side1 惑星侵攻9
異種族である女の漆黒機を回収する傍ら、シグウィルは戦火に包まれる”黒星陣”を窺った。
阿修羅族の母艦に次いで大きな艦。
名の通り、宇宙に紛れる黒い機体と鋭い流形を描くフォルムは、受けた攻撃を流しやすくするものだが、もはや耐えきることはないだろう。
シグウィルは、あの艦に親しい直属の部下や自身ら兄弟に近しい親族などの住まいを提供していたが、妖婦の罠にかかって引き渡す折、母艦へと移させた。屈辱的な下げ渡しにも、彼らは涙を呑んでくれ、シグウィルは自身の不甲斐なさにほとほと嫌気がさした。
だが、消えゆく”黒星陣”を見ていると、せめて同胞の命が助かったことが救いだと思えた。
父母が存命中は自身の家でもあったそれだが、No.3に手放した事で諦めがついたようにも思う。
――――――――――それと。
ふと、愛機で抱きかかえる漆黒機にアイを向けた。
諦めがついたか、大人しく沈黙する機体。
それに搭乗する風変わりな女の行動も、見えるような気分になる。
恐らく、呆れかえったように腕組みしながら、こちらの様子を窺っているのだろう。
彼女の影響かもしれないと、彼は感じた。
No.3にしてやられた、苦い夜。
自室にて荒れ狂う怒りに呑まれそうになっていた彼は、それを和らげようと物に当たっていた。
情けない事だが、頂点に達した感情に対抗する術など、皆同じようなものだろう。
そうして何かしらが当たり、落ちたものに、彼は目を止めた。
唯一の肉親である弟と異種族の女が写る記録媒体。
弟がこの女の何処を気に入ったのか、彼にはまるで理解ができない。至近距離で並んでいるのを見て眉根を顰めたシグウィルだが、破り捨てようと拾い上げた手を止めた。
姉弟のような二人の後ろ、小さく不機嫌そうに仁王立ちしたシグウィルが居る。
「………」
弟が阿修羅族を裏切った際、シグウィルは衝撃を受けたためか、彼に関する物を一斉に処分した。
もちろん、他幹部からの変な勘繰りを避けたかった事もあった。そのため、元々少ない兄弟の思い出の品が一切無くなってしまったが、彼は良い年をした大人である。
第一、寂しいなどと女々しい台詞を、男である自身が言う事はしたくないという彼の矜持から、彼は素知らぬ振りをし続けた。
そんな時分に、特に何の接点もなかった鏡花から、彼はこれを渡されたのである。
気まずい様子を隠しもせずに、彼女はお悔やみの言葉と共にこれを渡してきた。
当初は何の感慨もなく、迷惑な思いと共に奪い取るようにして受け取ったそれだが、皮肉な事に最後の兄弟の思い出の品となってしまっていた。
それに自身が写っているなど、まったく予想していなかったので、怒りも拍子抜けした。
同時に、これまで全く気がつかなかった程に、これを眺めるのを忌諱していたのかと、彼は自身の行動と精神の弱まりを反省した。
あまりに呆気にとられたせいで怒りも馬鹿馬鹿しく思え、また、以前に彼女から《兄》呼ばわりされた記憶も思い出し、苦笑してしまった。
結果的に仲間とも呼べる部下達を母艦に避難させた口実になった事や、真に大切なモノは何かという、考え方の機転となるきっかけになった事は否めない。
それもこれも、阿修羅族にはない感性を持った人間が居たためだろう。
決して、口が裂けても言うつもりはないが、その分、その時に感じた感謝を彼女には返したいと彼は思っていた。
踵の高いブーツを響かせる鏡花と、戦の前の高揚した雰囲気のシグウィルの二人が疾走する。
その後ろで、同じく幹部である角の生えた一つ目の幹部もまた、空中浮遊速度を高めて謁見の間に向かっていた。
まず、この三人の中で基礎体力その他のレベルが上のシグウィルが脚を踏み入れて王様に対して必要最低限の礼を行う。
続いて漆黒の鏡花が軽やかな足取りで内部に滑り込み、最後に一つ目の幹部が、シグウィル同様、礼を取った。
「No.3、エリア《ブラックスター》と共に消滅。体制を立て直すことをお勧めします」
鏡花が滑り込んだそこで冷ややかに事務的に告げると、角の生えた一つ目の幹部が王様の視線の中の怒気に触れ、ひぃっと身を竦めた。
鏡花はあくまで傭兵という、阿修羅族からは劣った存在の認識があり、王様はあまり気にしない。
だが同じく阿修羅族であるシグウィルは、王様の怒気をしかと受け止めて、すっと顔を上げた。
「…王。これまでの戦況からも彼奴らめ、ただの人族と侮れませぬ。
今一度、SRECとの会合を…」
