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Darker Holic  作者: 和砂
side5
105/113

side5 悪役と悪役5




「≪竜人≫、居るか?」




 勝手知ったる様子の蘇芳と違い、鏡花の行動範囲は広くない。特に仲の悪い竜人が出没する第二セクターやら≪イーサ≫が管理する≪魔の森≫なんかは、社内見学ツアーの役が回って来ない限りそうそう行かない。けれど、自分より入社が遅かった彼が下っ端研修の後からこうも行動範囲が広くなっていると、DH社の先輩としての自負が、微かに傷つくような気がした。




「………たまに居留守も使うが、今日は居ないようだな」


「やっと控室にでも戻ったんじゃない?」




 自分の行動が中心で時間にルーズな彼なら在りうることだ。納得する鏡花をちら見した蘇芳は、「それもそうか」と言い、各セクターを仕切るゲートから遠慮なく足を踏み入れる。わざわざ両足をきちんと揃えて立った彼は、自身の全身を見聞して大きく息を吐いた。




「どうかしたの?」


「奴のテリトリーには何か魔法的要素の仕掛けがあって、何度かそれの世話になったものだから、今回もそうかと、毎回緊張するだけだ」


「うぇ、何それ…」




 何の覚悟もなく蘇芳の隣に並んだ鏡花は、いっと顔を顰めると慌てて自分の足元や後ろを確認した。彼女がどこもおかしな所がないとほっとする頃には、蘇芳は一つのドアの前まで移動している。ゲートから案外近いそこに慌てて駆け寄ると、彼はノブを回して開けた。




「で、ここ、何?」


「以前俺が寝泊まりしていた部屋だ。第3セクター中の鍵が管理してあるが、それほど重要でない物置らしい」




 ぱちっと部屋の明かりが付き、鏡花もぐるりと見回してみた。手近の壁にキーホルダーが見える他、奥の棚いっぱいに紙束が縦に突っ込んである。後は、事務室にある折り畳み式の長机とパイプ椅子が二つ。大人二人も入ればどこか手狭な部屋は、間違っても元組織No.2 を寝泊まりさせる部屋ではない。まだ、DH内で彼が監禁された時の部屋の方が余程部屋らしい。




「こんな所に居たの!?」


「≪竜人≫の意向でな。尤も、用途も無い空き部屋で、このエリアを煩わせない場所はここが最適だったらしい」


「あの、トカゲ人間ぇ…」




 ぎょっとする鏡花に、苦笑混じりに話す蘇芳は、「それよりも」と奥の棚に歩み寄った。何度か紙束を捲ってみた後、何冊か引き抜く。




「≪天空≫の文字は見なかったが、14年前の資料だと、この≪陽の巫女≫の話がある」


「≪陽の……、巫女≫!?」




 巫女の単語にびくりとして鏡花は、彼が指す場所を覗き込んだ。が、彼女のプロフィールを見ると違和感しか感じられない。金髪緑眼の少女で、写真は取れなかったか、似顔絵も西洋風でドレスを着ている。巫女というよりは令嬢だ。変な顔をする鏡花に、蘇芳は別の視点が気になったのだと言った。




「知っているかもしれないが、俺たち阿修羅の始祖は、日陽の鬼女と呼ばれる事もある。俺がこの文字を見た時は、始祖と繋がりがあるのかと思ったのだ」


阿修羅族あなたたちは始祖を信仰しているようなものだったわね。それで、何か関連は?」


「ない。この巫女は王女だと言う事と、両親が早世していて後見が碌でもないものだったという事がわかったぐらいだ。国の後継者ながら、腐敗した政治を取り戻せず、反乱軍に処刑されたらしい」


「処刑…? DH社が関わっているのに?」




 自己責任能力のある大人はともかく、この子は未成人で幼い。悪役側にいるDH社スタッフなら、彼女の身代わりを魔法やテクノロジーで用意して逃がすはずだ。自分の見る巫女とは似ても似つかない姿なので興味を失いかけた鏡花は、蘇芳の言にその資料を受け取り、わざわざ読む事にした。


 『○○年、○月』とこちらには読めない異世界文字混じりのそれ。報告者は幹部を補佐する男性の様だ。幼い姫と彼女を傀儡にしている後見人の関係から始まり、後見人の部下としてスタッフが入り込んで一年と記されている。何故か天気まで記してあり、その日は雨だったようだ。




『○月×日

 連日の雨で都の貯水量を越えてしまい、地下水道から溢れた水が水路を通って下界へと落ちている。街中では、不注意で数名が水路へ落ち、その内何名かが行方知れずとなった。王城でも、現王代理であるイジャピアン派と対立していたランジシュ派のモード卿が流され、イジャピアン派の仕業だとの噂である。本部での人数も足りず、監視に不安あり、噂の真相を確かめるに至っていない』




『○月○日

 昨日晴れ間がみられたものの、今日は曇りと、ぶり返してきている。この天候が彼らの宗教観に影響するとの報告だが、祈祷に入られた姫とスタッフの距離が離れてしまうのが不安である。何か理由をつけて配慮するとの事だが、こちらが反乱軍と接触を取っている事を勘付かれている印象があり、油断はできない。ランジシュ派のスタッフを”事故”に合わせるのも限界である。代理のスタッフはまだか』







