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Darker Holic  作者: 和砂
side5
108/113

side5 悪役と悪役8

☆感想随時募集中です。


 普段はロボ搭乗用のボディスーツか、DH社の女子制服のどちらかを着ていたので、新しい制服は違和感があると鏡花は身じろぎした。ノリが効いてピシッとしているせいか、息苦しさを感じて襟口を引っ張る。それに気付いたか、隣を行く黒のボンテージを着た美魔女が心配そうに首を傾げた。




「あら、キョウカさん。お気に召さなかったかしら」




 身につけているのは攻撃的、扇情的な露出度高めのボンテージ服であるのに、彼女の言動はふんわりとしていて優しい。また、あのひげ面の親父と年は変わらないのに、もっとずっと若く美人に見える凄い人だった。




「いえ、大丈夫です。ちょっと、緊張してるのかな、あはは…」




 さらに攫われたはずの鏡花は、彼女の中では旦那の都合で強引に連れてこられたにしても”お客様”らしく、しきりに恐縮されているのだ。もっと見下したり意地の悪い人だったら、鏡花もふてぶてしく居れたかもしれないが、こう親切にされるとどうも調子が狂う。その点、後ろから着いてきているこいつは安心だ。




「緊張も何もないと思いますけどねぇ。何せ、敵対組織ですし? 女将さん、聞いてます?」


「あら、聞いているわ。大丈夫よ。女同士だもの、仲良くしましょうね」




 第一印象が細く長いのこの青年も、彼女が微妙にズレているのに慣れているのか、諦めて肩を竦める。参謀気どりと自称していた彼が、鏡花を拘束なしで歩かせるのに文句を言わないのは、隣にこの人が居る事が大きい。

 「あの人に会えば、大抵の人は大人しくしてくれますからねぇ」と言っていた意味がわかるというものだ。現に、絶対に脱走してやると意気込んでいた鏡花も、あの倉庫で着替えを手伝ってくれたこの人が現れてから、どうして良いかわからなくなって困っていた。




「良いですか、キョウカさん。貴女の部屋にお送りしますから、大人しくしていてくださいね。でないと、ご飯抜きです。結構辛いですよ」




 真面目くさった顔で青年が言うので、鏡花は軽く睨んでやった。視線が合い、少しだけお互いの意図を察し、そのまま明後日の方向を向いた所で、空気が読めない新興組織No.2の奥さんが「あら」と肩を怒らせる。




「緊張してるのは貴方の方じゃないの。さっきもキョウカさんに意地悪していたし。ごめんなさいね。ちょっと照れてるのよ。女の子と話すことなんか滅多にない、シャイな子だから」


「い、いいえぇ、お構いなく…」




 彼女の言に、青年は不満そうに息を吐き、鏡花は何とも言えない表情で無難な返事をした。何と言うか、完全に下宿先の奥さんとお世話になっている大学生の会話である。鏡花としてはもっと殺伐としていたり、システマティックだったりと、そういう組織を想像していたのだが、大変所帯じみている。本当にこの組織がSRECを制圧し、DHへ喧嘩を吹っ掛けてきている組織なのだろうかと、何度目になるか考えた。そんな折、鏡花の肩を軽く引くようにして、後ろの青年が耳打ちしてくる。




「本当に、大人しくしていてくださいね。女将さんの手前こう言っていますが、あれでボスは短気なんです。SREC側の人質の何人かが騒ぎを起こした時なんか、僕も穏便にはいけませんでしたから」


「ご忠告、どぅも」




 言って鏡花は、彼の手を払った。払われた手を摩りながら、彼は再び肩を竦める。そして通り過ぎたらしい奥さんを呼びとめて、一室の鍵を開けて中を見せた。入り口すぐにはトイレだろうドアがあり、ちょっと身を出してみれば、簡易ベッドが置いてある。他は何も、当然だが窓もなく、換気口は腕が入るか程度。横目で確認したドアもやぱり外鍵で、なんと内側のドアノブもない。徹底した監禁部屋である。鏡花が顔を顰めたのがわかったのか、青年はため息吐きつつ、「当然でしょ」と中へ入るよう指示した。




「じゃあ、すぐにご飯を持ってくるわね。待っていて」




 鏡花が部屋の中から外を振り返ると、ちょっとすまなさそうにしながらも奥さんがそう言って手を振った。青年は、いくら毒気を抜いてしまう奥さんが一緒だったとしても鏡花が大人しかったのが気になったらしく、鍵を締める前にもう一度ドアの中に首を突っ込むと、「良いですか。大人しくしててくださいよ」と再三注意して出ていった。


 部屋の真ん中に突っ立ったまま、一分過ぎ、二分過ぎ。足音が聞こえなくなったのをよくよく確認して、鏡花はとりあえず周囲の壁を叩いてみた。鈍く重い、中身が詰まったような音しか聞こえず、少なくとも隣との壁は結構厚いようだ。

