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Darker Holic  作者: 和砂
side2
30/113

side2 悪役たちの日常6






「「《シュートランス》!」」




 少女と若い女性の声の二重奏。


 ようやっと啓吾の右側にプラチナが着地し、鏡花が啓吾の左側に、レールガンのレプリカなんて物騒なものを勇者に向けて現れる。

 両者とも、勇者とはいえ、ただのSRECの社員に対して表情が険しい。実は知り合いだと彼が告げる前に、二人は啓吾をかばうように前に立った。


 立ち位置がどちらも、啓吾も含めて、アングル的にOKな位置だ。

 こんな場合でも気が付いてしまう啓吾も自分に対して厭きれたが、たぶん、皆、職業病だろう。

 プラチナの無差別攻撃から難を逃れた啓吾は、余裕ができたのか、そんなことまで思ってしまった。




「業務終了しているものを狙うのは、協定・規定違反よ。《勇者》さん」


「そうそ。さっさと帰ったほうが身のためよ?」




 普段は猪かと見紛うような突っ切る性格の鏡花だが、彼女は余裕を持って片手の人差し指を曲げて軽く噛み、悪役らしい媚びるような嫌味な笑み浮かべた。

 良くも悪くも表裏のなく年若いプラチナは、対照的に軽く小首を傾げて、好戦的な仕草で促した。



 悪役として舞台に立っていない以上、彼女らは幹部の行動をする必要がなく、一般的な社員として振る舞って良い。

 けれど、どうもSRECの人間を前にしているせいか、彼女らは悪役としてのキャラでこの場にいた。

 場の流れからも、悪役幹部として「ここで遭ったが百年目っ!」とか言わないといけないと思わせる雰囲気だ。

 啓吾は早く帰って寝たいと強く望んでおり、面倒事の気配に、心中でやめてくれと強く叫んだ。






 DHとSRECはライバル社で悪役と正義の関係からも衝突は頻繁だが、業務上でぶつかるのは役に入っている時、要するに実務業務時間内と決まっている。

 厳密に言えば、衝突する相手も“自分たちのところと敵対している正義の味方”に限るとされているが、エフェクトなどの裏方の人間も同様にSRECと衝突する事から、在って無きがものとされていた。



