表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Darker Holic  作者: 和砂
side5
104/113

side5 悪役と悪役4


 DH社で蘇芳と再会した後からの出来事を、鏡花はぼんやり思い返していた。SFの仕事を彼が降りて下っ端の研修に入ったかと思えば、SFと戦隊モノの仕事で同時に不備。折角やってきた子供達のツアー案内をしていたら、マッド関係のトラブルに巻き込まれて。SRECが変調と同時に派遣され、その仕事でも原因不明のトラブルがあり、やっと終わったかと思えば、本社で新興組織の襲撃。大なり小なり騒動が起こってはいるが、その全てが鏡花に関係あるわけでもない。


 ―――やっぱり私は関係ないわ。でも、……。




「手伝う。何を探す?」




 日光が入らない、小さな窓しかない部屋の電気をつけながら、蘇芳が言う。彼も何か調べたいから同行を申し出たのだろうと考えていた鏡花は、珍しい事があるものと思いながらも”鑑定”と銘打ったファイルを取った。




「私の≪感応力≫で見たモノの資料を探しているわ。この能力が過敏になった原因を探ろうと思うの」




 現在差し迫った問題と言えば、≪感応力≫の暴走の原因を突き止める事だ。前回のSREC関連の仕事で調子に乗って≪能力≫を酷使した事が原因だとしたら、聖剣についてならともかく、あの”巫女”が頻繁に出てくるのは説明がつかない。もちろん自分の血筋にそんなのが居たかと言われれば、由緒正しい港町の庶民の家系には難しい話だ。では過去それまでに”巫女”に関わった記憶があるかと言われれば、全くない。プライベートで≪感応力≫など使う機会もないし、他に使ったと言えば、仕事でイビ―爺さんのデバイスを見た時の様に、鑑定目的で数件あるかないか。その数件を確かめに資料室に行く事に決めた。




「それは……」


「≪No.1≫が言う様に、能力使ってるわけじゃないでしょ。第一、今何もすることがないんだから、自分の不調をどうにかしたいって思っても良いじゃない」




 鏡花の意図を知って微かに表情を曇らせた彼に、「心配症」と言わんばかりに彼女は言い放った。ぱらぱらとファイルを捲りながら、自分の関わった件でないとがっかりして元の棚に戻す。




「それよりも、貴方だってこの間から変じゃないの。健康診断とか受けたらどうなの」


「…いや、あれは問題ない。原因もある程度、把握している」


「あ、そう。それなら今度からはこっちに迷惑かけないでよ?」




 散々痛い思いさせられたのを思い出してじろりと眺めた鏡花は、さっと話題を切って次のファイルに手を伸ばした。正論を言われてしばし黙った彼は、今度こそ無駄口を叩かず、微かに肩を落として移動式の資料棚を動かす。協力する気になったようだ。




「≪感応力≫関連の能力の話もあったら教えて。先代幹部達にそういった能力は無かったって聞いているから期待はしていないけれど、私も、結構な数の診断を受けているから」




 「あ、体重その他の個人情報は見ないでよね」と一言付け加えた鏡花に、持てるだけ資料を抜いた彼は、早速一つのファイルを開き、彼女の言葉に顔を上げた。




「そういえば、この会社は随分前からあるのか?」


「え? そうね、私が学生の頃にはシューちゃんが就職しちゃっていたし、それなりに名前はメディアに乗っていたと思う。興味があるなら、HPでも見てみれば?」




 勤め人として間違っている気もしたが、そんなに興味ないので鏡花は流す。すると、完全に手を止めて蘇芳が彼女を振り返って、怪訝な顔をしていた。




「……では、この世界で”悪役”と”正義の味方”が一般的になったのは、何故なんだ。DH社が運送業から発展して今の大企業になったのは理解しているが、役所まで引き込んでこんな茶番をする意味を、一般の市民が受け入れているのは不思議だ」


「茶番って何よ、茶番って…、…確かにそうだけど」




 蘇芳の言い草にフォローしようとして失敗し、鏡花は複雑そうな顔をした。これまで全く考えて来なかった事を言われて、頭を動かすために手を止めた彼女は、10年前の、社会人になるかならないかぐらいの年、やっと社会の在り方が見えてきた頃の記憶を探す。それ以前の目標は普通のOLで、適当に一人暮らしをしながら婚活して寿退社だったと思うのだが、学生時代にシュートランス――啓吾と出会って変わった。確か、彼に会ったのは学部のサークルで、彼は何年も留年している、ある意味有名な学生でもの珍しく見ていた記憶がある。それから何度か交流し、彼の学年を越して―――。




