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Darker Holic  作者: 和砂
side1 番外編
22/113

side1 幕間4

☆ちょっと長いですが、格好良いシグ様を目指しました。

投票結果一位の格好よさ、どうぞ、ご堪能ください。

(期待はずれの可能性大、気持ちの返品は不可でございます。)



 網目の仕切りができたそこに、鏡花は焦った。


 スカートでそこをよじ登るより、避難用の非常階段を使う方が現実的と左右を見渡し、階段沿いに上を見上げる。


 建物の中に続くドアがあるが、開いているかどうか。

 感応力を使っても、IT技術のパスならともかく、アナログの鍵ならば難しい。



 迷うように階上と足元を行き来していた視線が、荷物の様な影を捉えた。

 そこに先客が居る。


 大柄な人影は男性だが、蘇芳ではない。


 ゆっくりと視線が合い、相手は驚いた顔をした。




「お前は…」




 服に隠れるような位置にある男の顔を見ても、鏡花にはぴんとこないが、相手の変化には気がついた。


 どうしたのかと警戒が浮かび、咄嗟に引き返そうと考えたが、追いかけてきた声に止まる。




「くっそ、こっちか!?」




 相変わらず、うざったい諦めの悪さだ。

 鏡花は即座にうんざりした顔をし、不審な男に近づくよりフェンスをよじ登ろうと考える。


 その向こうは土手と小さな溝川で、折角の洋服が汚れるがこの際仕方ない。


 カシャンとなるべく音を立てないように静かに網目を掴んだ。

 鉄錆の匂いがして逃げる意欲が削られるが、この行き止まりで正義の味方と対峙するのも避けたい。



 迷いに躊躇う鏡花は、右側が陰った気がして顔を上げた。


 柱、いや、壁のように立つのは、先ほど階段の上にいた人物で、いつのまにか降りてきていた。

 警戒を示すように視線だけ動かすと、思った以上に大柄だ。


 クラシックな渋い服装を順に上に上ると、堀の深い顔立ちに「あっ」と鏡花は止まった。

 犀雅流剣技継承者である、大戦中に最後にあったパイロットだ。




「追われているのか」




 まるで野良猫を見る様な顔をされたが、鏡花はそちらにも距離をとるように数歩下がる。


 第一、不審気なのは鏡花も男も同じである。


 どことなく鏡花と間を計る様子の男は、彼女が身を固くしたと感じたようで、向けていた視線を少しだけ逸らした。



 刹那、彼は鏡花を追ってきた元気な青年の声にそちらを向いて、鏡花から見えない位置まで歩いていく。丁度路地の入口当たりで止まった。




「うわっ、すまん!? って、こんなところに居たのかよ」


「お前も。急にどうした。驚くだろう」




 先ほどの奴だ。どうやらピンポイントで鏡花の居場所を嗅ぎあてたらしい。


 男はやってきた青年を真顔で見下ろしつつセリフを吐いたが、彼の騒々しさはSRECに居た頃から不変で、言ったセリフに少々白々しい思いをしていた。


 鏡花は自身から見えない位置に止まる彼らの存在を光に伸びる影で窺い、こそこそとゴミ捨て様のポリバケツの影に隠れながら、二人の正義の味方の会話に耳傍立てた。




「ちっとも驚いているようには見えねぇよ。

 ところで、そのぅ…女を見なかったか。黒い髪の肩口までのショートの女」




 青年にとっても、男の寡黙な印象は変化がないのか、それだけ言って、話題を変えた。


 話の女は、鏡花の事だろう。“女”“女”と、シグウィルといい、SRECのあの馬鹿といい、人の事を何だと思っているのだろうか。


 そう鏡花は考えた所で、もう一人の堀の深い男が声を出した。




「お前が知り合いで無ければ、まるで通り魔のような言い様だな」




 声を聞く分には、苦笑いしているようだ。

 青年が鼻白んだように間を取るが、蒸し返す事はない。

 同じ調子で、男は続ける。




「こっちは行き止まりで、誰ともすれ違っていないぞ」


「何だって。くそ、見失ったか」




 あっさりと男の言葉を信用し、彼が残念そうに溜息を吐く声が聞こえた。


 鏡花は庇われたことに、少なからず感動した。

