side2 悪役たちの日常1
事故でタイムトリップしてきた未来人と、偶然出会った野心家の男は、独自に時空の歪みなるモノを研究し、そうして一大企業へと成長、その十数年後、世界征服のために決起した。
そして決起した丁度その年。
未来に悪影響を及ぼしたその件を防ぐために、ほぼ直前になって未来人がまたやってきた。
そうして、世界政府との協力を取り付け、その企業と一戦を構える事になったが、これまた偶然巻き込まれた、まだ少年と言える男子学生(主人公だ)が死にかけたか何かで、企業と戦える戦闘機のパイロットに適合されてしまった。
かくて、世界征服を企む悪の企業と、未来人が軍師をする世界防衛軍、それに巻き込まれてヒロイズムに冒されて間違った方向に勘違いしている主人公との三つ巴の戦いが始まった。
しかし現状では、世界征服を狙う組織に追われる力を手にした主人公は、未来人の説得もあって、強制的に世界防衛軍に所属させられている。
セオリー通りであるし、まだ年若い少年ともいえる子供が特殊な機体を操作出来る能力を手に入れたからと言って、その力を使って暴れる以外そうそう使い道もないし、使い方もわからないだろう。
残念ながら彼は普通の学生で、言っては何だが、あまりに平凡すぎる。
そこが視聴者はイイのだろうけれど。
薄ぼんやりする頭で鏡花は考えていた。
折角の長期休暇を貰えたが、その日程を他人事に使ってしまったのは性分なのか。
蘇芳に強制的に《DH社》の案内役をさせられ、その延長で前の仕事場である異次元まで、蘇芳の機体の修理部品を取りに同行させられるし、結局、もう仕事に戻ってきている。
そんな思いに駆られる鏡花は、漆黒機のコックピットで難しい顔をしていた。
今回の仕事は、片や世界防衛軍、片や世界征服を狙う悪い企業という、同じ惑星の人間同士(時代が若干違うのもいるが)が星の所有権をめぐって対立する状況に介入する事である。
戦闘前の機体チェックは、通常通りDHの現地潜入済みのスタッフが終了しており、残りは制御状況だが、これは彼女の能力《感応力》で死角はない。
自分の体として漆黒機に干渉出来る彼女には、朝飯前の事だ。
もちろん《Darker Holic》の仕事であるから、鏡花は《No.6 キョウカ》として世界征服を企む悪の組織サイドに居る。
そうして、なぜか、この方も。
『支度は出来た』
巨大な空母の薄暗い格納庫内。
外の雑音にかき消されず、芯のある低い声が内線ウインドウを通じて鏡花に届く。
実際の外の環境を見るための漆黒機のカメラアイは、漆黒機の駆動状況リストの他に画面にウインドウを立ち上げ、真新しい搭乗機が威圧感たっぷりに真向かいに居る状況を映し出していた。
以前の機体と良く似ているが、確かに所々バージョンアップされている深紅の機体である。
また内線ウインドウでは、無造作にしている灰色のざんばら髪に、遠くから見ると鋭い鷹を思わせる金の眼の強面の男が映っている。
前の仕事の時に鏡花が知り合った彼、今は《DH No.11 蘇芳》は、前回の役柄同様、極力無感動で義務的で冷酷な感じで仕事に臨んでいた。
けれど、いい加減付き合いの長い鏡花には、新しい機体の性能を試したくてうずうずしている様にも見えた。
彼は根っからの戦闘スキーだと彼女は思っている。
「確認するけれど。《蘇芳》さん、手加減してよね。初回なんだから」
『問題ない。DH社の規定は確認した。初期の頃のSRECの戦闘パターンも把握している』
初回の悪役と言えば、正義サイドになめられない様ある程度脅威的に、しかし正義サイドのレベルを逸脱しないような調整をしなければならない。
鏡花はDHの戦闘ランクEであるので特に問題はないが、蘇芳に至ってはその戦闘力を買われただけあって、ランクAである。
深紅機の機体修復ミッションの時も、そう言いながら器物破損をした彼であるので、鏡花は疑いを持って内線用のウィンドウを見た。
視線を感じた蘇芳もそれ越しに彼女を静かに眺めているが、彼は無事に仕事を終えて帰還する以外、特に何とも思っていない。
