side2 悪役たちの日常2
部屋をデスクで二列に割り、中央は通路も兼ねた大きなスペースを取っているのだが、各人の悪役としての仕事っぷりを確認する為、また暇な時間の娯楽としてソファと映像装置が設置されている。
画面前のソファの肘掛けの片方に座り、背もたれに寄りかかるようにしている《アルルカン》が片手を口元に当てて思案するポーズのまま、軽く首を傾げて啓吾たちを見上げた。
キリキリと歯車の回る音がする。
「帰ったカ、《シュートランス》」
「あぁ。悪いな、邪魔するぜ」
「いや、ドウぞ」
マネキンが意思を持って動いているというイメージそのままのアルルカンだが、目深に帽子をかぶったり、曲芸師の様な古風な衣装のせいで神秘的な空気がある。
腐っても人形のため、食事をしたりする事はなく、数日同じ姿勢のまま過ごしても苦痛などはない。戦闘中に至っても、痛みがなく、稼働部位に損傷が出なければ永久に動き続けるが、何で動いているかは本人にもわからないらしい。
そんなものだから、アルルカンはあっさり彼らに席を譲り、その隣で直立になった。
啓吾を置いておいて、マッドが勢いよくソファに座る。
端で熱心に見ていたNo.9《プラチナ》が、不快な振動と音に苛立たしく声を荒げた。
こちらはまだ15歳という若さながら、未来都市的な次元からスカウトされた少女である。
DHのロリ担当ともいわれる彼女は、要するにつるぺたな、ツインテールという萌え要素満載の娘だった。
悪役にぴったりな好戦的な性格で、よく仕事時に「きゃはははは!」と笑いながら虫の足を毟るような、残酷な事をする。
「《マッド》、ぶっ飛ばすよっ」
「あ~ぁ、はいはい。ごめんねぇ~」
相手にまったく意識を向けずにマッドは言う。
プラチナもそんな彼の様子に苛立つ風も見せたが、どうせ取り合わないマッドだと早々に頭を切り替えて画面を見ている。
苛立たしいのは変わらないらしく舌打ちなんぞをしているが、ぷぅっと膨らんだ頬を見ていると、駄々こねる子供を見ているようで、啓吾は和んだ。
「しっかし、この主人公、怖くねぇ? 最近のガキってどこか頭がぶっ飛んでいるよな」
子供すぎる程に無邪気なプラチナを見ていたためか、画面の中の主人公に対して啓吾は発言する。
反抗期の中学生の行動まんまというべき、自己愛型の反論と論点のずれた倫理、要するに逆切れを起こして敵・味方関係なく機体で喧嘩を吹っ掛けているのだ。
だが、いくら彼が頑張った所でどちらも大人が相手なので、彼らは一瞬動揺するが、それだけだ。
「よく、叫ぶな」
主人公に対する場違いなコメントをするイーサ。
奴は特に表情の変化なく、ぼんやりと目に映像を映していた。
面白くもなさそうに、マッドが続ける。
「完っ璧にぃ、遊ばれているよねぇ」
彼が言うように、力を制御せず分回している状態の主人公機の様子に、年下ながらプラチナが鼻で笑った。
「要領悪いよね、こいつ。本当に主人公?」
「そレは、間違いナイ。人間ノ成長を捉えル流れナノだロう。良クモ悪くも人ハ成長すル」
少し身を乗り出したアルルカンは、その独特の声音で哲学的な事を言う。
自動人形として生まれた彼は、人間のように振る舞う事を創造主から命令されているのか、いつも人間観察している。
どんな人間にも興味を持っているので、ある意味この面子の中では“人”に対して友好的だ。
「まぁ、初回だけどさ。コレは、ねぇだろう」
聞いていると気分を害するような逆切れの仕方をしながら、味方機に押さえつけられている最悪な小僧に対し、啓吾は呆れ果てて溜息をついた。
個人的には、鏡花達が出ないなら興味も引かれないだろう番組のタイプだ。
自分が学生の時も、まだましな事をしていたはずだ。例え世間から外れた事でも、意味は通っていた気がする。
「耳障りな言葉が多いな」
「くっくっく…こーいう狂人も、僕としちゃぁ、好きな部類なんだけど、ねぇ」
イーサとマッドの対照的な言葉を聞き流して、アルルカン以外は特に興味を引かれない場面が続く。
いじめられっ子の主人公が、急に破壊力を持って偉くなったような錯覚に陥ったこの状況で、展開の先を読むなという方が無理なのだ。
「あ、キョウカ姉ぇ」
プラチナが画面の切り替わりを見て、嬉しそうに声を上げた。