 誰もかれも、奴の様な正義馬鹿ではないことに、変に安心して。


 今後、万が一、あの堀の深い顔立ちを見ても、まずは話し合いをしようという気になるだろう。




「何かあったのか」


「いや。先の大戦の生き残りっぽい奴を見かけたから、気になって」




 鏡花を窺うような素振りはないが、ここに彼女が居る理由が気になるのか、男は世間話程度に口に出す。


 返ってきた正義魂か興味本位かわからない理由に、それだけで追いまわさないで欲しいと切実に願う鏡花。


 憤る彼女の心情など知らぬ青年は、それほど男と親しくもないのかすぐに話題を変えた。




「所で、そっちはこの先どうするんだ。俺らのとこに来ないか?」


「悪いが、俺にはまだやる事がある。今は断っておく」




 聞こえた男の声に、鏡花はまたまた意外な思いだった。


 DHのアフター情報を読み返すに、SRECの支店(所謂、異次元部署の存在を知らない、その次元のみの支店)に所属する正義のキャラクタは多いのだ。


 男は先の大戦でもひたすら苦労を背負い込んでいるような印象を受けていたので、てっきり世界平和のためと言いながら所属しているのだとばかり思っていた。


 代わって青年は、前々から言われていたのか、淡白な対応で。




「そっか。いや、お前みたいなのが来てくれると心強いとは思ったんだが。

 …俺たちは、いつでも待ってるぜっ」


「あぁ。ありがとう。それより、急いでいたんじゃないのか」


「あ、そうだった。本部から呼ばれていたんだよ。急がないと」




 踵を返す青年。

 男の影は、自然と手を上げていた。




「あぁ、またな」


「おう!」




 青年の影が拳を振り上げた直後、遠ざかる足音。


 あっさり引き返した奴にも、鏡花を庇った男にも軽い驚きを覚える。


 ポリバケツからそろそろと立ち上がると、先ほどの堀の深い顔立ちの男が引き返してきた所だった。

 逆光な位置のため顔が見えないせいか、なんとなく落ち着かない鏡花。




「行ったぞ」




 短く告げられ、鏡花は反射的に「ありがとう」と言っていた。


 悪役として人々の嫌悪となるべき動きをしていた鏡花が、素直に礼を言うとは思っていなかったのか、それに小さく笑う気配がうかがえる。


 不思議に思って鏡花は尋ねた。




「…何も聞かないの?」


「聞いたら答えるのか?」




 男は視線だけ動かし、流し眼で鏡花を見た様だった。


 その問いに彼女は難しい顔をする。

 相手は、DH《No.6キョウカ》だと完璧に分かっているのだろう。


 さっきの奴みたいに悪感情を向けられると思っていたのに、普通の対応で鏡花は拍子抜けした。




「ま、良いわ。助けてくれて、ありがとう。私、これから待ち合わせ…」




 スカートとタイツについた埃を払って顔を上げた鏡花は、随分と近づいた距離に言葉を言いかけた。


 不思議な程落ち着いた視線だが、どこか避けるのを忌諱させるような感じがある。

 視線を逸らす事に警告が浮かび、相手の出方がわからない鏡花は、居心地悪く彼を見つめた。




「多くの人を切ったが、貴女のように若い女は、初めてだった」




 そういって、片手を取られる。


 痛いわけではないが、何だか怖くなって鏡花はそれを見た。


 彼は、先の大戦時に、DHミッション最後の引き際として選んだ相手である。

 まさか生きていたとは、彼も拍子抜けだろう。


 だが、それに対する怒りはなく、むしろ、鏡花を気遣うような空気さえあった。




「いやぁ、それには色々とありまして。私の仕事の関係…」




 咄嗟に、営業スマイルを浮かべて説明しようとした鏡花の手を、彼は強く握った。

 男女の力の違いに、鏡花は一瞬苦痛を浮かべる。


 文句を言おうとしたが、それより先に口を開かれた。




「もう、危ない事はするな」




 随分と重い言葉だなと受け取った鏡花は、瞬間、真顔に戻った。


 こういう人に会うと、DHの仕事をしている自分が罪深いような気分になる。

 自分は自分の仕事を楽しんでいるし、誇りをもってやっているのに、だ。


 強い視線に抗うのは自信がなかったが、誤解を解きたいと思った。