言うだけ無駄かもと、ある種達観した鏡花は早々に諦めた。
あれでへそを曲げると、彼は物凄く扱いにくい。
「そう。なら、信用するけれど…じゃあ、今回のストーリィ確認ね。
私達は初回から出る下っ端幹部になるんだけど、戦闘のペアって事になっているから。
注釈、恋人関係……ぃ? ――――って。
誰よ、設定変更した奴!!」
もう一度DH社の企画内容を確認して、修正の入っている箇所に鏡花は驚いた。
思わず緊急用のDH社直通ホットラインに繋ぎそうな勢いだが、蘇芳は冷静だ。
『構わない』
むしろ静かすぎる視線で、鏡花は自分だけ慌てた事を恥ずかしく思った。
気まずげに溜息を吐いて落ち着こうとする彼女を内線から見た蘇芳は、腹に一物ある者独特の表情で、彼女からやや視線を逸らして微かに口の端を吊り上げる。
それは獲物を狙う猛禽の目とも言って良かったが、鏡花が再び顔を上げた時にはすっかり無表情の狸に戻っていた。
「貴方もよく考えていないでしょう。戦闘中は違和感を抱きようがないから良いけれど、別にどうでもいい設定じゃない。
入れる意味あるの? ――――まったく」
DH幹部は、悪役として居る間はその次元に留まる事が多い。
戦闘以外の、組織内の企業人としての振る舞いや行動、勤務外の私的行動にも変更をいれないとと、鏡花も頭を切り替える。
さばさばしている鏡花を飽きもせずに眺めていた蘇芳だが、こちらも戦闘に関しては専門家だ。
状況が変化する流れを感じて深紅機のアイで外界を観察すると、空母のハッチが開かれる所だった。
『《キョウカ》、合図だ』
「ううぅ、わかったわよ」
蘇芳に促され、深紅機と漆黒機の両機が立ちあがった。
ハッチより下は、雲の群れで見えないが、それでも機体での戦闘独特の光と爆音が届いている。
ちらりと深紅機が漆黒機を振り返った刹那、躊躇いもなく蘇芳の搭乗する深紅機は、弾丸の様にすっと脚の方から落ちて行った。
その行動に肩をすくめるという、人間臭い動きをして、漆黒機も後を追う。
そうして、空母から二機が飛び降りた。
『お帰りなさい、No.8《シュートランス》』
普段通りにIDパスで帰社した啓吾は、スーツ姿の社員が通っているエントランスを、異様ともいえる黒のマントを留めた同じく黒の軍服姿で堂々と通った。
一種のコスプレであるこの服は、《DH No.8》としての彼の制服である。
悪役派遣会社であるDHでは、皆が皆、悪役にときめくという職業病を患っているため、当然彼がこんな格好で通っても何とも思わないし、時折、新入社員らから写真や握手、サインを求められる事さえある。
現に今も、いつのまにか彼の後方には、従者よろしく下っ端戦闘員である仮面の全身タイツの男が控えてついてきていた。
のっぺりとした仮面に、まるで回転する弾丸を一発撃ち込まれたかのような、渦を描く覗き穴と、奇妙な吊り上げた笑みを描く、道化師の表情は白。
それ以外はすべて特殊素材の全身タイツで、体のシルエットでしか性別を判断出来ない黒一色で統一されるシンプルすぎる仕様だ。
そうして、この仮面を被っている間は、彼らはすべての言葉が「イーッ」となる。
幹部のイヤフォンと下っ端の仮面、また怪人には翻訳機能が付いており会話が可能だが、他は全部「イーッ」という鳴き声しか聞こえない。
「イー。イッイッイィー」
「お帰りなさいませ、お預かりいたします」と殊勝に言われ、啓吾は靡くマントを、大仰なほどバサリとやってはぎ取った。
40近くになって渋みを増した顔は、片側の髪だけを掻き上げ、モノクルを嵌めた鋭い目付きの彼に貫録を与えている。
その時だけ大風が起こったのかと錯覚する間があればこそ、彼の悪役幹部としてのスタイルが引き立った。
悪役、特に幹部となれば、格好付けてなんぼである。
思わずといったように、通りかかったスーツ姿の他社交渉社員達やベテラン下っ端戦闘員についてきた新人などが、そろって溜息をついた。
啓吾はNo.8とはいえ、DH社の幹部である。
