side5 悪役と悪役9
すっごく香ばしい感じになりました。中二病の才能と知識がほしいです。
感想、お待ちしております。
この組織にいる人間に配られる食事は、大かた奥さんの手料理らしい。手作り感満載の家庭料理にどこかほっこりしながら噛み締めていると、「美味しそうですね、ちょっとください」と遠慮なくあの男が摘まんでくるので、鏡花は容赦なく彼の手を叩き落とした。
何を気にいったのか、はたまた本気で女と話がしたいだけなのか、ボスの側近である青年が鏡花の食事を運んできてくれ、そのまま食べる所まで眺めていくつもりらしい。後で食器を取りに来いと言ってやりたいが、それはそれで面倒なのだろうとも思ったので黙っていると、この調子で鏡花のご飯を横から掠め取る。
「自分の分はどうしたのよ」
「まだですよ。ここはお客人から食べさせる、良い組織なんです」
「他人様誘拐しておいて何言ってんだか」
肉じゃがの大きめのジャガイモをはふはふしながら齧り、鏡花はしれっと言いきった青年を半眼で見た。しかし、同じく晩御飯を食いっぱぐれそうだった身としては可哀そうにも思い、「これぐらいならあげるわ」とデザートの果物を進呈する。
「えぇ? ケチくさい事言わないで、そのジャガイモ下さいよ。食べ掛けでいいから」
「………じゃあ、あげない」
「いえ、食べますっ」
図々しい感じがまだ元気に見えて取り下げようとすると、彼は掌を返して奪い去った。わざわざウサギに切っている所に奥さんの心遣いと愛嬌が見える、可愛らしい一品だ。耳から千切って食べ、さらに半分に割って口に放り込んで青年は不満そうに自分の腹を撫でる。哀れを誘う視線だったが、鏡花は自分の良心分の働きはしたと目を合わさなかった。
「ま、貴女の所にご飯運ぶぐらいなら気が楽で良いんですけどね」
「運んでるというより、つまみ食いしてる、の間違いでしょ」
「僕、ご飯まだなんですよ? 可哀そうでしょ? 育ち盛りなのに、飢えてるんですよ?」
すかさず突っ込む鏡花に、まくしたてるように青年は言った。もう二十歳すぎてそうな外見から、「何処が育ちざかりよ」と呆れて言えば、「僕、まだ未成年なんで」と衝撃の事実を言われる。思わず固まって聞き返した鏡花に、青年は「ティーンですよ、ティーン」と繰り返されて二度見した。
「あー、疑ってますね? さっき言ったと思うんですけど、ちょっと変わった体質なんですよ」
明らかに信じていない鏡花が距離を取るように身を引いたのを見て、青年は「仕方ないなぁ」と両方を腕まくりした。それから、もふもふと食べながらも怪訝そうにしている鏡花に向けて「何にもないでしょう?」と肌を見せたかと思うと、徐に片手でそこに触れた。
「じゃ、とりあえず、鉄板で良いかな?」
言って青年は、皮膚を抓んだかと思うと引っ張る。1cm程度なら伸びてもわかるが、それが一気に15cm以上伸びて鏡花は口のものを吹き出しそうになった。うぐっと詰まる鏡花を呆れたように見てから、彼は「ほら良く見てくださいよ。色違うでしょ」と境部分から鈍色になっている所を指す。それからずりっと引き出してしまうと、鉄板にしか見えなくなったそれを指で弾いた。間違いなく、金属音がする。
「ぐっ…ごほっ、ぅ……は?」
「これが僕の特殊体質です。大きいもの、複雑なものはちょっと時間がかかるけれど、体から色々作れるんですよ。面白いでしょ?」
固まった鏡花に青年は「代わりに物凄くお腹が減るんで、その副菜ください」とさっさか夕飯を奪った。それをガツガツ呑み込むように腹に収めると、青年はできた金属板を拾い、「ま、戻す事も可能ですけどね」と肌に押し込んだ。泥に沈むように鈍色から肌色に戻るそれを呆気にとられて見ていると、青年は照れたように笑う。