 ではと換気口を見て≪感応力≫を試してみると、ずっと上方にパイプが通っている感覚が返って来た。随分地下にあるんだなとわかり、鏡花はさらに首を捻った。

 DHなんかも地下に広大な建築をしているものだが、そういう事が出来る場所は結構限られているという話だ。さらにSRECも地下建築を行っており、縄張り争いが激しかったとの噂を聞いた彼女は、この施設の大凡の場所を特定できるのではと考える。




「まぁ、それには≪感応力これ≫しかないわよねぇ…」




 まず部屋の内部に意識を集中した鏡花は、監視カメラと盗聴機の存在をマークした。それからトイレに行く振りをしてそこもチェックしたが、監視カメラがない代わりに、タイマーのようなモノがあって、一定時間過ぎれば向こうに連絡が行くようになっているのに気がついた。




「ちっ」




 陰険と舌打ちして、ベッドに倒れ込む。そのまま仮眠をとるように目を閉じて、接続コードが顕現しない程度に≪感応力≫を広げた。隣部屋との距離は結構あって、それはコンクリ壁に遮られている。人の気配は一部屋1-2人程度で、それがこのエリアだけで結構な数があった。SREC側の人質の話は本当らしい。

 では、監禁部屋以外はどういう様子かと言えば、さっき歩いて来た大通りのような通路がサイの目に通っていて、物資の輸送が主のようだった。通るのは新興組織の下っ端らしき人と輸送カーゴ。脱走と救助を想定して、見張りもきちんと置いてある。本当陰険と、鏡花はぱちっと目を開けた。

 このエリアだけでは電線の支配が出来る程度で、DH社ほんしゃに連絡を取るには不十分だというのに、接続コードを顕現させるまでしないと、別のエリアには≪能力≫が届かない。それぐらい広い空間だと再認識した。

 これはしばらく大人しくしていた方が良いかもと鏡花も考える。それでなくても、DH社ほんしゃでは、自分が攫われた事がプラチナと蘇芳を通じて広まっているだろうし、対策もしているだろうから。




「守りより攻めの方が得意そうだしね、あの二人」




 じっと待つよりも、目標を見つけてガンガン行くイメージのプラチナと蘇芳を思い、鏡花はふぅっとため息を吐いた。





















 代わって、DH社幹部控室。敵を逃がした蘇芳達は、受付の社内通話を借りると幹部控室にすぐ連絡したのだが、受けたマッドは≪リリー=グレイス≫の感知レーダでそれらしき影を追うも見失う。




「あ、消えた」




 鏡花にひっそり付けていたGPSも破壊されてしまい、お手上げ状態である。しかも彼女が消えた地点は、敵側の輸送隊を追っていた時と似たような地点であるので、十中八九、ロビー前に陣取っている第三組織の手の者だろうと思われた。DH社から半径15kmの地点から、彼らの足取りを追えないのである。




「まぁ、ある程度は予想しているけど、地下だね、地下ぁ。しかもこの15km地点っての、都市部の下水道とも被る、良い位置なんだよねぇ。昔SRECと取り合って、結局市役所に怒られて、どっちも取れなくなった所だし」


「わかってんなら、突撃しようよぅ!」




 天津飯をもぐもぐしつつ話すマッドに、ごくっと定食についていた汁物を呑み込んで、プラチナ。その周囲には、自席に腰かけて中華丼を食す竜人と蘇芳の二人が居た。腹が減っては戦は出来ぬと、何もできない時間、早速彼らは食事をする事にしたのだ。居ない鏡花の分は竜人に処理させ、甘いものが苦手な蘇芳以外は、鏡花のおごりだろう杏仁豆腐も食べている。

 一番早く食事を終えた蘇芳は、満腹になった重い息を吐くと、早速マッドの見ていたレーダのデータをPCに引っ張りいれた。それからマッドの言う下水道の配置を重ね、これまで見失った地点のマッピングを始める。彼の得意な演算を使っているらしい。




「性急だねぇい」




 いまだ食べながら≪防御機構グレイス≫を扱っているマッドが、そう蘇芳を評した。だが、プラチナも最後の一口を食べながら、「早く見つけてあげたいし」と彼の肩を持つような発言をする。




「なんだかんだでコンビやってるし、今回はちょっと悔しいんでしょ。それでなくても案外爪が甘いからね」




 「悪役ぼくたちは」とマッドが皮肉げると、普段なら関係ないとばかりにしている竜人が「カラクリで追えぬならば、我が探そう」とかなり珍しい気遣いをしてきた。プラチナが変な顔をして竜人を見、「何か悪いのでも入ってた?」と尋ねるほどだ。すると竜人は、「あの小娘に借りが出来た…」とちらりと杏仁豆腐を見る。

 それほど甘いもの好きだったのかと周囲が納得する中、竜人はおもむろに部屋の隅、普段瞑想する場所に移動して坐した。深呼吸して瞑想に入った竜人だったが、皆が見守る中で発光し始める。一瞬眩しさに顔を背けたメンツがもう一度彼を見ると、沼地のような深い緑の鱗は長い髪へと変化し、その中に体に入っていた赤いラインのような一房がある頭となった。

