表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Darker Holic  作者: 和砂
side5
106/113

side5 悪役と悪役6

 こんな事している場合かとの疑念は、鏡花だけでなく蘇芳も持っているようだと、先程頭を抱えながらPCに向き合っている様子を見て思う。自分は、まぁ、本来ならこういう仕事ばかりの筈だったので苦ではないはずなのに、それをしているのが誰の為かと一瞬でも考えると、集中力をぶん投げたくなる。




「なんで、こんなに溜めちゃうかなぁ…」




 ため息混じりに吐き捨てて、浮かびかけた怒りを流す。そんな折、ずんっとまた机に、紙束が入った封筒を積まれた。思わず威嚇顔で見上げた鏡花に、無表情のトカゲ顔が映る。




「少しは、自分で、やって」


「我がちまちまとこの手で仕分けるよりも、小娘、お前が早い」




 褒められているのか、やる気がないのか、太くて短く、広げれば水かきまでついている鱗のある手を見せる竜人。瞬間沸騰するように湧いた怒りを、歯を剥き出して噛み殺し、鏡花は乱暴に封筒を掴み取った。




「心配せずとも、こちらはこちらで己が責務を勤めている」




 言って、ゆったりと踵を返した竜人は再び控室の一角に陣取ると、坐して瞑想を始めた。どこがだと怒鳴りつけてやりたい気持ちになりながらも、これ以上頭を沸騰させるとまずいと視線を逸らす。戻って指示を仰げと上位幹部より言われた彼から渡された仕事は、関連書類毎の整理と、未記入部分の打ち込みの単純作業であるが、量が量だ。よくもここまでと溜めに溜めた書類を見れば、まるで小学生時代の弟の机やランドセルの中、くしゃくしゃになったプリント達を見た時と同じ気持ちになる。




「普段はどうしてるのよ、普段はっ。毎回誰かが手伝っているわけじゃないんでしょう?」




 堪らず言えば、ちらちらと二股の舌を出し入れしつつ、竜人。




「普段は、副官がやっている。この抗争中に怪我をしたらしく、今は休みだ」


「………それは、災難だったわね」




 瞑想を続けたまま言われ、流石に苛々が納まった鏡花は気拙く言い、今度こそ作業に戻った。こういう単純作業は案外嫌いではない彼女は、無駄口を叩かなくなった途端、先の倍のスピードで処理し始める。気がつけば、苦手らしい蘇芳の手伝いまでしていた。




「お前が副官だったら…」


「貴方まで何を言っているのよ」




 できなくはないが、こういう作業は嫌いらしい蘇芳は、元々OL志望の彼女を見上げて、何かを真剣に考えているようだった。彼の言に返事しながら、そう言えばと、鏡花は思い返した。何か報告書を作成しなければならない時、彼は普段の仕事を詰めて時間を空けるようにしていたな、と。彼に気付かれない程度に笑い、鏡花は終わったファイルを抱えて奥の保管室へ移動した。




「んー…」




 すっかり腕が軽くなって席に戻れば、色々奇怪な叫び声を上げていたマッドも、作業を止めたか伸びをしている。どうせ会社から動けないし、SFの仕事もない、新興組織が玄関前を陣取っているので来客もないと、竜人の溜めた仕事の処理を任せられた鏡花たちであったが、一段落ついたようだ。首を動かして体を解している蘇芳も見て、鏡花はお茶を淹れようと立ち上がった。そのタイミングでマッドも、「キョーカ、お茶ぁ」と片手をひらひらさせる。絶対に自分から動かないだろう三人を眺めて、鏡花は肩をすくめた。が、これが間違いの始まり。




「鏡花、L-7のファイル」


「あ、追加でぇG/Tのもお願いぃ」


「小娘。さっさとしろ」




 蘇芳、マッド、竜人に言われ、鏡花は軽く片眉を上げた。彼女がお茶を淹れたのは、文化によって育てられた女の子らしい心の現れと彼らへの小さな優しさである。間違っても、彼らの秘書になった覚えはない。竜人に文句を言われるのが嫌だから、普段より丁寧にお茶を淹れたのがいけなかったのだろうか。いい加減にしろと文句を言ってやろうかと深呼吸した彼女だが、仕事が捗るのも間違いないので、結局文句を言わずにファイルを手渡した。




「お人好しだよね、鏡花姉ぇ」




 マッドに手渡した所で背後から言われ、びくりとして振り返ると、どうやらESPのテレポートでやってきたらしいプラチナがツインテールを揺らし着地した所だった。ちらっと鏡花が時計を見れば、どうやら学校が終わってすぐ帰って来たようである。




「お帰り。大丈夫だった?」


「ただいま。んー、まぁね。先生にHRが終わったら、すぐESPで帰りますって許可貰ってたし」


「でしょうね」




 終業時刻同時に控室に現れた所を見れば、言わずとも想像できる。新興組織の襲撃があってから、彼女はこうして会社と学校をESPで行き来しているようだ。プラチナは、元々別次元の、ESP能力者と一般人とが混合するSF世界の人間だ。そこでは貧富の差が激しく、彼女のようなESPを持つことで捨てられた孤児なんかも大勢いるらしい。そこからDH社に拾われ、成人するまでは会社が後見人となって彼女を学校へやり、幹部として仕事も提供しているという事だ。明るい性格の彼女は、外見から想像できなくとも、結構な苦学生である。