彼女と同性であり、子供に甘い鏡花の事、プラチナは優しい姉的ポジションの彼女を好いている。
そういう意味合いともう一つの要素としては、ぎったぎたに正義サイドをフルボッコする悪役のプラチナも、このいい加減な主人公の戦闘に我慢ならなかったのだろうとも感じられた。
悪役の大将である企業の社長はシルエット等でよく出るが、実際の盛り上げ役である下っ端から幹部程度の悪役の登場に、職業病が蔓延するDH社員は笑みを浮かべる。
「っしゃ、《キョウカ》。ぎったぎたにしてやれ」
「そうだーっ。主人公機なんか、頭の飾りと腕を毟って、コードをちぎっちゃえーっ!」
悪人顔の啓吾の激励に、プラチナも似たような顔をして拳を振り上げた。
プラチナの、ソファの後ろに居たイーサが、飛んできた拳をかくっと首を傾げて避ける。
あおりのアングルの画面。空から巨神兵が降ってくるかのような、風を裂く音が降ってくる。
悪役の雑魚歩兵とも言うべき通常機だけに集中し、止めを刺そうとする主人公機はそれに欠片も気付かなかった。
ふっと影が覆いかぶさった主人公機に向かって、鏡花の、漆黒機の遠慮ない一撃が襲いかかる。
人間で言う側頭部に、スピードと重みが加わった蹴りが差し込まれるように入った。
この間、二呼吸程。
金属同士の衝撃音のはずなのに、まるで骨を折られるかのような生々しい音が加わって、一瞬の交錯は終わった。
弾き飛ばされる主人公機。
奇襲の反動で綺麗に着地した漆黒機の傍に、さらに鉄球のような大きな物体も落ちて着地を決めた。
捲き上がった粉塵に隠れる二機だが、次に強い風が吹くと姿が見える。
片方の漆黒機は軽装で極力抵抗を失くした流形のフォルムの、どことなく艶めかしい女性のイメージを受ける姿だ。
翼のように広がるのだろう背部のブースターや、攻撃における軽装のパワー不足を補う四肢遠位に錘をおいた造りは言うに及ばず、時折目につく風を操る風切り羽の様なものが裾を靡かせる優美な姿だ。
それが寄りかかるようにしているもう一体の深紅機は、逆に装甲が厚く、堂々とした立ち姿が男性のイメージを受ける。“紅”という色彩イメージからも、激しい印象だ。
だが、ゴテゴテと鎧を着込んだ風でなく、必要な部分の強化を徹底し、むしろ機体をさらに軽くしようと努力した様子が見受けられた。
不気味な光を放つ空から雲を割って登場した漆黒機と深紅機に、周囲はどよめく。
毛色の変わった通常機の改良版ならば、これまで応対してきたパターンを防衛軍側は記憶しているが、現れた二機はそのどれにも当てはまらず、一見して量産型とは言い難い雰囲気を醸し出していた。
流れが変わった戦場にざわめきが走り、主人公の保護者的立場の上官が搭乗する機体だけが、いち早く彼らに武器を向ける。
コックピットで焦ったように乱暴に操縦レバーを動かす主人公など、目にはない。
これまでは主人公の特殊機の力によって死線を潜り抜けてきた(それが主人公を助長する原因でもあるのだが)防衛軍サイドであるが、今度もそういう具合にはいかないと感じているのだろう。
『ごきげんよう、皆さま』
深紅機に抱きかかえられた漆黒機から、女性(鏡花)の声がする。
機体同様重厚な気配を纏った深紅機は沈黙を呈していたが、紳士のように恭しく漆黒機を地に下ろした。
その仕草だけでも、二機は第一印象を裏切らない、男女の搭乗者だとわかる。
『長いお付き合いですもの、ご挨拶は不要でしょう。
さぁ、その機体をこちらに渡していただけます?』
優雅に片手を差し出した漆黒機に、上官の機体が大きく踏み込んだ。
同時に、やや後ろに佇んでいた深紅機が漆黒機をすり抜けて前に出る。
上官の機体が斬り上げた刃を、深紅機の拳が止めていた。
そのまま拮抗しているが、深紅機にはまだ余裕がある。
『…《キョウカ》。前に、出るな』
『ありがとう、《蘇芳》』
深みのある男の声には、女を気遣う甘さがあった。
それに彼女は、彼と同じように柔らかさと甘みを含んだ返答をする。
一瞬にして、視聴者にこの二人は何かあると思わせる雰囲気があったが、現在二人は戦場にあり、周囲の緊張とのアンバランスさでさらに印象に残る。
漆黒機の女性から声をかけられて彼は諦めたような溜息を吐いた。
その間上官機と拮抗したままであるが、その後深紅機は無理矢理横薙ぎに腕を振り払って、それを退かせた。