「あれ?」


「何だ」


「あ……。うん、ちょっと…」




 訳がわからない顔をしている蘇芳と目があって、鏡花は言葉を濁した。まだ考え中とでも思ったのか、資料に目を戻す蘇芳から視線を逸らしながら、鏡花は先程強烈に浮かんだ違和感に目を向ける。


 ―――おかしい。


 鏡花と啓吾の歳の差は、8歳。いくら学生時代の啓吾が留年を繰り返していたとしても、留まれる年数は短い。元々の年齢差から考えても、鏡花が短大に入学した時期に彼は卒業していないとおかしいのである。それでも彼に大学の中で出会い、長く交流した記憶がある鏡花は、さらに不自然な事に気付いて怪訝な顔をした。

 鏡花がDH社に入社したのは、SFで阿修羅族に潜入する6年前から2年前の事である。その時点で啓吾はシュートランスの地位を持ち、6年のキャリアを積んでいた。そうなると、鏡花と大学で会った期間、無職な学生だったはずの啓吾が仕事に就いていた事になる。今の年から逆算しても、鏡花が大学に居た時期に彼は絶対に大学に居ないし、彼の仕事のキャリアと年齢を考えた時に、年齢と月日に齟齬が生じるのだ。


 ―――啓吾が年齢を偽っている? いやでもそれ以前に、彼と大学で過ごしていた記憶は?




「さっきから、どうした?」




 言葉を失い顔面蒼白となった鏡花は、困惑した顔で問うてくる蘇芳に返事をする事が出来ない。これまで≪感応力≫を使っていても、自分が自分でないと疑った事はなかったが、違和感に気付いた今、強烈な疑念が彼女の中に生れて思考を覆った。怖い、と鏡花は唇を噛む。




「お願い、蘇芳。職員名簿から私のプロフィールを探してくれる?」


「お前のを?」


「お願い。この際、体重を見ても許すわ」




 自分でそれを確認する事はできないと思ったので頼めば、すぐに名簿から探し出してくれる。ニヤニヤとするでもなく真顔でぱらりと捲り、彼はじっと見つめる鏡花をちらっと窺うと、口を開いた。




「≪藤崎=鏡花≫、年齢29。性別:F。家族構成:父母、弟。……間違いないか?」




 そこまで言われて、どっと鏡花は全身の力を抜いた。自分のプロフィールに間違いないことで、自分の中に藤崎鏡花としての人格が存在するのだと信じられたのだ。ほうっと息を吐いて蘇芳の居るテーブルへと近づいて、中身を、もっというと、自分の顔写真も確認する。化粧の仕方も上気した頬も初々しいなぁと思える、懐かしい写真だった。そこでようやく微かに笑い、彼女は引き続き中のプロフィールを覗こうとしていた蘇芳からそれを取り上げる。




「おい。許すんじゃなかったのか」


「気が変わったの。それにもう一人、調べたい」




 明らかに元気が戻った様子に安心したのか、呆れたように肩をすくめた蘇芳。現金なものと思いながらも、彼女は彼の様子を無視して、目的の人物、≪竜田啓吾≫の欄を探した。横に首を伸ばして確認した蘇芳は、さらに呆れたように「あいつか…」と不満そうにする。




「ちょっと、黙ってて」




 注意すると、ふんっと鼻で笑われたが、気にするものか。じっくりと眺めて確認すると、彼との年齢は記憶通りでなく9歳差であるが、経歴は自分が知っている彼のものと違わなかった。だが、どこか引っ掛かる。自分が就職した時、彼は自然と6年のキャリアがあると言ったのだ。それから、話を聞いた時は違和感を持たなかった、彼の≪天空の都市≫の話の期間ともずれている。




「そうだわ。≪天空≫の資料…」




 大規模な被害が出た、大きな事件であり、その資料はきちんと残っているだろう。名簿を閉じて立ち上がり、鏡花はその資料を探した。鏡花が入社する前の出来事だと啓吾から聞いており、その年代の資料束を見つけるのだが、細かく捲っていっても≪天空≫の天の文字も出てこない。あの事件がDH社で話題に出ないのは、啓吾を含めたDHスタッフが失敗して多大な被害を出しており、それを忌諱しての事だと思っていた鏡花は、この事件を一般のDHスタッフが知らないのではないかと、やっと思い至った。