「プラチナちゃん。おやつにドーナツあるけど、食べる?」


「食べる食べる!」




 ぴょんぴょんと喜んで声を弾ませると、彼女は「着替えてくるね」と奥に引っ込んだ。先ほどよりもイイ気分で給湯室に向かおうとした鏡花に、マッドが「僕のは」と尋ねてくるも、「ない!」とはっきり言ってやる。不満そうな彼と、案外甘い物好きな竜人の残念そうな横顔を見てさらにイイ気分になりながら、彼女は自分とプラチナの為にお茶を用意した。




「で、少人数とか単独の学生を呼び止めたりしているから、一昨日から集団登校なの」


「困ったわねぇ。私生活に影響が出るのは勘弁してもらいたいわ」


「本当、悪役の風上にも置けないよね。どうせやるならバスジャックでもして、学生の集団誘拐とかしてみろっての」




 ちょっと過激なプラチナの発言に、しかし同じ≪職業病≫を患う身としては、どこか納得もしてしまう会話をしながら、鏡花は今度はプラチナの仕事を手伝っていた。甘いものを補給して捗るのか、相手を許しているのかわからないが、宿題に難しい顔をしているプラチナを見れば、タダ働きでも協力して良かったと思える。そろそろ普段の仕事でも定時かなと手を止めた鏡花は、「今夜は出前ね」と電話帳を取った。




「よし、来来軒だ。中華丼にしよう」


「じゃあ、私、マーボー定食」




 プラチナが続き、マッドが「天津はーん!」と叫ぶのでメモしてやる。蘇芳を横目で見れば、難しい顔しながら「お前と同じのを」と、メニューがまだよくわかっていない返答が来たのでそれもメモした。竜人は要らないだろうと電話しようとしたら、「小娘!」と叱責が飛ぶ。




「え、要るの?」


「いらん。いらんが、一人だけ尋ねないのは、礼に反するだろう」


「要らないなら、結局一緒でしょ。点心ぐらい取っとく?」




 あまり食べなくても良いと知っているし、今日はそういう気分でないのか再度「いらん」と言う彼が拗ねたように見え、鏡花は、甘いものは別腹よねと、杏仁豆腐を付けてあげる事にした。注文をするとまだ早い時間だったのが幸いしたか、30分程で届けてくれるという。また、受付に電話して知らせると、まだ正面玄関は危険なので裏口から案内してくれると約束してくれた。




「はぁ。まだ正面玄関使えないの」


「ま、引く様子はないねぇ」




 防犯カメラの映像を眺めながら、マッドがのんびり言う。そろそろ秋口。日が落ちると一気に気温が下がるのだが、ご苦労な事である。ちらっと彼が覗く画面を見れば、向こうの組織の動きはバリケードに遮られて見えないも、DH社の下っ端達はキャンプするようにテントと飯盒を使っていた。




「本当、何する気なんだか」




 見ての通り、こちらは交代で下っ端戦闘員が頑張っている状況だ。彼らと一緒に働くシュートランスの姿が見え、鏡花はもう少し落ち着いたら差し入れでもするかなと考えた。その時にでも、自分の記憶の齟齬について尋ねてみようと思う。今から緊張するな、と、ふっと息を吐いた鏡花は、視界に気になったマッドの金髪を見下ろした。




「そういえば、第三組織の本部ってどこにあるの? SREC?」


「半分はSRECに居るみたいだねぇ…、だた、本部は何処か、くひひ、僕ぅにも、わっかんないんだよねぇ…」




 役立つ物から物騒なモノまで何でもござれの彼が言うならば、巧妙に隠してあるか、向こうの技術がこちらにも負けないものだという事だろう。それならば知り合いにそういう奴が居ないかと尋ねた鏡花だったが、彼は首を振った。




「元々僕ぅは、違う次元出身だしさぁ。イビーさんなんかは、面白かったんでぇ、覚えてたけどもぉう」


「ふぅん。じゃあ本当に正体がわからない不気味な組織、なわけね。むかつく」




 なんだ、悪役っぽいじゃないかと、鏡花は拗ねたように口をとがらせた。そんなこんなしている間に、そろそろ出前が来る時間となり、鏡花はタイミング良く掛かってきた社内通話を受け取った。




「はい、こちら幹部室。あ、うん。そう、ありがとう。取りに窺うわね」




 言って切れば、「一緒に行くよ」とプラチナ。それと無言ながらついてくるらしい蘇芳がこちらまで寄って来た。人手があるのは助かるので、彼らの申し出を有難く受け、またややこしい通路を通って第一セクター付近の裏口に到着する鏡花たち。透明なドアの向こうにはいつもの格好をしたおじさんが居て、こちらに気付くとにこりと微笑んだ。




