてしまった今、近くに人の気配はない。


 先ほどいた場所は人気のない渡りだが、防衛システムに動いたカメラを彼は叩き壊しており、彼らが侵入したことは企業側には知れたはず。

 先ほどの場所は陽動のポイントでもあったから多少時間は稼げるが、あまりゆっくりしている暇もない。




「気を負っているわけではないが、ここから、どう出る?」


「どう出るも何も。君が勝手に物を壊したからでしょ」


「それは…そうだが…」


「怒ってはいないけどね。

 まぁ、十中八九、《キョウカ》だろうから、この企業よりも本社が出てくるほうが心配だよな」




 大きな体を竦める彼に、勇者は態度を変えない。

 いつでも自然体に見えるのが怖いところであるが、歩きながらの移動で一度も人とすれ違わないことにも彼は驚いていた。

 そういう経路を本社に依頼していたし、人払いも工作済みであるのだが、不自然すぎる。


 それに、彼も勇者も、周囲に溶け込むための変装など一切していないのだ。

 顔を隠さないまでも、服装ぐらいは、関係者に見えるようにする必要があるのではと彼は提案したが、勇者は歯牙にもかけなかった。




「本社…」


「そう、《Darker Holic》社。

 社長は器も大きいし、些細な異常事態は日常だから気にもかけないかもしれないけれど。

 幹部がいる仕事だから、誰か出てくると思うんだ。《シュートランス》とかね。彼は甘いから」




 そういえば、知り合いだと言っていたか。

 彼はさらに不可解そうな顔をし、それに気が付いた勇者が笑う。




「これは、仕事だから。プライベートとは線引きすることにしているんだ、僕は」


「そう、割り切れるものか?」




 つい、口に出た言葉に、勇者は苦笑する。

 出来の悪い後輩に諭すように、肩をすくめて言った。




「割り切らないと。…言っただろう。仕事ビジネス、だよ」


「…」




 正論に口を紡ぐ、彼。

 唸るように顔を歪めるが、特に反感も反論もないことを、勇者は見抜いていた。

 わかりやすい後輩っていうのはいい。ついでに物分りもいい。


 身長差は随分あったが、勇者はちょっと伸びをして、頭を撫でてやった。

 瞬間、叩かれないまでも、払いのけられたが、勇者の顔は嬉しそうだ。




「じゃあ、これで、仕事は完了。今頃、《マッド:マスクイア》あたりが泡吹いているだろうさ」




 ここは、潜入したDH社員たちが、こっそり本社と繋ぎを取るための異次元LANがある。


 異次元間のやり取りはDHが一日の長であり、他の企業が追い付かないせいか、彼らは異次元間のLANへの防御意識が低い。

 そこを狙うのだと、これを渡されたが、DHだけでなく余所にも多大な影響が出るに違いない。



 特別痛い注射をする看護師のように、そう言って勇者は、凶悪プログラムが入った記憶媒体をサーバーに押し込んだ。

 即座にロードされていく、悪意の塊。




 ぼんやり目で追っていた彼だが、場の間があり、勇者を払いのけた手を持っていた剣に添えた。


 勇者は一見丸腰だが、彼は呼べば出現する聖剣というモノを持っている。

 ただのへらへらした若者ではない。



 勇者との距離の取り方を測りかねる彼だが、階段を駆け上がってくる音に勇者を一時、思考から追い出した。




「もう、ばれちゃった」


「ばれない方が、不思議だと思うぞ」


「それもそうだ、…ねっ」




 管理室から出た勇者は、階下の企業警備員を見ると素早く階段の影に隠れる。


 弾丸がコンクリに跳ねて、固い音がした。



 彼も仰け反るが、この狭い場所では自分の攻撃もできない。

 勇者は影に体を丸めたまま、呪文の詠唱に入っていた。




 ―――――――魔法。




 彼の世界にはない、不可思議な術。

 呪文と印と魔力と、膨大な知識(が必要らしい)があれば可能な術だというが、理論を聞かされても頭に入らなかった。

 彼は、剣術や他の一部のことしかできないので、当然か。




