side1 惑星侵攻8
けたたましいサイレンが響き渡る格納庫に、黒いボディースーツの鏡花が滑り込む。
それに気がついて、彼女の愛機やその他の機体をチェックしていた技術者の一人、トーイは、彼女に手を振った。
それに応え、鏡花は手近な手すりに手をかけると、それを飛び越えて彼の傍まで走ってくる。
申し合わせたかのような連携も、三年近く経てば当然だ。
息を合わせたかのように、トーイが黒いヘルメットを掲げると、走り去る瞬間に鏡花は受け取り、乱暴に頭に被せて愛機のコックピットに入り込んだ。
『良いタイミング。侵入機は母艦一隻、とりあえずフィールド展開しているのは6機だ』
コックピットにディスプレイが浮かび、先ほどのトーイがウインクしながら言うのを、鏡花は横目で確認する。そのまま一応マニュアル通りの起動法を行い、漆黒機を起立させたところで感応力を使い、自身と愛機をつないだ。
雄叫びのように機械音が響き、愛機のアイが輝きだす。
「機種はわかる?」
鏡花の動き同様にトーイに標準を定めた漆黒機に、彼は顎に手を当てつつ考え、回線をつなぎながら今度はシグウィルの深紅機に走っていく。
正義サイドの母艦の侵入を許したというから、結構大がかりな襲撃と被害状況だ。当然シグウィルも出るのだろう。
トーイの仕事の邪魔はしていけないと、鏡花もまた、愛機をスライドに乗り移らせ、体調と愛機の調子を再確認する。
『コード、光電磁、時空エネ系、あと、EGエネ』
トーイは恐らく整備をやっているのだろう、スパナを齧って持っているときのようなぐもった声で返した。
それに鏡花はしばし考えるように沈黙し、さっと顔を上げる。
周囲が調節良好のグリーンに染まっているのを見、若干身を竦めた。
「ファートが来ているわけ、ね。GO !」
合図を出すと愛機ごと加速Gを感じ、一瞬後には外へと転移されていた。
次々に愛機から伝わる情報ディスプレイを肉眼で確認しつつ、鏡花は開放感による突き放される感じを受けて愛機を持ち直させる。
そして、ここで一応大切なことだが、静止を数秒保持する。
鏡花は見られないが、職人による特殊効果とかが使われているはずだ。
それはDH本部の職人の仕事なので、詳しいことはわからないけれども。
「まだ、船の中じゃなくて……フィールドを突破された所か」
周囲の闇から予測できるが、機体内からの肉眼ででもフィールドの境が輝いて見えた。
てっきり艦内に侵入かと身構えたが、中層の防護フィールドである艦で、進行は止まっていた。脅威ではあるが、緊急度は比較的低いため、あえて頭の中のシナリオを確認する。
確か、ジウォ側が正義サイドに挑んで、逆にフィールドを一定時間無効化させる機械だのエネルギーだのを奪われるという流れだったはずだ。
悪役の爪の甘さが正義サイド勝利の秘訣であるが、一体どんな仕事をしているのかと鏡花はぼんやり思う。
『黒い機体…お前、またかっ』
ふと、思案していた鏡花を現実に戻す声がし、彼女は愛機をそれに向けさせる。
何度か戦場を共有してきた正義サイドの一機で、何が気に入ったのか、これまたしつこく彼女を追い回す機体だ。
そう、母艦で待機を命令されているというのに、熱意という文字で誤魔化して戦場に飛び出してくる元気の良い機体である。
こういうのは向こうの正義サイドでも持て余していたはずだったが。
ちょっと苦手なのよねと苦笑して、鏡花は録音していたテープを再生し、某先輩の高笑いを流して一定したところで切った。高笑いはまだ練習中の鏡花に、シュートランスが貸してくれたのだ。
そうして悪役研鑽中の鏡花は、昨晩考えた台詞を吐く。
「ふぅん…防護壁を越えたか。なかなかやるようだな、そのブリキの玩具で」
『超合金、だーっ!!』
正義サイドが繰り返した声に、鏡花は愉快そうに笑った。
ストレス発散は大切である。ちょっとからかっておかないと、後々暑苦しい攻撃を受けて、どうせ、やられるんだし。
肩をすくめた鏡花だが、続いて光電磁でのビーム剣にさらされて回避する。
反撃に、攻撃性は低めだが命中率だけはある弓にてエネルギー砲を放った。
『ぐ、…ぅ…まだまだーっ』
正義側のそれは持ち直すために沈黙し、変わって後ろに控えていたスピード重視の機体が時空エネにて必殺技をかけてくる。
一人(まぁ、他の悪役サイドもいるにはいるが遠い)を数名でたこ殴り状態だ。