正義側の連合軍に二勝五敗の割合でやられている阿修羅族サイドでは、今までに何度かシグウィルを代表として、穏便派が王様に進言している。
だが、彼が受け入れた試しは全くない。
鏡花が無表情を努めて見守る先で、王様は憤怒の表情でシグウィルを見下ろした。
「誇り高き阿修羅の王に、…人間如きと手を取れというのかっ!!!!」
王座から怒りに震えて立ち上がり、シグウィルを怒鳴り飛ばした王様を見て、鏡花は若干視線を細めた。彼女は何か思案するように苦い顔をする。
一方で、角の生えた一つ目の幹部は、王に賛同するようにして進言した。
シグウィルは予想していたのだろう、それきり冷たい視線のまま沈黙する。
「シグウィル様は誇り高い阿修羅の血を忘れ、腑抜けになられたかっ。
王、我に機会を! 彼奴らめを、滅ぼしてくれます!!」
そう言って何度も何度もやり返されているというのに、彼は懲りなかった。
そう、そのガッツこそ三下悪役のあるべき姿なのだが、怒り心頭の王様には唾棄すべき弱者にも見えるのがわかり、鏡花は心配そうにシグウィルを見た。
その瞬間、三下幹部が王様に殴り飛ばされて転がる声がし、丁度鏡花の視線の先を転がって壁に激突する。
思わず身をすくめそうになった鏡花だが目を細めただけで耐え、しかし、続いた雷のような王様の声に顔を上げた。
「傭兵、貴様に孤老隊を与えるっ。次の戦局にて成果を上げよっ。失敗は許さん!!」
量産型の隊を与えられるのは、これまででも阿修羅族の幹部だけだったはずだ。
思わず顔を歪めそうになる鏡花だったが、彼女が口を開く前に、シグウィルが顔をしかめて立ち上がった。
「王、可の者は人族。そのような重責、保てるとは思いませぬ」
意外に重く響いた声で庇おうとしてくれるシグウィルに、鏡花は少なからず驚き、それに輪をかけて驚愕を示した王様は、次には怒髪天をつくような表情になる。
気合一閃、雄叫びと共に念動エネルギーを練り上げた。
刹那、シグウィルを先ほどの幹部同様、壁に吹き飛ばす。
「えぇい、黙れ、黙れ、黙れぇ―――――ぃっ!!!!」
鏡花が驚きに短く息を飲む合間。
王様はそう言う毎に、何度も念動エネルギーを壁に磔されるシグウィルへと向けた。
彼は一撃目のが強烈だったか咳き込んでおり、続いてきたそれに壁に縫い付けられ、さらにさらに壁にめり込むようにして苦痛の呻きを上げた。
嵐のような圧迫感が消え、気を失いそうになっているシグウィルに満足して気を収めた王様だが、鏡花を値踏みする視線で見た後、彼を見下ろして続けた。
「弟のみならず、阿修羅の恥め。力なき貴様の発言など、認めていないっ!
傭兵っ、即刻出撃せよっ!!!」
鏡花はその勢いに目を見開いたが、時刻を追う毎に不機嫌になる王様の表情に気がつき、慌てて頭を下げて礼を取った。
顔を下げた先で、シグウィルが苦痛に呻きながら身を起こし、止めるように手を伸ばすところも見えたが、それはあえて気がつかない振りをする。
「はっ。有難き幸せっ」
王様が鷹揚に頷いて謁見の間を退出したところで、シグウィルは無理に体を起こして彼女を呼ぶ。
「おい」
緩やかに頭を上げて顔を向けた鏡花に、冷たい視線を投げた。
苛立たしく細められた険悪なシグウィルの表情に、鏡花は困ったような苦笑いで応じる。
角の生えた幹部は未だ沈黙を呈する中、シグウィルがやっと起き上がって、這うようにして彼女の傍に辿り着いた。
「何故…」
「王様の命令だしね。まぁ、今の状況じゃ、そうそう文句も言えないし、それなりの判断だと思う」
左の脇腹を庇うようにして立つシグウィル。
彼を盗み見て苦笑する鏡花に、彼は渋い顔をした。
先の戦いで平然としていたこの男も、正義サイドから受けた衝撃で体に損傷が出ているのだろう。
やせ我慢する彼を見て、それに今まで気がつかなかった自分と、それでも無理をするこの男とを、馬鹿らしく思う。
鏡花は今度の戦いを最後に、消滅と見せかけてDHへと戻る手筈を整えなければならない。
そろそろ潮時だと、鏡花はシグウィルと会話をしながらぼんやり思った。
その後、阿修羅族への忠誠の篤いこの男は、最終決戦の際にその命を散らせる、シナリオだ。
急に顔を曇らせた鏡花に気がつき、シグウィルは眉根を寄せ彼女を見下ろした。
「おい、女」
はっと鏡花はシグウィルを見上げ、なんてことはないように微笑する。
何だか腑に落ちないシグウィルと、お互いをじっと見つめあう二人のすぐ傍で、意識が戻ったらしい幹部の奇声が響いた。