「揺蕩う、閃光の御子、―――《フレア》!」




 銃撃が止んだ瞬間、姿を見せた勇者が階下に両手を振り下ろす。


 白い靄がその手に纏われていたが、ふわりと勇者の手を離れ、下へ。

 雲の出来損ないが警備員の頭上にあった。

 それの姿は次第に薄くなる。


 だが。




 ぱちっ。




 小さな音がした。

 それが次第に繰り返されるのを耳に入れる。



 また、弾幕が再開されるのがわかり、彼は勇者を引っ張り後退した。

 呪文と呼ばれる先の勇者のワードに、嫌な予感しかせず、防火扉を思いっきり、蹴りやる。




「勘、イイね」




 何が面白いのか、そう笑った勇者の声を拾う。

 けれど、奴の顔は見えなかった。




 ヴァヴヴヴヴヴウゥゥゥゥゥーーーー…




「3,2,1……ゼロ!」

























 頭が重い。


 それに、目が煙たくて、涙が出てくる。

 不快感に目が開くが、なぜか、まだ景色はぼんやりしていた。




 二日酔いと似たような体験をしながら、鏡花は起き上がろうとして足腰に力が入らないことを自覚する。

 立ち上がろうと身を捻った瞬間、長時間朝礼に立たされた子供のようにふらりと倒れたのだ。



 固い絨毯、土足様式のここの絨毯に頬を接地し、嫌な気分になる。

 口付でなくてよかったが、一体自分の体はどうなったのだろうか。


 長く伸びた腕は自分のものだし、少し顔を動かせば、ストッキングに包まれた自分の足も見える。

 密かに足の形がいいのが自慢だが、それがどうでもよくなるほどに、体がだるい。




「何?」




 そういえば、夢でも変なことになっていたなと思い出して、今も夢を見ているのではないかと彼女は疑った。

 けれど、先ほどの防犯カメラに入っていた時ほど非現実的でもないし、何だか煙たいのは続いている。


 少し呼吸が苦しいと思うが、体が動かなかった。


 土煙も十分ついている絨毯に寝そべっているせいだろうが、咳が出てしかたない。

 連続して咳をしたせいで、今、呼吸が変なことになっていた。

 ひゅーひゅーと、死にかけたような音も聞こえる。






 死ぬのかな、と、簡単に脳裏に言葉が出た。


 息苦しさは、咳のせいだろうと思っていたが、息の漏れるような呼吸音は認識して聞いているだけで、嫌な想像を駆り立てる。

 それに、だんだん目が霞がかってきていることにも、どうしてか、気が付いた。


 どうせ死ぬなら、楽が良いなともっと若い頃に言ったが、嫌だ。


 死にたくない。


 わけがわからない。






 突然ノックの音が聞こえ、鏡花ははっとした。


 何が何だかわからないが、ここに居てはいけないと体が訴えている。

 次第に頭が回ってき、彼女は今の状況に、少しだが気が付いた。


 煙が充満しているのだ。


 こんなに煙たいのに、気が付かないほうがおかしい。

 何とかポケットのハンカチを口に当てるが、今更効果があるものか。


 外からのノックは、今は切羽詰まったように力任せに殴られている。




「…――た―――けて…」




 夢見がちな少女じゃあるまいしと大笑いしていたのを思い出す。

 自分はこんなに情けない声だったろうか。


 もう一度咳が出て、涙が出るほど鏡花は咳き込んだ。

 酸素が足りずに、顔がかっと熱くなる感覚がする。

 熱に押し出されて涙が出た。



 すごく心細い思いをしていた彼女だが、ノックの音が止んですぐ、一人にされた絶望感に涙が出た。




「…―――けて…」




 泣いたってしょうがない。だから、動け、体。




 念じながらどこでもいいからと力を込めると、首だけが動いた。

 まるで芋虫みたいに、泣きながら、ずりずりと這う。


 それでも数センチ移動できかたわからないぐらいで、さらに涙が出た。




 私、なんでこんなことになっているの。




「助け…」




 だんっ!




