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Darker Holic  作者: 和砂
side2
24/113

side2 No.8 ”竜田 啓吾”

お待たせいたしました、side2。

今度は、No.8《シュートランス》が主人公です。

彼から見たDarker Holicのお話です。



 この通りは私立大学をメインに考えられた通りだから、車線も多く、道幅も十分。

 楠の様な巨大な街路樹が美しい、ゆとりのある通りだった。



 中心街からそこそこ離れた場所であるから、車線が多い割に通勤時間以外は案外空いていて、特に平日の10時ぐらいは清閑としており、学生を卒業して、成人して、立派に社会人としてやっていかなければならない将来有望な若者が歩いて良い場所ではない。

 それもスーツではなく、よれたポロシャツにジーパンという完全にラフな、もはや二―トとしての格好で。



 気まずい思いをしながらも、あえて卑屈に猫背になる気はないから、背筋は真っ直ぐ。

 不遜な表情は生まれ持った性質と皮肉な学校生活で培われてしまい、本人としては至って普通の顔だ。


 そんな堂々とした姿で、青年は不自然に通りに出来た片側車線の渋滞を横目に、見えてきた簡素な施設に顔を向けた。




 今日は、定期的な認定日。

 いや、保険を受け取るために、それ以外にも就職活動で毎日のように通っている場所である。



 さっさと階段を上り、窓口に提出するのは、雇用保険証明証。


 無愛想な職員はこちらに目をやるわけでなく、青年も同様に関心なくソファーに腰かけた。


 広いはずのホールは、年齢層も様々、人種も様々と人間がひしめいており、相変わらずの繁盛ぶりだ。

 何時の時間もこういう状況であると知ったのは何度も通うようになってからだが、この繁盛ぶりは不景気のせいなのか、職員の仕事ぶりの問題なのか。


 吐き出された二酸化炭素で室温は外よりも上がっている。




 そう、ここは、職業安定所。通称職安。または、ハローワーク。



 要するに、青年は無職であった。


 三か月以内に職が決まれば支度金も出るというのに、もはや猶予はない。

 面接にも必死に通い、多少条件が悪い所も覚悟しているにも関わらず、まったく彼は職に縁がなかった。



 学生の時から馬鹿ばっかりやってきたから、ここにきて、天罰が下ったのだと彼は思っている。


 全36社から不採用の通知を受け取り、最後の望みと3Kの会社を玉砕して、彼は完全に自棄になっている自分自身を自覚していた。





 待つ事2時間強。



 階下のパソコンから求人情報を引き出し、適度に待てれば良いが、それは不可能だ。


 パソコンを使うには、真剣に職を探しているという情熱の足りない阿呆共を、軒並み地獄に叩き落とすように椅子から擦りおろして、使用ノートに記入して、係りにかけ合わなければならない。


 それに、とにかく繁盛しているためにノルマを捌いていかなければならないお役所なのだから、認定更新のために提出した書類選考と面接の順番をも逃しかねない。


 窓口の奴らはやる気のない小声で数回人の名前を呼んだかと思うと、「はい、次」とばかりに流すのだ。そのくせ、馴染みのある奴は順番を蹴ってでも優先してやるという、悪魔の所業をもして通す。



 こちとら、暇ではない。

 いくら二―トとはいえ、実家暮らしの優雅なものではなく、自分の食いぶちを稼がねばならない。



 そんな不満と愚痴と妄想を65回程繰り返していても時間はつぶれないが、ようやっと呼ばれて彼は手続きを(多少、迷惑そうな目で彼自身の職に対する誠意を疑われながら)済ませた。



 かなりねちねち言われたが、面接にも何度も行ったし、面接の練習を兼ねたカウンセラーの予約はいっぱいいっぱいだ。


 日雇いやバイトをしたいのだが、自給700円と保険から出る金額を比べた後支出を考えると、税金も家賃も光熱費もここまで移動する交通費だって足りるわけがない。


 外車を買ったが当てにした職が切られてローンを抱えて困っている、そんな悠長な話ではないのだ!




 彼は定職に就ける場面を大切にしてきたのに、一度だって雇ってもらうという、それ以前の問題で引っかかっている。落ち込まないわけがない。






 けれど、奇しくもその日、彼の運命は変わった。






 沈んだ気分で自宅のアパートに戻ると、通知書が来ていて、一気にテンションが上がった彼。

 少し迷った後、早速封を切る。




 ―――――――だが。




 最後の望みであった会社から不採用の通知を受けた彼は、その足で職業安定所に引き返し、そうして目に止まった、とんでも会社に面会に行った。


 あんまり焦っていたものだから、極端に何処でも良いと考えていたし、何の証拠もなしに真っ当な会社だと思い込んでいたのだ。



 実際採用された途端、下っ端戦闘員をやることになった時も、彼は幻想を見ていたのだった。


 やっと手に入れた定職、正社員。


 どんな阿呆なことも恥知らずなこともしてやると意気込んでいたのも、彼がこの会社の異様さに気付くのが遅れた原因だ。



 ”DARKER HOLIC”。



 どんなに綺麗な言葉で飾っていても、ここの会社は大いに狂っている。





 簡単に言えば人材派遣会社のDHは、信じられない事に、社員に暗黒神がいる。


 普通の対応をするならば、聞いた瞬間にそいつに病院を勧めるか、真顔で言いきったそいつにどん引きするか、ひたすら面白くない冗談として笑い飛ばすかの選択肢が出るはずだ。



 けれど、真実だ。



 真実、DHの社員は空想物語であった異世界トリップを日常的に行い、異世界の異種族を社員として雇い、会社を運営している。




 さらに、就職して年経つと色々分かってくるものだが、その他にも物流なんかに手を出しており、その運びモノは異次元からの資源やら工芸品、はたまた異次元でなくてもヤバいモノなんかも扱っている。


 もちろん非公式で、暴露されると本社のある次元では社員全員豚箱行きになるが、ご禁制の武器、死刑囚の遺体、麻薬は言うに及ばず、水に入れれば数十倍にも膨れ上がって人を襲う化け物とか某映画のエイリアンとか宇宙怪獣とか、パワードスーツ、リヴァイアサン、時折堕天使や妖怪、邪神の類まで何でもござれ、だ。


 単なる派遣会社と言ってもここ独特の仕事ぶりは社会に受け入れられない部分の方が多いはずなのに、社長や上司が有能なのか、社会から淘汰される気配は全くない。


 そして、こんな阿呆なことを真剣に行うという、学生の感覚が限りなく求められる、彼にとっては楽園の様な、同時に未だ半人前を名乗っているような地獄の様な場所である。




 だが、吹っ切れた。




 もはや彼は、いつまでも常識にしがみつこうとする人でなく、DHという不可思議な世界に飛び込んだ半分狂人だ。




 ここの職員である彼、”竜田 啓吾”は、出勤すると同時に《組織NO.8 シュートランス》になる。



 黒いマントを翻し、日夜正義と戦い続ける、とんでもなく狂った事を至って真面目に行う人間になってしまった。






 そんな非日常を呈する、彼の日常。



 それは、すべてこの会社に集約される。




 「悪役はエイターテイメントだ!」が信条の、この会社の業務内容。






 ――――――――――悪行だ。





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