 長い髪が現れた辺りから、プラチナと蘇芳の両者は目を丸くして彼を凝視している。少しきつく見える切れ長の瞳は、竜人と同じ金。通った鼻筋だが、どこか平たい印象の東洋系の顔立ち。筋張った身体は、竜人の常に纏っている裾の長い礼服である。それをぴしりと着こなした貴公子が居た。




「あ、めっずらしいの」




 特に驚くでなくマッドが軽い感想を零す。初めて見たプラチナと蘇芳は何か言おうとして口を開くが、軽く首を振りながら閉じた。竜人は、別次元で守り神のような事もやっていたらしいと話に聞いていたが、普段リザードマンのような格好しかしないので、今一信じきれなかった部分があった。プラチナは「うっわぁ」と感嘆を漏らす。言うだけあって、人型になった竜人は、結構な色男であった。




「始める。少し黙っておれよ」




 完全に人型に変形してしまった竜人は、そう言うと座禅を組むように沈黙する。それが厳かな声だったものだから、プラチナも軽口を叩かずそっとレンゲを置いた。蘇芳さえも手を止めて彼を眺めていると、うっすらと目を開けた竜人がぶつぶつと何事か呟いている。それから立ち上がって一周をぐるりと眺めると、南西の方角で止まった。竜人の体から金色の靄のようなモノが立ち上がっている。




「見つけた。………ほぅ。結構な地下建築に囚われているようだ。様式は、DH社うちに似ている?」


「南西、ね。ちょっと資料を引っ張り出してぇみる…」




 微かに眉根を寄せた竜人を見て、マッドが天津飯を掻き込んでPCのキーボードを引っ張った。それを見て、竜人はすうっと体から登っていた靄――恐らく彼が言う霊気――を治める。それから疲れたとでも言う様に、畳の上に腰かけ、肘置きに体を預けた。




「何を呆然としている、愚か者ども。我は竜人。矮小な人の姿から、偉大な竜の姿にも成れる種ぞ」




 あまりにじっと眺めていたか、プラチナと蘇芳に言って、竜人は「はぁ」と頬杖をついた。憂いを帯びた顔で遠くを見やり、「そろそろ≪俊足≫も戻って来るだろう。後はお前たち次第」と、役目は終わったといわんばかりだ。だが、普段からアレな竜人の事、気にしてもいられないと蘇芳は、彼の言からシュートランスが戻って来るのかと、不思議な気持ちで控室のドアを見た。確かに人の気配が近づいている。期待を裏切らず、すぐにドアを開けて黒いマントの男が現れた。




「よう。こっちはどんな調子だ?」




 普段通り入り口で声をかけて来たシュートランスに、プラチナが「シューぅ、ちゃぁんっ!!」と歓声を上げて飛びつく。「うおっ」っとよろけつつも受け止めて、彼は途端に不機嫌になると、「”シューちゃん”言うなっ」と普段通り唸った。それから控室を見渡して、竜人が人型なのに半口を開けると、説明を求めるように蘇芳を見る。それに肩を竦めて蘇芳が答えると、代わりにプラチナがマントを引っ張った。




「鏡花姉ぇが、攫われたの」


「………は? 何で?」




 あまりに突拍子もない事だったのか、心底驚いて返すシュートランスに、マッドがケタケタ笑いながら「裏口から襲撃だよ、襲ぅ撃ぃ」と手を振る。幹部控室に来る前まで、彼はDH社正面玄関の、一番睨み合いが激しい場所で指示していたはずだ。「裏口は結構あるからな。監視の目が逃れたか」と舌打ちした。




「で、何でお前ら無事なんだよ。飯の匂いもするしさ」


「ご飯出前取ったら、そこから裏口で襲撃された」


「ばっ……!!?」




 プラチナが言い、シュートランスは言葉を失ったようだ。頭を抱える様に額に手を当てると、物言いたげな視線を蘇芳に投げる。この中で一番まともそうだからだろうが、どの程度の抗争と相手かはっきりイメージ出来ていなかった鏡花と蘇芳には酷だろう。




「すまん。油断した」




 素直に蘇芳が言えば、シュートランスは難しい表情で大きくため息を吐く。




「お前ら、危機感なさ過ぎだろ」


「だって、私だって撒ける相手だったし」




 登校途中の事を思い出しているのかプラチナが言えば、シュートランスは片眉を上げる。ちらっとマッドを見て「SRECが動き出しそうだって話はしたよな?」と確認したが、彼は「あ、忘れてた」と大笑いした。そのセリフに、プラチナと蘇芳はぎょっとしてシュートランスを見る。




「そういや、お前らSRECの件から帰って来たばっかりだったか。仕方ねぇな。でも、奴ら側のリークだから、しっかりした情報だと思うぜ。だから、気を付けろっていったのに、…この、馬鹿っ」


「ひゃっはは! ごめんってぇ…ひひひっ…」




 狂ったように笑いだしたマッドに肩を落とし、シュートランスはプラチナを引っ張ったまま蘇芳の席近くにやって来て、頭を掻いた。




「で、捜索はどうなってんだ。下水道辺りが怪しいって≪職人≫が踏んでんだが、下っ端たちもここを動けないし、どうしたもんかって思ってたんだ。ついでで良ければ、手伝うぜ?」




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