 思いっきりドアが開けられ、鏡花はびくりと体を揺らした。


 外から先ほどの比でなく煙が流れ込むが、荒々しい足音が室内に入ってくる音が救助にも思える。



 助かったのかと姿を見ようとするが、瞬間何かを被せられて、視界が真っ暗になった。


 悲鳴を上げたつもりだったが、声が出なかった。

 被せられた何か毎、丸太を抱えるように抱き上げられるのがわかる。




 力のない人間は、ものすごく重い。

 あっさり抱え上げられ、鏡花は驚いた。



 自分の胴回りをあっさり片手で抱き込まれ、相手が男性であることがわかる。

 救助の人なら、それも道理かと鏡花は思ったが、続いて小麦袋様に男性の肩に掛けられた。


 丁度太腿からお尻に手が置いてある。


 大きい手だ。

 恥ずかしいと思う暇もない。


 しかも、何の茶目っ気か、撫でられた。




「ひゃ…っ」




 思わず声が上がるが、不幸な事故だったようで、手の主も一瞬固まる。

 そこに、持ち上げられた男性の背中に誰か手で叩いたような振動が来た。


 絨毯に飲まれたか、最初の手の主以外に足音は聞こえなかった。



 他に何のアクションもないところを見ると、二人のようだ。

 彼らは一人が鏡花を抱え上げ、一人が先導するようにして部屋を出た。




 走るような振動と、何かにぶつからないように、背中に片手が回されているのを感じる。


 優しいなと思った。


 どこかの元No.2に是非とも見習ってほしい。




 そう考えたところで、限界がきていた鏡花が目を閉じようとする。


 けれど。




「おい。彼女、どこに連れて行く気だっ」




 耳に馴染んだ声が聞こえ、くるまった上着のようなものの中、彼女は薄目を開ける。

 それから、抱え上げた男が声のする方を向いたらしく、体がぐりっと回った。

 声をかけたのは、鏡花の想像が当たっているなら、多分…。




「トーイ?」




 小さく声が漏れたが、彼に聞こえたかどうか。


 ただ、担いでいた男は少し反応したようだ。

 密着しているので、よくわかる。



 彼はゆっくりと鏡花を下ろす。


 その時、なぜかわからないが、彼女は彼に抱きしめられたようにして下ろされたように思った。

 一度だけ、ぐっと肩を包み込まれる感触がある。




「…あんたら、何者だ?」




 布越しに聞く、トーイの不可解そうな声。


 見知らぬ、それこそDH社員でもない人物に連れられていたらしい。

 企業の警備員だったらどうするのかと鏡花はぼんやり考えたが、トーイが企業に勤める職業人の制服と顔を忘れるはずがない。



 ゆっくりと腕が離される感触。



 とにかく助けてくれたことはわかっているので、鏡花は好奇心が動いた。

 さっと上着を捲ろうと布を掴むが、それが強い力で引かれ、逆に驚いて手を放す。






 薄目を開けると、にやりと笑みの形にした、薄い唇が見えた。




 けれど、また不運なことに、その顔を確認する前に爆発音が響き、鏡花と男の間に横殴りの熱風が通る。






 身を縮こまらせる鏡花だが、トーイが腕を伸ばし、彼女を引き寄せていた。

 直後、上から大量の廃材が落ちてくる。




「立て、《キョウカ》!!」




 切羽詰まったトーイの声。


 片腕を彼の首に回され、無理やり引きずりあげられると、二人はよろめくようにして、元の道を引き返す。




 よく見れば、周りに人の気配は全くなかった。

 ただ建物が悲鳴を上げる音と、薄暗い煙の海があるだけ。




「火事?」




 ぼんやりとつぶやいた鏡花に頷き、トーイは進む。

 身を低くするが、トーイも鏡花もハンカチを口に当てる余裕などない。



 よろよろたどり着いたのは、たくさんの瓦礫が重なる渡りだった。

 隙間などなく、向こう側とは遮断されている。



 別の道を探さないとと首を動かした鏡花を、トーイは下ろした。






 やおら真剣な表情で、作業服の上着を脱ぐ。



 びっしり汗をかいた上半身は、意外なことに鍛え上げられており、世の男性は筋肉質だよなと彼女は間違った感想を抱いた。

 そんなわけはないのに、知り合う男はDH関係であることもあって、皆丈夫で筋肉質なのだ。






 そんな彼がはっと息を吐いた。


 どこかで見たモーションだなと思っていると、彼の腕あたりから白い湯気が出ている。

 見間違いかと思った次の瞬間、トーイは気合一閃、拳を突き出した。




「へぇいあっ!!」




 どごんっ!




 目を点にした鏡花だが、次には再び彼に肩を貸されて、歩かせられる。




 目の前には、緊急用の異次元ワープ装置。



 ここにあることを彼は知っていたのか。

 それに飛びついたトーイは、我武者羅に作動させる。



 目的地はもちろん、本社だった。




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