その実、30年近く勤める下っ端戦闘員一筋のベテランからすればひよっ子で、給料も経験年数相応のモノしか貰えていなくても、幹部に祭り上げられた以上、彼は腐ってもDH社の花形なのである。
実態が単なる中堅の彼は、私用や制服を脱いだ際は気難しい風を装いながらも世話好きの性格だ。
癖の強い友人が多いが、奴らは生傷が絶えないとも気楽な下っ端戦闘員生活をエンジョイしており、制服を着て勤務中の啓吾には幹部として恭しく対応する。
ここは、そういう会社だ。
衣裳係も兼ねている従事する下っ端戦闘員に、無造作にマントを渡し、彼は詰襟を緩めて中央の階段を上がった。
一段上の踊り場からやや左のエスカレーターを利用して、通路を右に横切り、左奥の部屋の前で足を止める。
ここから先は、幹部専用のエリアであり、啓吾はIDパスで、下っ端はここで別れて先に進む。
白いコンクリの柱が四本立ち並ぶ、周囲のビル群が見渡せるホールを進み、やっと幹部控室にたどりついた。
「おっ帰ぇりぃ~~」
気の抜けたような声が出迎える。
見れば、啓吾の隣の席である、狂科学者のNo.4《マッド:マスクイア》が久方ぶりの控室出勤らしく、片手を上げていた。
最近は研究の方が落ち着いているのか、無精ひげもなくさっぱりとしており、余裕が漂っている。
普段は薄暗い地下研究室で奇声を上げて仕事をしているが、今は啓吾の妹分である鏡花が言うように、“王子”と呼んでも違和感はないだろう。
エンジェルリングが浮かぶさらさらの、毛先にゆるくウェーブの癖ある金髪に、澄んだ夏空のような青い瞳の美丈夫だ。
例え薄汚れてへろへろの白衣を着ていても、その貌の影響で高貴な気配(要は錯覚だ)を漂わせている。
「何か、変化はあったか」
啓吾は片目のモノクルを自分の机の上に置き、椅子に腰かけた。
外回りの多い幹部、特に地元の次元で勤務に従事している《シュートランス》はDH社でゆっくり過ごす事が少ないため、業務変更の連絡が届きにくく、彼は必ず幹部の誰かに声をかけていた。
彼が《マッド》に声をかけると、奴は怪しいにやりとした笑みのまま、部屋の中央を指す。
「《キョウカ》と《蘇芳》ペアの初仕事みたいだよ~ぅ。
ほぉら、《プラチナ》と《アルルカン》がぁ、見てんだよねぇ~」
DH社の幹部専用の仕事兼控え部屋は、現在No.8である啓吾とNo.4の狂科学者の他、彼らから近い位置にNo.7であるダークエルフがおり、部屋中央の位置には、幹部各位の仕事内容をチェックする映像装置の前に詰め寄っているNo.9のESP能力者、No.10の自動人形が仲良く画面を眺めていた。
「お帰り、《シュートランス》」
No.7のダークエルフ《イーサ:ヘルマ》が啓吾に気がついたか、そう言って近寄ってきた。
浅黒い肌のダークエルフは、マッドとは違ったアンティークのようなくすんだ黄金の長髪を三つ編みにして背中に垂らしている。
服装はRPGに出てくるエルフの様な、麻と思われる簡素な布地の服と革鎧といった出で立ちだ。
どこに冒険に行くつもりなのかと、啓吾は見るたびに思う。
奴は、長い睫やエルフ族特有の整い過ぎた貌の中性的な美貌を持っており、華奢な体つきのせいで、未だに性別がわからない。
実際的な悪役演技中以外では、極端に無表情で過ごしており、声も穏やかだ。
「あぁ。そっちはどうなんだ?」
「まだ、出番はない。今朝は、《キョウカ》が《蘇芳》と組むことに、心配していた」
だからこそ詰め所におり、皆の様子をぼんやり眺めているのだろうが。
イーサは、何も考えていないようなぼんやりとした顔だが、それなりに仕事熱心で第二セクターの一角(通称《魔の森》)では、マッドに協力を求めつつ食人植物や暗黒神崇拝の研究に余念がない。
彼(便宜上男としておく)は、啓吾の伝手で鏡花とも仲が良く、その関係で心配しているのだろう。
啓吾は、戦闘ランクAという、No.1-3の次に相当するランクの新人を思い出して渋い顔をした。
幹部の最下位であるランクEの鏡花と初回ペア仕事なのは、確かに彼女としては心配だろう。
「ふーん。見てみるか」
特に至急の書類仕事があるわけでない啓吾は、そう言って中央の映像画面前まで移動した。