side1 惑星侵攻10
『ぎょえええぇぇ――――っ!? じ、人族どもめぇーっ!!』
漆黒機で何とか兄妹機を相手に時間を稼いでいた鏡花の傍で、最後の最後まで卑怯な手を使って生き残っていた、角の生えた一つ目幹部がその機体ごと爆発する。
一瞬後に襲ってきた爆風に、鏡花は力んで漆黒機をその流れに逆らわせた。
続いて爆風に乗ってきた、エネルギー供給をコードでまかなう行動範囲の狭い機体が現れる。
ビームサーベルなどのハイテク機器が多いロボット戦では不釣り合いの、不気味なミリタリーナイフを構えており、一瞬どきりとした鏡花は、漆黒機でナイフを弾き飛ばした。
『このっ、…このっ、このっ、このぉ―――っ!!消えろぉおおおぉぉぉ――――――っ!!!!!』
どうやら他の正義の味方に比べて余裕のない機体らしく、切羽詰った声と共に銃器が乱射され、玉の切れたそれは飛び道具として漆黒機に投げられる。
勢いに圧倒された感がなきにしもあらずだが、漆黒機は鏡花の操縦で大半を回避。
損傷率20%に抑えた。
鏡花にとっても、この決戦は自分の引き際となる大事な場面である。
彼女は、DH規則に法り、華麗に散る舞台を想像していく。
『ふっへっへ、俺様の攻撃で藻屑になれぃっ!』
王様に貸し与えられた部隊の生き残りがそう言って、切羽詰った機体に攻撃を食らわしていく。
撃っては削られ、抉られては切り刻む、骨肉の戦いよろしいそれに、鏡花は引いた。
彼女は、やはり何か悪役らしく、正義の味方をピンチに陥らせる必要があるのではと考え直して、漆黒機の高速ブーストにより、場所を移動する。
『待てぇいっ!』
「瞬っ」という高速ブーストを切る音。
目の前に、身の丈ほどの大剣を、重そうにひっつがえた機体が現れた。
野太い誰何に、鏡花は年配の男を想像するが、奇しくも彼はまだ二十代後半という若さ。
濃いキャラクタで、展開されたウインドウのヘルメットの奥に、彼女は堀の深い顔を見た。
『ここまで俺達を送り出してくれた仲間のためにも、………押し通るっ!!』
宣言して剣を向け一閃されるが、若干スピードが遅い。
鏡花は漆黒機の脚を旋回させてそれを蹴り飛ばした。
確か彼は、追い込まれれば追い込まれるほどに強くなる、アクの強い気性で、序盤では弱いため量産型で気力を養わせるよう手配したはずだ。
それがここまで来たとなると、随分気力が上がっているに違いない。
鏡花は次の攻撃に構えたその機体に対峙するよう、漆黒機の剣を抜かせる。
「戯言をっ! 多少の量産型を葬った程度で活き上がるなぁ――っ!!」
踏み込んで横なぎにする漆黒機だが、大剣を構える機体は巧みに避け、さらに上段、下段と攻撃する漆黒機の攻撃を回避する。
もちろん鏡花も気持ち遅めに振っているため、正義サイドの回避率は上がるのだが、対峙する機体は振り切った漆黒機の方を向き、戸惑ったように攻撃の間を取っていた。
『…貴様、馬鹿にしているのかっ。何故、手を抜く!!』
おかしいなと鏡花が感じた際、相手の機体がそう言った。
ウインドウ越しの彼は、下から見上げるように、唸るようにして、鏡花を睨みつけている。
これまで、実戦での能力制限に気付かれた事がなかったので、鏡花は驚いて、まじまじと彼を見つめ返した。
「…何のことだ?」
あくまで白を切るためにそう言うと、さらに彼は激昂して剣を突きつけた。
漆黒機を急停止しホバリングを施す鏡花に、相手機はこれまで溜めた気力を、視覚オーラという形で発散しながら、大剣を掲げる。
それは必殺技へのモーションであると素早く気がついた鏡花は、念のために周囲を確認した。
レーダから量産型の劇的な減少とシグウィルの乗る深紅機の苦戦模様は確認済みであり、さらに王様までも戦場に出撃しているところを肉眼で確認して、場の盛り上がりを感じ取る。
DHのシナリオでは、これから王様は一度正義サイドに破れ、その爆発により、ジウォ側の総裁に意識を融合されるという流れになるはずだ。
そこまでのきっかけはまだ現れておらず、そこそこ良いタイミングだと言え、鏡花は正念場だと漆黒機の気力を高めて、気を引き締めた。
