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Darker Holic  作者: 和砂
side5
111/113

side5 悪役と悪役11

 プラチナのESPの轟音と同時に≪瞬加速≫で爆音を響かせたシュートランスは、構成員の間を駆け抜けた。ボスについてきた彼らの数は思った以上でなく、すんなりと20人程度の薄い壁を振り切って地下鉄を走り、光源の少なさに苦心しながら道を探す。第三組織が出て来た所を見ると、駅近くに組織本部への出入り口があるに違いないと踏んでいたが、気になるものを見つけ、シュートランスはゆっくりと距離を取って、音が自然と消える様に≪瞬加速≫を止めた。

 たったったと駆け足になりながら≪瞬加速≫の無音の空間から音が戻るのを待って、足を止め、もう一度それを良く見る。地下鉄には違和感しか感じない、ピカピカの木製扉だ。薄汚れたコンクリ壁に、また唐突に付けた印象しか抱かないそれを、多少警戒しながら近づき、ドアノブに手をかける。ドアノブは、かちゃりと回る。引けば、ゆっくりと開く。

 そこで目に光が入り、眩しさから細めた彼は、中に広い空間を感じた。何かよくわからないままドアの内側に身を滑り込ませ、シュートランスは末端の光源を切る。瞬きを繰り返して慣れた目で確認すれば、ここは天井近くの鉄骨の組み立ての上だと気付いた。さらに周囲を見れば、航空機の組み立て工場かと言いたくなる大きさの床が広がっている。左手側も右手側にも下まで続く階段があって、階下では、運搬工場の様に、荷物を積んだカーゴが、縦横無尽に走り回っていた。




「どっからこんな予算が出たんだ…」




 あまりの広さと高性能の明りに、普段コスト削減を言い含められているシュートランスは、感心して呟いた。これだけ広いとSFのロボぐらい普通に作っていそうだなと思った彼だが、眺めていても輸送・保管の用途だけで、箱を積み上げては各エリアに輸送しているだけである。それも、ほとんどが食糧のようだ。他のエリアに武器庫ぐらいありそうだと予想できたが、積み上げられた食料の量に、この組織の規模を窺い知る彼である。




「そんなに人数集められる組織なんてあったか? DH社うちじゃあるまいし」




 よく見ようと少し身を乗り出したシュートランスであったが、いくら倉庫内で普通に歩いていては見ない、天井付近に居るとしても、真っ黒な制服は目立つと身を引っ込めた。より目立たないように影が掛かる隅に歩きながら観察し続けているが、見事にDH社ロビー前で陣取っている構成員ばっかりである。

 無言で眺め続ける内に、扱う食糧より人員が少なく見えたシュートランスは、それともあの食料は自組織で消費するものでなく、”表向き”の産業用だろうかと考えなおした。それでも、こんなに大量に扱える有名所が転職して悪役になろうとするだろうかと考え、そんな気狂いの会社はうちだけだと打ち消し、疑問も一周して戻ってくる。

 暗がりで待つ事数分。いくら組織に潜入出来たとして、こうも煌々とした、しかも広大なエリアでじっとしているだけでは何の役にも立たない。何処かのエリアに移動したいが、出入りするのは荷物を運んだカーゴだけで、人単体で動くものはなかった。ずっと≪瞬加速≫を使い続ける事になるが、カーゴが出入りする瞬間を狙って脱出したい所だ。≪瞬加速≫は初動と停止時に、高速空間に入るための音が発生するが、高速であればあるほど音が大きくなるので注意が必要だ。ぐっと準備体操をしつつ、次のカーゴが来るのを彼は待った。丁度真下にあるゲート前に、カーゴが来るタイミングに≪瞬加速≫で階段を駆け下り、脱出しよう。さて、彼が眺めている所で、一台のカーゴがやって来るのが見えた。よし、ここだと、彼は≪瞬加速≫で駆け出す。

 しかし、日常では気にならない程度に抑えた音でも、この広い空間、それも天井付近となると、音が響く。バゥンッ!!と階上で音が響き、下に居た構成員たちの手が一斉に止まった。ふっと黒い影が視界を横切った気もするが、すぐに見失った彼らは、一斉に「キィー!?」と騒ぎだす。はっとした一人が緊急装置らしきボタンを押し、次の瞬間、施設内全体に赤いハザードランプが点灯した。

