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Darker Holic  作者: 和砂
side5
110/113

side5 悪役と悪役10


 結局最後は、あの細く長い印象の青年が食べ終えるのを待っている状況になっていたなと、鏡花はため息を吐く。満腹にはやや物足りないも概ね満足したと思い込むようにして、彼女はベッドに寝そべって、青年の言っていたDH社の悪行について考えていた。

 DH社は悪役の会社である。それだけ見れば、青年の言う非人道的な人体実験も、マッドの死体集めの趣味も、違法な生物・物品の取引も、何ら不思議な事ではない。特に、同僚でもある≪マッド=マスクイア≫は、マジもんの狂科学者で、どこかの次元で本当に犯罪を犯しているし、薬を服用して破壊衝動やらを抑えているらしいし、青年が言う様な事をしていても全然不思議じゃない。むしろ、簡単に想像出来てしまうほどだ。

 でも、と、鏡花はその想像に否を申したいのだ。親切でもないし、真面目でもないが、彼は同僚という立場できちんと私達と接しているし、あえて”薬で衝動を抑える”事もしているのだ。あれだけ奇怪な言動を繰り返している彼だが、食事を同じ場所で取れば、最後に必ず何かの薬を服用している。シュートランスだって、彼はアレでDH社かいしゃを大切にしていると、服用の事実を教えてくれたのだ。

 確かに”悪役”として仕事をしていれば、違法であったり、物騒な代物や状況を見ても目をつぶってしまう事だってあるし、手も足も出せない状況になる事もある。その代わりと言っては何だが、それ以上酷くならないよう”悪役わたしたち”は働くのだ。正義の味方にはできない事を、正義の味方には出来ない方法で。

 それには根底に帰るのが一番と、DH社は社長の趣味が高じた会社であるという、社の成り立ちを彼女は頭の中で復唱する。そりゃあ、裏では悪どい物も取り扱ってるなんて噂だったが、社長の夢とロマンが詰まった会社なのは間違いない。




「”物語”を幸せにするために…」




 社訓でもあり、よくよく兄貴分のシュートランスが口にする言葉だ。社長かれの夢は、人に希望を与える事を、物語の悪役として提供する事だと彼女は解釈していた。だからこそ、難しく、奥深い言葉なのだ。しかと噛み締めた鏡花は、そこで目を開けた。自分がするのは、青年の言葉に右往左往することではなく、青年かれらと対等な立場で交渉の席につく事だ。これ以上DH社や第三組織で泥沼にならない、そのためにも。




「早く帰らなくちゃ」




 言って彼女が見上げたのは、換気口。そっと片手を伸ばし、同時に≪感応力≫も使って、無機物と顕現した接続コードとを結んだ。
















 各個撃破していってボス部屋に辿り着ければ良い。さらに、戦闘を回避していければなお良い。そうは思いながらも、持っていたワイヤーでサイクと魔法少女ラブリーピンキーを縛り上げたシュートランスは、さっきの戦闘について物言いたげに二人を見た。元々派手な演出のサイク相手に静かにやれは無理だと思いつつも、同じくらい派手に返した≪蘇芳≫。シャララの効果音と光効果さえ除けばまだ穏やかな魔法少女戦で、ESPでコンクリ破壊して地下道をボッコボコにした≪プラチナ≫。やろうと思えば対人戦レベルに抑えられるはずの二人の戦闘力だが、なぜこうなったのだろうか。対人範囲にスマート戦闘が出来る≪アルルカン≫と≪イーサ≫の姿を思い浮かべ、彼は組む相手を間違えたかと考えていた。そんな視線に気付いたか、プラチナが不満そうに口をとがらせながらも、謝罪してくる。




「ごめんって。”魔法少女”相手だと、感情的になっちゃうんだよ。色々あったから」


「マジで頼む…」




 まぁ、今回は相手からの襲撃である。弱々しくシュートランスが言うと、普段よりトーンダウンした雰囲気の蘇芳が先を促した。音が響く地下道での戦闘は、巨大な目印になりやすい。その場から早く離れるのは本意だ。




