side1 幕間1
☆キャラ投票ありがとうございました。
上手く出来たかは、投票を下さった5名様の判断にお任せいたします。
というわけで、今回は、side1の番外編です。
空調の効いた快適な店の中で、マグカップの中のコーヒーをちびちびと飲みながら、ファートは手元の書類を渋い顔で眺めた。
灰色よりも黒に近い髪の鋭い顔立ちの彼だが、薄い赤茶の瞳は男性にしては大きく、相対した時の警戒心を緩めてしまう。本来は柔らかく笑う好青年なのだが、彼に周囲の関心がないのもあって、周りから一線引いたようだった。
実際、今のファートは途方に暮れている現状だ。
ファートは元々宇宙を放浪していた異星人で、つい半年前ほどまでは今居る惑星を侵略しようとする側にあった。
それが色々な人との出会いで人生の視野が広がり、侵略する同族から離れ、侵略対象の惑星にある防衛機関《SREC》と共闘する関係になった。
その後は自身の愛機であるシャープな青い機体に搭乗し、同族の侵攻から惑星を守る防衛大戦に参戦。光の渦に翻弄されるかのように、SRECと共に同族を停戦させ、大戦を終結させた。
本当にあっと言う間だった。
その後からこれまで《SREC》の世話になりっぱなしのファートは、これからどうするか、にも考えを巡らせなければならない。
阿修羅族の生き残りも《SREC》や世界政府から難民認定を受け、居住区や職の保障を受けられる。特に兄の直属の部下を筆頭に、各自の生活を始めていた。
さて、ファートを含めた機体戦闘力の特出した阿修羅族だが、この惑星は本当に稀に宇宙からの侵略者が来る以外は平和すぎ、緊急時以外、彼らのような特殊能力者の居場所はない。
《SREC》に所属する者も多いと聞くが、先の大戦で同族や知人そして兄を亡くしたファートは、複雑な心境もありそれを断った。
ファートは抜け殻の自身の在り様を自覚しており、記憶を元に作りだした幻想の兄の叱責する声が聞こえるような心持ちだ。
「居た。ファート」
無邪気な声を拾い、ファートは手を止め、書類を伏せた。
ごく自然な動作だったが、やって来た彼女は傷ついた様な間合いを取る。視線を合わせたわけでないが、「なぜ自分に相談してくれないのか」と訴えるような目をしていると思われた。
聡いファートはそれに気がついたが、いくら前の大戦中に距離が縮まった相手とはいえ、“親しき仲にも礼儀あり”である。気付かないように微笑した。
「優香。どうかしたのか」
大戦中、兄と共に参戦した彼女は、セオリーのように《SREC》に所属している。
今は勤務時間外だろうに、当然のように《SREC》の制服を纏っている彼女に、ファートは最近になって強く違和感を感じるようになった。
大戦中に彼女に抱いた憧れが嘘のような、違和感だ。
一方、彼女の兄はといえば、元々祖父と妹の三人暮らしであり、祖父が心配だからとファート同様《SREC》所属を断り、実家に近い商店の店員となっている。
ファートは今や、彼女よりも、市勢に暮らす彼女の兄と良く会っていた。
「どうかしたのかって…最近、ファート、変だよ」
「言ったな。でも、少し忙しいかな。転移先もまだ探しているし」
「それだよ。どうして、《SREC》に来ないの」
しきりに《SREC》所属を勧めてくる優香を見ると、ファートは感じていた違和感がさらに肥大するような気持ちになる。
ファートが侵略する側からの離脱のきっかけとなったのは、今と同様に命の尊さ、戦争の悲惨さを訴える熱心な優香の姿だった。
だが、ファートも防衛戦に参戦した戦士である前に、兄を失った戦争の被害者である。
同族を裏切って実行した行動の責任からも彼らを頼るには都合が良すぎるし、かといって間接的に同族や兄を失った原因でもある《SREC》に厚顔無恥に居座るのは嫌悪していた。
いくら付き合いが短いとはいえ、優香の行動はファートにとって無遠慮過ぎる。まだ年配の《SREC》社員は人生経験の豊富さからか、ファートの様子を見守ってくれているというのに。