 けれど、その頃にはシュートランスは開いたゲートを張りし抜け、次第に狭くなる廊下を矢鱈めったらに走り、適当に距離を取った所で≪瞬加速≫を解いていた。足底が床を摩擦しながら元の速度に戻る彼の周囲に、小さな音が生まれる。それも一瞬で消えてしまうと、途中、失敗するかと思った彼は、ほうっとため息を吐きながら座り込んだ。




「勘弁してくれよ、本当」




 いくら機動力に長けた俊足だろうとも、体力的には厳しいので、蘇芳たちには早く追いついて欲しい所である。それでなくても、先程の広大な広間で暴れ回ってもらうだけで、探索組のこちらが助かるのだが、当分は無理そうだ。弱音を吐いても仕方がないと立ち上がり、では気を取り直して、と周囲を窺ったシュートランスは、一方からくる足音に、人気のない角を曲がった。




「――ぁっ、と、すまん」


「キー」




 一方の気配に気を取られて、もう一方に気付かなかったらしい。誰かとぶつかった彼は反射的に謝罪するが、顔を青くしてその人物を見た。




「「キィー!?」」


「……おっと」




 一人二人なら気絶させようと身構えた彼だったが、よりによって結構な集団だったらしい。にたりとデフォルメされた仮面たちと視線が合い、シュートランスは内心大慌てで、表面的には不敵に笑い、彼らと見つめ合った。




「「キィー!!」」




 ほんの数秒で不気味な視線の均衡が崩れて、構成員が叫ぶように高く鳴くと、彼らは鉄パイプやトンカチなど身近な、しかし物騒な代物を手に、シュートランスに飛びかかってくる。引き攣るような笑い顔で、彼は再び≪瞬加速≫を使わざるを得ず、瞬っと音がして姿がぶれたシュートランスは、構成員の一人が振り下ろしたバールをすり抜けた。手ごたえのなさに首を傾げる構成員に、内心冷や冷やのシュートランスは、残像を残して彼らの間を走り抜ける。




「キー!」




 シュートランスが移動することで生まれた風を感じたらしい構成員たちは、そちらに指を突きつけ走りだした。先ほどよりも速度を落として体力を温存しているが、そろそろスタミナに自信がないシュートランスである。舌打ちして角を曲がり、再び広い廊下に出ると、瞬、瞬っと壁蹴りの要領で移動しながら観察した。ここは先ほどよりも部屋数が多いと感じた彼は、さらに敵が出てこられては不味いと、一気に走りぬけようする。ぐんっと速度を上げた途端、先に、ひょいっと人影が現れて、シュートランスは真っ白になった。

 ≪瞬加速≫中の彼は、軽く自動車並みの威力がある。人を轢き殺してはいけないと、ギュイっとブーツを踏ん張り、急停止をかけ、周囲に爆音が散った。≪瞬加速≫の高速空間から投げ出されそうな圧力を感じながらも踏ん張り、何とかそれの前で止まる。




「おっと、……びっくり」




 瞬っと残像から実体に戻ったシュートランスが対峙したのは、何と言うか、先程見たボスが太く短いとするなら、一見して細く長いと思わせる青年だった。彼は、びくりと身を竦めたままの姿勢でシュートランスを眺めると、納得したような、がっかりしたような顔をする。




「あーあぁ、ボスは何やってんだろ。居場所がバレるから、出撃しないでくださいねって、あれだけ言ったのに」




 「全く、人の話聞かないんだから」と肩を落とす青年は、そろりとシュートランスを見上げて「ようこそ、DHの幹部さん」と締まりのない顔で笑った。その青年は、構成員たちのような全身タイツではなく、くたびれたシャツと上着に、どこかほつれたスラックスという、一見スーツを着ている様にも見える服装である。彼の顔から下をゆっくりと眺めたシュートランスは、施設の高級な雰囲気と彼の貧相な服装が一致せず、首を傾げた。それに、彼が着ているのは、自分にもよくよく馴染みがあったものである。顔はそれを着るにはちょっと通り過ぎているような気がするが、老け顔なのかもしれない。




「お前、学生か…」




 まさかと思いながら問えば、「あ、そちらはわかるんですね」と青年はケラケラ笑った。




「キョウカさん、僕が十代だって言ったら驚いていたので、学生服に見えないのかなって思っていましたよ。ただ上着変えただけなんで、あんまり汚すと女将さんに怒られちゃう所が悩みどころですけど、いやぁ、やっぱり、男性なら察してくれるんですね」




 シュートランスの言にぺらぺらと返答する青年。見た目と雰囲気から第三組織の幹部の地位に当たりそうだと見当つけたものの、相手が学生と聞いてシュートランスも仰天する。しかし、ここで悠長に話をしていても後ろから来る構成員たちに取り押さえられたら困ると、彼は「それより」と青年の話を切った。