あまりに無造作な様子に、防衛軍側が息を飲む。
作戦通りに企業の陰謀を阻止していた防衛軍サイドはたった二機の攻撃で浮足立ってしまっており、その隙をついて、目標である主人公の特殊機に鏡花の漆黒機が攻撃した。
最初の一撃で一時的なショートに陥っていた主人公機はよろよろと立ち上がった所だった。
横転するほどの攻撃に主人公の少年は自尊心を傷つけた様で、雄叫びを上げて乱暴に迎撃してくる。
けれど、それは我武者羅に獲物を振り回す悪あがきにしかみえず、DH下っ端時代に避ける事を徹底として教育されてきた鏡花には易々と避けられるものであった。
流れる様な動きの漆黒機が、特殊機をリードするように追いたてる。
もう一体の深紅機はその重装備からもわかるように、漆黒機と違いパワータイプなのだろう。
あまり動かずにその場に待機しているが、周囲と漆黒機の様子を常時窺っている気配も見て取れ、その力量を計る防衛軍側はちょっかいをかけられない。
現に、上官機を軽くいなした所と言い、今も隙を見せずに且つ漆黒機を見守っている所と言い、どちらかというと深紅機の方が脅威的なのである。
緊迫する深紅機と防衛軍側を気にせず、主人公機と漆黒機は戯れていた。
だが軽く周囲を飛び回っていた漆黒機に痺れを切らしたか、主人公の特殊機が吠える。
『バカに、するなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――っ』
火事場の馬鹿力的な衝動で、主人公機はさらなる特殊能力を開花させたらしい。
ただ、攻撃が単純すぎるので鏡花も避けようと思えば出来たのだが、故意に片足の駆動を一瞬遅くして体勢を崩した。
それに深紅機の中の蘇芳は一瞬、片眉を上げて不機嫌を示すが沈黙を続けた。
『きゃあっ』
ピンチに陥った主人公機は、漆黒機を反撃して、吹き飛ばす。
派手な動きで機体は戦場の端に剥き出しになっている岩盤に激突したものの、内部の鏡花はにやりと笑う。
ここぞとばかりにDH社のエフェクト班が、正義サイドを盛りたてる映像処理を開始した。
内線ウインドウでは、わざと負けた振りをする不可解さと何かしらの不機嫌を混ぜた蘇芳の視線が鏡花を無言で責めていたが、鏡花は大丈夫だと言うように手をひらひら振って見せた。
色々と納得いかない様子だが、蘇芳は仕事の趣旨を理解して溜息を吐くだけに留める。
初仕事は上々と皆が思った瞬間。
何を思ったのか、反転した主人公機が深紅機に向かった。まずいと思った鏡花が、内線で叫ぶ。
「《蘇芳》、やめーーーーーーーー」
ウインドウでは鏡花の声に反応したものの、彼の無意識下の本能まで声が届いたのかどうやら。
ズオオオオオォォォォォォォォーーーーーン
それまで沈黙し、どういう動きをするか、また、それほどスピードは出ないだろうと思われた深紅機が、攻撃のために近づいた主人公機を咄嗟に拳の一撃で大地に沈めていた。
『………………』
轟音と衝撃が響き渡り、周囲は一瞬にして死の静寂に包まれた。
防衛軍だけでなく、もちろんDHサイドのメンツや裏方達も同様だ。
これから悪役は、防衛軍に気持ち良く反撃される場面だ。
その流れを呆気なく止めた蘇芳はといえば、機体はそのままの状態であったが、内線ウィンドウ越しには、納得いかないように自分の拳を眺めていた。
蘇芳は、犬を相手にするつもりで動いたが、相手は芋虫で、思い余って押しつぶして圧死させてしまったような感覚を受けて困惑していた。
彼の中の正義サイドのイメージは、前回の惑星侵攻時のファート君が基準だ。
けれど、鏡花に言わせれば、長年阿修羅族の掟により戦闘術を身につけてきたファートは、初期値が結構高く、正義サイドでは案外重宝されていた存在だったのだ。
その彼も、蘇芳からするとまだまだと若輩と認識されていた所を見ると、今回の仕事の相手もそれぐらいの強さだと思っていたに違いない。
だが、蘇芳も確実に今の行動は失敗だったと理解していた。
眉根を寄せて、内線の鏡花を見る。
目が合って頭を抱えて絶叫したくなった鏡花だが、まだ生放送中ともいえる本番で、そうも言っていられない。
腹をくくり、高笑い(涙目)をし、ざっと他機体、特に一番強い上官機を勢いよく漆黒機を操作して、指した。
『さぁ、《蘇芳》、やってしまって!!』