「ちょっと自分でも気味が悪いんですけど、まぁ、ボスも女将さんもこの年まで大事に育ててくれましたし、今回のDH社への報復も上手く行きそうですし、僕としては万々歳…」
「は?」
今、物凄く気になった単語を耳に入れ、鏡花は我に返った。それを尋ね返されたと感じたのか、「話聞いて下さいよ。ボスや女将さんじゃあるまいし、嫌んなっちゃうなぁ」と青年は肩を上げ下げしている。両手を掲げて手を振りながら、「そうでなくて」と鏡花は言った。
「DH社への報復って、何?」
「報復は報復ですよ。し・か・え・し。僕は、あそこで非人道的な実験を強制させられていまして…」
またまた予想していなかった言葉が飛び出し、鏡花は彼の話を遮って、「はい?」と繰り返した。
「非人道的実験? 強制?」
「マッドって居るでしょ? 名前の通り、イカれてる科学者さん。あそこのラボに居たんですよ、僕は」
またまた衝撃的な事を言われて、鏡花は目が飛び出るぐらい大きく見開いた。確かに、DH社にはきな臭い噂が、社内にも蔓延している。特に≪No.4 マッド=マスクイア≫は、やれ遺体を不法に集めているだの、やれ人間を怪人に改造しているだの、やれ人体実験をしているだの様々だ。それでも最低限、殺人や許可のない人体実験、死体以外での改造はしていないと思っていた。さらに死体なんかも、戦争で大量死した異次元から持ってきたとか聞いていたから、私達には全然関係ないと勝手に思っていて―――。
「嘘でしょ…」
「む。いくら僕がトラウマを乗り越えたからと言っても、そんな安易な言葉は欲しくなかったですね」
愛想のいい顔に苛立ちが見えて、鏡花は呆然とそれを眺めた。何か感情を押さえるように腕組みする青年に、益々鏡花は困惑顔をする。彼女の葛藤も分かっているかのように彼は肩をすくめると、「幹部とはいえ、貴女は一般人に近いんですね」と耐えるようにため息を吐いた。
「ちょっと長いけれど、聞いて下さいよ」
一気に食欲が無くなって箸を置いた鏡花に、青年はあぐらをかいて前に座ると、盆を横に退かして呼吸を整えた。思わず居住まいを正して鏡花は彼を見つめる。「ごほんっ」と軽く咳払いした彼は記憶にあるマッドのラボについて説明し始めた。
「僕が記憶しているのは3-5歳ぐらいだと思います。何か良くわからない機械に繋がれて、僕は生きていました」
彼に名前はなく、マッドらしき男は番号で彼を呼んでいたという。実験内容は主に脳波や心拍の測定機器をずっと付けておく事がメインだったらしいが、彼の特殊体質が分かってからは電気を通したり血を抜くなど、外傷を呈する激しいものに変わったとの事だ。
「正直あまり覚えてはいませんが、月並みですけど、とても怖かったですね。で、ある時、僕は外に居たんです」
街頭が眩しい夜だったという。蛾や羽虫が飛ぶ音が怖くて、少しでも明るい場所に行こうと駅地下に下りたらしい。来ているモノは白い病院服でで、足も裸足。途中、警察官に追いかけられたが、マッドの追手だと思って振りきってしまったと笑った。
「そんなこんなしている時に、ボスに会ったんですよ」
何でもボスもまたホームレスのようなものだったらしく、何の気が合ったのか、彼らは親子として二人で暮らし始めたと柔らかく微笑みながら彼は言った。「きったない人だなって思いました」と言いながら、彼は自慢気にその頃の話をしてくれる。DH社の悪い面を言われて降下していた鏡花の気持ちがほわっと軽くなった頃、さらに彼は一瞬、硬く口を引き結んだ。
