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Darker Holic  作者: 和砂
side2
31/113

side2 悪役たちの日常7


 プルトップを立てて缶を開けると、啓吾は中身のほとんどを、ぐいっと一息に飲み下した。


 口から離した缶は、片手で適当に摘んで口元近くで保持している。

 顔の下半分隠れる、頬杖をついた形で、啓吾は前の職人を盗み見た。


 彼はいつ飲んだのかもわからないほど静かにしており、啓吾が見た際にこれから傾けるような素振りもしてみせる。


 タイミングを計りたいところだが、気を悪くさせるつもりもなく、啓吾は頭を整理した。






 咎めるような鋭い視線に、言い知れぬものを含めた鈍い眼。


 対照的な二人の影と、片方のモノクロムの薄い黒と晴天の青が奇妙で。




『だって…』




 嫌な予感をさせる前振りといい、啓吾は布団が天へと去っていく幻想も見た気分がした。






 言い淀むような素振りを見せた彼女たちが告げた内容は、外面が良いSRECにしては珍しく行き過ぎた感の行動で、その真偽がどこにあるのかをDH幹部たちは判断する必要がある。


 元々仲が好いとは言い難い両社の諍いは、珍しくない。

 どちらも敵同士であるから当然だが、企業として成り立っている両社は競争企業であり、理性的な対応が求められる。

 片方が暴挙に出るなら、抑止力にならなければ、DHではない。






 事の顛末は、こうだ。


 DHやSRECは各次元、各地に、支社だの研究室だの物置だのを、仕事の都合上建設しているのだが、いつもならあえて見逃すだろうレベルの低い僻地部署をSRECが襲撃、破壊した、という。


 しかしこれらは、現在終了したシナリオの場所であり、次に仕事が回ってこない限りは用がない、休眠中の拠点だ。

 且つ出勤していたのは、悪役実演業務に従事していた者ではなく、終了したシナリオの後始末と次の使用に備えての掃除を担当する裏方の人間だった。



 明らかに協定違反だが、小さな諍い程度は日常茶飯事の両社で、あまり問題視されなかった。



 ヒヤリハット的なインシデントとして報告が来、それぐらいの意識で遅く幹部のところに上がってきた理由は、それが僻地で起こり小規模であったこと、損害がそれほどないことに起因している。