「ごはんっ、ごはんっ」




 おやつにドーナツを食べたが、若さの為か、もうお腹がすいたらしいプラチナが、会社IDで素早くドアを開ける。「こんばんは、お嬢ちゃん」と挨拶を交わしたおじさんは、彼女の招きのまま社内に踏み入れようとした。その瞬間を狙っていたかのように、彼らの背後、少し段が高くなった街路樹と低木の茂みが揺れる。




「蘇芳!!」




 彼の名前を鏡花が呼んだのは咄嗟の事だったが、反射的に彼らの前に飛び出した蘇芳は、しゅばっと現れた黒い人影を、纏めて大振りの回し蹴りで遠退かせた。どさっと投げ出される人の重さを耳に入れ、鏡花は慌ててプラチナとおじさん、ついでにごはんを引っ張りいれる。同時に、わらわらと四、五人程度の真っ黒な全身タイツの男達が入り口を囲むように立ち上がった。似ているけれども、DH社うちの下っ端スーツではない。にたりと嗤った顔をデフォルメした仮面を被り、即座に蘇芳やドア付近でもたついている鏡花たちに飛びかかろうとする全身タイツ達。




「退けっ」




 こっちに言ったのか、相手に言ったのか、短く告げた蘇芳が、近寄った一人の腕を取って地面に投げ落とした。コンクリの床にダァンっと良い音がしたので少し心配になりながら、鏡花は≪感応力≫が使えない代わりに、護身用のエネルギー銃を取り出す。




「良いねぇ、良いねぇ。悪役っぽいじゃん」




 プラチナはそう言って好戦的に笑うとESPを展開して外に出、そのまま蘇芳の隣、悪役として見栄えがいい位置で自然と仁王立ちした。その間に、蘇芳の打撃を受けたはずの全身タイツは、即座に転身して立ち上がり、横一列に蘇芳たちを囲む全身タイツの元に戻る。




「気をつけろ。耐久度が高い」


「大丈夫。私も結構、攻撃力高いから」




 言って、プラチナは片足を軽く上げ、踵を地面に打ち付けた。少し高いだけの踵が触れた瞬間、ESPの力で、円状にコンクリにひびが入る。分離した小さな欠片や埃が、彼女の展開する磁場の影響で周囲に浮かんだ。それから無造作に前に、全身タイツたちに向かい、腕を向ける。




「そぉれ、踊れぇっ」




 彼女の合図に、周囲のコンクリ片は弾丸に似た動きで全身タイツたちに向かう。彼らに触れる前、全身タイツの三人が残りの二人の前に出た。盾になろうというのだろうが、その時には礫の嵐の後ろに蘇芳が続いている。全身スーツのお陰でコンクリのダメージは軽減できるだろうが、格闘術の達人である蘇芳には、闘気という内部に衝撃を伝える技も使っているのだ。嵐が過ぎたとその直後、盾役の三人は鳩尾に的確に拳を撃ち込まれ、倒れていた。




「案外相性良いかもね、蘇芳兄ぃ」




 第二派のコンクリ片の嵐をプラチナが戻すと、入れ替わるようにして蘇芳がそこを飛びのく。蘇芳の勘の良さにプラチナが戦いやすさを感じたのだろう。このまま残り二人を無力化させてと、にっと笑った彼女たちだったが、背後で争う声がして振り返った。刹那、ばちぃっと荒々しい音がして、鏡花の体が傾ぐ。彼女の持つエネルギー銃だと二人は気付いたが、それがどうしたのかと確認する瞬前、残り二人が各人に飛びついた。




「ぐっ」




 蘇芳は、一瞬首に回った腕に片腕を巻き込ませて隙間を作って気絶の技を回避すると、背に居る全身タイツに向かって肘を叩きこむ。咄嗟の事であまり手加減が出来なかった乱暴なそれに怯んだ相手を、しゃがんで抱え上げ、そのまま下に叩き下ろした。




「≪プラチナ≫!?」


「ん、……っと、大丈夫ー!!」




 同じく抱きつかれたプラチナは、反射的に張ったESPで相手を吹き飛ばした様だ。彼女の無事を見て、DH社内に視線を移した蘇芳だが、目の前に突き出された刃物に、即座に体が飛びのいた。




「刀? サムライ?!」




 同じく飛び退きながら、プラチナが叫ぶ。迫った切っ先はそのまま宙を飛び、社外のコンクリ床に突き刺さった。すごい斬れ味だと目を丸くした二人を余所に、社内から飛び出してきた人物は走りざま刀を取って逃走する。




「鏡花姉ぇ!?」




 逃走する全身タイツは、何かを抱えていた。思わず振り返って確認したプラチナだが、来来軒と記された岡持ちが二つあるだけで、他に人は見当たらない。




「あっれ、おじさんも?」




 白いエプロンが捨て置かれている他、彼が居た気配がない。しばらく鏡花達が消えた先を眺めていた蘇芳だったが、「恐らく、違う」と首を振った。




「あの男に化けていたのだろう。そこを見てみろ」




 蘇芳が首を振った先、入り口からは見えない位置に気を失った来来軒のおじさんを発見する。「うっわぁ」と慌てて駆け寄り、今度は慎重に彼を眺めた後、プラチナは縄をほどいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