「そういう訳で、町工場で働いていたんですが、その時に僕と同じように逃げて来た人を見つけたんです。それが女将さんですよ。だからあの人、年を取りにくいんじゃないかって、常々…」
一旦口を閉じてから、思い出したように青年は鏡花を見た。
「この組織はね、キョウカさん。DH社に弄ばれた人達が、”ボス”を中心に集まって出来た組織なんです。ボスは、僕たちの為に怒ってくれているんですよ」
青年の言葉に、鏡花は声を失う。顔色も悪くなっている彼女に、青年は続けた。
「SRECの襲撃は、DHへの牽制を断られたから仕方なくって部分があったんです。それでも、僕らユニークな体質なんで、変装したり、電気を操ったり、爆弾を改造したり、それぞれが役割を持って仕事を行ったら、彼らの上層部を押さえる事が出来ましてね。一部に逃げられもしましたが、本来なら僕たちだけでって思っていたものですから、SRECにあまり興味はないんですよ」
何処か優しく言った次には、「ま、使えるモノは何でも使うがうちのモットーなので、”お願い”して協力していただける方も出てきましたけれど」と厭らしく笑う青年。何とも言えずに黙って聞いている鏡花を見て、くすくす笑うと、彼は「どうですか?」と尋ねて来た。
「正直、何て言っていいかわかんない」
「ですよねぇ」
難しい顔をする鏡花に、そう笑い、彼は盆を元に戻した。
「食事時にするには、重い話ですもんね。あ、食欲ないんでしたら、僕が食べますから安心してください」
慣れた手付きで帯を締め、両手両足のさらしをきつく巻くと気分が変わる。最後に耳にかけたイヤホン型端末に地図のデータを押し込み、蘇芳の準備は完了した。隣にはモノクロム型の末端に同じ様にデータを入れたシュートランスが、少し邪魔そうに黒いマントの端を払う。
仮にも悪の組織同士の抗争という事で、各人自分の戦闘服を身に纏っていた。蘇芳は阿修羅族の戦闘服を多少改変したもの、シュートランスは常の黒いマントの制服、そしてプラチナはフリルとドレープがふんだんに使われたワンピーススカートだ。シュートランスは軍服を元に作られた制服だから良いとして、プラチナは物凄く動きにくそうだが大丈夫だろうかと、蘇芳は彼女を見る。「何?」と言いたげに見返され、蘇芳は首を振った。
DHスタッフの大半が、ロビー前に陣取る第三組織の構成員を警戒して動けない中、鏡花の救出に彼ら三人だけで行く事になったのは自然な流れだった。正面から戦争するわけでなく、少数で隠密行動をという事で、彼らは第二セクターのマッドの研究室から地下に繋がる出入り口に向かっている。そこから下水道に入る手筈になっていて、彼らは最後の確認をしていた所だ。そんな折、うっかりイビー爺さんと出くわし、物々しい幹部の雰囲気から「何じゃ、出入りか」と祭前にわくわくするような顔で言われ、彼らは顔を見合わせた。
「何だ、爺。元気そうだな」
「ふん。口の訊き方に気を付けるが良い。…ま、用があるならお前さんじゃなくそっちじゃな。ほれ、でかいの」
シュートランスに軽口を叩いた彼は、ひょいっと適当ささえ感じる動きで、蘇芳に手の平サイズの何かを放り投げて来た。それを受け取って物言いたげな視線を向けると、イビー爺さん。
「SF担当の知り合いと冗談で作った簡易爆弾じゃ。威力もそこそこ、見た目もド派手。カチコミから自爆用まで、何でもござれよ。どうせお前さんか、あの嬢ちゃんに渡そうと思っておったもんじゃ。遠慮なく持って行け」
「ふっ……物騒だな」