「まさか、隠されてる?」




 信じられない気持ちで呟いた鏡花に、それまで黙って見守っていた蘇芳も怪訝な顔で口を開いた。




「お前、さっきから、何を探している。≪感応力≫の件じゃなかったのか」




 呆れたような困ったような、一人で勝手に納得している鏡花を眺めてどうしたものかと考えている蘇芳の表情。それを見て、鏡花も「あ」と彼にも意識を戻した。ただ、これから言う事に彼がどういう反応をするかわからなかったので、しばし悩んだ後、渋々と口を開く。




「幹部の≪能力≫にもリスクがあってね。私の場合、他人の記憶との混合、なんだけれど。……最近、誰のかわからない記憶があって困っているのよ」




 だから調べているのだと、何でもない事のように話せば、先程よりよっぽど険しい顔をした蘇芳が確認できた。心配、してくれているんだとはわかっているものの、苦手な視線に目を逸らせば、彼は彼女の顔を戻させるように手を取った。




「ちょ…っ」


「能力の暴走とは、誰彼構わず≪感応力≫が発揮され、思考が邪魔されたり、自失してしまう事ではないのか? 記憶の混同、ならば、自身の人格を犯しているという事だな?」




 すぐに正解を当ててしまう勘の良さに閉口しながら、鏡花は「そんな感じ」と、なるべく軽く聞こえるように頷いた。すると、間髪いれずにとられた手が強い力で握られる。痛みに顔を顰めた鏡花に気付いてないのか、怖いぐらい真顔で蘇芳が彼女を見上げた。




「お前は、自分を殺しながら能力を使っていたのか…?」




 どこか呆然としたような顔だった気がする。けれど、「殺しながら」の文句に鏡花は「いやいやいや」と慌てて否定した。




「そんな重篤なものじゃないわよ。今までだってロボ相手にしか使ってないんだし、無機物で見る記憶なんて高が知れてるし。でも、ちょっと最近の能力の在り方が違うから、不安になっちゃっただけで……」


「鏡花…」




 さらに言い訳を続けようとしていた彼女を遮るよう、名前を呼ぶ蘇芳。じっとりと重い空気を感じて、鏡花は「あぁ、もうっ」と彼の手を振り放った。




「そしたら、ついさっき、自分の過去の記憶に一番信用できない部分を発見しちゃったわけよ。そういうわけだから、私の事を思ってくれるなら、協力してっ」


「…………わかった」




 テーブルに乗せた資料全てを一度横に退かしながら、蘇芳は重く頷いた。彼の言動にほっとした彼女は、すぐに気を取り直して彼に指示を出す。




「≪天空の都市≫?」


「そ。8-14年ぐらいの前の出来事の筈なの。随分な被害を出した大事件だったから、きっとすぐにわかるはず」


「14年前…?」




 鏡花の言葉が終わるか終らないかの時点で、話を聞いていた蘇芳は横の資料の一つを取り、それを開いた。「見てみろ」と指された場所には、DH社が設立された年が記されている。




「え、嘘。意外に最近の出来事だったんだ。もっと古い会社かと思っていたわ」





 ―――だって、私が学生だった年に出来たこんな遊びみたいな会社を、当たり前の様にすんなり社会が受け入れるだなんて、自分も全く違和感がなかったなんて、我ながら不思議で。





「お前の言う、≪天空≫の件は、DH社創設に関わっているんじゃないか?」




 自分の中の記憶について、もう一つ何か違和感を感じる前に、現実の蘇芳に声をかけられて思考が散った。早く返事をしなければと、鏡花は「あぁ、そうね」とどこかぼんやり返事をすると、そんな彼女の様子に気付かず、彼は「で、あれば」と少しだけ悩むように目を伏せる。




「≪天空≫かはわからないが、資料がありそうな場所の心当たりがある」


「えぇ!?」




 意外な申し出に、今度こそ鏡花の意識は蘇芳に向き直った。彼はゆっくりと鏡花を見上げて、声を落とす。




「第3セクター。≪竜人≫の住まう地区だ」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