 いくら規定があるといっても、大人なんていい加減な生き物は、飲み屋で思わず、気に入らないと因縁吹っかけてストレス発散するものだ。

 スタッフ間の個人的な感情までは統制できずとも、それはお互い酒の席、良識ある大人ならば水に流して仕事ができる。


 そういう意味でも、今のところDHとSRECの協定は上手く機能していた。






 悪役が仕事だからと言って業務外に悪役活動をするわけでもなし、また制服(黒装束)だからとしても、啓吾は舞台から引いており、業務終了を告げている。


 彼女らもSRECに対する苦手意識と偏見がある事や勇者も胡散臭い印象とはいえ、まさか、啓吾自身が襲われていると思われたのだろうか。


 なんと突っ込んでいいのか啓吾が迷っていると、勇者も同じく理解したらしく、聖剣を収めた。




「それは誤解だよ、と言いたいところだけど、どうも僕に分が悪い感じだね」




 彼の表情に侮辱されたという怒りはなく、啓吾同様、苦笑が浮かんでいた。

 実際はどうあれ、啓吾と彼は仕事上での因縁があるし、そういう風に取られることも多い。



 勇者はともかく、啓吾が制服姿である以上、世間話をするにもDHとSRECとの関係から難しい雰囲気だ。

 ここでなくともそのうち会うだろう的な気軽さで、話を諦めたのか、彼はあっさりと別れを告げた。




「じゃあ、《シュートランス》。また」




 そうしてさっと屋上から飛び降りた。


 さすが、勇者。

 あとは魔法か何かで大丈夫なのだろう。



 啓吾は極力自然体で、奴は一体何がしたかったのかと首を捻り、女性二人は警戒態勢で居たのだが、即座に勇者の気配が遠のく。

 肩書は伊達ではない、素早い撤収に啓吾は感心し、ふっと警戒態勢を解いた二人を見て溜息を吐いた。




「あのな。迎えに来てもらってなんだが、あいつ、知り合い」


「知っているわ。《天空》の時の、シューちゃんの相手だったじゃない」




 勇者と対峙した時の緊張が残っているのか、怒ったような顔で振り返って話す鏡花に、啓吾は無言で眉根を寄せた。


 一悶着あった仕事内容は社に報告してあるので、鏡花達が知っていても不思議ではないし、実際苦手な相手であり、個人的に彼の存在自体がトラウマである。

 しかしお互いに会社員として再会してからは何度か衝突もしたし、それなりに相手を知った。

 今では敬意を持って接しており、プライベートの付き合いもあるので、まかり間違っても勇者がいきなり攻撃をしかけるものでもない。




「だから、業務で来たわけじゃねぇっての。大体、俺は、今回、戦隊担当だぜ」




 ライバル社同士で衝突した場合、やはり仕事と同じく各幹部での対応となるが、業務時と規定される条件から、担当が違う者同士での諍いは厳禁である。 


《勇者》は、名の通りファンタジー担当で、啓吾は現在《戦隊モノ》担当であるので、どう転んでも衝突の仕様がない。


 冷静な事実で正論を述べる啓吾に、しかし彼女らはお互いに呆れ果てた視線を交わしただけだった。




「SRECがそんな甘いこというわけないじゃん」




 プラチナが不服そうに言う。

 確かにSRECは過度なヒロイズム思想の輩が多い傾向にあるが、DHも悪役傾倒型で他人の事は言えない。


 偏見にこだわりすぎるのは問題があると思い、啓吾は勇者との微妙な関係を二人に説明しようとした。

 だがすぐに、面倒であるし、しつこく言うことでもないので彼は無駄口を叩くのをやめた。

 後でお詫びのメールぐらい入れておくかと考え直し、啓吾は二人に向き合う。




「そんで、お前らも、一体どうしたっていうんだ」




 千客万来だなとの感想を持って啓吾が尋ねると、二人とも幹部室の映像(チャンネルを合わせると、各幹部に焦点を当てた映像に切り替わる)からSRECの勇者が見えて飛んできたという。




「心配性だな。一応、俺も幹部だが?」




 女性二人から心配されるのは、こちらが年上である点からも、男として心外だ。

 一見すると、最近多い、ハーレム・萌え系のラノベ主人公のようだが、啓吾自身はそんな甲斐性なしではないつもりである。


 啓吾が何を考えているのかは察しているようだが、それに鏡花が暗い顔をした。

 プラチナも怒ったように続ける。




「だって…」



















 さて、DHに帰社した啓吾は睡眠を要求する頭を誤魔化して、苛立たしげに聞こえる歩調でエントランスを突っ切った。


 地下のVS戦隊ヒーロー対策本部、下っ端戦闘員エリアに向かうため、始めはエレベーターで一気に地下15階まで下りる。


 そこからはレトロな雰囲気を醸し出す、工場現場をイメージした様相の内部を競歩の速さで前へ。

 パイプ管が剥き出しになり、所々非常灯が周囲を照らす怪しさ満載の廊下を進んだ。

 柱が乱立していたり風気孔が散在していたりと、乱雑にしているせいか狭く感じる場所だが、実際はエリア《魔の森》に匹敵する広さだ。


 時折足元や頭上にある現在表示を確認しながら、啓吾は柱を避ける。




「《職人》、《職人》は居るかっ」




 やっとたどり着いた簡易ドア(実質は核兵器も弾き返すNo.4作のエリア境界)を叩く。

 すると、何の悪ノリか、悪役としてのお約束なのか、合言葉が出てきた。




『怪人“グレートフラッシュ”が愛用しているカメラの機種は?』


「はぁ? “Made in Japan”」




 同じ職場の相手なので、彼らは声を聴けば、大凡、誰だかわかる。

 幹部である啓吾が訪ねてきた事は即座に分かっているだろうに慌てた様子はない。

 恐らく、啓吾と同じ業務内容のため、彼が勤務時間外に来ている事もわかっているのが原因だろう。

 社内で幹部は憧れの的であるが、新人の頃、一度は世話になる下っ端のエリアで顔が十分に知られている啓吾は、彼らからすると大変身近な存在なのである。


 これは一種の《挨拶》かと疑いつつも、啓吾は反射的に答えていた。

 また、グレートフラッシュ(本名:小早川英治さん)は機械怪人だが、それほどカメラにこだわりがないと本人から聞いていた事も要因だと思う。


 啓吾は適当に答えるが、ドアは開かない。

 いぶかしんで再度ノックすると、また、合言葉が出た。




『No.4《マッド》が所有している、遺体譲渡書の数は?』


「あ? あー…たぶん、1億は下らない気がする」




 本心としては、『んな事、知るかっ』であるが、何パターンかあるのかと早々に諦めて彼は言う。

 だが、まだドアは開かない。


 これはからかわれているなと啓吾は思うが、一見プレハブの扉は見た目こそあれだが、No.4である狂科学者とNo.10の自動人形が作成したモノであり、何かしら彼ら(主にNo.4)が仕掛けをしているとも限らない。