外に響かせる用はそう言って、内線では「出力3割!」としっかり追加する。
元No.2としては大層制御した、けれど防衛軍側には十分脅威的な早さで行動を開始した深紅機に、ベテランだけあって素早く対応する上官機。
3割出力だが、それでも上官機よりやや強いぐらいの威力で、蘇芳はよくよく力をセーブしていた。
と、激しく取っ組み合う、状況が盛り上がってきた所で鏡花は、内線で蘇芳の行動にストップをかける。
指示に対する蘇芳の反応は素早く、急に硬直した深紅機に上官機の一撃が入り、それに違和感を持った防衛軍サイドはたたらを踏んだ。
「頭が痛くて死にそうな感じで、思いっきりのたうち回って」
「は?」
「早く! 先輩命令!!」
裏方では何とか《シナリオ不備》を回避しようと、防衛軍側が正気を取り戻す一呼吸の内に、素早く指示を出す鏡花。
不味い状況であるのは分かっているようだが、まだ戸惑っている蘇芳に檄を飛ばして鏡花は凄い形相をした。
彼女の気迫を理解したか、大根役者でも構わないと彼女が思っていた予想に反して、蘇芳は至って真面目に演技をする。
『ぐぅ、おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁっ!?』
急に止まったかと思うと頭を抱えて暴れ、機体ごと大地を転がり、のたうちまわる深紅機。
本気で悲鳴を上げる蘇芳の声に、防衛軍側も異常事態と判断したのか、深紅機から距離を取り、早い所は撤退の準備を始めている。
鏡花の視界の隅の方には、撤退を誘発した防衛軍に潜入中のDHスタッフが小さく合図をしていた。
鏡花は蘇芳の演技開始から数呼吸の間に、電波とは違う魔術的要素のある魔法具にてシナリオ修正をDH本部の世界に次元通信で申請。許可を得るとエフェクト班に蘇芳シナリオの修正を依頼した。
一瞬ともいえる時間の中での修正はどんなものか想像に及ばない彼女だが、DHの職人たちはやってくれると信じている。
過去にも感涙モノの出来栄えを披露した彼らは、《職人》の称号を得るに相応しい素晴らしい能力を見せてくれるのだ。
これぞプロフェッショナル。
鏡花も焦燥に晒されていたが、修正をエフェクト班の《職人》に渡してしまうと頭を切り替え、蘇芳の行動に合わせて悲鳴を上げ(もちろん演技だ)、深紅機に漆黒機を駆け寄らせた。
漆黒機が加勢に入る前に止めを刺そうと考えた上官機がブレードを振り上げるが、苦しむ演技だけの蘇芳は器用に、あっさり、弾き飛ばし、駆け寄ってきた漆黒機を抱き寄せる。
『蘇芳、蘇芳!?』「――ちょっと、調子に乗りすぎよっ。真面目にやってっ!」
彼の出た行動に、前半は外に向かって演技中のため心底心配した声を上げ、後半は非難したく内線用で言う鏡花。
蘇芳は余裕があるのか片手で遊ぶように深紅機を操作しており、内線の怖い顔をしている鏡花には後ろめたい様子でやや視線を外していた。
思わず衝動的に彼の首を絞めて前後に振ってやる想像をしながら、彼女はエフェクト班が素早く仕上げた捏造回想シーンをチェックする。
古代遺跡のような場所。
眠る深紅機と漆黒機。
死体を冷凍保存するかのように、霜が降る広間に鎖に巻かれた状態で磔にされている蘇芳。
そこにヒールの音を響かせてやってくる、鏡花と思わしき女性の後ろ姿。
―――――――《職人》、愛している。
思わず涙ぐみそうになる、クオリティの高さだ。
ここで言うセリフを鏡花は、決めた。
『くぅっ。未だ封印の影響が――――』
深紅機に抱き寄せられて、漆黒機はしがみつくようにして呻く。
本当の所は、思いっきり頭部を叩いてやりたい所だが、漆黒機が愛おしそうに撫でる様子を見てか、主人公機が茫然とし、防衛軍が気を使ったか戸惑ったか、隙が出た。
企業側に潜入するDHスタッフの誘導もあって、上に待機していた空母が地上に寄り、防衛軍側に攻撃を仕掛けていた。
抱き合う深紅機と漆黒機の傍に、機体回収用のケーブルが下ろされる。
鏡花の漆黒機も、騒動に紛れてけろりと身を起こした深紅機も、そうして何とか蘇芳の能力差を誤魔化し、空母に撤退した。
「――――…酷ぇ」
後方に体重をかけて笑い転げるマッドと、不可解そうな、けれど興味深そうにするアルルカン以外の、まっとうな悪役の代表として、啓吾は呟いた。