 だが、そういった例が許されれば、次に起こった際にやりにくくなる。

 世論的には、DHは“悪”と見なすので、“正義”側の横暴も正論として通ってしまいがちだ。




 厳しい表情で眉根を寄せる啓吾に対して、職人は単ににんまりと笑っただけだった。




「SRECの襲撃の情報と言ったら、俺にはなぁんにも、わからないねぇ」




 本題を当てられて視線を向けたのは、啓吾だ。

 驚異的な地獄耳で、千里眼ではないかと一時噂された程に、情報に関して職人ほど通じている者はいない。




「ただ、今回の襲撃にあるエリアにやつらの利益が絡むとは思えない。ただの田舎だからな」


「じゃあ、なんで幹部に相談が来る程に発展するんだよ」


「それは、それ。案外、他の幹部は把握していないモノだと思うがね。

 御嬢さん方の情報網は、そんだけすごいってことさぁ」




 確かに女性の噂話は末恐ろしいものがあるが、どうにもこうにも納得できない。


 だが啓吾はそれ以上問い詰めるのをやめた。

 職人が関係ないといえば、関係ないのだ。




「ほかに、ヒントくれないか。判断し辛い」


「そうはいっても…まぁ、なんだ。もう少し様子見がいるってことだ」




 「若いもんは焦るからいけない」と、再度職人に言われ、啓吾はため息を吐いた。

 素知らぬ顔をして結局事を大きくするNo.4と同じ臭いのする人物だけに、取扱いには要注意である。


 一つ息を吸って、冷めた目をした啓吾。




「てことは、何かあんだな?」




 それに職人は、糸目でにんまりと笑った。

 あんまり邪悪な笑みで、例外なく職業病を患う啓吾は、心中でその悪役っぷりに感動した。

 けれど、それでごまかされてはいけないし、顔に出す程若くない。




「資源もなけりゃ、近くに町もない、活気とはとことん無縁の場所でな。

 物資輸送が大変なだけで、悪役の溜まり場としては最適さ」




 行ったことがあるのか、語り口調は流暢だ。

 少し嘲笑めいた職人の笑みの後、「ただ…」と途切れた。


 啓吾が最後の数滴になったビール缶を飲み干す頃、職人は面白そうな顔をして口を開く。




「“イビー:ターダス”ってな、変なジジイが居る」




 聞いたことのない人物名で、啓吾は彼の発言から少しでも情報を取ろうと集中する。




「実はSREC寄りの、うちの古狸だが、“天空”の件でSRECに恨みを抱いているらしい。

 出身はSF次元の《デガント》らしいが、詳しくは、なぁ」




 SRECとDHはシナリオの流れから、時折役割が曖昧になりやすい。

 最近はその特徴が顕著だが、ずっと過去からOBが正反対の会社にキャリアアップすることは普通だ。


 それを皮肉って“寄り”なんて言うが、知らないDH社員の前職よりも、啓吾は自身と関係の深い言葉に心拍数が上がった気がした。


 気づかなかったか、啓吾の微妙な関連を知らないのか、職人は気に入りのおもちゃを語るように、うきうきして続ける。




「このジイさん、《マッド》と同じぐらいの力量を持つと噂がある。

 好んであのエリアに行ったというらしいが、何かアリそうじゃねぇかい」




 にたりと職人が笑う。


 相変わらず深みを覗くような眼光だが、心臓の高鳴りを自覚していた啓吾は、動揺を表に出さないよう注意を払い、彼に苦笑いした。




「相変わらず、好き嫌いの激しい情報通だな、あんたは」




 今日は《勇者》に会ったり、何かと過去の因縁が纏わりついてくる。






 《“天空”の花園》は、啓吾が最も悪役として活躍し、最も失敗した仕事である。




 何せ、死傷者が20万人という最悪な数字を出した仕事で、そうして啓吾が一番後悔しているのが、自身が悪役として出たにも関わらず、悲劇の物語と結末になったという点だった。