「キョウカは何処だ。今ならガキの悪戯で許してやる。本社からも手を引け」


「……へぇ?」




 ガキの悪戯にしてはもうすでに大事ではあるが、幸いお互いの被害はほぼない。まだ戻れると、シュートランスは脅迫まがいの言葉で彼に声をかけるが、シュートランスの背後から追って来た構成員たちの姿を見てからシュートランスを見ると、青年は小馬鹿にした表情をした。




「僕からみたら、今はそちらの方が圧倒的に不利に見えますよ。それに、未成年に脅迫だなんて、あんまり上品な方法とも思えませんけれど?」




 未成年にしては結構な老け顔だなと思いながらも、シュートランスは肩を竦めて続ける。




「問答無用で会社に突撃して暴れ出した連中が、お上品な方法とやらを知っているとも思えねぇけどな。同業あくやくがしたいなら別段止めやしねぇし、俺達は事を構えるつもりもない。さっさとキョウカを返して、明日の生活のために早く寝ろよ」




 実体験から指摘してやると、酷くうんざりした顔で青年。




「年上の人って、どうしてこう口煩いんですかね。夜更かしを注意される年頃じゃあ、ありませんよ。それに、僕らは”悪役がしたい”んじゃない。―――”悪人を潰したい”、んです」




 訂正されたニュアンスに、シュートランスがぴくりと反応する。彼の問うような視線に青年は気付いて、諭すような笑みを浮かべた。そろそろシュートランスの後ろに人だかりができ始めるが、幹部らしき青年が前にいるためか、まだ様子を見ているようだ。




「14年前まで、DH社で違法な人体実験を行っていたのを御存じですか?」




 すっかり高圧的な青年に、生意気なガキとの視線を強めたシュートランスだったが、青年の言ったセリフにドキリと表情を失う。それにすっと目を細めて笑った青年だったが、気付かないように続けた。




「集められた人間は全て、生まれてからそれまでの、日常生活の知識以外、個人の記憶をほとんど失っている人達です。最初は健康診断みたいなものばっかり受けさせられるんですけれど、ある時、彼らは、ふと一つだけ、普通の人が持ちえない特殊な能力を開花させる。それ以降、DH社は、彼らの能力を開発・強化しようと実験を繰り返したんですよ。時に、実験で命を落とすまでね」




 青年は、固まったシュートランスを眺めながら、「僕は生き残った方の一人です」とにこりと微笑む。それから読めない笑みのまま、片手で片腕をなぞった。14年前の単語から既に固まったシュートランスを、『良く知る者』と認めた彼は、触れた片腕からずりっと細長い鉄塊を生み出す。




「ねぇ、貴方、知っているんですね? 14年前、で反応してくれる人なんて、そう滅多に居なかったんですよ、あの会社」




 笑みを浮かべたまま、青年は一歩、シュートランスの側へ足を踏み出した。呆然としていたシュートランスだが、それにはっと我に返る。そして、今度はよくよく青年の顔を見た。何かを探すような視線に、不快気に顔を歪めた青年は、そこでシュートランスに走り寄った。




「ねぇ、教えてください。僕は、どうしてDH社に居たんですか。僕の故郷は、家族は、両親は、どんなものなんですか。なぜ、16年前に勝手に放り出したんですか。そもそも、どうしてあんな実験をしようと思ったんですか。僕に一体何をして、こんな体質にしてしまったんですか。年相応の体でないのは、何故」




 シュートランスの手前まで走って来た青年は、捲し立てる様に言い続け、それと同時に鉄棒を振る。下っ端として長かったシュートランスが避けるには困らないが、まるで光が消えたじっとした視線を受けて、彼の心中は波立った。青年の言う事が正しいなら、14年前の事件の後始末がまだ終わっていない事を指す。それがシュートランスの心境に揺さぶりをかけてくる。そこは、シュートランスの急所、トラウマなのだ。

 思わず”悪役”としての顔が崩れるぐらい、シュートランスは憐れむような、悲しむような表情をしていた。決して技術がある攻撃でないのに、避けるのだけが精いっぱいになり、足元がおぼつかない。しっかり自分が制御できなく、シュートランスは次第に息が上がっていくのを感じていた。このままだと、いつふらついても可笑しくない。しっかりしろと、心の一方で叱咤するが、効果は今一だ。そして、心のもう一方では、14年前の、もう忘れようとしていた記憶が浮かびあがって来る。


