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Darker Holic  作者: 和砂
side2
28/113

side2 悪役たちの日常4



 蘇芳の研修如何から一週間。


 特に何も変化なく、今日も啓吾は元気に出勤、仕事に従事している。


 時計を眺めると、午前8時を回った所だった。

 DH幹部No.8《シュートランス》の格好をした彼が時計から顔を上げると、眺めている工事現場近くの広い空き地で、少し威力を強めただけの花火があがる。


 戦況は――毎回のことながら、多くの下っ端が適度にやられ、適度に仕返しし、結果として大半の下っ端戦闘員がヒーロー達の周囲で寝っ転がっていた。


 不毛な事をしていると本来なら溜め息でもつきたい所だが、啓吾も給料を貰っている身だ。

 仕事をおろそかに出来はしない。


 気合を入れるように息を吸って、三階建てのビルの上で、一つ、空を見上げた。


 照りつけるように輝く朝日に目を細めながら、階下の道路にも姿が見えるよう前に出ると、啓吾は片目だけのバイザー(モノクル)に触れ、ばさりと肩に掛かったマントを翻す。

 それを合図に、倒れていたはずの数名がざっと起き上がり、俺に向かって膝をついた。




 ――――――――うん、まぁ、お前らも仕事だからな。




 再生する役目を担当していた下っ端は、たとえ鈍痛で倒れそうになっていたとしても起きなければならない。下っ端の鉄則である。


 随分昔は、自分もドジやって、辛い鈍痛にめまいがしている時にやらされたもんだと啓吾は懐かしく思った。


 思えば、あの下っ端時代が一番気楽で良かった。


 花形とはいえ、本心では色々と面倒な幹部になりたくなかった啓吾は、彼らと自分の落差に苦虫をかみつぶしたような感覚を受け、不機嫌そうな地顔をさらに不機嫌そうにする。




「な、なんだ、お前はっ…!」




 そうして、下っ端の動きを見て、気がついたらしいリーダー・レッドの声に、奴らは一斉にビルを振り仰ぐ。




 ―――――――うん、まぁ、セオリー通りだよな。




 正義のヒーロー戦隊さえも、あの社長の掌で踊らされている。

 踊らされている一員として啓吾はなんとなく親近感を持っているのだが、彼らは知らないだろう。



 殺気だった奴らの顔(まぁ、フルフェイスなので素顔は知らないが)を見渡し、啓吾は《シュートランス》の演技に入り、くっと苦笑した。


 しかし、どうやら啓吾のこの笑みは冷笑と呼ばれる類のモノに見られる。

 その事実は、よく喧嘩を売られた経験から、実は高校時代から自覚している事だ。


 そんなおかしみを持っていたせいか、啓吾の声が震えた。

 声の震えを拾い、拙いと思った啓吾は、もっと意識を引き締めようとさらに笑みを深めた。




「時間外勤務、ご苦労」




 給料の出るDHの社員と違い、こんな日曜の早朝からボランティアだなんて気が狂ったとしか啓吾には思えない。


 案外本心から出た言葉であるが、それは限りない皮肉に聞こえたらしく、ジャキっと奴らはそれぞれの得物を構え直した。


 啓吾達、DHがわざわざ悪役を引き受けているというのに、彼らの方がそれっぽい。




「そういえば、初まみえだな。俺の名は…」




 にやにやと、あまり意識はしないが啓吾に笑みが浮かぶ。

 そう、こんな狂った劇に参加している啓吾も、当の昔に狂っている自覚があった。


 啓吾が名乗り出ている間、律儀に彼らは沈黙する。

 セオリー通りだ。

 そうして、啓吾は緊迫した空気の中、ざっとそこから飛び降りた。


 三階なんてたかがしれた高さだが、奴らは息を呑む。

 そうして音もなく着地した啓吾は、恐らく奴らのデータリストにない、優美な動作で一礼し、がっと踵を合わせて直立した。




「《シュートランス》」


「…シュ、シュートランス?」




 啓吾の動作に一瞬面食らったらしい奴らの内、自称冷静だという、青い奴が絞るように声を出した。




「まさか、DHの…!?」




 それに合わせたかのように、紅一点でもあるピンク色の姉ちゃんが驚愕したように続ける。




「それ以外に何があると言う?」




 あんた、バカかと問いたいのをあえて、別の言葉で啓吾は置き換えた。


 その後即座に、悪役信条により持っていた得物、啓吾の場合、支給されたのは刃が潰されたコレ、短剣二本を手に取る。

 丁度、啓吾の前方に居たピンクを庇うように、前に出てきた緑の奴を殴り飛ばした。




「うわっ…」




 といっても、顔は止めて胴体に。

 そしてすぐ回復するように手加減する。悪役は器用で無いと務まらない。




「はっ。弱いな」




 それから啓吾は調子づいたようにして、一人一人と向かってくる奴らを手玉にとる。


 上段からの蹴りを放ってきた青を片腕で止めて、その勢いで押し返し、さらに懐に飛び込もうとしていた黄色をカウンターで叩き伏せる。


 そして一番腕が立つらしい赤が勝負を仕掛けてきたら、礼儀として、二本ある短剣のうちの一本、短剣から剣に変化出来るそれを使って相手をした。




「貴様っ…」




 何度か打ち合い、ふとした瞬間に鍔迫り合いに持ち込んで、赤が唸った。

 啓吾は、ぎりぎりと拮抗していた力をさらに強めて圧迫をかける。



 悪役は登場が肝心だ。

 相手をびびらせ、物語としてもっと華やかな盛り上がりを見せなければならない。