飴玉を配るように気軽に爆発物を渡されて失笑した蘇芳に、イビー爺さんは「んなもん日常よ」と鼻で笑い返す。「良いか」と指を突きつけながら、彼は下から見上げるようなにやりとした顔で言った。
「お前さん、こんな悪の組織を趣味でやるとんでも会社に居るんだぞ? これぐらいは日常茶飯事じゃ」
イビー爺さんの言に思わず「それもそうか」と笑いが漏れると、横で見ていたプラチナが「うっわ、悪い顔」と冗談まじりに笑った。
「んなもん貰って喜んでるんじゃねぇよ。行くぞ」
移動しながらモノクロムの画面にマッドの指示が出されているらしいシュートランスが、先導してそこを後にする。彼らを見送りながら、イビー爺さんは「代わりにちゃんと面白いもん持って帰るんじゃぞ~」としっかり釘をさすのを忘れない、強かさを見せた。
「元気だよね、あのお爺さん。前、幹部室に突撃してきた人でしょ?」
「今はSF担当の開発部署の副補佐にまでなっているらしい。時折、見かける」
プラチナが言えば、短期間で生き生きと昇り詰めている彼の姿が浮かんだか、蘇芳が言う。
「本当、碌でもねぇ、爺だよ」
吐き捨てるように言ったシュートランスは、さらに「上に動きはねぇな」と下っ端達からの情報を伝え、第二セクターからの出口である、梯子付きの小さな床の出入り口を蹴った。ガコンと開いたそこに、先ずしゅっと落ちた彼は、左右を見渡してこちらに合図してくる。
「お先っ」
ESPで浮遊出来るプラチナが、即座に言って着地した。彼女が退くのを待って、蘇芳も落下する。
「随分明るいんだな」
「よく地下からも移動するから、下水道に入るまでの地下道は電気が付いてると思って良いぞ」
よくよく使う代表である戦隊モノ担当の言にプラチナと蘇芳が頷くと、急に足音が響いて彼らは口を閉じた。
「お。ようやく気概のある奴が出て来たか」
「出来れば、このままお引き取り願いたいんですが…」
視線を向けた三人の前に、背に大剣を背負った男と学生服の少女の姿がある。嫌な予感にアイコンタクトを取るプラチナと目が合ったシュートランスが先手を仕掛けた。≪瞬加速≫で男と少女の間に入るシュートランスに、良い反応で男が背中の大剣を振り回し、少女がさっと転がって避けるとキラキラしいステッキを手に掲げる。
「”ラブリーピンキー・スイートアップ”ッ!!」
「あー…やっぱ、SRECの魔法少女かっ」
びかっと眩しさに目を背けつつ、プラチナは言ってESPの念動力を当てようとする。光に向かって衝撃波が襲ったが、シャラランッと音と共に霧散した。
「だよね。お約束だもんねぇっ」
必然的に自分の相手と判断した彼女は、そう言って光源が落ち着いてきた頃に飛び出した。刹那、入れ替わるように蘇芳の真横に人の気配。はっとすると大剣を振り被った男が、こちらを標的に突っ込んできた。
「くっ」
拳を握り、手甲の蛇腹鎧を覆う。襲ってくる衝撃に耐えれそうには思えず、即座に闘気を纏わせた蘇芳は、何とか大剣を受け止める事が出来た。が、次の挙動をどうしようかと迷う一瞬の間に、大剣はガショッと排気孔のようなモノを内部から展開させると、ガオンッと黒い煙を排気する。途端に圧迫感を増した大剣を受け止めきれずに弾き、彼は後退した。大量の排ガスで視界が悪く、凄い臭いに咳き込む。
「なるほど。拳闘士か」
自身の背丈ほどもある巨大な銃剣を、重さを感じさせない動きで扱い、目の前の男は短く言った。全く重さを感じさせない動作と爆音から、彼の剣が只の大剣でなく、発射口のある銃剣であると判断する。確か物理だけでなく、魔法的要素がある武器だったかと蘇芳は頭を巡らせ、さて、どうしたものかと唇を舐めた。刹那。
―――左の大振り!