 強行突破して大怪我するより、おとなしく下っ端戦闘員が開けてくれるのを待てるぐらいに啓吾は理性的で、温厚だ。




『SRECとDHで特許を取得しているのは?』


「DHは転移術、SRECは変身技術で各一つ」




 入社試験かというような真面目な問いに、啓吾は『だったよな、確か』とやや不安に思った。

 けれど、言い切ったせいか特に何の返答もなく、次が来る。




『No.5《竜人》の一般的あだ名を答えよ』


「トカゲ」




 こちらはNo.5が聞いたら怒り狂いそうだが、啓吾はくだらないと即答した。

 リザードマン然としているのに、あれが竜だなどと誰が気付くものかというのが啓吾と彼の周囲の大体の見解である。




『No.9《プラチナ》の私服は、スカートorパンツ派?』


「よく見るのは、ゴスロリ」




 本当は制服であるそれ以外に見たことはない。

 けれど下っ端達には確かめようがないし、ただの同僚である啓吾を責められても困る。


 というか、まだ少女であるプラチナに興味があるのは、どこのくそ野郎だという気分のほうが強い。

 声に彼の感情は出なかったが、不機嫌そうな地顔がさらに歪んだ。

 けれど、次の質問が唐突すぎて持続しなかった。




『No.6《キョウカ》の過去の男は何人?』


「えー…高校で一人、大学で……二人、の、三人」




 懐かしいネタに指折り知っている人数を挙げて答えた瞬間、内部でガタッ!!と大きくパイプ椅子の倒れる音と、『キィッ!?』という下っ端の声がした。


 控室にいる間、彼らは変声・翻訳機能付きのマスクを外すはずであるが、取る余裕がないほど忙しかったのだろうか。

 同時に、そんなに熱烈な鏡花のファンがいたのかと軽い驚きを覚える啓吾に、やっと落ち着き始めた内部がドアを開けた。




「遊んでねぇで、さっさと開けろよっ」




 開口一番に苦情を言い、啓吾は内部に入る。

 ドアを抜けた啓吾は、仮面をとって、普通の顔をさらす全身タイツの面々を見渡した。


 先ほどの声の主に小さな興味があった啓吾は、一人も仮面を被っていない事に軽く目を見張った。

 さらに顔を向けて探すが見つからずに興味が萎み、彼は当初の目的に沿って、ここの責任者である《職人》を探した。




 職人は、下っ端戦闘員の元締めであり、この職業一本でやってきた大ベテランだ。

 体つきもそれらしく、細身のウラナリの様な人物で、力強さとは無縁であるが、笑みを浮かべるとさらに印象深くなる細い糸目は、怪しい雰囲気と相まって猫又(妖怪)のようでもある。



 彼はすぐに見つかった。

 目が合う前に、啓吾の行動から予想はついていたらしい職人が彼に声をかける。




「久しぶりだな、《シュートランス》」


「あぁ、邪魔するぜ」




 思い思いに過ごしている下っ端とは違い、職人は仮面を頭にずらしたまま待機しており、その素顔も、ただパイプ椅子に座っているだけの仕草も、怪しい。

 控室での彼の行動は優雅ともいえる、極力存在を消した希薄なものであるが、一度職場に出ると、煙のような存在が地に足をつけた雑魚キャラの重量感に変化し、素晴らしいやられ方を披露してくれる。

 DHの新人社員は、まずここにお世話になるため、啓吾も多少職人を気遣って、声をかけた。




「唐突だが、一杯やらないか?」


「ほぉ…」




 DHで一番情報通な、職人である。

 啓吾は鏡花たちから物騒なネタを聞いた瞬間に、ここへ向かっていた。



 素早く取り出された缶ビールに職人はわかっているように笑みを深める。

 一瞬、その視線から変な寒気を感じた啓吾だが、気にせず強気に笑い返すと、職人は喉の奥で嗤いながら立ち上がり、ゆったり部屋の内部を歩く。

 しゃなりしゃなりとした、猫のような動きで最奥の扉を開いた。




「では、どうぞ?」




 やっぱり発泡酒なんかで誤魔化さないでよかったと、啓吾は強く噛み締めた。



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