 今は、この次元には仕事の依頼はない。ここは完全なフリーとして言っておきたい。




「あの…」 「しかし、それでも、…」




 同時に口を開き、二人して黙る。


 先を促される視線があったが、「そっちを先に」と鏡花は譲った。

 咳払いをして、彼は続ける。




「しかし、それでも、やめられないと言うのならば…俺と、来ないか」


「え」




 思わず、鏡花は手を引こうとした。

 何か話の流れが変だ。けれど、先ほどより強く掴まれた腕は微動だにしない。


 掴まれた腕、手、そして肩、最後に顔。

 鏡花はゆっくりと彼を見上げた。


 思いのほか強い視線に、心臓がどきりとする。




「俺は、貴女をそういう境遇に追いやったモノに嫌悪を感じる。

 けれど、それでも生き方を変えれないというのなら、俺と来い」


「やっ、…待って。違うの。私は―――」




 この次元の異種族の難民か何かと間違われていると知り、思わず振り払おうとした鏡花の肩を、彼は両手で押さえた。

 苦しくはないが、肩に重みをかけられて動けない。


 男の体が大きいせいだろうか、鏡花は咄嗟に恐怖を感じた。


 さらに彼の冷静な視線が、ゆっくりと自分を行き来しているのを感じて、委縮してしまう。




「――――やだ。は、離、して」




 これ以上、その同情やら誤解やらが混じった視線を見たくなかった。


 暑苦しく正義を語られたら強く反発出来るのに、こういう静かだが強い意思は、どうしていいかわからない。


 多数の意見に染まる事が正義だと言わんばかりの周囲に嫌気がさしていた。


 少数にも素晴らしい考えがある、それを広く知ってもらう事が好きだった。



 けれど、その自分の考えが、覚悟が足りていないのではないかと、その視線が訴える。



 違う、違うと首を振りながら、鏡花は顔を伏せてしまっていた。




「貴女に刃を向けた。その贖いに、俺が、貴女を守る」




 周囲には誰にも居ないのに、秘密を打ち明けるかの如く、小さく。

 低く、顔を近づけて囁かれ、鏡花は自身のプライドがますます細くなった気がした。


 鏡花は、単なる彼の妄想の中の難民に貶められた事に衝撃を受けた。


 何も反論できない自分が嫌で、涙が出そうになった事を叱咤する。

 息を吸って、気合を入れると、ばっと彼を見上げた。




「違…」


「知った口を利くな」




 鏡花の口から勇んで出てきた言葉が、次のそれに霧散した。


 鏡花のそれより、重く、硬く、どす黒い言葉。


 一体、何時の間にここに現れたのか。

 鏡花を押さえつけている男にも軽い驚きが走った所を見ると、足音も気配さえもなかったに違いない。


 視線を向けた先には、言葉と同様、いやそれ以上に禍々しい長身の男。


 強面な顔に浮かぶ、眉間のしわは当社比三割増し。


 間近で見れば、気が遠くなること間違いなしだが、今の鏡花は涙が出た。




「《蘇芳》っ」


「泣くな。女の色香で、進む話も進まん」




 緊張と安堵と驚きとで鼻水まで出そうで鼻をすすっている鏡花に、女の色香もへったくれもないが。


 蘇芳の、所々この状況に相応しくない不思議な言葉は耳を流れていき、鏡花は硬質になった心がふんわりと柔らかくなった気分だった。



 敵対すると命はないが、味方だと頼り甲斐のある彼だ。


 そういう印象を無意識に周囲に与える元No.2は偉大だったのだと、鏡花は改めて思った。




 ふと、鏡花の肩を掴んでいた手が離れた。


 鏡花から蘇芳の姿を遮るような位置に移動され、鏡花は数歩下がる。


 かくいう蘇芳も鏡花から視線が外れると、途端に今にも通りの人間を惨殺するような、凶悪な犯罪者のような顔に変化した。




「他を当たってもらおう。それは、俺の連れだ」




 ずりっと一歩前に出る蘇芳。



 声だけで想像する彼の姿は、彼の姿が見えない鏡花に、馴染みの深い阿修羅族の戦闘服を想起させた。



 あぁ、今、きっとDHの効果職人の手で、彼の着物の戦闘服が靡き、紫を帯びたドス黒い魔神オーラが出ているに違いない。


 職業病を患う鏡花は、その妄想で一瞬くらりとした。


 シグウィ…、いや、《蘇芳》様、格好良すぎる!






