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Darker Holic  作者: 和砂
side1 番外編
23/113

side1 幕間5


 蘇芳はゆっくりと緩慢ともいえる動作で、鏡花は単純に反射的に。


 少し離れた位置にある、堀の深い顔立ちの正義のパイロットである男性の顔を見た。


 彼は鏡花に視線を合わせず、最も戦闘力があり凶悪と思われる蘇芳を向いており、口論での敗北を認めても、その行動自体には共感しないと目が言っていた。


 それともう一つ。




「随分と、印象が違うな、阿修羅族幹部」


「…」




 言いくるめられた仕返しなのか、名前を捨て、新しい人生を歩み始めた蘇芳の痛いところを突く言葉。

 対して蘇芳は、どことなく無頓着で浮世離れをした元No.2の顔になる。



 折角穏やかになった空気が、少しずつ端の方から凍りつくかのような緊迫してきており、その渦中である鏡花は鳥肌が立った。


 そろそろと距離を取って下がろうとした鏡花を、無言で佇んでいた蘇芳は見もせずに即座に捕える。


 カメレオンが餌を取るように、鋭く素早い手の動きに鏡花の手首はまたもや押さえつけられ、しかし他に意味はないのか、そのままである。


 素早い行動は恐怖を伴う衝撃があり、ひぃっと鏡花は身をすくませた。


 というか、何故、気がつく。

 いいや、気配に敏感な蘇芳の事、気がつくとは思ったが、なぜ、掴む。




「先の戦では、随分、無様な風体を晒した貴様が、俺に用か?」




 対峙する者を冷たく討ち据える、金の眼光が皮肉気に歪む。


 それに男は涼しい顔でちらりと鏡花の手を掴むそこを見ると、何でもない事のように腕を組んだ。




「最後まで俺に止めを刺せずに油断し、結果的に彼女を危険に晒した上位幹部が珍しくてな。つい」




 二人の嫌味の応酬に、周囲の温度が一気に凍った。


 だが、蘇芳の手から感じる圧力に変化がない事や、二人の男の周囲だけが一気に過熱したのを感じて、鏡花は血の気が引く。


 流石に狭い住宅地でお互い機体に乗り込んでの戦闘(特に蘇芳は修理中だ)や、いい大人が人気のない路地裏だからと言っていきなり拳で語り合うことはないだろうが、この空気の中に無理矢理繋ぎとめられるのは嫌過ぎる。

 もはや好意的に見ても、ちょっと血気盛んな高校生が縄張り争いにメンチ切っているようにしか見えなくなり、鏡花はどう空気を和ませるか頭を悩ませた。


 だが、堀の深い彼ならともかく、人の話なんて聞きやしない元No.2は和むなんて高度な技術は知らないだろう。

 鏡花は絶望に顔を歪めながらも、一応忠告しようと蘇芳の上着を引っ張った。




「ちょっと、蘇芳さん、蘇芳さん!?」


「何だ」




 案の定、鏡花を見もせず、むしろ自分が手を握っている事を忘れて、邪魔者のように告げられる。


 阿修羅族の上位幹部ならともかく、蘇芳はDHに入社したての新人である。

 好き勝手してもらっては、蘇芳も、また今回の同行者である同僚の鏡花もお叱りを受けること確実だ。




「ほ、ほら。無事に合流出来たことだし、早く修復素材を受け取ってこないと」




 戦う意思はいらないのよと、蘇芳にもついでに男にも告げるが、鏡花の心遣いは次の眉根を寄せた男の行動で霧散した。




「貴女は、まだ、戦うつもりかっ」




 真っ直ぐ鏡花を射抜く、力強い視線。

 思わずむっとした鏡花へ一歩出かかった彼は、刹那、割り込むように半歩横にずれた蘇芳と本格的に睨みあいをすることになった。


 一瞬、ほんの一瞬だけ、バチィッと火花が散るのが視覚で見えた気がする。




 感応力など使わなくともわかるほど再び殺気立つ二人に、鏡花は何故自分を理由に挙げられるのかさっぱりわからなかった。


 鏡花も阿修羅族と共闘中は現場悪役としての覚悟を持って臨んでいるのだし、そのせいで目の前の男に機体ごとばっさりやられても、彼は同情するかもしれないが、こちらに多少の恐怖はあれ恨む理由はないのだ。