『×月○日

 イジャピアン派でもさらに過激派の連中が行動を起こした! もはや姫しか後継者がいない今、彼女を暗殺されるわけにはいかない。幹部がイジャピアン派からの離脱と姫の保護を宣言。イジャピアン派所属のスタッフ全てが離反したわけではないが、他の後任を潜り込ませる余裕はない。計画を急ぐ事にする』




『×月×日

 二重スパイの立場に居た為か、幹部がランジシュ派の子飼いである反乱軍に協力を求めるも失敗。同時にイジャピアン派にも露見する事となった。予想より随分早くまたタイミングも良い事から、反乱軍にスパイの疑いあり、幹部へと至急報告する。同時に反乱軍へのパイプ役であるスタッフにも、彼らへの物資の供給を止めるよう通達する』








『□月○日

 一体何があったのか、幹部より姫君脱走の知らせを受ける。街外れで敵方の襲撃あり、姫を確保するも、彼女を逃がす為その場に残った幹部の所在が、以降分からず。緊急事態宣言発動。翌日にはNo.2が出動予定。しかし、彼女は殺人衝動の強い御仁だ。十分に注意が必要だろう。頭が痛い』





『□月×日

 所在不明、生死不明であった≪幹部シュートランス≫の所在が判明。拷問塔と名高い王城の北塔と言う事で、街中を捜索していたNo.2に報告する。その後、姫の所在を見失ったとスタッフから報告あり。くそっ』








「≪シュートランス≫…」




 目に飛び込んできた文字に思わず呟けば、「は?」と不可解な顔をして蘇芳が資料を見た。「どこだ」と言う彼に幹部の名が書かれた場所を指そうとして、鏡花は、その文字が”幹部”である事に気がついた。総350ページを飛ばしながら読んだので、どこか抜けがあるかもしれないとは思っていたが、無意識に力んで≪感応力≫を使ったのではと気付いたのだ。




「あ…」


「まさか、お前」




 じろりとした視線を受けて、「気のせいかも」と誤魔化したがダメだった。さっと資料を取りあげられ、手の届かない棚の一番上に乗せられる。無理を承知でそこに手を伸ばすと、それを取られ、引き寄せられた。




「No.1の言った事を覚えているのか? お前の嫌いな減給だぞ」


「使おうと思ってしたんじゃないわよ。今度は注意するから」




 脅すような、言い含めるかのような言葉に、鏡花も参ったなと眉を寄せた。何とか彼を説得しようとこちらも言い訳を募ると、しかし彼は首を横に振った。




「…いや、しばらくは休息を取る。それでなくても結構な時間が経っているからな」




 ちらちらと外を気にしながら蘇芳が言うので、鏡花もきょとんとした。その様子から少し苦く彼が続ける。




「気付いてなかったのか。……≪竜人≫に見られても不味い。戻るぞ」


「あぁ……そういう」




 頷きかけた鏡花に、しかし彼は再度、「次に≪感応力≫を使えば、ここには案内しないぞ」と脅してきた。何だか子供扱いに感じ、一人でも来れると言おうとした彼女だが、「俺が出入りするのにわずらわしくないよう、≪竜人≫の結界通過をかけられている。それでもか」と心を読んだように続けられて、閉口した。そしてすぐ、今の新興組織との抗争が終わらなければ会社を出る事もなく、再び資料を読む機会が巡ってくるだろうと思いなおす。

 しかし、先程まで読んでいた資料の続きは、文体が乱れ、また雨のためだろうか滲んでいて読めるか不安な所だ。今まで読んだうちで分かる事は、陽の巫女である王女を巡って随分な混乱があったという事。スタッフ数も、今の会社と比べれば少なく、その中で正義と悪の調整を行っており、多分、エフェクト班も確立しておらず、実地スタッフと兼用のようだと受け取った。そうして、≪感応力≫で読んでしまった名前の存在。間違いなく、これが≪天空≫の話だろうと彼女は確信した。


 第3セクターを出て控室に戻ろうとする途中、鏡花はその思いつきのまま蘇芳に声をかける。彼が読んだ内容を教えてもらおうとした事だが、≪陽の巫女≫の話の終わりは彼にも読めなかった部分があったらしい。




「物語を読んでいるような感覚だったが、終末の詳しい描写はなくてな。巫女としての能力が城や都を支えていたが、それを失ったとあった。生じて巫女は初潮を迎えるまでと考えるが、月の穢れが来たのではないか?」


「それ、セクハラよ」




 突っ込むように言いながらも、鏡花は頭を捻った。そういう観念があるのも知っているし、魔法要素はとにかく厳格で厳密だと聞く。そういう事もあるかもしれないと自分でも思ってしまったのだ。




「他には何かないの?」


「すまないが、巫女の力を失った事で姫は処刑されたように書かれていた。それを止めようとDH社も介入したが、そのタイミングで反乱軍との戦争も起きたようでな。混乱の中で、書かれなかった、もしくは失われた部分も多かったのではと思う。もちろん、DH社創設の話は見当たらなかったな」


「そう…」




 蘇芳の言に、そうだった、DH社創設とシュートランスとの関係を見たかったのだと鏡花は気を引き締めた。しかし、この14年前の件で彼が関わっているのは≪感応力≫で見てしまった今、やはり鏡花の記憶と啓吾の経歴に差異がある。これの答えは何処にあるんだと、彼女は顔を曇らせた。


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