「SRECが動いたようだな」




 蘇芳が言うので、シュートランスも「あぁ」と苦く言う。馴染みの”勇者”からの情報で、サイクは妹を、魔法少女は親友とマスコットキャラを人質に取られているという話であった。その他にも変身ヒーローの滝沢さんの知り合いやら、会社の事務員も囚われているらしい。第三組織の襲撃を逃れたメンツで救出作戦を立てているそうだが、彼らも第三組織の本部が分からず、また乗っ取られたSREC本社でもサイコメトリの能力者が居るのか、行動が筒抜けだと言う事だった。DH社では、怪人と職人が時折突っ込んでくる奴らを殺傷力の低いエネルギー銃での銃撃戦や、下っ端たち人海戦術で押しのけている状況である。今のところ凶悪な防御機構≪グレイス≫の力で守備ロボットやトラップを発動させ、本社への侵入はゼロであるが、長期戦になればなるだけ状況がどう転ぶかわからなかった。




「あいつら単純だからな。悪役オレたちが相手だと、悪の組織の手下してても、それほど良心の呵責を感じなくて済むんだろ」


「確かに、こちらも手加減を考えなくて済むな。ところで、シュートランス。今回の襲撃に心当たりはないのか」




 人質を取られて不本意な行動をさせられていても、相手が元々敵対している対象なので、すり替えの心理が働くのだろうと、先程のサイク達を思い浮かべてシュートランスが言えば、同意した後、蘇芳が尋ねてくる。それなりに長く勤めているシュートランスだが、「さぁね」と肩をすくめた。




「仮にも悪行をする会社だから、どっかで恨まれてても不思議じゃねぇ。ただ、この次元でのDH社の活動は、”物語”の契約と悪役の派遣、本社のエンターティメント性をアピールする活動だけの筈だ。そうそうこういう事態になる可能性は低いんじゃねぇかな」


「では、新たな新興会社が箔付けのためにこんな”イベント”を?」


「在りえねぇ話じゃないし、次元転移の抜け道を見つけた他の次元からの襲撃って可能性もある。DH社も一枚岩じゃないから、担当によって色々えげつない場所もあるみたいだしな。けど、俺は考えるのは苦手なんでね」




 再び肩をすくめたシュートランスは、これで仕舞いとでも言う様に歩くスピードを速めた。男二人の速度に途中からESPを使って追いついてくるプラチナをちらりと確認する。




「さて、こっからはちょっと暗くなるぜ」




 上に向かって梯子が続いている場所を見上げて、彼は腕を組んだ。




「俺が先に行く」




 身長の関係で簡単に手が届く蘇芳が言い、軽く力を入れて登っていった。上のマンホールを開けて周囲を確認後、こちらを見下ろして合図してくる。確認したシュートランスは、プラチナの格好を見て、先に登る事にした。蘇芳の手を借りて穴から這い出すと廃駅に居り、地下鉄特有の重たい空気が感じられた。末端を使い、光源を確保しながら蘇芳。




「人の出入りがあるようだな。一般人から、下っ端戦闘員のような足跡が混雑している」


「あそこの階段上がればすぐ地上だから、肝試しの奴らも来る。都市開発で寂れたが、昔はそれなりににぎやかな商店街だったんだ」


「あ、隣町との境の?」




 長く住んでいるシュートランスが苦笑するように言うと、行った事があるのかプラチナが思い出したように言い、彼は頷いた。第二セクターまでの乗り物や地下道でのショートカット、各自の≪能力≫と体力を使ってやってきたここは、本社から15kmと結構距離がある。末端の地図を確認していたらしい蘇芳が、「では」と口を開いた。




「この地下鉄の先が、件の下水道に繋がっていると?」


「いや。確か、ここから上に上がって、別に入り口があるはずだ。……それこそ、誰かが改築してない限りな」




 言いながら、シュートランスはこちらに向かってくる複数の足音に気付いて、言い足す。睨んだ前方に、にたりと笑う顔がデフォルメされた仮面を見つけて、「おいでなすった」と身構えた。




「よく来たなぁ、ゴミ虫どもぉ」




 地下鉄内と言う事もあって、びりびりと響く大声。第三組織の構成員の前に立つ男からのだと気付いて、三人の視線は彼に集まった。声量からすればやや低い身長ながら、その体は逞しい筋肉で肉厚。特にぶっとい二の腕は、振り回している斧が良く似合う、海賊の船長みたいなひげ面の男である。




「てめぇが、ボスか」




 普段の仕事の癖か、しゅっと姿勢良く立ち、下げずむな表情と仕草でシュートランスが問えば、ひげ面の男が「そうだ、俺だぁ」と野太い声で返事が返ってきた。次いでシュートランスの一歩前に出た蘇芳が、低い声で鋭く彼を見る。