理不尽さを感じずにはいられないが、防護フィールドを展開して半減させ、今度は鏡花の必殺技ともいうべき漆黒の剣を引き抜いて、滅多切りにする。
『ち。当たったか…』
小さな攻撃を食らったかのような正義側の台詞に、損傷率70%いったんだけどと、頬をかく。
鏡花は高速ブースにて飛び回り、なるべく量産型である人口AIの近くに陣取った。
こちとら悪役は人材不足なのだから、馬鹿みたいに一体一体相手にするはずがない。
漆黒機もたまーに正義側に攻撃をしかけるものの、腐っても阿修羅族の組織幹部である。突っ走ったりはせず、状況を見守るように守りの姿勢に入った。
これまでの流れで鏡花の修正点はなく、完璧なストーリィ展開だ。
DHの任務はひたすら準備の遅い王様の仕度が整うまで、幹部だのフィールドだのを使いつつ正義の味方の気力を上げていくことである。
また、このエリアを正義サイドが制圧すると、阿修羅族はとうとう拠点である母艦を使用した、切り札を取るしかない。
両者が追いつめられないためにも、この拠点での作戦は案外大切なのだ。
最も野心家のNo.3は半狂乱になって、先走る可能性も否めないがそれはそれ。
これまで上がってきた正義サイドのレベルで頑張ってもらうしかない。
「SPレベル、局部限定解放。トリニティMO、フルコンタクト」
鏡花の声に漆黒機が応え、右腕から浮き出たブーストを左手で引き抜いた。
野球選手様に片脚を引いて構え、エネルギーレベルを上昇させていく。
元々のフルメタルブレードに超能力(ESP)に似た生命エネルギーを貼り付け、漆黒機は吼えた。
『敵機、高エネルギー反応。…見切った!』
解析系が得意の、正義側の付属機体に狙いを定めたのだが、先の戦闘で回避率が上がったらしい。鏡花はちっと舌打ちして、さらに空中を旋回、別機に向かってビーム銃を乱射する。
しかし攻めの鏡花の後ろでは、拠点としている中層の艦”黒星陣”を守ることに必死の阿修羅幹部が高シールドを展開しており、ほとんどの正義サイドはそれの突破に躍起になっていた。
当然鏡花は囮役で、正義サイドの群れの中の羊。
「閉め出されたなぁ」
ぼんやり呟いて標準をあわせられる前に飛び上がると、待っていたのだろう超合金メカが一度縮こまって胸を張った。胸部に高エネルギー反応があるのは、レーダで確認せずともわかる。
彼らの十八番、広範囲圧縮エネルギー砲だ。
漆黒機は不意に足元のブーストに一瞬の加速を施すが、回避は困難とわかると右手を挙げ、バルカンを吹く。
『必っ殺ー!《メテオ=スマッシャー》!!』
漆黒機の肩にバルカンの負荷がかかるが、勢いを止められそうにないと判断。
片足のブーストを加速させ、鏡花は半身を捻って回避を試みるとも、ディスプレイには損傷30%の表示が出る。愛機をそれなりに気に入っているため舌打ちが漏れ、鏡花は操作パネルを弾いて漆黒機の背部より複数の追尾型迎撃機を発進させた。
超合金はそれでなんとかしのげるとして、新たな問題が発生する。
ディスプレイを数秒置きに確認し、敵機位置を特定した。
先ほどの正義サイドの必殺技が通り過ぎて行った近くだ。
漆黒機の腰の当たりから大きなライフル型のビーム銃を取り出すと、標準を合わせてぶっぱなした。 当てる気はないが、通り過ぎた光線を見送っていたファートがそれに気がついて、こちらにやってくる。
『キョウカさん…』
「また、数か月ぶりね。ファート君」
如何にも暗い声だったので、鏡花は微笑みを浮かべつつ軽い口調で挨拶した。
ファートはシグウィル同様、根が真面目だからそんな態度だと逆に困惑すると鏡花は思ったが、その通りで沈黙が降りる。
ファートは何と応えて良いものか迷いながら、一瞬だけ追尾ファンネルに追いかけられる超合金を確認、そしてその向こうの兄妹機体の確認をした。
助けが必要なら、それを理由にこの場から逃げたいのだろう。
親しい者であるからこそのファートの友愛に、鏡花は小さく喜んだ。けれども、鏡花は悪役だ。
「…《優香》が、気になる?」
以前シグウィルとも話したファート恋愛説を思い出し、そう言うとファートの機体から純度の高い念動エネルギーを確認した。
鏡花から思わず笑いが漏れる。