「それが、お前らの言う”正義の威信”だと言うなら、笑わせてくれる。お前らは…」




 今回の台詞は、確か西の都市でも言ったが、遠く離れたここでも使い回しして構わないだろう。


 拮抗する短剣を力任せに押し返し、ついでに赤の胸元を足で蹴り飛ばしてやる。

 派手に転がったのは、恐らく受け身を取ったためだろう。



 その動作、身のこなし、確かに正義の味方、だ。




「クズ、だ」




 啓吾の台詞に合わせたかの様に風が吹いた。



 場面としては、最高だろう。

 ふてぶてしいほど堂々としている《シュートランス》姿は、プロペラが生み出す風に煽られても微動だにしない。




『気をつけて!そいつは、DH No.8よ!!』




 そんな折り、啓吾の周囲を旋回するヘリから女の声が聞こえた。

 女と言っても、少女のような、甘ったるい声だ。


 彼は会社から渡され、読破した資料から該当する名を思い出した。




「あぁ、《ナビ》か」




 ヘリを見上げながらぼんやりと呟いたそれは空に消え、代わって奴らが思い思いにつぶやきを漏らす。




「な、何…」


「そんな」


「まさか、上の奴らが…」




 確かに、DHが地元の次元で啓吾ら常勤を出すのは珍しい。

 だからこそ、そこそこ下の啓吾が引き出されたのだろうが、そんな詮索は、社に戻ってからでも良いと考える。


 思考を切り替えた啓吾は、せいぜい偉そうに見える程度に下っ端役のDH社入社同期に向かって顎をしゃくった。




「おい、いつまで寝ている」




 急に啓吾が不機嫌そうに言うが、その後で、誰に言ったのか分からなかったらしいヒーローらの視線が戻ったのを彼は感じた。


 ヒーロー達が驚きに息をひそめる中、啓吾の声に合わせて、弱々しく下っ端が起き上がる演技をする。


 よし、完璧だ。

 流石だ、職人。




「なっ……倒した、はずなのに…」




 ゾンビよろしく起き上った下っ端の姿に、黄色が絶句する。




 ――――――けどな、普通に考えて、息の根も止めてない人間が復活するなんてそうそう珍しいことじゃないんだぞ?




 確かに、職人達は痣や傷が絶えないが、それでも死ぬほどはない。

 酷くてぜいぜい半殺しぐらいで、真剣に命張るのは、むしろ怪人達のほうである。


 だが、本日、次回の対ヒーロー戦隊番の怪人グレートフラッシュ、本名、小早川英治さんは子供の運動会のため有休だ。




「ふん。何を言うかと思えば……まぁ、良い」




 憂いを帯びる気持ちで、しかし実際にそういうキャラには成りきれない啓吾がしれっと黄色に視線を移すと、彼はさっと緊張に身構えた。

 その反応と速度、動きは悪くなく、啓吾は満足する。




「今日は、ただ貴様らの顔を見に来ただけにすぎない。

 短い付き合いになるだろうが、首を洗って待っているが良い」


「何だとぉっ…!!」




 完全に上から目線で、にやにやと言い切る啓吾。

 その言葉を聞いて、今まで完全に痛みで沈黙していた緑がいきり立つ。


 先ほどまで元気がなかった所を見ると、随分回復遅い様子だ。


 戦隊の中で体格の良い緑だが、見た目の割に討たれ弱いと、あとで社に報告だ。

 力の有り余った下っ端や怪人達が、なるべく狙わないように配慮するのも、悪役の義務なのである。




「待て、グリーン!」




 啓吾に掴みかからんばかりに動き出そうとした緑を、慌てて青が止める。


 早く仕事を終えて帰って寝たいと思っていた啓吾には、丁度良い事だ。

 興味なさそうにマントを捌き、その瞬間に啓吾は幹部七つ道具の一つを指先で探り当てた。



 彼の預かり知らぬ所では、ヒーロー達が勝手に場を盛り上げてくれる。




「何をするんだ、ブルー!!」


「相手は幹部だ!用心に超したことはない!!」


「しかし!!」




 青春映画も真っ青の内輪喧嘩を尻目に、周囲に倒れたり散らばっていた下っ端が気配も見せず消えた事を確認して、啓吾は七つ道具の一つ、ワイヤーを出した。

 もちろん、奴らに気づかれてないように、だ。



 最後の〆として、啓吾は大仰に身を翻す。




「ふん。まぁ、せいぜい、首を洗っているが良い。………俺を、本気にさせないことだ」




 彼が告げると、さっと視線が集まった。


 啓吾は先ほどの動作の内に、既にワイヤーを奴らの見えない位置、向かいのビルの壁に取り付けており、タイミングを計った。

 くんっとグローブをはめた手で引っ張ると、啓吾の体はふわっと宙に浮く。


 それも一瞬。

 ワイヤーの仕掛けは勢いづいて彼の体を、まるで空へととけ込ませるように引きあげた。



 一瞬にして視界から消え去る啓吾に、奴らの驚愕の顔が見えた。


 まぁ、確かに、啓吾もこれを初めて見た日には、驚いて絶句したが仕掛けは簡単だ。




 ――――――言わねぇけど。




 少し意地悪な気分で苦笑する啓吾は、急に姿を消した啓吾にヒーロー達の動揺する動作や台詞が想像できた。


 そんな彼は、彼らの死角である建物の排気管に着地して、さてと、時計を確認した。

 9時半を回った所だ。

 見た途端に啓吾は渋い顔をする。




「やべぇ……」




 会社に仕事を残してきた啓吾は、そういって口を閉じた。遊び過ぎた。



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