引き際の相手として、目の前の機体は十分な効果がある。
『卑しくも、犀雅流を継承する俺だ。同じ剣を扱える者として、そのような手加減無用!』
思いのほか鋭い眼光が返って来、鏡花はなるほどと息を呑んだ。
そういえば、これまではビームとか拳とか、機械操作面を強調した王道ジャンルの攻撃ばかりを受けていた。
機体操作力の高い鏡花であれば、よほどの事がない限り、まず負けはない。
逆に、剣技のみを極めた達人との相対は稀である。
それゆえに鏡花の操作面でなく、純粋な戦闘力の加減についてばれていなかったのだろう。
別段鏡花自身は達人というわけでなく、DHの訓練の一部として剣を使用しているのみであり、玄人に嘘はつけないのだ。
「…トリガーエンジン、システム”ダージュエンドッテ”オールグリーン。MO、フルコンタクトっ」
ヴゥンという低めの起動音に、相手機のエネルギー値が高まっていくのをレーダで確認。
確認後、鏡花は漆黒機の能力を限定解放する。
低い雄叫びを上げる相手機に、鏡花は替わってコントールキーを弾き、プログラム設定を急ピッチで確立。
同時進行で、じっと肉眼とウインドウと、その他の目まぐるしく変化するデータと、睨み合う状態で待った。
『ガイアブレェェェェェェドッ!』
ずるずると大剣を引きずるようにして、気力をまとわらせていた相手機が吼え、勢い良く大剣を持ち上げる。
刹那、静かに、沈黙するようにしてホバリングしていた漆黒機の目に光が灯り、鏡花の感応力が発揮されると、瞬と、漆黒機の高速ブーストが熱を帯びた。
視覚エフェクトとして、薄暗い靄が漆黒機の周囲にも発生する。
『ぅ、おぉぉぉぉ――――――っ、参るっ!! 』
居合いのように、大振りの剣が一閃された。
それと同時に剣圧風とも取れるものが、気力やら機械の特殊能力やらで増幅されて、鏡花の漆黒機に空間を割る勢いで襲い掛かってくる。
相手機の熱のある攻撃と代わって、鏡花の漆黒機は死の静寂さえ纏って、靄の間から大きな槍を取り出した。
それをガチンっと手部と接続させ、嘶いた馬のように上体を逸らせる。
漆黒機は目を光らせ、襲いかかる剣圧風に向かって、力任せに投げ飛ばした。
接続させられた影響で上肢部が引かれ、腕の関節部がガコンと外れる。
そのまま、外れた関節の内部の接続部を伸ばしながら、突き進んだ。
『うおぉぉぉぉぉ―――――――っ!!!!』
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――っ!!!」
攻撃もさることながら、お互いの発声量も見事なものである。
睨み合うようにして、ディスプレイ越しにお互いの顔を見る。
負けるわけには行かないと乗り出すようにして操作キーやらを駄目押しし、声を張り上げた。
ちかっと、攻撃が触発されたような印象を受けた鏡花だが、次には爆発して視覚ディスプレイを真っ白に染め上げられ、舌打ちした。
急ぎコントロールを手動に切り替え、必死の呈で操作レバーを捻り上げる。
荒馬を引きずるようにして漆黒機を爆風から引き上げさせ、第二波が来るまえに戦線離脱するも、そこにはすでに、先ほどの相手機とその仲間が待ち構えている。
クライマックスと位置付ける良い状況ではあるのだが、これでは抜けられない。
せめて阿修羅族(悪役)の傍でなければ目を誤魔化すことも出来ないのだ。
『はぁ―――っ!』
仲間からの援護が追撃され、鏡花は漆黒機の剣技でそれを叩き落とす。
ブーストを加速させて背後を取ると、切り付け、爆発する付属機体から飛び退る。
宙返りする機体を捻って、剣を打ち下ろすように振ると、続け様にあと一体、戦闘不能に陥れた。
それでも真打の大剣背負った機体が残って、じっと機会を伺っているのを知る。
「万事窮す」
誤魔化すように小さく呟くと、急に阿修羅サイドからの通信が入る。
余裕のない鏡花は、相手が誰かも確認しないまま、敵対機に剣を構えて突っ込んだ。
感応力により愛機の能力を最大値近くまで高めると、周囲に光学的な陣が出現した。