即座に突っ込んできた男の剣を避け、返す刀で蹴りを入れようとした蘇芳に、再び爆音が襲う。爆発の衝撃から軌道を変えた刃が下から襲って来て、彼は慌てて上体を逸らした。その死角から相手方の蹴りが来たと気付く頃には、身を捻る間もなく横っ腹に一撃貰う。ぐっと引っ張られるような衝撃に、蘇芳は人型になった竜人の姿を思い出していた。
そもそも魔法的要素は理解の範囲外にある蘇芳であるが、幹部控室で人型を取った竜人の行った探索の術の原理は、何となく察せられる。竜人が霊気と呼ぶ各個人の生体エネルギーを、自分の分を拡大して散布させ接触反応から位置を見る、いうなれば自身のエネルギーの膨大さを利用した力技だ。そして、それを半径15km以上の範囲に出来る竜人の、彼の生体エネルギーの巨大さを感じ、蘇芳は身震いした。普段感じる事がないのは竜人が抑えているからに過ぎないのだと理解して、以前土地神のような事をしていたと言った竜人もまた、阿修羅族の始祖のような存在なのかもしれないと認識を改めたのだ。そして何故今それを思い出しているかと言うと、目の前に立ちはだかる存在もまた、そう言った力ある存在なのだと認識させられて、この世界にこういった輩が日常的に存在する危うさを感じているからだった。
何撃か手を合わせて、相手も自身と同じ様に対人間に特化した動きが出来ると自然に感じた蘇芳は、特に返事をしなかったものの、厄介だなという顔をした。相手も似たような表情をしているのがわかるのが、皮肉である。
「俺は、魔巧武装≪煉獄≫の使い手、サイク=ハルク。お前は見ない顔だが、DH社幹部か?」
手にした銃剣を一時下げて尋ねて来たそれに、蘇芳は構えを解いた。
「DH≪No.11 蘇芳≫」
「新人か。運がなかったな、お前」
恐らく彼は、シュートランスが掴んだ情報通りの、第三組織と契約したSRECのメンバーなのだろう。その割に正義の味方というよりは、どこか悪役めいたセリフを吐くなと蘇芳は思ったが、その理由は近くに着地したシュートランスで判明した。
「あんた、DH社のOBだろうが。元No.5なんだから、そこ退けよっ」
「よぉ、≪瞬加速≫。てめぇらこそ、さっさと降伏しろよ。俺も板挟みで辛いんだ」
「その単純さばっかり、変わりねぇんだからっ。この戦闘脳っ」
なるほど、と言葉に出さず蘇芳は納得した。DH社からSREC社へ転身も在りうると聞いていた事で納得した事もそう、また、第三組織に言われて嫌々していた雰囲気があった彼が、手合わせしてから好戦的な雰囲気に変化したのも、単純に試合わせしたくなったのだろうと理解した事もそう。何だか身近に感じられていたのは、似た者同士だったからかと、蘇芳は薄らと嗤った。
「お?」
語尾にハートマークでも付きそうな、そんな愉快な展開を喜ぶ声が相手から漏れ、応えるように蘇芳もぎしりと拳を握る。抑えていた闘気を解放した為か、物騒な気配に蘇芳を振り返ったシュートランスは、彼の顔に笑みが浮かんでいるのを見て、天を仰ぐような仕草をした。
「お前もかよっ」
脳筋とでも罵りたいように顔を歪めて、彼はサイクと一緒にやってきた魔法少女の攻撃をかわす為、その場から離れる。上空で魔法少女と遠距離攻撃をやり合っていたプラチナが、同じ様な力量の相手に苛々と「さっさと潰れなよっ」と叫ぶのも聞こえ、笑みを深めた蘇芳は、くいっと指を動かして相手を挑発した。
「良い根性してんじゃねぇか」
何処か愉快そうに言い捨て、持った銃剣を稼働させたサイクは、「後悔すんじゃねぇぞっ」と銃剣を振り上げる。爆音を響かせて向かってきた相手の初撃を避け、斬りあげられた刀身をいなし、懐に入り込もうとした蘇芳を牽制するようにサイクもまた切っ先を翻して、ほんの30秒の間に濃密なやり取りをして距離を取った。
「良いねぇ…。ただもう少ししゃべれよ。寂しいだろ」
感慨深く吐息を漏らすサイクに、一瞬の笑みを浮かべた後は無表情に近い顔付きになった蘇芳は、物問いたげにちらりと視線を向ける。それに「お前、感情出すの抑えるタイプか」とにっと笑みを浮かべて、サイクは銃剣のスロットに二つ程何かを入れた。