 蘇芳の言だけでも、充分そこを理解は出来るのに、こう長引かせるのは、どちらも戦闘スキーで適当な理由が欲しいだけなのではと疑ってしまう。




「これは、俺のだと、言っただろう」




 ちょいと、蘇芳。誰が誰のですか。誤解を招く言い様は止めていただきたい。




「ふん。幸樹の妹の時と同様、洗脳でもしているのではあるまいな」




 そうして、そこの人。私はしっかり正気です。




 ヒートしてきて周囲が見えなくなっている様子の二人に突っ込もうとした鏡花だが、次に聞こえた音にぴたっと硬直した。




『ねぇ、ファート。こっちに用事なんてあった?』


『んー…いや、何だか物騒な声が聞こえてさ』




 「ん、んー」と軽く咳払いする鏡花。


 見れば蘇芳も、先ほどの闘気をさっと身の内に納めて、困ったように片眉を上げている。


 不測の事態に警戒するように声や気配を潜めた、劇的な二人の変化に目の前の男も戸惑った。



 聞こえた声は若い娘さんのと、そうして特に蘇芳にはよくわかる青年のもの。




「蘇芳」


「何だ」




 どこを見つめるわけでもない遠い視線の鏡花が、これまた困惑気味に空中を映す蘇芳に声をかける。

 どちらも言いたい事は一緒なのは、即座にわかったが、言わずにはいられない。




「これって、まずくないですか」


「そうだな。《蘇芳》としても、俺としても、まずい」




 なんせ、彼にとっては、鏡花も彼も黄泉の住民である。

 これで生きていましたとか言ったらファートは喜びそうだが、その展開は正義的なご都合主義だし、悪役として華々しく散った意味がないし、何よりコントだ。


 誇り高き悪役として、再起不能にされる。




「何だ?」




 もう一人、目の前の男も展開についていけてないようだった。


 彼が腑抜けている今がチャンスとばかりに、鏡花は蘇芳と頷きあい、フェンスまで走り寄った。

 早速上ろうと鏡花がそれに手をかけると、隣まできた蘇芳が気合一閃、短く叫んで足を振り上げる。




「―――つぁっ!」




 阿修羅族の闘気付きの最強の踵落としを当てられ、フェンスは耳障りな、錆びてきぃきぃ摩擦音を上げて両断、縦に破裂する。


 いくらブーツを履いているからって、それは布製だから、足、痛くないのだろうか。



 鏡花は手に掴んだフェンスが衝撃で土手側に倒れるのを感じ取り、蘇芳の行動に若干固まりながらもぱっと手を離した。


 ぐにゃりと、避けた部分から広がり、へたれた紙のようにたわむ。


 流石、蘇芳様。


 そう心中で呟いた鏡花の顔は、引きつっていたが。




「呆けるな。行くぞっ」




 鏡花が蘇芳の行動に固まっているのがわかっていたのか、蘇芳は短く告げて鏡花を抱き上げた。

 彼女が短く悲鳴を上げても、無感動な元No.2の心は動かないようで、真顔のままフェンス先の土手を蹴り、反対側の畦に着地する。


 ちらりと、鏡花が向こう側(せいぜい1M程度)を見ると何か言いたそうな堀の深い彼の顔があった。



 実際公共器物破損・現行犯であり、こともなげにやってのけた蘇芳の行動に、驚嘆と度肝を抜かれた鏡花である。


 きっと彼の視線も動揺だろうと思って深く頷いた。

 困惑しているのは、同僚でもある私も一緒ですよ、と。


 友情のようなモノを築けたと鏡花が感じた直後、蘇芳に指先でぱんと頬を軽く叩かれた。




「何するのよっ」




 本気でぶん殴ったわけではないが、同僚、それも女性に顔を叩くはないだろう。

 非難を込めて軽く睨むと、不機嫌を抑えるような冷たい視線が返ってきた。




「見知らぬ男に、無駄に、愛想を振りまくな。早くしろ」




 顔を突き合わせるように、間近で灰色がかった赤い瞳を向けられ鏡花は「わっ」と身を引いた。


 着地と同時に彼の腕から下ろされていたから、さっさと行動しろということだろう。

 無駄を嫌う蘇芳の性格を感じて、鏡花はちょっと心拍数の上がった胸を押さえる。