光は平面的な陣から、揺らぐようにして三次元化すると、愛機のボディに痣状に張り付いていく。
這い上がってくる光に、指が、腕が、胴が、ぐぐっと変形を始める。
「止まれ」
鏡花が緊張に唇をなめると、先ほどの通信の主が低い声で制止をかけてきた。
鏡花は横目で確認して、思わず目をむく。
「シグウィル?」
彼は険しい顔で鏡花を睨んだ。
かと思うと、遠距離から、操作者の念動エネルギーに、以前獲得したEGエネルギーエンジンの効果を上乗せして、漆黒機に向かって放ってくる。
通常の二乗はあると推定される、殺意の塊に、鏡花は慌てて回避した。
反応が早かったためか漆黒機は完璧に回避したが、相手機は片腕を失い、舌打ちして鏡花を見た。
いや、それは阿修羅族No.2が勝手にしたことであり、むしろ餌にされた鏡花は、彼らから責められる言われはないと思うのだが。
世は理不尽に満ちているため、悔しさを紛らわすように、彼女は声に出して笑った。
「ふふ…不覚を取ったが、これ以上動けまい。
さぁ、消え去れ―――――ぇっ!!」
この相手でシナリオ舞台から退場する予定を立てた鏡花だが、この状況を鑑みて諦めることにした。
ボディ同様に、光が纏わりついて変形した剣を構えて、相手機の利き腕らしき側の肩に突き刺す。
手応えを感じてブースト加速を行い、相手機を刺したまま、高速移動の衝撃で傷を深く抉る。
さらに特攻するように流星群に向かい、相手機を何度も障害物に当てて装甲を剥いでいく。
そして、急停止して剣を引き抜くと、反動で浮いた相手を蹴り飛ばす。
――――――…あーぁ、やっちゃった。
容赦ない攻撃と裏腹、鏡花は内心半泣き状態だった。
『…良くやった』
恐らく数少ない味方を庇ったつもりだろう我らがNo.2殿は、遠く離れた戦場のから、ほっとしたような雰囲気を言に混ぜて告げてきた。
鏡花は簡単に礼を言ったのみで漆黒機のコンタクトを停止させる。
ウインドウのシグウィルは元の無表情に戻り、鏡花も戦況の確認を行った。
どうやら彼は、ファート率いる先行隊の相手をしている。
阿修羅側が落ちるのも時間の問題と、彼の状態を見ながら鏡花は思った。
彼女の、阿修羅族幹部としての今回のミッションは、これ以上、阿修羅族本拠地に正義サイドを入れないことであり、DH幹部としては、適当なところで負けた振りをしないといけない。
ファートがシグウィルに勝利して、羅刹王の相手をするには、戦力、エネルギー的にも不十分だ。
彼のサポートのため、正義サイドの仲間は多く残しておいた方が良い。
シグウィルに気づかれないように軽く唇を噛んで、鏡花は他の適当な相手を探そうと、漆黒機の視覚エフェクトを回復させた。
『―――っ、《キョウカ》ッ!』
シグウィルの切羽詰った声に、それどころではないはずだが思わず鏡花は彼の顔を真剣に凝視した。
そのせいで反応が遅れ、彼女の愛機は後ろから、先ほどの敵対機の大剣に刺し貫かれる。
振動が伝わり、コックピットはマスター保護を優先するため、即座に通信、その他の作業を中断。
脱出のためのエネルギー保存が優先になり、当然、そこでシグウィルのウインドウも消えた。
どうやら心臓部近くをやられたらしく、すぐに真っ赤な警告がウインドウに広がる。
鏡花は肉眼のみで周囲を確認し、シートに寄りかかって脱力した。
「想定どおりというか、何と言うか。
―――――――――――――――タイミング、良すぎ」
けたたましい警告音をBGMに、鏡花は苦笑を漏らした。
相手機は恐らく、精神コマンド不屈をかけていたのだろう。
あのぼろぼろの状態から動いてくるとは思わなかったため、大いに油断していた。
やっぱり自分は悪役向きだなぁと鏡花は苦笑をもらして、緊急キーを捜す。
DHのコックピットは強度もさることながら、その位置も普通の機体とは違う。
相手機は中心を捕らえたと考えているかもしれないが、実はパイロットは無事であるのだ。
例え、シグウィルが絶望的状態と判断してもおかしくない損傷だとしても。
「さよなら、《シグウィル》」
そうして緊急キーを探りあてた鏡花は、カバーを指で弾き、その赤いボタンをそっと押した。