「折角だし、後輩に見せてやるよ。≪煉獄≫を」
彼が言うと、重厚な爆音を響かせて銃剣に炎が噴き出し、長い帯を纏うようにたなびいた。顔には出さず、こんな所まで似ているのかと目を細めた蘇芳は、その冷静な表情のまま印を組む。必殺だろう初撃はかわすと決めて、闘気を”溜め”に入った彼の様子も見たか、サイクはなお嬉しそうに「次で決めようぜ」と笑みを浮かべた。
「≪煉獄≫っ…!!」
「奥義…、」
ほぼ同時に地を蹴り、相手に向かう。サイクの銃剣はさらに爆音を響かせ、蘇芳の両手には闘気の圧縮から来る炎が宿った。
「≪奔れえぇぇぇぇぇ≫っ!!」
「≪紅蓮降魔陣≫っ!!」
サイクが吠えると銃剣から斬りあげられた炎が巻きあがり、双頭の狗の形を取って蘇芳に向かう。ばっばっと印を変化、解放させた蘇芳はその炎の狗の寸前まで引きつけ、噛みついて来た初撃、追撃してきた二撃目以降を紙一重で回避し、相手の闘気が形作った炎に楔を打ち込んだ。
蘇芳の扱う≪紅蓮降魔陣≫は、組んだ印を攻撃として相手に撃ち込み、陣を描いて発動する技である。通常は相手への攻撃や自身の足さばきで印を描き、各箇所に仕込んだ印の力を用いて一定空間範囲の体感時間を引き延ばす陣を発動、溜めに溜めて強大な炎となった拳や蹴りを、確実に相手の急所に当て入れるものだ。
だが、本来なら≪煉獄の狗≫と同時に攻撃するはずのサイクは、相手が拳闘士と警戒して近づかず、暴れまわる≪煉獄の狗≫の手綱取りに集中していた。そうなれば、陣を発動するには蘇芳の行動範囲はさらに広く、消費する体力や闘気はさらに膨大になり、苦戦するはずである。けれども、≪煉獄≫と呼ばれる銃剣が、ある種のエネルギー砲だと見抜いていた彼は、それを利用することにした。
「逃げてばかりじゃ、俺は倒せねぇぜぇっ」
一撃、二撃と行動するごとに速度があがっていく≪煉獄の狗≫に、蘇芳の体を掠る回数が増えていく。蘇芳の速度も上がってはいっているが、狗の早さには負けており、そろそろ終了だとサイクが合図した、刹那、待っていたようににやっと蘇芳が笑みを見せた。
「!?」
先程まで無表情だった彼が笑みを見せた瞬間、蘇芳の手は撫でるように狗の額に触れている。途端に感じる違和感にサイクは身を固くすると、同時に蘇芳が「唸れ、紅魔」と短く言って、固めていたもう一方の拳を振り抜いた。
――――――弩ッ。
瞬間、蘇芳からサイクに向かい、狗を巻き込むように貫いて、炎の槍が投げ返される。炎の狗を巻き込んだ分だけ巨大になった渦に、サイクは堪らず銃剣を盾にして踏ん張った。
「ぐっ、ぅ…っ」
豪っと過ぎる炎の風に、サイクの髪の先や服の表面が焦げる。歯を噛み締めて最後まで耐えきったサイクを狙い、蘇芳がその背後から現れた。利き腕での鋭い一撃だったものの、「バレてんだよっ!!」とサイクは上空へ跳んで回避する。大きな跳躍に呆気にとられるかと思って確認した蘇芳の顔は、再びふっと笑みを浮かべていた。身動きの取れない空中へもう一度攻撃するつもりかと、蘇芳に集中した彼だったが、後頭部にゴンッと強烈な一撃を喰らい、視界が揺れて、落ちる。
「な、何で、飛び出してくるんですかぁっ」
甘ったるい声がサイクの背後から聞こえた。これは、共に家族を人質に取られてDH社の足止めを命令された魔法少女の声だ。彼女の誤爆を受けたと理解すると同時に、彼女の方も何か喰らったらしく、「きゃあ」と短い悲鳴が聞こえて、落ちる音がした。眩暈に、伏せた地面から起き上がれないサイクの傍、忌々しい男がしゃがみこむ。
「お前の≪煉獄≫を目くらましに使った。読み合いは俺の”詰み”だ」
「くっそ……て、めぇ、覚えてろよ…」
想像以上に悔しかったらしく、そこまで言い切ってからサイクは気を失った。それに「覚えていれば」と冷淡に返し、蘇芳も立ち上がる。
「すっごー…」
戦いの一部始終を見ていたらしいプラチナが、半開きの口のまま蘇芳を見上げる。それに軽く頭を撫で、蘇芳は、気絶した魔法少女を縛り上げ、サイクと一緒に柱に括りつけているシュートランスの手伝いに移動した。