「《キョウカ》」




 無造作に名を呼ばれ、手を差し出されて、鏡花は反射的に手を伸ばしていた。


 途端にふっと勝ち誇ったような、機嫌の良くなった蘇芳が目を細める。

 きゅっと手を握られると、即座に引っ張られ、慌てて鏡花も走りだした。



















 一方、ガラスを爪でひっかくような、生理的に耳障りな音がしてファートも優香もびくりと身を震わせた。心なしか、重いものが落ちるような振動が足元を襲った気もする。


 ファートは路地裏に人の気配を感じて、優香を置いて飛び込んだ。



 狭いとも広いともいえない、何の変哲もない、路地裏。

 日常生活にあってものすごい衝撃と音を感じたにしては、異常事態があっている様には見えず、ファートは不可思議な顔をした。


 瞬間、目に入ったのは、壊れたフェンスの残骸と走り去る二つの影。


 それを見た瞬間、ファートは目を丸くした。


 小柄な女性と男のシルエットをしていた様な気がする。

 そのせいか、先ほどまで思い返していた二人の姿を見たような気分になった。

 白昼夢でも見ているのかと、ファートは拍子抜けして、フェンスに近寄った。




「ファート」




 優香ではない、低い声に呼ばれ、ファートは今まで失念していた存在に目を向ける。

 その大柄な体格から、再び兄の幻想を見た気分だったが、それは先の大戦中の仲間の一人だった。


 奇遇だなと思ったが、こんな大技ができるのは大戦中の仲間ぐらいしか思い浮かばず、ファートは思わず言葉を漏らした。




「まさか、これ、貴方が…」


「違う」


「―――あ。それは、すいません。早とちりしてしまって」




 何故ここにいるのか、このフェンスは一体どうしたのか、色々聞きたい事はあったが、とりあえずファートは彼に謝罪した。状況的に、先ほど走り去った二人組が何かしたのだろう。




「ファート、大丈夫?!」


「あ、優香」




 妖しい人物とファートが対峙していると思ったのか、優香はSRECの身分証明書を印篭のように掲げた。ファートに続いて現れた優香に彼は困惑している様子だが、SRECのそれを見て、ほんの一瞬、自嘲するように目を細めたのを、ファートは感じた。




「《SREC》所属、優香=佐伯よ。無駄な抵抗を…」


「優香。重行=聡一郎=五十嵐さんだよ、《ガイア》の」


「え」




 やっぱり早とちりしているとわかり、ファートはのんびりと優香に告げた。終盤近くの途中参加である優香は馴染みがないのか、五十嵐の顔を覚えていないようだ。


 恥ずかしさに顔を赤くした優香に、五十嵐は小さく笑みをこぼした。

 堀の深い顔立ちのためか厳しい顔に見られる彼が、こうして柔らかく微笑む所は、ファートに兄を連想させる。




「す、すみません…」


「いや。ところで、二人は?」




 話を振られてファートはたまたま通りかかっただけだと告げた。

 五十嵐は「そうか」と頷いたが、興味がなかっただけかもしれない。


 少し悩んでから、ファートは五十嵐を見上げた。

 彼の方も自然とファートに視線を向ける。




「今さっきの二人組は、もしかして…」




 どこか思いつめたような表情で言いかけたファートは、静かな五十嵐の目を見て、苦笑した。


 今更、どうだというのかと考え直す。

 ここで兄の幻影の欠片を拾い、過去の幻影に縛られて、先に進めなくなることが望みではない。


 やはり苦悩を断ち切るには、まだ時間がかかると自覚し、ファートは小さくため息を吐いた。




「ところで、これ、どうします?」




 ファートが惨状に目を向ける。流石に五十嵐も渋い顔をした。



☆これにて番外編《幕間》終了です。

side2までは今しばらくお時間を頂きます。


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