「このように、市勢に居るのが普通の女性を、未だ戦場に連れて行くというのか」




 上位幹部(悪役)の威厳たっぷりの蘇芳にも引かず、対して堀の深い顔立ちの男は片手でさらに鏡花の姿を押しやり、憤った。

 鏡花の腕に触れたその手は、恐怖に震えるわけでなく、ただ暖かく彼女を守るようだ。



 セリフだけを聞いていると、すごくロマンティックな場面だが、かたや蘇芳は同僚としての努め、かたや相手は同情の塊。

 鏡花は素直に喜べない状況である。



 困惑する鏡花を放置して、状況は刻々と進み、男に言われて、蘇芳は冷笑さえしてみせた。




「彼女の行動が貴様らの言う《悪》だと言うのならば。

 そちらが正義を掲げて機体に搭乗するのと、何が違う。

 彼女や俺と違い、自分が、自分達だけが、―――選ばれたとでもいうつもりかっ!」


「―っ」




 男の後ろで姿の見えぬ蘇芳の激昂を聞いた鏡花は、その言葉に感動して、笑みが浮かんだ。


 そうだった。誰に選ばれたわけでもなく、これは自分で選んだ事。



 微かに鏡花の腕に触れる男の指先が震えた。






「自らの人生で選んだ道の先が、今ある場所だ。そこに、正義も悪もない。

 それでも彼女の行動に、存在に、思考に、貴様らの納得できる理由が必要というのなら、それは。

 ――――――――――貴様のエゴだ」


「…」




 一喝した表情のまま、蘇芳は最後には静かに告げる。


 これまでも自分の行動に是非を問い続けてきた蘇芳。


 その動きに感じ入ったのか、男は静かに戦意を消して行くのがわかった。

 鏡花に触れるか触れないかの位置にあった腕を、ゆっくり下ろして行く。



 一方、鋭く睨みあう二人から完全に蚊帳の外に居ながら、鏡花は蘇芳の言葉に勇気づけられた。


 流石、お兄ちゃん。言う事違うわ。




「さぁ。退いてもらおう」




 互いに戦意を納める。


 威厳たっぷりな蘇芳の言葉に一歩退いた男。



 そうして相手をすり抜けて、蘇芳が鏡花の隣にやって来た。


 思わず鏡花は微笑みで彼を迎えてしまったが、蘇芳も気がついて、眉間の皺はそのままで器用に笑みを返してくれる。




「《蘇芳》様、流っ石」




 涙交じりに言って、鏡花は目じりを拭った。


 蘇芳もにやりと悪役の顔で笑うと、ぽんと、ファートにするかのように片手を鏡花の頭に乗せた。


 子供扱いされるのは心外だが今は許しておこうと、鏡花は寛大な心で乱れた髪を直す程度に髪に触れる。




「でも、一応は同僚なんだから、そのぐらいで、子供扱いは止めてよね」




 蘇芳は苦笑すると手を離すが、男が気になるのか、そちらを窺う気配が見えた。


 鏡花もこっそり蘇芳の横から見ると、残念そうな視線とかちあう。

 未だに鏡花に真意を問うてくる強い視線に、鏡花が気まず気に目を逸らすと、蘇芳がやっとこちらに気を向けた。




「乱暴されていないか」


「ちょ…それ、失礼」




 服装の乱れも争った形跡もないことは一目瞭然なはずなのに、わざわざそう確認する蘇芳。


 彼のあんまりな言葉に鏡花が嫌な顔をすると、後ろから苦笑が聞こえた。




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