 ――――――≪花園シュート騎士ランス


 懐かしい声が、もう呼ばれなくなった自分を呼ぶ。その声に自分は、どうにも締まらない名称だからやめろと言った。さらに、せめて、黒い甲冑に宛がった名前にしろと文句も追加して。そうしたらそうしたで、≪黒い鷺≫なんていうもんだから、花だの鳥だのと連想するなとさらに文句を言わなければならない羽目になって。それでもあの時、途中で疲れた振りをして止めたのは、あんまり楽しそうにあいつが笑うから、それがどこか喜ばしく感じて、安堵したから。


 ぶわっと溢れた記憶は、今見ている視界にダブらせてもう一つの景色を見せる。目一杯の青空と同じ様な大きさに感じる巨大な花園と、きゃらきゃらと子供特有の笑い声で跳ねまわる、金色の髪。ぐっとシュートランスの顔が歪んだ。溢れ出る記憶に翻弄されながら、脳裏に一つ、自分の声が浮かぶ。


 ―――なぁ、今の俺を見たら、あんたはどう思うかねぇ、姫さん。


 ついに、ぐらりとシュートランスが揺れ、そこに青年は狙いすませた一撃を腹に叩き込んだ。強い衝撃に、口にあった水分吹いて、シュートランスは膝から崩れる。剣道の胴を薙いだ風にし、青年はくるりと振り返ってシュートランスを見下ろした。そしてこれ以上攻撃しないためだろう、からんっと鉄棒を床に転がして、青年は再び声をかけた。




「今頃後悔するぐらいなら、最初っからしなきゃ良いんじゃないですか、DH社幹部さん。むかつくから、衝撃を受けたようにして腑抜けにならないでくださいよ。じゃないと、本当、ぼっこぼこに殴りとばしたくなるんですから、僕は」




 言う通り、青年はぐっと拳を握って準備している。「なんせ、荒っぽい”ボス”に育てられましたからね」と口では軽く言っているが、下手に声をかければ彼の内情が爆発してしまうと思われた。




「お前……」


「はい?」




 14年前の事をゆっくり思い出しながらシュートランスは声をかける。青年が答えてしゃがみこんだのに、視線を向けてじっと観察した後、シュートランスはやはり記憶にない顔に軽く目を伏せた。痛む腹を抑えながら、シュートランス。




「あの実験が崩壊する2年も前にお前が逃げだせた事は、俺にはよくわからねぇ。ただ、それが出来る奴に一人心当たりがある」


「へぇ、DH社の良心か何かですか? 参考までに聞かせて…」


「マッドだ、≪マッド=マスクイア≫」




 瞬間、シュートランスは顔面を殴られて倒れていた。強い痛みに、全盛期とも言える若い体力を感じ、薄く目を開ける。口が切れて、既に腫れぼったく感じている他、何故殴られたのかシュートランスは考えた。見上げた青年は、すっかり笑みを消してシュートランスを無言で見ている。




「……冗談にしても笑えませんよ。僕の実験をしていたのは、あの人なのに」




 すっかり冷え切った視線にそう言われれば、「あぁ」と納得してシュートランスは体を起こした。




「あの実験をしていたのはDH社おれたちじゃねぇ。14年前までDH社は、SRECの子飼いだったんだよ」




 ぴたりと、今度は青年が固まる番だった。シュートランスは切って溢れた口腔内の血を吐き出して、切れた傷を確かめるように片手でそっと触れ、「痛ぇ」としばし目を閉じる。




「まぁ、俺も単なる下っ端だったし、マッドの研究室なんか極秘中の極秘で見た事もないが、何があったかぐらいは想像できる。14年前、DH社が確立した事件は、俺が引き起こしたようなもんだからな」




 目を開けたシュートランスは、大きくため息を吐くようにして、動きにくい口を動かす。トラウマでもあるあの話をすると決意すると、少し手が震えているのに気がついた。片手を抑えつけるシュートランスに、青年は同じ様に深呼吸で感情を流すと、シュートランスの前にどっしりと胡坐をかく。




「信じる信じないはともかく、……何があったか聞きましょう」




 それが先程のボスの姿とも重なり、少し皮肉気にシュートランスは笑う。彼らの背後、「キー」と鳴いていた構成員たちも静まり返り、そこら一帯は静かになった。ちらっと背後を振り返ったシュートランスは、仮面を外して顔を晒す彼らを確認する。恐らくこいつらも青年と同じ立場の奴らだろうと当てを付けて、シュートランスは息を吸った。


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