カマ賭けして、ここまで態度で示されると思わなかったのもあるが、出来の悪い弟のように思えたファートが少し成長してきているような気分になったからである。
鏡花も年を取ってスレたが、ラブロマンスは好きだ。
くすくすと小さく笑っていると、ファートが押し殺した声を出した。
『キョウカさん…いくら貴女でも、彼らに何かあれば…』
「《彼ら》、ねぇ」
言外に本当かとの思いを含ませ、鏡花は呟く。
だが、不定期とはいえ勤務時間であるので、気楽な私語を慎んだ。
ファート達阿修羅が得意とする、機体での闘争術が繰り出される前に、漆黒機のブーストを加速させて刃を高振動に高める。
間合いに入られると厄介な阿修羅の器機操作術は、どうやら試練だの精神修行などを元に機体照合をさせるという、鏡花の感応力に近い原理があるらしい。
つまり、精神コマンド熱血・不屈もあながち効果がないというわけではない。
それとまともにやりあって勝てる気はしないため、鏡花の漆黒機は高振動による不可視の感知バリアを展開する。
引っかかった感覚に従い漆黒機を操作すると、かろうじてファートの奥義回避が成功した。
損傷率60%のパネルに苦笑いする。
「くっ…この程度で止められると思って?」
本当はあまり無理をしたくないのだが、正義サイドの動きを見ていると、シールド突破のため一点集中攻撃を行っている。
阻止しようとするNo.3も主要機体二体と付属機体一体に阻まれて思うようにいかず、苛立っている様子だった。最終戦は近いと踏んで、鏡花は漆黒機を操作する。
鏡花が慎重にレーダと肉眼、感応力にて漆黒機で攻撃と防御を繰り返し、ファートの機体とせめぎあっていると、急にレーダにさらに高いエネルギー値を感知した。
同じく気づいたファートと同時に離れる。
刹那、鏡花の漆黒機とファートの愛機の間を熱光線が通りすぎた。
はっと鏡花が振り返ったそこ。
待望の王様の搭乗機ではなく、深紅の機体を見て、彼女は悪い予感に震える。
「シグウィル!?」『兄さん!』
何と行動したものか、浮遊する漆黒機の傍に深紅機はゆっくりと近づいて、ファートと対立するように並んだ。
鏡花のディスプレイにはいつもと同様の無表情だが、かなり機嫌が悪い様子の彼の雰囲気が映し出されている。何があったのか。最終戦が近いから緊張しているのかもしれない。
それを血がつながっているためか、感じ取ったファートも苦い声だった。
『どうあがいたとしても、お前もまた、力で奪い、制圧する阿修羅の血が流れているようだな』
『違う。俺は、大切な人とも殺しあう、阿修羅族の掟を壊す。
この、忌まわしい連鎖を断ち切るんだ!』
シグウィルが現在の状況を皮肉って言うと、ファートがムキに反論した。
鏡花にしてみれば場が盛り上がることは確かだが、どっちもどっちである。
今そういう話をしても結局決別するんだから、どっか落ち着いた喫茶か何かで兄弟そろって話をすれば良いのにと思っていた。
遠目で見る限り、漆黒機の傍に現れた深紅機(中ボス)に正義サイドの気力と危機感が上がったようで、シールド攻撃に母艦まで突撃を喰らわせるという事態になりつつある。
鏡花は形振り構わない外野と変わって、特に干渉せずに事の成り行きを眺めようと、一旦引こうとした。
だが、深紅機からレーダ感知されているという変な状況に気がついて、下手な行動をしないでおこうと思い直す。
これは、前の尋問の形を変えたものなのか。
大した影響力もないDHを未だ疑っているのかと嫌な気持ちになりながら、鏡花が漆黒機の管理プログラムを走らせた。
何とかナノマシンによる機体の回復を施そうとしていると、シグウィルがウインドウを展開し、通信してきた。
現在、彼は弟とじゃれ合い中だ。
彼は前々回もファートと争っている、ごたごたな状態の時に通信してきており、状況管理も努めている漆黒機の稼動にかなりの負担をかけている。
『…被害状況は』
「見ての通り。量産型の数部隊は完全撃沈。No.3や彼女の私兵もあの状態よ。本部は?」
低く問われて迷惑そうな表情を浮かべた鏡花は、嫌味のつもりで観察映像と被害状況を示すグラフを送りつける。
オーバーワークで困れと意地悪な思いもあったが、シグウィルは戦闘中というのに目を通し、さっと指示を出していた。
ディスプレイ越しに見ながら鏡花はあり得ないと唖然とする。