「俺は阿修羅族だし、今後も《SREC》に所属するのは、複雑なんだ」
「そんな。ファートはこの星を守ってくれたじゃない。
《SREC》でも、誰でも、ファートを非難出来る人なんか居ないよ!」
優香は同族が起こした侵略に、ファートが心を痛めて遠慮していると感じている。
だが、ファートはそうではない。
それを彼は彼女に上手く説明出来ない自身に苛立った。
もちろん人の話を聞いて配慮出来ていない経験不足の優香にも。
「優香、そういう事じゃないんだ。ただ、まだ今はそっとしておいてほしい」
「ファート…」
軽い苛立ちを覚えるとしても、優香はファートにとって大切な友人に変わりない。
これからも彼女の兄や他の《SREC》共闘者達同様、上手く付き合いたいと望ませる人だ。
だからこそ、曖昧な微笑で正直に答えるファートだが、彼女の目はまだ、ファートを非難するような光を持っていた。
そういう所が、優香が家族や周囲の人に愛されて育てられたと思わせる部分だが、彼女が今後もファートという天涯孤独な社会的ハンデを持つ人物と付き合うつもりなら、改善しなければならない部分だ。
優香もファートの表情を見て、何かを感じたのだろう。
苦いお茶を飲むように、眉を顰めて沈黙した。
彼女も彼女でファートを心配しているし、ファートの立場や少しでも心境を知ろうと努力しているのだろう。その仕草は、ファートの好む優香の姿だ。
それを見て、ファートはやっと違和感を払拭でき、心から微笑した。
「と言っても、多分、俺は幸樹や優香の家の近くに住むことになりそうだ。
実は、就職先が決まりそうでさ」
「そうなの!? 良かったぁ」
先の大戦中にジウォや阿修羅族に攫われて洗脳後、《SREC》に敵対する戦士をさせられた経験からか、優香は正義に固執しているようにも思えるが、そのトラウマからの行動はファートも共感出来る。
優香も心に傷を負っているのだから、彼女の負担になりたくはないが、ファートが《SREC》を疑問視するのは彼女の姿勢への反発以外にもあった。
最後まで阿修羅族として行動した兄の後ろ姿や、《SREC》に反発しながらも心や人生の在り様を説いた彼女。
風変わりな黒髪の彼女は、兄より前に亡くなった。
彼女の髪同様、漆黒の機体が爆破する様子を見た兄は、どんな気持ちだったのかファートはなんとなくわかる気がする。
同じように兄の深紅機が爆破する様子を眺めた身である。
それと同時に思うのは、兄は彼女と結びつきつつあった絆に気付いたのだろうかという事。
現世とは違う場所で、再会している事を願う。
「ファート?」
亡くなった人達への思いを馳せていたファートは、呼ばれて苦笑した。
残っていたコーヒーを飲み干し、書類をファイルに仕舞って鞄の口を閉じる。
トレーを持って、返却口で処理をするファート。もはや手慣れたものだ。
優香は飲みかけのボトルを持って、ファートと共に店外へ出た。
特に予定もない彼らは、適当に足を通りに向けて歩く。
他愛ない会話をして、のんびりしていた二人だが、ふと、ファートだけ視線を動かした。
―――――――やだっ。離、してっ。
何だか、声が聞こえた気がしたのだが、大通りには変化がない。
特に大きく身振りをしたわけではないので、優香は微笑んだままで、ファートの変化に気付かないようだった。
ファートは先ほど聞こえた声とその方向を吟味する。
酷く、耳に馴染んだ声だった気もする。
そして、近い。
何より聞こえたセリフが、物騒だった気がした。
「お節介かもしれないが」と心中で呟き、それとなく進路を変更する。
ファートは身体の向きを変化させることで、彼の隣を歩こうとする優香ともどもそちらに向かった。
何となく、亡き彼女の姿を思い浮かべ、そうして隣を行く優香を見つめながら、どちらの行動にも染まってきた自分に満足の苦笑を漏らして。