 わかりやすい勧善懲悪から、視聴者に様々な希望を与える仕事だと社長は言う。

 だから、悪役は《物語》を幸せにしなければならない。




 当時の啓吾はそれができず、代わって別の者が身代わりになった。


 彼女の言葉が、啓吾を生かしているが、同時に重荷にもなっている。



 何とか前向きに悪役仕事をやれているのは“天空”の仕事の御陰であるが、啓吾にとっても、完全に乗り越えたとは言えない、まだ瘡蓋が張っている現実だ。


 まだまだ気軽に世間話とできない事実を、再度確かめる啓吾は、話をSRECとの件に集中して続けようとした。






 刹那、何の予兆もなく、ぶつっと周囲が闇に変わった。






 思わず缶を机に置き、啓吾は左右を見渡す。

 停電であるのは間違いない。



 この部屋の外も同様らしく、練習場から驚きのざわめきと、エリアの境である大広間からも「ケータイ出せ。懐中電灯持って来い」との声が聞こえていた。




「停電…?」




 今までDH本社でパワーダウンしたことのない電力だが、どうしたことか。


 こういう状況になって、初めてここが地下の15階という無茶苦茶な場所であることをはっきりと意識し、また、恐怖する。

 簡単に地上に出られない場所で、封鎖されれば一発で酸欠、緩徐な呼吸困難で発狂死すると予想された。



 おい、早くついてくれよ、非常灯。



 恐らく、ここにいる下っ端と啓吾全員の思いだ。

 その思いは数十秒としないで霧散する。


 ぶぅんと非常灯が灯り、周囲は幾分か落ち着いた気配が伝わってきた。




「…珍しいなぁ」




 職人も職人で、ぽかんとした表情をした。


 屋外は晴天で、雷なんか落ちるはずもない。

 まさか、電子レンジの過熱とポットの沸騰が重なるとダウンするわけはないだろう。

 そんな小さな電力を流してここは利用できる環境ではない。


 たった数十秒の出来事は一時の沈黙を起こしたものの、非常灯がついて即座に電力が戻り、チカチカと天井が光ったら、蛍光灯が周囲を明るくした。


 よく原因がわからずとも、元通りになれば人は安心するものだと啓吾はぼんやり自覚した。

 職人と目が合い、お互いに苦笑を交わした直後。








 ――――――ダンッ!








 今度は二人の座るパイプ椅子の下を伝って、衝撃が響いてきた。


 それから、猛獣に襲われるかのような、下っ端どもの悲鳴。



 啓吾が何事か尋ねようと迷っている間に、先ほどの衝撃が次々に伝わってくる。

 走る音、これは追われる者と追う者の二種で、一瞬の悲鳴の間の後、衝撃。


 その繰り返し。




 職人がため息を吐いて肩を落とす。

 最後まで飲みきったビール缶を、隅の分別箱に向かって投げ入れた。




「やれやれ」




 そう呟いた職人は、両手を机についたかと思うと、重そうに腰を上げる。

 啓吾も戸惑いながらそれを目で追い、同じく立ち上がろうとした。




 職人が向いた方は、下っ端戦闘員としてのやられ方を研鑽する練習場で、彼はそこのドアを開ける。


 ドアの向こうは学校の体育館と同じ造りで、違うのはいい年したおっさんや若い者が下っ端スーツで取っ組みあっている点だ。


 だが、啓吾が見通したその奥は、一人の下っ端戦闘員に追いかけられる練習者達だった。


 まぁ、彼がはっきり認識したのは、数人が背負い投げされた後であったが。






 たった一人で、現場をくぐって経験値を積んだ下っ端戦闘員達を追い掛け回す、とにかく大柄の、体格の良い姿。


 まるで熊か虎かという錯覚を持たせるが、遠目で後ろ姿を見ただけでも、黒いビニル光沢が悩ましい、全身タイツの下っ端戦闘員だとわかる。




 ひゃーひゃー言いながら(実際は、“イー”だ)逃げていく、本場ものの下っ端戦闘員達が哀れに思える素早さで一歩足を踏み出すと、近くにいた一人の腕を取り、垂直に投げ落とした。


 と思えば、身を起こすついでに仲間が投げ飛ばされた衝撃で放心しているもう一人の襟首を捉え、こちらも投げ飛ばす。


 その度にダンッと気持ちいい程の、衝撃音。






 姿は全身黒タイツの情けない姿だがその身のこなし、無駄のない動き、もはや下っ端戦闘員に非ず。



 下っ端戦闘員の特殊系でゴリラじみた奴もいるが、基本は下っ端。

 柔道選手のようないい動きはしない。




「やり過ぎだ」




 一声職人が声かけると、大柄の下っ端は投げ飛ばす寸前であったのに、ぴたりと動きを止めた。


 勢いを完全に止め、少し体を下りこんだら、半端に背負っていた下っ端をそのまま床に転がす。



 職人の登場に、壁の隅まで逃げることが出来た一般的な下っ端戦闘員は万歳して歓迎した。



 啓吾はその光景に見入られるように、ふらふらと職人と同じ位置に移動する。






 微かに職人の方を振り返る、大柄な下っ端戦闘員は、例外なく共通の仮面顔。



 けれどその立ち姿は、ぴんと背筋が伸びており、適度に力の抜けた自然体としての堂々としたもの。


 全身スーツのために曝け出されているしなやかな肉体美からは、彼が男性であり、常々体を鍛えていることがわかった。


 そして、恐ろしく長身。


 何より、彼から発せられるオーラというか、雰囲気。


 念のため長々しく確認したが、一目でわかる。




「何やってんだ、《蘇芳》」


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