side1 幕間3
そういえば、朝の占いで順位が下だった事を思い出す。
何かオチがあると、社を出る前に気がつけば良かった。
鏡花はしみじみとそう思いながら、通りを往復する。
あんな長身を何処で見落とすものかと平常時は笑っていたが、人ごみが多いとそうもいかないことを今回学習した。
結論、蘇芳とはぐれた。
「ちょっとぉ、どうしろっていうのよ」
5往復目にはうんざりして、自動販売機の前に止まる。
幹部としての仕事ではないから、異次元GPS付きの幹部規定フル装備ではないし、連絡を取ろうにも蘇芳は自身の愛機ならばともかく、DH社のピッチには慣れていなかった。
どちらも同じ精密機械なのに、次元が違うことで文化が違うのか。
電話の仕方ぐらい復習しておけば良かったと思うのも、後の祭り。
はぐれた時のために再会場所をきめておけばよかったが、土地に不慣れな二人、適当な場所は思いつかなかった。
目的地の大体の位置だけは確認していたので、蘇芳もそこに向かうだろうと鏡花は通りを横切った。
スクランブルを眺める位置で一息つく。
しばらく、諦め悪く眺めていたが、灰髪の頭は見当たらない。
そんな折、向かいのビルに目を向けた彼女は、思わず苦笑いしていた。
「“SREC”支店じゃないの」
悪役派遣会社であるDHとは、ライバル関係にある正義の味方会社。
本拠地ではないが、支店とは思えない立派さだ。
堂々と人々の生活の場に拠点を構える様子は、鏡花にとってはお笑いだった。
普通の生活をする分では、DHもSRECも必要ない。
エンターテイメントを提供する二社は、心を癒し楽しませる部類だから、依頼人なんてのも、そういう関係かはたまた異世界の住人ぐらいアウトロー系だろう。
DHと同様に怪しげな趣旨のSRECに、一体どんな依頼人が来るのだろうかと鏡花は入り口を見やった。
「お、どうした。所属希望者か?」
熱心に眺めていたせいか、声をかけられて鏡花は左手側を見た。
愛嬌のある笑みを浮かべた体育大学生と言った風体の、若い男が立っている。
それを見た瞬間、鏡花は口元が引き攣るような気分だった。
「い、いえ。珍しい会社だなぁと、眺めていただけです」
かろうじて営業スマイルを浮かべた鏡花に、相手はまだ気がつかないのか「あはは」と笑った。
にぱっと白い歯を見せて笑う。
「だよなぁ。俺も最初は怪しいモンだって思ったよ」
そうして鏡花の隣に並ぶ。
話し相手が欲しかったのだろうか、嫌に馴れ馴れしい様子の彼に、鏡花は逃げ出すべきか悩んだ。
先の大戦中、良くエンカウントしたのは彼の記憶にないのか、それとも鏡花にまだ気がつかないのか。
そう、あの超合金のパイロットの一人だ。
ここで蘇芳なんかと偶然再会できても、鏡花は喜ばない。
むしろ、その場面の想像自体が怖い。
「でも、あそこは、“正義”の総本山。この星の守護者さ。
この前の大戦でも、見事、侵略者を撃退出来たってもんさ」
そんな鏡花には気付くはずもなく、ご機嫌に言って、彼はびっと親指を立てる。
鏡花はもはや曖昧に笑うしかない。
他の要因や背景を考えず、そういう単純な正義至上主義って、鳥肌モノだ。
「あぁ、ニュースで報道していましたね。素晴らしい活躍だったようで」
鏡花は、無理矢理不味いカクテルを飲まされたような気分で、言葉を紡いだ。
阿修羅族を難民に認定するあたりSRECも尽力を尽くしているのだが、悪役と呼ばれた阿修羅族達もそれなりの理由があるのに、あんまり無邪気な言い様だなと思う。
「そう。実は、俺も所属しているんだ」
「へ、へぇ」
知っていますとは言えず、鏡花は困ったように微笑んだ。
彼は丁寧に対応する鏡花に気を良くしたのか、得意気に自分の搭乗する超合金の機体を説明する。
聞きたくもない、エンジンや構造、ブースターまで話が進みそうになって、鏡花はうんざりした。
こういう所が、想い人に引かれていると学習していないのだろうか。
というか、なぜ、私にする。
「あ、あの、私、待ち合わせがあるので…」
そうして曖昧に微笑んで見上げる鏡花。
彼女を見て、ようやく彼は話過ぎたと思ったのか、失敗してしょげた顔をした。
うざったらしいけど、憎めないキャラだなぁと鏡花は苦笑する。
「また。お会いした際は、お得意の必殺技でも教えて下さいね。じゃあ」
「おう。メテオ落としてや……って、俺、そんな話したっけ?」
手を振った鏡花に振り返した彼は、途中で我に返り、先行く鏡花を見る。
黒く短い髪に、シャープな印象の顔立ち、女らしいフリルの服のライン。
良く知っているような気がして、さらに彼は鏡花の顔を凝視した。
ちょっと好みだから声をかけたようなものだったが、普通ドン引きされる自分の会話に慣れた様子に、悲しい事だが、違和感を感じた。
「……あっ、お前! 女幹部!!」
追いかけてきた彼の声に、鏡花は思わず振り返ってしまった。
「女幹部って言うな!」と憤る気持ちが湧くが、案外素早く追いかけてきている所を見て即座に身をひるがえした。
「てめっ、…待てぇっ」
青年は咄嗟に手を伸ばすが、鏡花は恐怖を感じてかろうじて避けた。
低いヒールの靴を無理に道路に踏み潰し、生まれた摩擦で急旋回。
そうして、道路沿いの植え込みを飛び越える。
ちりっと枝が当たる感覚があったが、構わず駆けて、どこかの会社のエントランスを突っ切った。
無機質なモノフォルムに、流動する水の音。
シンプルで涼しげな空間は、鏡花の靴音が響くが、少し遅れてスニーカーの擦れる音もした。
その隣は細い道路を越えてコンビニがある。
彼が体格が良い事と人が多い事が幸いしたか、だんだんと距離が出てきた。
朝夕でランニングしていて良かったと、真剣に彼女は噛み締める。
自動ドアを抜け携帯マグを持って出てきた人を、短く謝罪を吐いて避けた。
二軒先の花屋から曲がり、パーキングの看板を盾にして細道に入る。
「う、ぁ。嘘」
息を切らしながら鏡花は、乱れた襟元を押さえて深呼吸した。
平日の昼間で人通りがない、空調の外付けファンが並ぶ路地。
建物の間から青空も見えるその先が―――――フェンスで遮られていた。