シグウィルの目はディスプレイとファートを行ったりきたりしていたが、不意に鏡花の呆然とする表情に目を向けた。
『…そちらはどうだ』
一瞬、何を言われたのか、頭が理解を拒否した。
そっけなく自然に聞かれたので、鏡花はシグウィルの視線の先で盛大に戦いて、彼に大丈夫かと声をかけようとし、結局声が出ないかのように口を動かして沈黙した。
その間にファートは雄叫びを上げて、兄の深紅機に突進をかける。
『《真機奥義。漂浪百虎拳》!!』
ファートの愛機が声と共にブレたかと思うと、残像を残して深紅機の周囲を飛び回る。
時折、金属が擦りあうような摩擦の発光が見られ、鏡花は漆黒機を少し後ろに移動させた。
シグウィルの深紅機が、残像のファートの愛機の中心で何度も揺れるのを、嫌な気分で見守る。
シグウィルの愛機は、そのスピード性を低下させたのに比例して装甲が厚いのが特徴であるが、ファートのスピード性を上げた攻撃は案外鋭く、まともに喰らっている現状では無傷とは行かないだろう。
大丈夫かと心配する一方、このまま継続していくシナリオでの、シグウィルの先を思い出し、鏡花は顔を曇らせた。
『…俺の前から消えてくれ』
攻撃が佳境に入ったのだろうか、そう憂いをこめて低く告げたファートに、鏡花は心中で盛大に突っ込みを入れた。
まるっと悪役のセリフである。
深紅機を感知しようと漆黒機のレーダ範囲を限局すると、深紅機はファートの最大奥義に貫かれ、一時、副産物である爆風に巻き込まれたが、損傷率50%というどっこいな状態で踏み留まった。
瞬間、中のシグウィルも低く笑い声を響かせる。
あんたら、狂ってる。
『くくく…ふはははははっ。それではこちらも行くぞ。奥義!』
心配そうに見守っていた鏡花に、ディスプレイ越しにシグウィルはやや怖い微笑を向け、ぐっと手で印を組んだ。
それを視覚として受け入れた鏡花は反射的に身を仰け反らせ、慌てて漆黒機を全力後退させる。
シグウィルはレーダで漆黒機の素早い行動を確認し、感心と満足そうな表情を浮かべると、意識を集中して念動エネルギーを高め、深紅機へのシンクロ率を同時に高めた。
視覚的効果として、シグウィルの奥義は禍々しい赤のエフェクトと赤黒い炎の陣が現われる。
しかしファートは覚悟を決めて愛機を構えなおさせた。
鏡花は後退しつつその様を見ながら、どうして阿修羅族は体育会系なのだろうかと泣き言を言う。
鏡花の視界の中でシグウィルの奥義は完成しつつあり、すでに熱やエネルギーエフェクトによりファートの機体はダメージを喰らっている状態であった。
が、まだまだこれからなのは鏡花もファートも理解している。
『《紅蓮降魔陣》!!』
光がファートの愛機に収束したように見えた直後、ものすごい衝撃と熱エネルギー、さらに圧力を感じて鏡花の漆黒機は弾き飛ばされた。
一瞬制御不能に陥り、肉眼でめまぐるしく回転する周囲を確認しながら、鏡花は先ほどシグウィル達がいたポイントを計算しなおして、確認する。
シグウィルはあの無茶苦茶な攻撃の主だから心配ないとして、ファートはどうかと焦る鏡花だが、ファートの機体も80%損傷程度で踏ん張っていたので脱力した。
初期の、今までの装甲や装備なら、とっくに消し炭になっていたはずだ。
どうやらこれまでの戦闘時の拾得物の中に、阿修羅の機体を強化するパーツがあったようである。
案外、戦闘の度にシグウィルが何かガラクタのようなものを落としていたのはそのためかもしれないと思いつき、お兄ちゃんも苦労するなと鏡花はぼんやり考えた。
「…シグウィル!」
そういえば彼はどこだと鏡花が通信を開くと、意外なことに彼は彼女の近くの座標へと転移しており、鏡花は肉眼でも確認出来る位置、真正面に彼の深紅機を見てさらに動揺して固まる。
シグウィルはといえば、それ以上ファートに関わるのを拒むように量産型をファートに差し向けて、鏡花の漆黒機を抱きかかえるようにして回収した。
スピード重視の漆黒機は、体格の良い深紅機に簡単に抱きかかえられる。
「は…え?」
『シールドは保たない。引き上げ、王の護衛につく』
鏡花が理由を問おうとする前に、シグウィルはディスプレイの彼女を見て言った。
じたばたする漆黒機をさらに強く抱き、ブーストを加速させて高速移動を行う深紅機に、鏡花は一度嫌な顔をした後、不満そうにため息を吐いた。
相変わらずの、横暴さですこと。