side1 Darker Holic社 1
滅多に人通りのない静かな岡の上で、男は白い花を手にたたずんでいた。
ゆっくりと時間が過ぎる中で、風に向かうように岡から空の先を眺める。
元々影のある、廃退的な雰囲気がある男だが、ふと視線を和ませた。
雲の合間から薄く光が差し込むその情景は確かに美しい。
彼はそんな感性に浸る自分にも苦笑し、風に遊ぶ自身の黒髪を撫で付けた。
「啓吾ーっ!」
男は、まだ年若い女の声に名を呼ばれて振り返る。
声を聞いて予想したとおりの人物が立っていることに苦笑いして、渋い顔をした。
女は、こちらも思ったとおりの反応を示す男に、にやりと笑みを浮かべた。
にこやかに手を振り替えし、駆け上がってくる。
「探したっ。妹分が帰ってきたっていうのに、出迎えもしてくれないの?」
女は本社に戻ってから、男が居ない事で、急いでここまでやってきた。
男にも何となく理由が察せられる、スーツ姿だ。
ふと見た足に伝線が走っているのに気がついて、彼女は嫌な顔をする。
男はそれになんともいえない苦笑を見せ、慰めるように軽く頭を撫でた。
女は嫌な顔を男に向けたが、次には嬉しそうに口の端を上げて、置かれた男の手に自身の手を重ねてはしゃぐ。
「悪い。こいつを持って来いって言われててさ」
そんなお互いの仕草に男も満更でもない笑みを浮かべ、不思議そうに見上げた女に、手に持った白い花束を掲げて見せる。
愛嬌のある女の大きな目で見上げられ、男は感傷を含ませた視線でその花束を眺めた。
一瞬後には風に煽られるようにして、花束を投げる。
反射的に取ろうと身を乗り出す女をやんわりと止め、そのまま岡の崖から海へと落ちていくのをゆっくりと見送った。
「あ…」
女が声を上げた頃には、白い点となっていた花束は波に飲まれて消える。
男は構わないとでも言うように、女の肩を押さえて後ろを向かせ、軽く背を押して先を促した。
そして自身も軽い足取りで、岡を下る道へと脚を向けた。
「まぁ、無事に戻ってきてなによりだよ。で、《不備》は結局どうなったんだ?」
軽い足取りで先行する男に、女は理由が聞けない事に不満そうに肩を張って、男を追い越す。
そして二、三歩先でくるりと振り返ると「いーっ」と舌を出した。
彼女の幼稚な行動に、男が呆気に取られて一瞬止まる。
彼女は男の行動を見て、満足そうに腕を組む。
「見事コンプリート。勝敗は残念なことに正義サイドだけど。
そろそろ復旧に取り掛かっているんじゃない?」
男同様女も思うところがあるのか、ふと遠い目をして空を見た。
今はまだ青く、雲が遊ぶ蒼穹だが、夜になれば。
夜でなくとも、その向こうには漆黒の闇が広がっているのを感じている目だった。
宇宙飛行士のようというべきか。
男は本社への帰り道に脚を向けつつ、あまり深くは尋ねずに、ついてきた女に声をかける。
「五年もぶっ続けだったんだ、明日から休暇か?」
存外にうらやましいといわんばかりの響きを含んだ男の声に、女は苦笑した。
挑発するような笑みを浮かべる。
男はそれを見てむっとするが、ふと女の目に翳りをみた気がして、視線をそらした。
女は明るい口調で男を追い越して話す。
「そー。うらやましいでしょ」
「あぁ、全くだ」
男は今日の午後も正義の味方とやりあわなければならない自分に気がつき、半眼で答えた。
「とにかくウザイんだ。あの正義の味方ファイブ」と、男は心中で彼らをぎりぎりと締め上げる。
最近はファイブからシックス、セブンにまで発展しそうで、頭を抱える。
お前ら、害虫か。
急にしゃがみこみ、頭をかきむしった男に、女は振り返ろうとして気がついた。
ぎょっと、不審者を見るような目で数歩下がる。
が、思い直してそろそろと近づき肩を叩いた。
顔を上げた男に、彼女が不審の視線を向けると、我に返ったか、しゃんと男は立ちなおした。
「啓吾、人間ドッグでも行けば?」
「うるせぇ。お前も戦隊系にいきゃ、わかる」
女が皮肉まじりに言うことに、男はうんざりして答えた。
女は、男が最近人気の戦隊モノの悪役幹部を務めていることを思い出して苦笑し、別の事を思い出して言った。
視線を若干上に向けて思い出を繰り返すように、楽しそうに告げる。
「そういや、啓吾。私、今の戦隊モノみるのも好きだけど、前やってたアレ好きだったよ」
「あ?」
男は、女に急に言われて困惑の表情を浮かべると、女の方は頭に手を組みつつ胸張って言った。
それほど彼女に女性を感じたことは少ない男でも、背を反って強調された胸にうっとひるむ。
若干気まずく視線を逸らした男に気がついて、女はにやりと笑みを浮かべたが、次にはそれを消し去り、何か暖かいものを見るような表情で答えた。
「ほら、ファンタジーモノって言うべきかな。あの、空に浮かぶ都市のお姫様の話」
女はさらりと言うが、男は納得の声を上げたあと、何かを抑えるような無感動な表情になる。
「そんなもんか」
男は控えめに発言した。
あまり聞いて欲しくない話題だとは感じるが、女は気づかないようにして穏やかに続ける。
「そうだよ。私は、好き。あんな悪役も」
「そりゃ、どうも」
素っ気無い返答に女は苦笑し、そこで本社についたことに気がついた。
男はとっくにそれを認識していた。
慣れた様子でカードキーやら入社手続きをテキパキ済ませて内部へと続く扉を開ける。
女もはっとして続き、二人入ってしまうと、扉が閉じた。
『お帰りなさい、No.8、《シュートランス》』
『お帰りなさい、No.6、《キョウカ》』
Daker Holic。
悪役はエンターティメントだとの精神で、日夜世界に悪役を提供する会社である。