「女を捕えているな? 引き渡してもらおう」


「女ぁ? 一々覚えちゃいねぇが、どちらにしろ、てめぇらも生きて帰しゃしねぇよぉ」




 蘇芳の悪役まんまなセリフに、ひげ面の男がびしっと斧を突きつけて、「覚悟しろぉいっ!!」と吠えた。瞬間、どばっと彼の後ろに控えていた構成員たちが殺到する。その一瞬前、シュートランスは≪瞬加速≫を使って移動した。すれ違いざま、蘇芳に「俺が陽動だ。あいつを頼む」とぼそりと言われる。




「≪プラチナ≫!!」


「行っくよぉ~っ」




 蘇芳の合図で、後ろに控えていたプラチナが特大のESPを前方に向かって投げられた。群がって来た構成員の前列に当たったそれは、その後ろに続く人員も含めて放線上に薙倒し、周囲に暴風を振りまいて消滅する。




「「応っ」」




 鬨の声が響き、そのタイミングを狙っていた様に、蘇芳の拳とボスの斧は衝突した。篭手に当たって阻まれる斧の感触を感じながら、蘇芳はよくよくボスを観察する。年は、視線は、動きの癖は、感じる気概は――。そして、一瞬の内に彼の目に”怒”の感情を見て、競り合いから離脱した。着地すると同時に、目立つ赤に向かって来る構成員たちをいなし、反撃する。攻撃が途切れた一呼吸で再び戦況を観察した蘇芳は、体格差に物を言わせて少女プラチナを抑えようとする数名を発見し、助走を短く取ると、蹴りをそこに叩き込んだ。




「殺してないよね!?」




 全員纏めて吹っ飛んだのを見て、プラチナが顔を青くさせながら叫ぶ。頷きつつも、蘇芳は殺到する人数を捌こうと、向きを変えた。拳を避けてその手を取り、脇下に当てた手を反対に持ち上げて、回転させるように弾き飛ばす。さらに、それを避けようと空いた隙間に体を滑り込ませ、下から狙い澄まして掌底を顎に打ち上げた。ごっと鈍い音に、周囲がざわつく。応じるように視線を散らすと、怯んだ敵の姿を多数見た。だが、ひゅんっと飛んできた斧が彼の足元に刺さった事で、再び敵の気概が戻る。




「てめぇの相手は、この俺だぁっ」




 吠えたボスが突っ込んで来て、その場を譲るように素早く蘇芳は後退した。踏みしめた足の反動を使ってタイミングをずらして前に出、速攻と、ボスの鳩尾を狙う。憎々しげにこちらを見るボスの顔が間近に迫り、蘇芳は拳を固めた。あと一呼吸で届く、そのタイミングで真っ直ぐ腕を前へ突き出す。




『舐めるなあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!』




 ボスが憤怒の表情のまま、吠えた。まさしく吠えるという表現がぴったりな、体を押し戻す風を感じる声量。呆気にとられたわけでもないが、その声量が体感できる風のレベルから、一気に膨張して体を浮かせた時、彼は踏ん張りきれないと判断し、抵抗せずに後ろに流れた。


 ――――――轟轟っ!!!


 途中、何かに体がぶつかったが、それでも風は止まらず吹き荒れ、さらに後ろに押し戻す。薄目を開けたそこに地下駅の柱が見えてそこに指をかけ、ぐっと力を入れたが、今度はそこが割れて零れた。今度こそ蘇芳は目を見開く。敵はただ怒鳴りつけただけ。それだけでこんな嵐の様な風が起こるだなんて、≪幹部の能力≫のようではないか。浮いた体が、がんっ、がんっ、と床に叩きつけられて転がり、やっと止まると、蘇芳はよろよろと立ちあがった。




「≪プラチナ≫…」




 そう言えば自分の後ろに居たはずである。慌てて見れば、壁に打ち付けられて気を失っていた。外傷がないのは、咄嗟にESPで防御したのだろう。上下する胸元に安堵し、再び敵に目を戻す。




「くっそぅ。年にゃ、敵わねぇ…」




 蘇芳たちにも結構なダメージを与えた技だが、敵も無傷というわけではなかった。あの爆発的な吠え声を出すには体力が要ると見え、ボスもふらつく様が見える。何だか可笑しみが湧き、蘇芳は阿修羅族で戦闘前に行う儀礼的な動作をしていた。




「俺は、DH≪No.11 蘇芳≫。名のある御仁と思われる。名乗られよ」




 珍しく自分から相手の名を尋ねるなんて事をしながら、蘇芳は真っ直ぐにボスを見る。彼は、「はんっ、気どってんな」と鼻を鳴らすと、そのまま親指で鼻先を弾いた。




「俺ぁ、≪鉄板の虎次郎≫ってんだ。商店街ここの顔役だったが、カミさんや息子に悪さする、お前らを許しちゃおけねぇってんで、こいつらと旗上げたのさ」




 ボスである虎次郎が顎をしゃくると、彼の近くにいた構成員の何人かが仮面を取る。下の顔は、虎次郎程強面でないが、それなりに年季の入った顔ぶれで、恐らく彼の言う商店街の重役たちだろうと思われた。しかし、話に聞いた蘇芳は、それに変な顔をする。




「その商店街の人間が、何故、DH社を狙う。お前たちの目的は何だ。悪さをするとは、どういう事だ」


「しらばっくれんじゃねぇよっ!!」




 再び虎次郎が吠えた。恫喝の言葉だったが、蘇芳は動じる事なく、真っ直ぐに彼を見続ける。虎次郎の怒り顔と睨み合いを続けて、数秒。眉根を寄せたままだったが、彼は動じる事ない蘇芳に興味を持ったらしく、殺気立つ周囲に片手を上げて落ち着かせると、「若けぇの」と蘇芳を指して座るように指示した。特に反抗する気もない蘇芳は、素直にその場に胡坐をかくと、距離を保ったそこで、虎次郎もまた腰かける。




「あんたぁ、DH社あいつらたぁ、違うようだ。なら、ちょいとばかし話してやろうじゃねぇか」




 そして虎次郎は、彼の妻と義理の息子である、特異な体質を植え付けられた人の境遇を話をしてみせた。




「あいつら、生まれてからその年までの記憶がねぇんだ。息子なんかは小っさい時に会ったから良いけどよぅ。俺ぁ、カミさんが不憫でならねぇっ。自分の親ぁも故郷もわからねぇなんて、酷ぇことがあるかい?!」




 管を巻くように叫ぶ虎次郎だが、蘇芳は静かに耳を傾けていた。先を促す彼の冷淡な視線を受けて、一瞬口を噤む虎次郎だが、すぐに調子を戻して声を荒げる。




「一体どういう経緯があったにせよ、人様におかしな手術して、それを野放しにするなんて、無責任にも程がある。そんで、俺ぁ聞いたのよ。またDH社あいつらが昔の実験体を集めてるってな…」


「―――待てっ」




 虎次郎の話を黙って聞いていた蘇芳が、何かピンと来るものがあって、そこで話しを止めさせた。




「何だぁ」




 思いの丈を吐露していた虎次郎は、急な制止に戸惑う様子を見せる。それを気にせず蘇芳は、兎に角ゆっくりと、低い、落ちついた声で口を開いた。




「お前たちの言う実験が在ったかどうかは、俺にはわからぬ。だが、それ以降の、再び実験体を集めている話、事実無根だ」


「何を言う…」




 再び殺気立とうとする相手方に続けさせず、蘇芳は声を大にした。




「そうだとしても、時期がおかしい。我らは、この度、宿敵であるSRECを傘下に治める事となった。そのための準備こそすれ、わざわざ途中で実験を放り投げるような、中途半端な戦力を集める必要がどこにある? そのための労力を捻出する事など、もっと馬鹿な事だ」


「じゃあ、あんたは俺達がガセネタを掴まされたって言いてぇってのかい」




 難しい顔をして虎次郎が唸るのに、手ごたえを感じて蘇芳は頷く。同じ様に険しい顔をしながら「在りうる事だ」と短く告げた。




「お前たちが手にいれた情報の、確かな筋を知りたい。その人物がわかれば、DH社こちらも事実を証明できる」




 蘇芳の強い視線が、虎次郎の目を貫いた。「虎さん…っ」と心配そうな仲間の声の中、彼は重く息を吐く。その一挙一動を逃さず凝視し、蘇芳は待った。ずんっと緊張に肩が怒る。膝に置いた手を握り、返答を待つ彼だったが、ふっと風の流れが変わってびくりと立ちあがった。




「!?」




 蘇芳の挙動に、身構える虎次郎。そこに風を切るような音が響いて、蘇芳はばっと振り返った。


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